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【ESSDERC/ESSCIRC 2016レポート】炭化シリコンや窒化ガリウムを超える、ダイヤモンドのパワーデバイス

ダイヤモンドのエレクトロニクス応用 ※東京工業大学と産業技術総合研究所、科学技術振興機構の講演スライドから

 「ダイヤモンド」と言えば、最も高価な宝石の1つとして、また最も硬い天然鉱物として知られている。ダイヤモンドは炭素原子の単結晶であり、六面体や八面体などの構造がある。

 炭素(C)はシリコン(Si)およびゲルマニウム(Ge)と同じIV族の元素であり、SiおよびGeと同様にIII族の元素(例えばボロン[B])をわずかに加える(ドーピングする)ことでp型半導体になり、V族の元素(例えばリン[P])をわずかに加えることでn型半導体となる。

 ダイヤモンドのn型半導体とp型半導体があれば、SiおよびGeと同様に、pn接合ダイオードやバイポーラトランジスタ、電界効果トランジスタ(FET)、MOSFETなどを作ろうとするのは当然だろう。実際、そのような「ダイヤモンド・エレクトロニクス」の研究が大学を中心に進められている。しかも研究を主導しているのは、日本の大学と研究機関である。

 そこで欧州の半導体研究コミュニティでは、日本におけるダイヤモンド・エレクトロニクスの研究状況を半導体国際学会「ESSDERC/ESSCIRC」で講演してもらうことにした。いわゆる「招待論文(invited paper)」である。招待論文の講演者は、東京工業大学の波多野睦子教授。論文は東京工業大学と産業技術総合研究所(AIST)、科学技術振興機構(JST)の共著である(ESSDERC B7L-D)。

 ダイヤモンドのエレクトロニクス応用は、大きく2つに分かれる。1つは、パワーデバイスである。もう1つは、量子センシングである。本レポートではパワーデバイスに関して講演概要をご紹介しよう。

 ダイヤモンドがパワーデバイスに適している理由はいくつか存在する。破壊電圧(厳密には電界)が高いこと、熱伝導率が高いこと、比誘電率が低いことなどである。重要なのはこれらの性能数値がいずれも、シリコンはもちろんのこと、次世代パワーデバイスとして商品化が進んでいるSiC(炭化シリコンまたはシリコンカーバイド)およびGaN(窒化ガリウムまたはガリウムナイトライド)よりも、はるかに優れていることだ。

 このためダイヤモンドは、次々世代のパワーデバイスに相応しい潜在能力を備えていると言える。シリコンは当然のこと、SiC(炭化シリコン)およびGaN(窒化ガリウム)のパワーデバイスでも困難な電圧電流領域でダイヤモンドは将来、使われると期待される。例えば6,600V(6.6kV)の高い電圧で、300/600Aの大電流を送電する系統のスイッチである。

主な半導体材料とパワーデバイス用途に関連する性能数値 ※東工大と産総研、JSTの講演スライドから
ダイヤモンドのパワーデバイスに期待する用途の例。6.6kV/7.2kVの送配電系統用スイッチの全固体化である ※東工大と産総研、JSTの講演スライドから

試作したトランジスタが示す驚異の高温特性

 ダイヤモンドのトランジスタとして、東工大の波多野教授らのグループは接合型FET(JFET)を研究している。接合型FETは大電流を扱うのに向いているからだという。

 実際に試作したのは、2本のゲート電極を備えるダブルゲートのJFETである。p型(ドーピング元素はボロン)の細長いチャンネルを、2つのn+型(ドーピング元素はリン)ゲートで挟み込んだ。チャンネルの長さは7μmとかなり長い。

接合型FET(JFET)の基本構造 ※東工大と産総研、JSTの講演スライドから
接合型FET(JFET)の作成手順(下の図面)。(001)基板にp型チャンネルを形成してから、[111]方向にn+型ゲートを選択成長させる ※東工大と産総研、JSTの講演スライドから
試作したJFETの構造図(左)と電子顕微鏡写真(右) ※東工大と産総研、JSTの講演スライドから

 試作したダイヤモンドJFETの電流電圧特性(静特性)は、シリコンJFETの標準的な電流電圧特性とは、かなり違う。電流電圧曲線の形状はダイヤモンドとシリコンで特に変わらない。違うのは温度特性である。

 ダイヤモンドJFET(チャンネル幅0.5μm)は、室温でのオン抵抗は52.2mΩ℃(平方cm)、ドレイン電流密度はマイナス20A/平方cm(ゲートソース間電圧マイナス3V、ドレイン電圧マイナス8Vのとき)であり、あまり優れているとは言えない。ところが温度が400℃になると、オン抵抗は1.8mΩ℃(平方cm)に激減し、ドレイン電流密度(電圧条件は室温と同じ)はマイナス1,200A/平方cmと室温の60倍にも増大するのだ。

 温度400℃という高温下では、シリコンのトランジスタはそもそも半導体として機能しない。一方、ダイヤモンド半導体は非常に優れた特性を示す。活きる温度領域が、シリコンとダイヤモンドではまったく違うと分かる。

試作したJFETの電流電圧特性(静特性)。左が室温(約27℃)、右が400℃での特性。縦軸(ドレイン電流密度)の目盛りが左右で大きく違っていることに留意されたい ※東工大と産総研、JSTの講演スライドから

高温でも極めて低いリーク電流を維持

 試作したダイヤモンドJFETは、温度上昇とともにオン電流(ドレイン電流)が増加していく。これは言い換えると、p型チャンネルのドーピング元素であるボロンの活性化エネルギー(Ea)が大きい、さらに言い換えると不純物準位が深いことを意味する。講演では不純物準位の深さを約0.37eVと述べていた。ちなみに、シリコンにボロンをドーピングしたときの不純物準位の深さは、わずか0.045eVである。

 ダイヤモンドJFETのオン電流は温度上昇とともに増加するが、あるところまで来ると飽和する。その温度は約400℃である。もちろん、400℃を超えてもトランジスタとして動く。ただしオン電流はほとんど変わらない。講演では、400℃と450℃でオン電流(ドレイン電流)がほとんど変わらないことを示していた。

 高温下で極めて低いオン抵抗を示すという優れた性質のほかに、ダイヤモンドJFETには、リーク電流が極めて低いという特長がある。しかも、リーク電流は450℃といった非常に高い温度でも低い値を維持する。チャンネル幅が0.5μmのダイヤモンドJFETでは、室温から450℃の間でリーク電流(ゲート電圧は最大プラス30V、ドレイン電圧はマイナス0.1V)は、10のマイナス15乗Aから10のマイナス13乗Aにとどまった。

 また、チャンネル幅を0.26μmに微細化したJFETで、ドレイン電圧をマイナス10Vに上げたときでも、リーク電流(ゲート電圧はプラス4Vまで)はおよそ10のマイナス14乗Aと低い値を維持した。

温度上昇とゲート電圧、ドレイン電流の関係 ※東工大と産総研、JSTの講演スライドから
チャンネル幅を0.26μmに微細化したJFETのドレイン電流特性とトランジスタ断面の電子顕微鏡写真(左上)、およびp型領域を露出させた電子顕微鏡写真(右下) ※東工大と産総研、JSTの講演スライドから

 ダイヤモンドのパワーデバイスは、基礎的な試作レベルで既に、極めて優れた性質を示しつつある。研究開発の進展が、非常に楽しみな分野だ。