イベントレポート

ワコム、紙のノートのように使える世界を目指す“デジタルステーショナリーコンソーシアム”を10月に設立

株式会社ワコム 代表取締役社長 山田正彦氏

 株式会社ワコムは、9月2日~7日にドイツ共和国ベルリン市で開催されている家電展示会IFAに合わせて、9月3日に「Connected Ink」と呼ばれるプライベートイベントを開催し、業界各社と設立に向けて協議を続けてきた業界団体「デジタルステーショナリーコンソーシアム(DSC:Digital Stationery Consortium)」を10月に設立することを明らかにした。

 DSCでは、同社がデジタルペンのハードウェア/ソフトウェアの規格として標準化を進めているWILL(Wacom Ink Layer Language)の普及を促進していく。現在、規格がバラバラになっているデジタイザペンやペンにより生み出されたベクターデータのフォーマットなどを統一し、異なるOS、異なるメーカー、異なるソフトウェアで同じようにベクターデータを扱えることができるようにしていく。実現すれば、どんなデジタイザペンを買っても、どんなデバイスに対しても書けるようになる。

デジタルステーショナリーコンソーシアムによりアナログとデジタルの境界を取り除く

 ワコム 代表取締役社長 山田正彦氏は「人間は古くからペン、そしてインクを用いてさまざまなコミュニケーションを行なってきたし、クリエイティブツールとして使ってきた。例えば、科学者が何かを発明を行なう時は、ペンを使って紙に書き考えをまとめてきた。インクがなければロケットもなかっただろう。このように、インクというのは最もパワフルなツールなのだ」と述べ、インク(つまりは万年筆やボールペンなどで書かれた軌跡)が世界の進化の背後にあったと述べた。

 また、山田氏は「ワコムは30年以上に渡り、インクをデジタル化する取り組みを行なってきた。その結果として、東京の秋葉原に行けば、デジタルインクで書かれたイラストなどが溢れるように掲示されている。また、教育用としても多く使われている。デジタルとアナログには違いがあるというが、それは本当にそうなのか。単に境界があってうまく活用できていないだけではないのだろうか? 我々はインクにデジタルのパワーを付加することで、人々が新しいアイディアを生み出したりすることを助けていきたい」と述べ、デジタルインクがもっと大規模に普及することで、現在デジタルとアナログ間にある境界が取り除かれ、本当の意味で紙に書いたのと同じような感覚でデジタルインクを扱えるようになる時代がもうすぐ来ると強調した。

インクは人間にとって考え方を形にするツール
デジタイザペンで作られたコンテンツは既に我々の身近にある

 山田氏は「まさにそのために、デジタルステーショナリーコンソーシアムを設立する。ここに集まった業界各社が協力して、デジタルとアナログの境界を取り除き、エコシステムを確立していきたい。簡単なことではなく、今日はまだその小さな一歩で、これから長い取り組みになると思う」と述べ、イベントに集まった業界各社の協力を呼びかけた。

デジタルとアナログの境界を取り除く
想定されるパートナー企業

クロスアプリケーション、クロスプラットフォームを実現するWILL

 ワコム ポートフォーリオマネジメント・技術マーケティング担当副社長のハイジ・ウォン氏は、WILLの概要に関して説明。ウォン氏は「21世紀のデジタルインクの条件としては自然に使えて、印象的で、普遍的で、いつでもどこでも使えて、クラウド・ビッグデータに対応している必要がある」と述べ、そうした要件を満たすようにWILLの設計を行なったとした。

株式会社ワコム ポートフォーリオマネジメント・技術マーケティング担当 副社長 ハイジ・ウォン氏
WILLの仕組み、アプリケーションとハードウェア・OSの間にあるミドルウェアのような存在がWILL

 ウォン氏によれば、WILLはクロスプラットフォームになっており、異なるプラットフォーム間で使う場合でもシームレスにやりとりができるように考慮されているという。具体的にはクラウドを媒介してプラットフォーム間の違いを吸収する。

 WILLそのものは、言ってみればミドルウェアになっており、各プラットフォームにおいて、ペンとアプリの中間に位置して、各プラットフォームでのペンの違いや、アプリによる機能の違いを吸収する。具体的にはペン機能のAPIを策定し、それにより異なるペンでも同じような機能が利用できるようになる。

 アプリケーションに対しては、ペンが作り出す軌跡のベクターデータや、そのほかの各種情報を統一されたフォーマットとして提供することで、どのアプリケーションからも同じに扱えるようにする。今まではそうしたデータはアプリケーションにより型式が異なっており、お互いに共有できなかったのに対して、.pdf、.xlxなどのファイル保存の形式を決めて異なるアプリケーション間で相互に利用できるようにするといった感じに近い。

