【IDF 2009レポート】ジャスティン・ラトナー氏基調講演レポート
~Intelが思い描くTVの未来

Intel CTO ジャスティン・ラトナー氏

会期:9月22日~24日(現地時間)
会場:米国サンフランシスコ モスコーンセンター



 Intel Developer Forum(IDF)では午前中に、Intelの重役達による基調講演が行なわれる。最終日となる3日目には、具体的な製品よりはどちらかと言えばIntelが開発を続けている将来の技術について説明する基調講演が設定されるのが恒例となっている。

 その主役となるのが、今回のレポートで紹介するIntel CTO(最高技術責任者)のジャスティン・ラトナー氏だが、今回のラトナー氏の講演はいつもとはちょっと趣が異なっていた。

 ラトナー氏の前に行なわれたデジタルホーム事業部 事業部長のエリック・キム氏による講演の続きであるかのように、話題の中心は“TV”であり、IntelがTVの未来についてどう考えているかを語る講演となったからだ。

 ラトナー氏は「情報化、ユビキタス、個人化、社会性を備えることがTVの未来だ」と述べ、Intelが研究している未来のTVについて聴衆に話した。

●放送と通信の融合はもはや過去の話

 ラトナー氏は初日に行なわれた社長兼CEOのポール・オッテリーニ氏の講演でも示された“融合は過去の言葉になった”を引き合いにだし、すでに放送と通信の融合ということも過去のことで、これからはそれをどう発展させていくかが重要だと聴衆に語りかけた。

 ラトナー氏は「我々の予想では2015年には実に5兆時間のビデオコンテンツがクラウドコンピューティング上にあり、いわゆるTVのコンテンツを受信できるデバイスは120億台に達すると考えている。そして何よりも大事なこととして、TVはこれからも我々の生活の中心になる」と述べた。

 壇上には米国のケーブルTV事業者であるComcastのフェローであるマーク・フランシスコ氏が呼ばれ、ラトナー氏と将来TVがどのように変わっていくかの議論が行なわれた。フランシスコ氏は「プラットフォーム毎に適した開発、標準に基づいていること、TVの概念が機器からアプリケーションに変わっていること、そして個々人にパーソナライズでき、他の人とのコミュニケーションができるデバイスであることが重要になる」と述べ、TVがリビングにある機器という従来の概念から、さまざまな種類のデジタル機器の中にあるアプリケーションの1つになり、さらに個々人にカスタマイズできる機能を持ち、ソーシャルネットワーキングのような機能を持っていることが大事だと考えていると述べた。

 そして、コムキャストのビジョンとしては「視聴者の望むような使い方ができるエンターテインメントを提供し、双方向性を提供し、かつ個々人の趣味に合わせることができ、いつでもどこでもTVがあるという状態にしたい」と述べた。

放送と通信の融合はすでに過去の話題に、これからはその後でどうするかが大事今後はコンテンツがどんどん増えていき、かつTV放送を受信できるデバイスも増えていく
フランシスコ氏が描くTVのトレンドComcast フェローのマーク・フランシスコ氏(左)

●TVの未来は、情報化、ユビキタス、個人化、社会性という4つの方向性

 それでは、視聴者が望むような使い方というのはどんなものなのだろうか。ラトナー氏は「Intelはそうしたユーザーが何を望んでいるのかを調べるために、社会学者を雇っている。彼らの目を通して、日々研究をしている」と、Intelが単なるエンジニアの思いつきなどではなく、人間の社会のあり方などを研究している社会学者の目でユーザーが何を望んでいるのかを調査していることを説明した。

 その1人であるIntel デジタルホーム事業部コンシューマ体験アーキテクトのブライアン・デビット・ジョンソン氏が壇上に呼ばれ、その研究の成果などについて語られることになった。ジョンソン氏は「TVの未来は4つの方向性があると思う。それは情報化、ユビキタス(普遍的に使えること)、個人化(パーソナライズ)できること、そして他者とのつながりを実現する社会性の4つだ」と述べ、それらについて研究を進めていると説明した

 中でも情報化に関しては、今後TVは単に録画したビデオを再生するだけでなく、ユーザー側でデータを解析して処理を行なう可能性があると指摘した。その具体的な例として、サッカーの試合を録画したデータを解析し、プレイヤーの動きなどを調べてそれをトラッキングし、自分のひいきのプレイヤーが活躍したところを中心に見るなどの様子がデモされた。

個々人によりニーズが異なるユーザーの希望にどうやって応えていくかIntelが考える未来のTVの方向性Intel デジタルホーム事業部コンシューマ体験アーキテクト ブライアン・デビット・ジョンソン氏(左)
TVの情報化に関してIntelが考えている仕組み。コンテンツの解析などはすでに日本のコンシューマPCでは実装されている機能であり、そのブラウジングもすでに実装されているスポーツのハイライトなどを解析し、必要なところだけ見ることができるIntelが考えるTVのユビキタス化の仕組み

 ついで、ユビキタスと個人化についてのデモが行なわれ、TVにラトナー氏のMIDを近づけると、TVがそれを認識し、ラトナー氏の個人ガイドページが呼び出され、ラトナー氏の興味がある分野のビデオのリストなどが表示される様子が示された。このほかにも、TVで検索したデータが、そのままMIDにデータを移して持っていける様子などがデモされた。

