笠原一輝のユビキタス情報局

NVIDIA、モデム統合型SoC「Tegra 4i」をOEMメーカーへ提供開始

~主流のスマートフォンに搭載され、年末に搭載製品登場へ

NVIDIAが発表したTegra 4i、i500のモデムを統合したTegraシリーズとしては初のモデム統合型SoC

 NVIDIAは2月19日(現地時間)、これまで開発コードネームGrey(グレイ)で開発してきたモデム統合型ARM SoCを「Tegra 4i」のブランドで、第2四半期からOEMメーカーへ出荷開始することを発表した。

 NVIDIA Tegraマーケティング部長 マット・ウェブリング氏は「Tegra 4はスーパーフォーンとタブレット向けとなり、Tegra 4iはよりマスな市場に向けたスマートフォン向けとなる」と述べ、メインストリーム向けのスマートフォンでの採用を促すために、OEM/ODMメーカー向けにリファレンスデザインプラットフォーム「Phoenix」(フェニックス、開発コードネーム)を提供していくことも併せて明らかにした。

NVIDIAのエンジニアが拡張した「Cortex-A9 R4」コアを搭載

 Tegra 4iはGrey(グレイ)の開発コードネームを持つ、プロセッサとLTE/3Gモデムを統合したARM SoC。Tegra 4iの技術的な概要は、以下のようになっている。

【表1】NVIDIAの発表したTegra 4、Tegra 4iのスペック

Tegra 4Tegra 4iTegra 3
開発コードネームWayneGreyKal-El
CPUアーキテクチャCortex-A15Cortex-A9 R4Cortex-A9
コア数4コア4コア4コア
最高クロック1.9GHz2.3GHz1.7GHz
GPUコア数726012
Computational Photography Architecture-
メモリDRAM種類DDR3L/LPDDR3LPDDR3DDR3L/LPDDR2
最大容量4GB2GB2GB
ディスプレイLCDサポート解像度3,200×2,000ドット1,920×1,200ドット2,048×1,536ドット
HDMI出力4K(Ultra HD)1080p1080p
モデム(ベースバンド)外付内蔵外付
パッケージBGA23×23mm-24.5×24.5/14×14mm
PoP-12×12mm-
FCCSP14×14mm12×12mm-
プロセスルール28nm28nm40nm

 Tegra 4とTegra 4iの最大の違いは3つある。1つ目はすでに述べたモデムの有無。Tegra 4iでは「i500」と呼ばれるモデムチップを統合しており、これはNVIDIAが2010年に買収したIceraの技術に基づいて開発された。

 2つ目がCPU。Tegra 4ではARMのCortex-A15を採用したクアッドコアCPUとなっているが、Tegra 4iでは「Cortex-A9 R4」と呼ばれるCortex-A9の改良版デザインのクアッドコアCPUを採用している。CPUの世代的には、従来の「Tegra 3」と同世代ということになるが、全く同じということではないようだ。

 NVIDIA Tegraマーケティング部長 マット・ウェブリング氏によると、Cortex-A9 R4の開発にはNVIDIAのエンジニアも多数かかわっており、これまでのTegraシリーズの経験をベースに、性能向上させるための改良が加えられており、従来と比較して15~30%程度の性能向上が期待できるという。

 NVIDIAはCortex-A9に関してのアーキテクチャライセンスを持っていないため、この改良はあくまで“ARMのコア開発にNVIDIAが関わる”形で実現された。今後ARMの顧客もCortex-A9 R4のIPデザインのライセンスを取得して自社の製品に組み込むことが可能だが、ウェブリング氏は「Cortex-A9 R4のデザインを最初に出荷することになるのはNVIDIAだ」と述べ、共同開発したことの見返りとして、NVIDIAにプライオリティ(優先権)が与えられていることを示唆した。

 Tegra 3およびTegra 4で採用されている、超低消費電力で動作する隠しコア(NinjaコアやBattery Saverコアなどと呼ばれる)を用意し、アイドル時にはそちらに切り換えることで低消費電力を実現する機能はTegra 4iでも継承する。

 3つ目となるGPUのアーキテクチャに関しては、Tegra 4と同じデザインとなっているが、GPUコアの数は減らされている。Tegra 4では72コアとなっているが、Tegra 4iに関しては60コアになる。それでも従来世代のTegra 3の12コアに比べれば、実に5倍の増加となるので、Tegra 3に比べて大きな性能向上を期待することができそうだ。また、CESでTegra 4のGPUの新機能として紹介されたComputational Photography Architectureの機能が実装されているほか、Tegra 4に内蔵されているものと同じISP(Image Signal Processor)、ビデオエンジンなども用意されている。

