笠原一輝のユビキタス情報局

Lenovo最高デザイン責任者、デビッド・ヒル氏インタビュー

~昨日も明日も変わらないThinkPadのコアデザイン哲学、でも明日は昨日よりも良くなる

Lenovoの副社長兼CDO(Chief Design Officer、最高デザイン責任者)のデビッド・ヒル氏

 米Lenovoの日本法人、レノボ・ジャパン株式会社は、2月9日に同社のプレミアムブランドX1シリーズの4製品(ThinkPad X1 Yoga/ThinkPad X1 Carbon/ThinkPad X1 Tablet/ThinkCentre X1)を日本でも発表した。

 その発表会に併せてLenovoの副社長兼CDO(Chief Design Officer、最高デザイン責任者)のデビッド・ヒル氏が来日し、記者会見においてThinkPadのデザイン哲学などについて説明した(別記事参照)。

 ヒル氏は、1990年代から当時はIBMの一部門だったThinkPadの開発部門に加入して以来、ThinkPadのデザインに一貫して関わっており、現在ではLenovoのPC部門の総本部となっている、米国ノースカロライナ州ラーレイにおいて、ThinkPadやそのほかのLenovo製PCのデザインの総責任者として重責を担っている。今回、筆者はヒル氏にインタビューする機会を得たので、その時の模様をお伝えしていきたい。

 ヒル氏は「ThinkPadは1992年から変わらないデザインフィロソフィーによって作られている。しかし、明日の製品は昨日よりも良くなっている」と述べ、コアになる哲学は90年代から何も変えていないが、それでも現代の機能を取り入れながら進化していく製品、それがThinkPadシリーズだと表現した。そして、将来の方向性については「将来は予想するのは難しいが、今後もノートブックPCはより薄くなっていくだろう」と述べる。

昨日も明日も変わらないThinkPadのコアデザイン哲学、でも明日は昨日よりも良くなる

 Lenovoが販売しているビジネス向けのノートPCのブランドである「ThinkPad」シリーズは、元々1992年にIBMが同社ブランドのノートブックPCとして販売を開始した製品だ。それ以前は、日本では「PS/55 Note」、米国などでは「PS/2 Note」として販売されており、1992年に販売開始された「ThinkPad 700/700C/700T」以降、ThinkPadのブランドを冠して販売されるようになった。その後、2004年にIBMが事業を整理した時に、PC部門はLenovoへと売却され、その時にIBM PCのヘッドクオーター(本部)だったノースカロライナ州ラーレイのオフィスは、そのままLenovoのPC部門のヘッドクオーターとして運営されており、現在に至っている。

 今でもLenovoのPCは中国の本社で主導して作られていると思っている人が多いが、実際にPCの製品作りを主導しているのはこのラーレイにある米国本社と米国人の幹部であって、中国の本社はそれには殆ど口を挟むことなく経営面に集中しているというのがLenovoの実態だ。

 ただし、開発の拠点はラーレイだけあるのではなく、コンシューマ向け製品(Yogaシリーズなど)は北京の開発拠点で、ThinkPadは日本の大和研究所(神奈川県横浜市)で開発しており、それを取りまとめているのがラーレイの米国本社ということになる。そのラーレイにいる上級幹部の一人がデビッド・ヒル氏で、CDO(Chief Design Officer、最高デザイン責任者)として、Lenovo製品のデザイン面での方針を決定したり、製品作りに責任を負っている。

 ヒル氏は「ThinkPadのデザイン哲学のコアは1992年の最初の製品から何も変わっていない。リチャード・ザッパー氏、そして大和研究所の高橋知之氏などのコアメンバーが決定した黒い弁当箱の考え方をずっと踏襲している。昨日のThinkPadも、明日のThinkPadもそれは同じだ。しかし、明日の製品は昨日よりも良くなっている、これがThinkPadのデザイン哲学だ」と述べ、コアの哲学は変えず、しかし現代の新しいテクノロジーを取り入れながら徐々に進化していく、それがThinkPad開発哲学と説明した。

ユーザーに支持されている製品は長年基礎のデザインは変えていない

 実際、驚くべき事にThinkPadシリーズは、1992年の発売から"黒い弁当箱"というデザインの基本は殆ど変わっていない。これに対し、ほかのPCメーカーで、1990年代のデザインコンセプトがそのまま生かされているというメーカーは1つもないというのが現状だ。

 現代のノートPCの代表格と言ってもよい、Appleの「MacBook」シリーズでさえ、現在のアルミベースの筐体がアイコンとなったのはここ10年ほどの話であって、それ以前のMacBookは今とは全く違うデザインだった。また、現在はVAIO株式会社となっているソニーの「VAIO」シリーズでも、登場当初の紫のカラーというのは今はほぼ継承されていない。唯一のThinkPadの黒の弁当箱に対抗できそうなのは、パナソニックの「レッツノート」シリーズで、天板のやや膨らんだA面のデザイン、シルバーの筐体というデザインが継承されていることぐらいではないだろうか。それでもこれらに挙げた製品は、長年同じデザインテイストが継続されており、それ自体が1つのアイコンになっている。ユーザーに支持されている製品はデザインの基礎を変えていない、そういうことは言えると思う。

 ヒル氏は「デザインのコアになる部分は変えない。例えば、ポルシェの911シリーズは、初代と今でも同じデザインテイストを維持している。設計しているエンジニアも違うだろうが、その魂となる部分は引き継がれている。そのほかにも、レイバンのサングラスは、どの世代でもデザインはほぼ共通だ。結局人間の眼は2つしかないからで、大きく変える必要がないからだ。ThinkPadも同じことだ」と述べ、ThinkPadのデザイン哲学もそうした長く続いているブランドの製品と同じように、基本的な哲学を踏襲しつつ、新しい要素を入れていく、そうした考え方で成り立っていると説明した。