ペン用のAPIを規定、インク(軌跡)のフォーマットも統一される

 ウォン氏によれば、WILLが提供するSDKは、iOS、Android、Windowsの各プラットフォームのほか、クラウドベースのWebアプリケーションもサポートし、異なるアプリケーション、異なるプラットフォーム間でインクデータを共有できる。また、WILLで規定されているペンには固有のIDが割り振られるため、インクのデータには、軌跡のメタデータだけでなく、どのペンで書かれたデータなのか、時間、どんなツールを使って書かれたのかなどさまざまなメタデータを付加できる。レイテンシが小さくなるように設計されているので、より自然な入力が可能だという。

iOS、Android、Windowsの各プラットフォーム、さらにクラウドベースのWebアプリもWILLのSDKがカバーするので、クロスプラットフォームで利用できる
WILLのメリット

 ウォン氏は「デジタルインクはもっとユニバーサルになる必要がある。WILLはオープンな規格であり、ある特定のエコシステムだけで利用できるものではない」と述べ、クロスプラットフォームで、クロスアプリケーションで利用できることがメリットだと強調した。

コンビニでもデジタイザペンが買えて、どんなデバイスでも使える世界を実現するUPF

 株式会社ワコム テクノロジーソリューション事業部長の井出信孝氏は、同社が推進するユニバーサルペンの技術的な説明を行なった。井出氏は「我々はユニバーサルペンという仕組みを業界に提案していく。将来的には、今の紙のペンがそうであるように、コンビニでも買えるし、ブランドショップでも買える、そしてそれがどのデバイスでも使えることができる、そういう普遍的なデジタルペンの仕組みを作っていきたい」と述べ、同社が導入を目指していくユニバーサルペンの取り組みにより、どのデジタイザペンとどのデバイスの組み合わせでも利用できるような世界を実現していきたいと説明した。

株式会社ワコム テクノロジーソリューション事業部長 井出信孝氏
井出氏のペン入れ、全部がデジタイザペンだということだ

 井出氏はそれを実現するのに、3つの取り組みを行なっていると説明した。

ユニバーサルペンを実現する3つの要素

 デジタイザペンをカートリッジにするという1つ目の仕組みでは、3.3mmサイズのカートリッジに同社のEMR(電磁誘導方式)のペンを入れてしまい、それを万年筆メーカーや文具メーカーなどに供給することで、現在ボールペンなどが流通している流通経路でデジタイザペンを流通させるという取り組みだ。井出氏によれば、現在各文房具メーカーなどと実現に向けての話し合いを続けているという。

 なお、このカートリッジが現在のWindowsタブレットなどで一般的に採用されつつあるAES(Active ES、タッチとデジタイザのコントローラが一体型の方式で、ここ数年のWindows PCなどで利用されている)でないのは、AESの場合はバッテリが必要であるため、3.3mmというサイズが難しいためだ。

デジタイザペンの標準化のためにカートリッジ型のEMRペンを開発
ワコムが開発している3.3mmのデジタイザペンカートリッジ

 2つ目はUPF(Universal Pen Framework)という取り組みを行なっていく。井出氏によれば、UPFの仕組みにおいては、ワコムが同社のAESのプロトコル(ペンとコントローラICがやりとりする手順のこと)を、他社を含めた企業に対して公開し、事実上の標準化を目指す。既に、タッチコントローラのICベンダーなどに対して情報開示やライセンスの提供を行なっており、今後ワコムのAESのプロトコルを、契約ベースで他社に対しても公開していくと井出氏は説明した。

UPFの考え方、プロトコルはAESになる

 なお、ワコムは、既にMicrosoftが推進しているMicrosoft Pen(同社が買収したN-trigの技術がベースになっている)のプロトコルとワコムAESの両方のプロトコルをサポートしているデュアルペンを展開することを発表している。デュアルペンが登場すれば、少なくともWindowsプラットフォームの中では、どのデバイスでも同じペンが使えるようになる。その先に、AndroidやiOSなど、クロスプラットフォームでペンを実現していくためには、こうしたUPFのような取り組みが必要になるだけに、ユーザーとしては歓迎だ。なお、井出氏は将来的にはEMRに関しても同様の取り組みを行なう可能性があることを示唆した。

