マイクロソフト株式会社は22日、2006年6月から3年にわたり、ICTを活用することで学校教育をどのように変えるのかをテーマとして行なわれてきた実証実験「NEXTプロジェクト」の成果を発表した。
NEXTプロジェクトは、独立行政法人メディア教育開発センターとマイクロソフトが連携し進めたプロジェクトで、2009年で実証実験期間が終了することから成果発表が行なわれた。
モデル校として東京都港区青山小学校ではUMPC 60台とMicrosoft Office OneNoteなどのソフトを活用して実証実験が行なわれ、和歌山県和歌山市では市立小学校全52校にタブレットPC 1,300台とソフトを配布。海陽学園では生徒1人に1台のノートPCとタブレットPCやソフト、神戸学院大附属高等学校では生徒1人に1台のノートPCとソフト、立命館小学校ではタブレットPCとソフトなどを活用した。
スタート時点からこのプロジェクトを担当してきたマイクロソフトの執行役常務パブリックセクター担当の大井川和彦氏は、「今回のプロジェクトでは、学校でICTが使われることにどういう意味があるのかを実証実験によって分析することを目的にスタートした。その結果、学力向上を目指した新しい教育モデルの提示、校務の効率化とともに児童・生徒と教員のコミュニケーションの質向上、教師のICT活用による指導力向上と児童の学習意欲向上という3点の成果があった」と分析している。
和歌山市で実施した実証実験をもとにしたICT教育効果の実証例 | 実証実験の結果としてあらわれた、教員のICT活用指導力の変化 |
東京都港区青山小学校 曽根節子 校長 |
今回の実証実験に参加した東京都港区立青山小学校では、手書き学習教材を使った基礎学力の向上、統合学校ポータルを使った校務の効率化、タブレットPCを使った学力向上という3つの取り組みを行なった。
その結果、「マイクロソフトをはじめ今回のプロジェクト関連企業から講師をお招きして、教員の研修からスタートしたが、パソコンの活用が苦手だったという先生も含めてかなりICTを活用した授業を行なうスキルが向上している。週に1回程度、情報アドバイザーが学校訪問を行ない、フォローしてくれる体制ができれば、苦手な先生でも授業にICTを活用していけるのではないか。授業を行なった先生からは、『紙ベースの授業では学習に興味を持てなかった子どもが、ICT活用によって集中して楽しく学習ができた』といった声や、『和歌山市の児童とのテレビ会議を使った交流授業によって、表現することが苦手だった子どもが離れている相手に伝えたいという目的意識を持ち、主体的に学習ができた』などの声があがっている」(青山小学校・曽根節子校長)といった成果があらわれた。
青山小学校では、今回のプロジェクトの終了後もA4サイズのタブレットPC 30台の導入が決定しており、「実験の成果をまず港区全般に広げ、さらに東京都にも成果を広めたい」(曽根校長)と成果を広く定着させていくことに意欲を見せている。
青山小学校が実施した2年生の電子黒板を利用した公開授業 | 青山小学校が実施した和歌山県の小学校とテレビ会議を使っての交流実習 | 青山小学校が実施した6年生の公開授業 |
市内の小学校全てを巻き込んだプロジェクトとNEXTプロジェクトの連動によってICT活用の実証実験を行なった和歌山市では、2007年にはタブレットPC活用による基礎学力の向上、2008年にはそれに加えて各教科でのICT活用という研究テーマを掲げてプロジェクトを進めた。
「和歌山市では手書き入力の効果に着目し、タブレットPCを導入した。しかし、我々の目的はタブレットPCを使うことではなく、それぞれの研究テーマを実践するための道具としてタブレットPCを利用した」(和歌山市立教育研究所 専門教育監補 寺下清 氏)。
伝える活動を重視した社会科の授業実践では、タブレットPCとOneNoteを使い、生徒が写真や図、複数の色を使った下線などが入ったノートを作ったが、「教師が知らない機能を子ども達が使っていた例もあった」(寺下専門教育監補)という。
図工の授業ではOneNoteのライブ共有セッション機能を使ってリレー方式で、複数の子どもが参加して1つの絵を描き上げる授業を行ない、紙を使った授業に比べ表現の共有が簡単に、即時性を持って行なえるという成果があがった。
和歌山市立教育研究所 専門教育監補 寺下清 氏 | 和歌山市が実施した今回のプロジェクトの体制図 | 和歌山市のプロジェクトにおける研究内容 |
和歌山市のプロジェクトにおける、タブレットPCとOneNoteの社会科の授業での活用例 | 和歌山市のプロジェクトにおける図工の授業での活用例 | 和歌山市のプロジェクトの研究成果 |
和歌山市は市全ての小学校が参加したことから、その利用結果については、東京工業大学の清水康敬特任教授・名誉教授などが論文としてまとめている。
「今回、1万人を超える児童が参加し、また特別な学校ではなく、市内の全ての小学校が参加したことで授業回数と成果の関係について、有効性の高い成果となったと考える」(清水特任教授)。
タブレットPCを使った漢字学習を行なった児童に対して、授業の回数が「1回」、「2回」、「3、4回」、「5回以上」、「10回以上」の何回に該当するのかを調査。その上で、漢字の学習が好きであるという回答をした児童が、授業回数によってどう異なるのかの調査を行なった。その結果、授業回数の多い児童ほど、漢字の学習が好きと回答するケースが高いことが明らかになった。
「正確には1回に比べ、2回の場合、漢字の学習が好きという回答が減少している。これは、1回目は物珍しさで期待が高いため好きという傾向が強く、2回目ではそれに比べて飽きが見られることから好きという傾向が下がるため。ところが、3~4回以上については右肩上がりに好きという回答が多くなる傾向が出ており、これは利用する機器や教材に使いにくいといったストレスがなく、前向きに学習に取り組んでいる成果といえる」(清水特任教授)。
教員にタブレットPCを使った漢字学習が有効かをアンケートで調査した結果としては、やはり授業回数の多い教員ほど有効性を感じているという結果があらわれている。
東京工業大学 特任教授 清水 康敬 氏 | 清水特任教授をはじめとしたプロジェクト参加メンバーがまとめた研究論文 |
NEXTプロジェクトは予定通りの期間を終え終了するが、マイクロソフトでは21世紀型の教育を目指して学校改革を進めるワールドワイドのプログラム「Innovative Schools Program」に日本でも参加し、教育の情報化に関する成果の普及などにつとめていく計画だ。
また、現在国会で審議中の補正予算の中では、学校でのICT機器整備に関する予算がとられていることから、清水特任教授は、「今回の予算は、今後30年程度は見込むほどができない大きなもの。この機会にICT整備を行った自治体と、行なわなかった自治体とでは大きなデジタルデバイドが起こる可能性がある」と指摘する。
マイクロソフトでもこの補正予算を大きなチャンスと捉え、「教員や児童・生徒が身近に活用できるICT環境整備を行なう時期に入った」(大井川執行役常務)として、教育現場でのICT活用を訴えていく方針だ。
(2009年 5月 22日)
[Reported by 三浦 優子]