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日立が世界最高分解能のホログラフィー電子顕微鏡を公開

~電気飛行機や航続500kmの電気自動車の実現にも寄与!?

ホログラフィー電子顕微鏡。高さは7.4mに達する

 日立製作所は、埼玉県鳩山町の同社中央研究所鳩山サイトに設置しているホログラフィー電子顕微鏡を報道関係者に公開した。

 ホログラフィー電子顕微鏡は、内閣府の最先端研究開発支援プログラムによる総額65億円の助成により開発が進められていたもので、世界最高分解能となる43pm(ピコメートル)を達成。試料の構造や電磁場を原子レベルで観察および計測できることを実証している。

 光速の約95%にも達する120万eV(エレクトロンボルト)の高エネルギー電子ビームを用いた超高圧電子顕微鏡で、40万eV以下の通常の電子顕微鏡よりも、3倍以上厚い試料を観察できる。

 金属先端から放出されるレーザー光のような世界最高輝度の電子ビームを観察対象に向けて放出。超真空環境を通過する電子ビームとの間にできる干渉縞から、観察対象の電磁場の情報を得て、これを逆変換して情報を導き出すという仕組みだ。

 同社では、どのくらい微細な構造を、カメラに伝達できるかを示す情報伝達性能を、タングステンの単結晶を試料に用いて検証。その結果、球面収差を補正した状態で、世界一の分解能となる43pmの結晶構造情報を伝達できることを確認したという。

 また、同ホログラフィー電子顕微鏡によって撮影したGaN(窒化ガリウム)結晶の顕微鏡像において、44pm間隔のGa原子を分離して観察できることが確認できたという。

 電子顕微鏡は、1968年に原理確認機が開発され、1978年にナノ領域の電磁場を計測できるホログラフィー電子顕微鏡が初めて実用化。その後、アハラノフボーム効果の実証や、超伝導体から漏れる微細な電磁波を測定する金属超伝導磁束量子の観察、酸化物高温超伝導磁束量子の観察などにも活用。2010年度~2014年度までの最先端研究開発支援プログラムにおいて、今回の原子レベルで試料内部の電磁場を計測する装置を開発することに世界で初めて成功した。

 球面収差係数が10μm以下の無収差レンズを採用。これにエネルギーのばらつきを0.56eVと、210万分の1に抑える高速電子ビームや、8時間以上の連続安定動作が可能な電子銃を新たに開発することで、安定的な稼働環境を実現。120万eVの安定度は、0.3ppmだという。

 また、約4億円を投資した専用建屋や、大型除振台などの採用により、暗雑音が20dB以下、温度変化が8時間を経過しても0.2℃以下という環境も実現している。専用建屋は二重構造となっており、地盤は8m以上のコンクリートを注入し固めている。

高さ18mを誇るホログラフィー電子顕微鏡の専用棟
3タンク方式によるホログラフィー電子顕微鏡の模型
ホログラフィー電子顕微鏡の電子銃部分の構造模型
電子顕微鏡に試料を設置するための入口
上部に対物レンズや収差補正器などがある
真空にするための装置

日立特有の3タンク方式を採用

 また、安定性実現のために、日立製作所特有の高圧電源を分離した3タンク方式を採用しているのも特徴だ。

 装置は高安定高圧制御回路を持つ高圧電源タンク、120万eVの信号を作るための電源装置である電子銃制御電源タンク、そして、極高真空電子銃を搭載し、実際に試料を計測する電子銃加速管タンクの3つタンクで構成される。電子銃加速管タンクに搭載される高安定高輝度の電子銃は予備機が2台用意され、不具合があった場合には1日を掛けて交換することができ、稼働時間のロスを最小化できるようにしている。