ラトナー氏(中央)の持つMIDをTVに近づけると、ラトナー氏個人に最適化されたコンテンツのリストが表示されたTVで見た情報を、即座にMIDへと転送できる

●IAを利用することで、TVの未来はより容易に築ける

 ついでラトナー氏はジョージア工科大学の准教授で、同大学のGVU Centerのディレクターを務めるエリザベス・マイナット氏を壇上に呼び、TVの社会的な貢献について話した。ラトナー氏は「TVの社会性は非常に重要だと考えている。テクノロジーを通じて人々がつながることは、ソーシャルネットワーキングを見ても重要なことだ」と述べ、TVがどのように社会に貢献できるのかについてマイナット氏と語り合った。

 マイナット氏は“MOSES”(Mobile Story Exchange System)と呼ばれる社会貢献の取り組みを行なっており、TVを搭載した車を、長い内戦で多くの人々が傷ついたソマリアを走らせているのだという。人々はTVに向かって、自分が内戦でどんな思いをしたのかを告白し、それをかつては内戦で戦った地域などでも見てもらい、かつては敵同士だった人々がお互いに理解を深めることに一役買っているのだという。マイナット氏は「人々は能動的にこの取り組みに参加してくれている。このプロセスを経て、お互いの理解が深まっている。このように、テクノロジーは社会に貢献できるのだ」と述べ、TVに社会的な機能をもたらすことには大きな意味があると強調した。

 ジョンソン氏はTVの未来におけるIAの役割について「IAを利用することで、よりTVをインテリジェントにでき、どこにいってもパーソナライズが可能で、かつ人々をお互いにコミュニケーションさせることもできるようになる。我々にとっての課題はそれが本当にできるのかとかいつできるようになるのかではなく、どのようにそれを実現するかだ」と述べ、IAベースのプロセッサをTVに応用することのメリットを強調した。

ジョージア工科大学 GVU Center ディレクター エリザベス・マイナット准教授(中央)ソマリアでのMOSESの活動。TVを介して人々がつながり、コミュニケーションをとることができる未来のTVにおけるIAの役割

●Light Peak Technologyを利用することで、より容易なケーブルの取り回しが可能に

 ラトナー氏は、TVの未来を担う技術的な取り組みとして、音と3D画面への取り組みをあげた。音に関してはDolbyやdtsなどへの対応に触れた程度で終わったが、3D画面に関しては、講演の最後の時間を割いて実際にデモしてみせた。3D画面のTVに関しては、今月の初めにベルリンで行なわれたIFAで、パナソニックやソニーなどがデモを行ない、実際に製品を投入する計画を明らかにするなど注目を集める技術の1つだ。

 ラトナー氏はLCoSのパネルを利用して3D画面を実現する技術を開発しているHDI 3Dの関係者を壇上に呼び、その仕組みを説明した。HDI 3Dによれば、2つの1080pを利用したLCoSのデバイスを利用し、効率の良いRGBのレーザーソースを活用することで、3Dが表示できるディスプレイを実現しているのだという。

 また、ラトナー氏は実際に基調講演が行なわれた会場の外に設置されたカメラを利用して、実際に会場に設置されたスクリーンに3Dの映像を表示させて、聴衆に体感させてみせた。聴衆は、用意された3D眼鏡をかけてみると、3ALITY DIGITAL COO兼CTOのハワード・ポスタリー氏が3Dで浮かび上がっているように見える仕組みだ。

HDI 3Dの3Dディスプレイ技術2つのLCoS素子を利用して3D表示を可能にしている専用の眼鏡をかけた聴衆には2人が立体的に握手しているように見える

 その後会場に戻ったポスタリー氏はラトナー氏に3Dの動画を撮影するカメラを見せた。これは、2つのレンズと撮像素子を備えており、微妙にずれた画像を撮影することで、視聴者がそれを立体化する眼鏡をかけてみると3Dに見える仕組みになっている。ポスタリー氏がそのカメラのケーブルを取り上げ「これがとぐろを巻いていて取り回しが悪いんだけど」というと、ラトナー氏がそれを解決する技術として、ダディ・パルムッター氏の基調講演でも取り上げられたLight Peak Technologyを紹介した。

 ラトナー氏によれば、Light Peak Technologyは、光ファイバーを利用した技術で、現状では10Gbpsの転送速度を実現しており、最長で100mまでケーブルをのばすことができるという。そして転送速度は最大で100Gbpsまで実現することが可能だという。Light Peakの特徴としては他に、複数のプロトコルを利用することが可能で、双方向、QoS、ホットプラグなどの特徴を備えているということだ。

 最後にラトナー氏はまとめとして、「すでに述べたように未来のTVは、情報化、ユビキタス、個人化、社会性を備えたTVだと考えている。複数のデバイスでより良いTV体験をできることは、新しいチャレンジと機会の扉をあけてくれるだろう」と述べ、詰めかけた開発者達に、新しいTVの創造を呼びかけた。

3D映像を撮影するためのカメラ。ケーブルが太く取り回しが大変だというこの問題を解決するのがLight Peak Technology。転送速度は10Gbpsで、ケーブルを100mまで伸ばせる

(2009年 9月 28日)

[Reported by 笠原 一輝]