笠原一輝のユビキタス情報局

究極の薄さとデザインにこだわって開発したNEC PC「LaVie X」

LaVie X

 NECパーソナルコンピュータが昨年(2012年)の暮れに発表した「LaVie X」は、15.6型液晶を搭載したUltrabookとして世界最薄の12.8mmを実現し話題を集めている。従来のいわゆるA4サイズノートPCと言えば、厚くて野暮ったいデザインのノートPCという印象が強かったと思うが、徐々にこのクラスでもUltrabookのような製品への移行が進んでおり、LaVie Xはそうした市場の動向を象徴する製品とも言える。

 そのLaVie Xの特徴や、開発時の課題をどのように克服したのかについて、NECパーソナルコンピュータ製品企画本部コンシューマ商品企画部担当の三島達夫氏にお話しを伺ってきた。そこから見えてきたことは、NECの開発陣はLaVie Xを開発するにあたり、とにかく薄くすることを優先して設計したこと、さらには筐体の素材にアルミニウムという差別化の難しい素材を採用しながらも高級感があるデザインするなど、多くのこだわりをもって作られたマシンであるということだ。

経営陣から世界一を目指せと発破をかけられる

 以前の記事でも触れたことだが、NECパーソナルコンピューターが元気になったということを感じている人は少なくないのではないだろうか。NECとLenovoが合弁会社として設立されたNECレノボ・ジャパングループの子会社に位置付けられているNECパーソナルコンピュータは、従来のNECのPC事業を引き継ぎ、国内市場向けのPCの製造、販売を行なっている。

 それまでのNECのPCは、企業向けとコンシューマ向けで展開していたが、率直に言って本誌の読者の多くを占めると思われるハイエンドなPCユーザーに向けた製品は多くなかった。市場の大部分を占めているのは、どちらかと言えばそうした尖った製品では無く、一般ユーザー向けの製品であることので、その方針は間違ってはいない(車で言えば、どのメーカーもフェラーリみたいなスポーツカーを作っていては自動車社会が実現しないのと同じことだ)。

 しかし、尖った製品があるからこそ新しいイノベーションが発生し、そういった製品によって、そのメーカーのブランドイメージが向上するのも事実。では、NECがなぜそういった製品をあまり持たなかったのかと言えば、その開発にはコストがかかる上、販売数が期待できないので、儲からないからだ。従って、そうした製品を出せるかどうかは、そのメーカーに財政的体力があるか、あるいはブランドを構築するための投資フェーズにあるかのどちらかにかかっている。言い換えるなら、そういう製品を出せるということは“元気がある”ということである。

 だが、昨年のNECパーソナルコンピュータを見ていると、以前のNECからは見違えるほど元気になったと言えるだろう。同社は2つの画期的製品を市場に投入した。1つは昨年の夏モデルで投入された「LaVie Z」だ。LaVie Zは、13型液晶を搭載したUltrabookとしては世界最軽量となる875gを実現しており、衝撃的な製品だった。13型液晶を搭載したノートPCの多くが1kgを超えている中、1kgを100g以上下回る875gという軽量を実現したのだから大きな驚きだったと言ってよい。そして今回紹介するLaVie Xは、15.6型液晶を搭載したUltrabookとしては世界最薄の12.8mmを実現し、再び市場に衝撃を与えた。

三島達夫氏

 ただ、NECパーソナルコンピューターの“中の人”にしてみれば、同社開発陣がこうした製品を作れるのは驚きではなかったのだという。三島達夫氏は、「弊社の開発陣は以前より企業向けのVersaProで小型のモバイルコンピュータに取り組んできて、技術の蓄積を行なってきました。残念ながらこれまではそれをコンシューマ向けの製品で利用する機会が無かっただけで、NECレノボ・ジャパングループとして生まれ変わったことで体力もつき、経営陣からも世界一を目指せと言われるなど環境が変わったことで、コンシューマ向けにも、こうした製品にも取り組めるようになったのです」と話す。

 実際、NECパーソナルコンピュータの開発拠点である米沢事業所のエンジニアは、これまでも社内外で高い評価を受けていた。Lenovoの製品担当の幹部が米沢事業所の潜在能力について高く評価しているというのは以前の記事でも紹介したが、それ以外にもプロセッサメーカー関係者などからも何度も米沢のエンジニアを賞賛する声を聞いたことがある。つまり、いつでも尖った製品を作れるだけの潜在能力はあったのだが、それまでのNECのPC事業という巨大企業の一部門ではなかなかそれを発揮する場所がなかったということだ。