3タンク方式を採用。手前から高圧電源タンク、電子銃制御電源タンク、電子銃加速管タンク
日立製作所 基礎研究センタ 主管研究長の品田博之氏

 「3つのタンクを持つ構造とし、それぞれを離して設置しているのは、空気中で起きる放電をタンク内のガスによって解消することと、電子から発生するノイズの影響を極小化することが狙い。開発においても、高電圧をどう発生させるか、それにノイズを乗せないためにはどうするかが、開発においては重要な要素だった」(日立製作所 基礎研究センタ 主管研究長の品田博之氏)とする。

 同社では、理化学研究所創発現象観測技術研究チームとの連携のほか、材料研究機関、計測課題を持つ企業とも連携することで、高性能磁石、大容量二次電池、超低消費電力メモリデバイス材料のほか、高温超伝導材などの機能を発現させている「原子レベルの電場」や、「磁場の振る舞い」を解明し、量子力学や物性物理などの発展に寄与。持続可能な社会を支える新材料の開発に貢献するとした。

 「ネオジム磁石の粒界部磁束の計測やスキルミオンのスピン構造の計測などにも活用。結晶と結晶の数nmという隙間に存在する磁場を計測して、原子の構造と磁化反転の様子を観察できるようになる」という。

壁面には吸音材と振動抑制材をはめ込んでいる
電子銃加速管タンクの上部
操作卓。試料の設置以外の作業はすべてここで操作する
ホログラフィー電子顕微鏡が設置されている日立製作所中央研究所鳩山サイト

小型、大出力の高効率モーター開発にも貢献

 では、具体的にどんな領域に世界最高の分解能を持つホログラフィー電子顕微鏡が応用されるのか。

 日立製作所 基礎研究センタ 主管研究長の品田博之氏は、「二次電池電極材料、磁石、超伝導材料、熱電変換材料のほか、軽量素材、強靱素材、耐熱新素材などの開発などにも寄与できるようになる」とし、「例えば、高性能磁石と大容量軽量バッテリの実現には、この装置が必要であり、それによって、将来的には、航続距離が500km以上に対する電気自動車や実用的な電気飛行機の実現に寄与することになるだろう」と語る。

 リチウムイオン電池では、電池材料の共通評価指標を確立し、高性能化および低コスト化を促進。革新的な高性能磁石や、低エネルギー損失軟磁性材料を開発できれば、小型で大出力の高効率モーターを開発でき、これらを電気自動車に活用できるようになるというわけだ。

 品田氏の試算によれば、2030年には航続距離で500kmを超える電気自動車が実用化できるという。

研究開発グループを再編する日立

 一方、日立製作所では、2015年4月から研究開発グループを再編。3つのイノベーション戦略を基軸にした体制とした。

 顧客協創として、社会イノベーション協創センタを設置。約500人のうち、外国籍の社員が70%を占めるというグローバル体制を取る。顧客とともに、サービス、ソリューションを開発することになる。

 技術革新としては、テクノロジーイノベーションセンタとして2,000人体制で、日立の強い技術基盤への集中と展開により、革新的製品を生むことになる。

 そして、基礎探索としては、100人体制の基礎研究センタにより、ビジョンに基づいた探索型基礎研究により、新領域を開拓することになる。

 今回のホログラフィー電子顕微鏡は、基礎研究センタによって、研究、開発が行われたものだ。基礎研究センタの100人のうち、半分の社員が、ホログラフィー電子顕微鏡が設置されている鳩山サイトに所属しているという。

 鳩山サイトは、1990年4月に基礎研究所として竣工。バイオ研究が可能な施設も持つ。敷地面積は約40万平方m、建物面積は約8,600平方mを誇る。

 基礎研究センタは、物性科学、生命科学、情報科学と先端技術のフロンティアの4つの研究分野に取り組んでおり、物性科学への取り組みとしてホログラフィー電子顕微鏡を開発。また、生命科学では細胞自動培養装置を用いた再生医療、情報科学では先頃発表した量子コンピュータに匹敵する性能を持つイジングチップの開発、フロンティアではヒューマンビッグデータを人工知能で分析し、組織の幸福度と生産性向上を実現するヒト-人工知能共通化システムなどに取り組んでいる。

(大河原 克行)