 Tegra 4iは28nmプロセスルールで製造されており、パッケージは12×12mmのPoPないしはFCSCP(Flip Chip CSP)が用意される。ダイサイズは大まかな数字だけが公開されており60平方mm前後(Tegra 4は80平方mm前後)で、「競合他社の同等の製品と比較して半分以下のサイズである」(ウェブリング氏)とのことで、モデムの機能を統合していながらダイサイズを小さく抑えたことを強調した。

Tegra 4iのダイ写真。Tegra 3やTegra 4と同じように5つ目のコアがあることがわかる
Tegra 4(左)とTegra 4i(右)の比較写真
Tegra 4iの概要を説明するスライド。CPUコアはCortex-A9 R4のクアッドコア、GPUは60コア、i500のベースバンド機能が1チップになっている
競合他社のモデム統合型のSoCに比べて小さなダイサイズになっていることが強調された
Tegra 4で採用されているComputational Photography Architectureの仕組みも搭載されている

ソフトウェアによるアップグレードが可能なベースバンドを内蔵

 Tegra 4iに統合されているのは、NVIDIAがCESでTegra 4とセットで発表したi500というモデムチップだ。NVIDIAはCESの段階ではi500の詳細を明かさなかったが、今回Tegra 4iの発表に併せてi500の詳細を明らかにした。i500の詳細は以下のようになっている。

【表2】NVIDIA i500のスペック(NVIDIAが公開した資料より作成)
ベースバンド
データ通信LTEカテゴリ3/カテゴリ4 100~150Mbps(ダウンロード)50Mbps(アップロード) FDD、TD-LTE、TMs 1-8
CA(Carrier Aggregation)10MHz+10MHz(最大)
HSPA+カテゴリ 24/6 42Mbps(ダウンロード)5.7Mbps(アップロード) 加えて カテゴリ6/8/10/14/18
TD-HSPAカテゴリ 24/6 4.2Mbps(ダウンロード)2.2Mbps(アップロード) TD-SCDMAを含む
2GGSM/GPRS/EDGE(最大でクラス12)
音声2G/3GAMR-WB、AMR-NB、FR、EFR、HR(マルチマイクアコースティックエコーキャンセラー/ノイズリダクション)
LTECSFB/VoLTE(それぞれSIトンネリング、SRVCC対応)
パッケージ7×7mm
プロセスルール28nm
RF
FDDマルチバンドFDD HSPA/LTE:バンド1-14、17-21、24-26、27、29、90
TDDマルチバンドTDD LTE/TD-SCDMA:バンド33-41
パッケージ6.5×6.5mm
プロセスルール65nm CMOS

 i500はベースバンドチップとRFチップの2チップから構成されている。当然だがTegra 4との接続性が確認されており、OEMメーカーはTegra 4を搭載したAndroid/Windows RTのタブレットに簡単にLTE/3Gモデムの機能を追加することができる。

 i500の特徴はSDR(Software Defined Radio)と呼ばれる、汎用の演算器を利用してソフトウェアにより定義することで、幅広い無線技術に対応できることだ。将来的に新しい無線技術が登場して新しい無線技術にアップグレードしたいとメーカーが思った場合、i500のファームウェアをバージョンアップするだけで新しい無線技術に対応することができるようになる。例えば、LTEでは提供開始の時点では100Mbpsまでの通信に対応しているが、将来のソフトウェアのアップグレードにより150Mbpsまで対応することができるとNVIDIAでは説明している。

 Tegra 4iにはこのi500の2つのチップのうち、ベースバンドの機能が統合されている(ウェブリング氏によればベースバンドの機能は全く同一)。ただ、RFチップはオフダイのままであるので、スマートフォン製品として出す場合は、Tegra 4iとRFチップ、メモリ/ストレージ、Wi-Fi(無線LAN)およびBluetoothチップを用意する必要がある。

QualcommのSnapdragon S800を上回る性能を発揮

 気になる性能だが、NVIDIAのウェブリング氏は2つのスライドでTegra 4iの性能について解説を行なった。

 1つ目のスライドはSPECintと呼ばれる業界標準のベンチマークを利用した整数演算性能で、それをダイサイズで割ることで導き出したダイサイズあたりの性能だ。一般的にダイサイズに比例して消費電力が大きくなるので、ダイサイズあたりの性能が高ければ、より少ない消費電力で高性能を発揮できることを意味することになる。Qualcommが公表しているSnapdragon S800のデータと比較したところ、S800を1にすると、Tegra 4は1.5倍程度で、Tegra 4iは2.7倍程度のスコアになるという。