 しかし、独立した企業になったことで、状況は大きく変わった。言うまでもなくNECパーソナルコンピュータにとって、本業中の本業だ。つまり、PC製品の出来が、即企業としての存在価値に関わると言っていい。だからこそ、経営陣もより魅力的な製品を作れと発破をかけるし、それに応えることができるだけの能力を持っているエンジニア達がもともと社内にいた。そうした好循環が発生しつつあるのだろう。

 そうした成果がLaVie Zであり、今回の主役であるLaVie Xなのだ。

LaVie Xの12.8mmという薄さを実現したのは設計者のノウハウ

厚さは12.8mm

 すでに述べたとおり、LaVie Xの最大の特徴は、12.8mmという薄さを実現していることだ。NECパーソナルコンピュータの開発陣は、これをどのように実現したのだろうか。

 初めに断っておくが、ノートPCの薄型化の設計に魔法などはない。現代のノートPCを設計するにあたり、x86プロセッサ、メインメモリ、ストレージ(HDDかSSD)、液晶ディスプレイ、キーボード、ポインティングデバイス(タッチかスティック)という部材から最適なモノを選択し、それらを筐体の中に納めていくという作業を行なうことになる。最薄や最軽量という称号を得るには、他社よりも薄いないしは軽くできる部材を選択し、それを最適化する設計を施すことになる。その最適化のノウハウこそが、設計者の腕の見せ所だ。

 LaVie Xにおける最適化のヒントは、他社の同等製品と比較してみることで、ある程度見えてくる。

【表】15型液晶を搭載したUltrabook級(21mmないしはタッチで23mm以下)の製品
メーカーNECAppleソニーHP
製品名LaVie XMacBook ProVAIO Tシリーズ15ENVY Ultrabook 6-1201TX
CPU(TDP)Ivy Bridge U(17W)Ivy Bridge M(35/45W)Ivy Bridge U(17W)Ivy Bridge U(17W)
液晶パネル15.6型15.4型15.5型15.6型
解像度1,920x1,080ドット2,880x1,800ドット1,920x1,080ドット1,920x1,080ドット
タッチ---
光学ドライブ---
バッテリ33Wh95Wh43Wh?(4セル)
厚さ12.8mm18mm22.8mm19.8mm
重量1.59kg2.02kg2.3kg2.09kg

 この表を見て分かることは、LaVie Xが薄型化の要因は以下の4つである。

(1)プロセッサにUプロセッサを採用したこと
(2)潔くタッチパネル搭載を諦めたこと
(3)光学ドライブを無くしたこと
(4)33Whとバッテリの容量を比較的小さめにしたこと

 プロセッサにUプロセッサ(従来はいわゆるULV版と呼ばれていた17W版)を採用したことは、Ultrabookを名乗るための条件であるので、メーカー側に選択肢はないのだが、Mプロセッサ(従来はいわゆるSV版と呼ばれていた35/45W版)よりピーク時の消費電力が少なくなるので、より小さな放熱機構で済ませることができる。

 LaVie Xで放熱機構として採用しているのは、薄型のデュアルファンだ。ヒートパイプにより左右2つにファンを分けることで、熱を分散させ、より効率敵に放熱できるようにだけでなく、それぞれのファンが必要とする底面積と高さを抑えた。また、単に2つのファンに分割しているわけではなく、それぞれのファンのスピードを変えるなどして、共振によるノイズを発生しないように工夫している。

LaVie Xのファン

 昨今のUltrabookでは、IntelやMicrosoftが積極的にタッチ搭載を推し進めていることもあり、タッチ搭載機は増え続ける一方だ。タッチ搭載のUltrabookを作れば、Intelとの共同マーケティングにおいて優先されるなどのメリットがあるのだ。また、Windows 8はクラムシェルであってもタッチがあったほうが使いやすいOSであり、ユーザー側のニーズもある。

 だが、LaVie Xではタッチ機能を搭載していない。この点について三島氏は、「LaVie Xを設計するにあたり、何よりもまず世界最薄ということにこだわりました。タッチを搭載することと厚さが増すため、省くことを決断しました」と、薄さへのこだわりから潔く諦めたのだとした。Intelは、Ultrabookの要件の中で、タッチパネルを採用する場合には2mmほど要件を緩和している。つまり、タッチパネルを搭載すればそれだけ厚くなる。「その替わりというわけではないですが、タッチパッドでチャームを出せるようしたり、ジェスチャー操作でカバーできるようにしています。」(三島氏)。