 3つ目の取り組みがペンID番号だ。これは、ペン1本1本に対してユニークなID番号を埋め込み、デバイスのログインに利用したり、メタデータにペンのID番号を埋め込むことで、どのペンで書いたのかを分かるようにする。例えば、色毎にIDの異なるペンを用意すれば、アプリケーション側でペンの色を切り替えなくても、ペン自体を切り替えれば色を変えて書くことができる。現在の子供用に各色揃っているクレヨンのセットみたいな仕組みを、そのままデジタルで実現できる。

ペンID番号の仕組み
ペンIDとメタデータを組み合わせたデモ。このペンの揺れなどにより感情をデータ化するデモ、ペンにIDが埋め込まれることでさまざまな応用が可能

 井出氏は「コア技術はオープンにしていく、それにより業界各社で協力してデジタルステーショナリーの市場を構築していきたい」と述べ、ワコムとしてもこれまで外部に公開していなかった技術も含めて外部に公開していくことで、新しい市場を構築していきたいという積極的な姿勢を示した。

Galaxy Noteシリーズを持つSamsungがDSCへの参加とWILLへの対応を表明

 今回のイベントには、ワコムのパートナーとなる各社が招待されており、プレゼンテーションなどを行なった。プレゼンテーションを行ったのはSamsung Electronics技術戦略担当SVPのピーター・クー氏、高級文具メーカーMontBlanc(モンブラン)新技術開発部門アソシエートディレクターのフェリックス・オブスコンカ氏、E ink 統合戦略センターシニアディレクターのジム・チャン氏の3名。

MontBlanc(モンブラン)新技術開発部門 アソシエートディレクター フェリックス・オブスコンカ氏
E ink 統合戦略センター シニアディレクター ジム・チャン氏

 Samsungのクー氏は、同社が先月発表したGalaxy Note 7に、ワコムのEMRペン(SamsungのブランドではSペン)が採用されていることを紹介し、Samsungとワコムが長い間に渡り協業を続けてきた歴史を紹介した。その上で、今回のConnected Inkで設立が発表されたDSCにSamsungが参加する予定であることを明らかにし、さらに同社がGalaxy Noteシリーズでペン対応ソフトウェアとして搭載しているSamsung Note(S Note)の将来のバージョンで、WILLに対応する予定であることを明らかにした。

Samsung Electronics 技術戦略担当 SVP ピーター・クー氏
SamsungがS Noteの将来バージョンでWILLに対応する予定

 日本で販売されているGalaxy Noteシリーズはスマートフォンだけだが、グローバルに見れば、8型や10型の液晶を搭載したタブレットがSamsungから販売されており、そのシェアは小さくない。そのGalaxy Noteシリーズに標準搭載されているS NoteがWILLに対応する影響は決して小さくなく、他のベンダーがWILLに興味を持つ大きなきっかけになる可能性があるだけに要注目だ。

10月には東京で、1月にはCESでイベントが行なわれる

 イベントの最後には、ワコムの山田社長からデジタルステーショナリーコンソーシアムの設立が、10月に行なわれることが明らかにされた。山田氏はDSCは非営利団体で、オープンで、クロスプラットフォームで、グローバルな業界団体として活動する。同じ目標をもって、オープンなデジタルインクのエコシステムの構築を目指す」と述べ、デジタルインクの業界標準を作っていくために活動していくとした。

DSCを10月に設立することを発表

 山田氏によれば、DSCのメンバーシップにはPromoter(プロモーター)とContributor(コントリビューター)の2種類の会員企業の種類が設定されるという。前者はよりマーケティング活動に力を入れる会員向けで、後者はより技術的な貢献をしたい会員向けとなる。既にこれまで、1月に米国ラスベガスで行われたCES、そして5月に上海で行なわれたCES Asiaで今回と同様のイベントが行なわれ、そのたびに会員候補の企業と会合が行なわれてきたとのことで、今回のIFAに合わせて行なわれたベルリンでのイベントで10月から正式に発足することを発表されたということだった。

 なお、今後10月に東京で、1月にラスベガスで同様のイベントが行われ、各種のアピールなどが行なわれる予定だと山田氏は明らかにした。

会員の種類
今後の予定

 山田氏は「WILLは現在最初のバージョンだが、今後も第2世代、第3世代と進化させていくロードマップを持っている。来年のラスベガスで行なわれる予定ではConnected Inkでは100社を超える企業が参加する見通しだ」と述べ、DSCに興味を持っている企業が非常に多くいることをアピールし、今回参加していない企業などにも参加して欲しいと呼びかけた。