 2つ目のスライドはそうしたデータをより詳細に数値したもので、CPUコアの大きさの比較では、Tegra 4iはSnapdragon S800の半分以下のダイ面積しか利用していないのに、SPECintの最大性能はSnapdragon S800が762、Tegra 4iは920と逆に上回っているという。ちなみに、Tegra 4の性能も初めて公開されており、ピーク時のSPECintの性能は1,168であることと明らかにされた。

Tegra 4iを武器にメインストリーム市場へ乗り出すNVIDIA

 Tegra 4iをもってNVIDIAは、同社が言うところのスーパーフォン(ハイエンドのスマートフォン)市場だけでなく、低価格なメインストリーム市場のスマートフォン市場に参入していきたい意向だ。というのも、今やスマートフォンは成熟した製品となりつつあり、成熟市場(日米や欧州など先進国の市場)向けのハイエンド製品から、成熟市場と成長市場(中国や東南アジア、南アジア、アフリカ、南米などの発展途上国の市場)の両方をカバーするメインストリーム製品へとボリュームゾーンが変わりつつあるからだ。

 実際、スマートフォン向けのSoCでは最大手となるQualcommもメインストリーム市場、さらにはその下のローエンド市場を含めてラインナップの拡充を進めている。NVIDIAとしてはその対抗策を打っていく必要があったのだが、これまでNVIDIAがOEMメーカーに対して提供してきたTegra 3では、モデムが外付けになってしまうし、プロセッサとしての位置づけもハイエンド向けとなっていたため、最終製品の価格が300ドルを超えてしまうような製品にしか採用されてこなかったのだ。

 この状況は、Tegra 4iが投入されれば大きく変化する。モデムを統合したことによりチップのコストも抑えることができるし、チップ数の減少によりOEMメーカーのコストそのものを抑えることもできるので、スマートフォンをこれまでよりも低価格で製造することができるようになる。ウェブリング氏は「Tegra 4iを搭載した製品の価格レンジは100~300ドル程度になるだろう」と説明する。

 こうしたメインストリーム向け市場では、OEMメーカーが低価格でスマートフォンを設計できることが重要になるため、NVIDIAはOEMメーカーに対してデザインサンプルとしてリファレンスプラットフォーム「Phoenix」を提供する。PhoenixにはTegra 4iを搭載したメインボード、5型の1080pディスプレイ、LTEモデムなどの機能が実装されており、8mmの薄さを実現しているという。OEMメーカーはこのデザインを元に、外装を工夫したり、パネルを自社で調達したモノに替えたりする程度で、自社の製品を簡単に設計できるわけだ。

 ライバルのQualcommはすでにそうしたリファレンスデザインをOEMメーカーに対して提供しているが、NVIDIAも同じソリューションを提供することで、対抗していきたい意図だ。

メインストリーム市場向けに製品を計画しているOEMメーカーに向けてPhoenixというコードネームのリファレンスデザインを提供
Phoenixのイメージ写真。5型/1080pのディスプレイを持ち、厚さ8mmというスマートフォンが低価格で実現できるようになる

日本市場にも変化が生まれるか

 日本のユーザーにとっても、Tegra 4iは重要な選択肢となる可能性が高い。現在、日本のAndroid向けスマートフォンで採用されているのは、ほとんどがQualcommのSnapdragonになっていて、Tegra 3などの採用例はあまり多くない。これは、関係者が口をそろえて証言するように「日本のキャリアやスマートフォンベンダーは、統合型モデムを好んでいる」傾向があるためで、現時点ではモデム統合型SoCとして唯一の選択肢であるSnapdragonに人気が集まっているという背景がある(ただしクアッドコアではモデム統合型が現時点ではない)。しかし、Tegra 4iが登場することで、その状況は大きく変化することになり、日本のAndroid市場にも変化が出てくるかもしれない。

 NVIDIAのウェブリング氏は「OEMメーカーへの出荷は第2四半期(4月~6月)を予定しており、これは元々のスケジュールから前倒しになっている。いくつかの地域での搭載製品の出荷は今年(2013年)の終わりが予想されており、多くの製品は2014年の第1四半期になるだろう」という見通しを明らかした。日本では2014年の春モデルのスマートフォンなどに採用される可能性が高いのではないだろうか。

(笠原 一輝)