薄く広い33Whのバッテリを搭載

 3つ目の光学ドライブを無くしたことだが、すでにこれは1つのトレンドと言って良い。光学ドライブは、主にアプリケーションのインストールに利用されていると思うが、最近はダウンロードやクラウドベースで導入する例も増えている。例えば、Microsoft Officeは新バージョンの2013からプロダクトIDなどをクラウド側に格納してインストールもWebサイトから行なえるようになっている。そうした中、内蔵光学ドライブの必要性は大きく低下しているので、Ultrabookで搭載しないことは妥当な判断だ。

LaVie Xのバッテリ

 4つ目となるバッテリの容量は、これもLaVie Xの薄型化を語る上で欠かせない重要な要素だ。というのも、LaVie Xのバッテリは33Whと、一般的なUltrabookで採用されているバッテリ(40W前後)に比べてやや少なめになっている。同じ種類で同じ効率のバッテリであれば、容量を少なくすれば、その分バッテリの容積を減らすことができる。

 LaVie Xの内部を見ると、この33Whのバッテリを広い面積に敷き詰めていることがわかる。15.6型という大きさを活かし、面積を広げることで、厚さを抑えているのだ。

 やや余談になるが、MacBook Proのバッテリが96WhとLaVie Xに比べて3倍あるのは、2,880x1,800ドットという超高精細なディスプレイを採用しているためだ。ピクセル数が増えれば増えるほど、液晶パネルの消費電力は増える。このため、MacBook Proは96Whという巨大なバッテリを搭載しなければ7時間の駆動時間を実現できない。それゆえ、重量は2kg越となっている。

液晶はフルHD

 一方、LaVie Xは、少なめの容量のバッテリを採用したため、そのままでは駆動時間が減少してしまう。LaVie XではフルHDの液晶を採用しており、MacBook Proほどではないものの、バッテリへの影響は小さくない。だが、Ultrabookの規定では、MobileMark 2007というバッテリベンチマークで5時間はバッテリ駆動しなければならないということが決まっている。

 MobileMark 2007は、バッテリベンチマークの事実上の標準として利用されている。実在のアプリケーションを回して計測するため、ユーザーの実利用時間に近い数値が出るとされているが、日本のJEITA測定法 1.0に比べて遙かに厳しいテストとなっている。三島氏によれば「これをクリアするために、電源周りの効率化など、さまざまな点を見直して1つ1つ積み上げていきました。開発からは、ここをこうしたら何分伸びたなど報告が入ってくる毎日で、少しずつ伸ばしていきました。その結果として5時間をクリアすることができました」とのことで、MobileMARK 2007で5時間以上(具体的な数値は非公表)をクリアしているのだという(なお、JEITA測定法1.0による数値では7時間)。33WhのバッテリにフルHDの15.6型液晶というかなり厳しい条件でクリアというのは、賞賛に値するだろう。

 また、本製品は1時間で80%を充電できる急速充電に対応している。ACアダプタも小型/軽量なので、持ち運んでおけば、バッテリが足りなくなっても、ちょっとACアダプタをつないでおけば、すぐに充電できる。

薄くすることにこだわって片面実装の基板を薄く広く作る

基板とバッテリはこのように収められている。基板は先の写真と違い、裏面なのでチップ類が実装されていないのが分かる

 LaVie Xの内部構造を見ると、その実装面積の半分近くがバッテリ、残りがメインボードとなっている。本製品はメインボードに関してもユニークな設計になっている。

 1つは、底面積の2/3近くを占める基板の大きさだろう。日本メーカーが従来UMPCに採用してきた基板は、高密度実装し、本体底面積より遙かに小さいものが多かった。しかし、Ultrabook時代になり、利用される技術も変わりつつある。UMPCのような超小型のポータブルPCの場合に重要視されたのは、小型化(底面積を小さくすること)であり、軽量化だった。しかし、Ultrabookで課題とされているのは厚さ方向で、小型化や軽さはさほど重要視されていない。そこでLaVie Xを含むUltrabookでは、片面実装を採用していることが多いのだ。

 片面実装では、基板の面積は大きくなるが、部品を片側にだけ実装していくため、両面実装より薄くできる。「基板の層数などは明らかにできませんが、基板そのものの厚さは、片面実装のための配線に一部の層を利用しているため、LaVie Zに比べてLaVie Xの方が厚くなっています。しかし、実装しているコンポーネントの高さも入れるとLaVie Xの方が薄くできています」(三島氏)との通りで、トータルで両面実装に比べると、片面実装は薄くできるのだ。

【図】片面実装と両面実装の違い(筆者作成)

 また、NECパーソナルコンピューターのPCらしい特徴として、本体内部に付属マウスのレシーバーを内蔵するスペースが用意されている。これは、CTOで選べる純正マウスを選択した場合に内蔵されるレシーバーで、内部でUSBポートに接続されている。つまり、本来であればUSBポートに接続して、外に飛び出る形になるドングルを本体に内蔵している。三島氏によれば「もちろんUSBポートに挿すドングルをバンドルすることも可能ですが、そうするとUSBの口が減ってしまいますし、コンシューマ向けのPCという性格上、最初から内蔵しているべきだと考えました」とのことで、日本メーカーらしい、細かな心遣いと言えるだろう。

 しかも、これを実現するために、わざわざキーボードのフレーム部分で、Shiftキーの下あたりに、電波を通すための穴が開けられている。キーボードのフレームは金属であるため、その下にレシーバーがあると電波を通さないからだ。もちろん必要な分しか開けられていないので、キータッチには影響はないという。ちょっとした工夫にしか思えないかもしれないが、ワイヤレスマウスを使ったことがあるユーザーなら、USBドングルでUSBポートがふさがっていることを不便だと感じたことは1度や2度ではないだろうから、このことの便利さがわかってもらえるだろう。

マウス用の内蔵USBドングル
このように配置され、キーボードの板金には電波を通すための穴が開けられている

ヘアライン加工、磨き、そして青みをつけるアルマイト加工をしたアルミケース

 三島氏によれば、LaVie Xは内部構造の工夫だけでなく、外装にもこだわった設計を行なっているという。「今回のLaVie Xでは筐体にアルミ合金を利用しています。同じ強度で軽くするにはマグネシウムが最適なのですが、同じ強度で薄くするにはアルミニウムが最適だからです」(三島氏)と、LaVie Xでは薄さを何よりも優先したためアルミニウムを筐体の素材に利用しているという。

 そして、表面加工に工夫を加えている。今回のLaVie Xの表面加工は、まずヘアライン加工を行ない、その後磨きを入れ、最後にアルマイト加工を行うことで青みを出すという手順で行われている。青みを出すのは「普通のシルバーだと、経年変化により黄色がかって見えるようになり、安っぽくなってしまう。これを避け、高級感を出す目的で、冷たいイメージを出す意味でブルーのトーンを加えています」(三島氏)とのことで、実際、LaVie Xの外装は高級な感じに仕上がっている。

 ただ、その製造は簡単ではないそうで、「磨きすぎるとヘアラインが消えてしまうし、薬品につけておく時間によっては色が濃くなり過ぎてしまったりするので調整は困難でした。エンジニアが実際に加工している工場まででかけていって、試行錯誤を繰り返しました」と、サンプルを製造している段階ではヘアラインがつぶれて消えてしまったり、青くなりすぎたりという苦労もあったそうだ。なお、この加工は、液晶側の天板だけでなく、本体の底部にあたる部分にも施されている。持ち歩くことが予想されるUltrabookだけに天板だけという選択肢はなかったということだ。

 また、液晶のヒンジ部分は通常であれば円柱だったり、四角柱だったりする製品が多いが、LaVie Xでは六角柱の形になっている。「円柱や四角柱にしたほうが、内部の使える部分は増えるので、エンジニアからは反対されましたが、デザイナーがどうしてもここは六角柱にして欲しいと言って、強引にやってもらいました」(三島氏)と、細部にもこだわっている。

天板
底面のアップ。ヘアライン加工され、若干青みがかっている
ヒンジが六角柱なのはデザイン上のアクセント

 最後に、今後のUltrabook製品の方向性についても聞いてみた。三島氏は、「ユーザーにとって、クラムシェルなどどういった製品の形状が一番使いやすいのかを踏まえた上で、製品毎に軽さが最重要なのか、タッチが最重要なのかといったことを決めていきたいと思っています。そして、もしユーザーの要望がタッチ付き最軽量というのであれば、それも考えてきます。ただし、逆にタッチをつけず、最軽量の道を突き進むという選択肢もあると思います」と答え、タッチがUltrabookの必須要件になった場合でも、敢えてUltrabookの冠をつけない製品作りもあり得るだろうとの考えを示してくれた。

(笠原 一輝)