 例えば、日本では“赤ぽっち”として知られる「TrackPoint(キーボードのBGHキーの間にあるスティック型のポインティングデバイス)」は、1992年のThinkPadシリーズの象徴的なデザインとして認識されている。このTrackPointも、同じように見えるが、内部の構造は大きく進化しているし、近年ではキーボードが薄型化されていることに併せて、TrackPoint自体も薄型のモノへと進化している。しかし、初代のモノと同じようなフィーリングを実現できるという"哲学"は継承されてきている。そうした「守るべきモノは守り、変わらなければいけない部分は変わっていく」というのがThinkPadのデザイン哲学だとヒル氏は言っている、そういうことだ。

1992年にリリースされた初代ThinkPadとなるThinkPad 700C。この当時から黒い弁当箱という大枠は変わっていない
現代のThinkPad X1 Carbon、薄くなり、クリックパッドはついたものの、黒い弁当箱という大枠は同じだ

ThinkPad X1 TabletのモジュールはUltrabayの現代版なのだとヒル氏

 今回レノボ・ジャパンが発表したX1シリーズについてヒル氏は、「X1シリーズはThinkPadの中でもさらにプレミアムな位置付けとなる。BMWのMシリーズのようなものだと思って頂きたい」と説明する。

 従来のX1は、ThinkPad X1 Carbonだけが存在しており、XシリーズというThinkPadの中でもよりモバイル性が高い製品のバリエーションという位置付けだったと言っていい。しかし、今回の2016年型のThink製品(ノートブックのThinkPadとデスクトップのThinkCentreを総称する場合の呼び方)の中では、“X1”の格付けはより上位となり、ビジネスPCのシリーズであるThink製品の中でもよりプレミアムな製品として位置付けられ、そのバリエーションとして1.3kg台の2in1でOLED(有機EL)ディスプレイを選択することが可能な「ThinkPad X1 Yoga」、1.2kgを切る軽量なクラムシェルとなる「ThinkPad X1 Carbon」、さらには複数の合体モジュールが用意されているユニークな脱着式2in1型タブレットとなる「ThinkPad X1 Tablet」、さらには「ThinkCentre X1」という液晶一体型PCも用意されている。

 そのX1シリーズの中でもヒル氏は、ThinkPad X1 Tabletについて「今回も大和研究所のエンジニア達は非常に印象的な仕事をしてくれた。当初スケッチで見せたもらったときには、モジュールを取り付けるにはネジが必要だと考えていた。しかし、最終的に非常に優れたラッチを開発してくれて実現できた」とする。

 ThinkPad X1 Tabletには、オプションで3つのモジュールが用意されている。1つめがプロダクティビティモジュールで、バッテリとHDMI、USB 3.0、OneLink+(Lenovo用のドック用コネクタ)、2つめがプレゼンターモジュールで、プロジェクター、バッテリとHDMI、3つめが3Dイメージングモジュールで、3DカメラとHDMIとなっている。これらをドッキングするときに、普通のタブレットであれば、ネジ方式にするところだが、今回のThinkPad X1 Tabletでは、スーツケースのようなラッチにより実現しているのだ。

 ヒル氏は「これらのモジュールは、言ってみればUltrabayの現代版だ。Ultrabayは多くのユーザーの皆様にご愛顧頂いた技術で、バッテリや光学ドライブなどを入れ替えて利用することができた。このX1 Tabletのモジュールも基本的な考え方は同じで、それのタブレット版になる」とアピールした。

 また、今回のThinkPad X1シリーズでは、OLEDディスプレイを搭載したThinkPad X1 Yogaも注目を集めている。OLEDは通常のLEDに比べて応答性、高コントラストなどで優れており、既にかなりの定評があるIPS液晶と比較しても、さらに色が締まって見えて、表示品質が高くなっている。OLEDそのものはスマートフォンやタブレットで採用例があるが、PC用として採用されたのはおそらくThinkPad X1 Yogaが初めてだと思われる。無論、OLEDが鮮やかすぎて苦手という人もいるが、そこは好みの問題であるので、スマートフォンなどでOLEDが好みだと感じているのであれば、有望な選択肢となるのではないだろうか。ただし、CTOでOLEDが選択可能可能になるのは夏以降とされており、手に入れられるのはだいぶ先になるのがちょっと残念なところだ。

ThinkPad X1 Tablet。キーボードを取り付けるとまるでクラムシェルのようだ
オプションで用意されているモジュール。プロダクティビティモジュール、プレゼンターモジュール、3Dイメージングモジュールが用意されている
ThinkPad X1 YogaのIPS液晶モデル(左)とOLEDモデル(右)との比較。OLEDの方が鮮やかな発色であることが写真でもわかるが、眼で見るともっと違いがある

今後もノートPCはさらに薄くなっていくとヒル氏の予想、黒い弁当箱デザインはこれからも続く

 せっかくの機会なので、ヒル氏にこれからのデバイスはどうなっていくか予想を聞いた。

 「未来を予想することは難しい。実際、IBMは将来コンピュータは5つになるだろうと予想したが、我々の現実は全くそれとは真逆になっている。1つだけ言えることは“ワンサイズフィッツオール”であることはあり得ず、複数のプラットフォーム、複数のフォームファクターが混在する未来が続くと思う」とヒル氏は述べ、今後も夢のスーパーデバイスというのは登場せず、異なるフォームファクターのデバイスが混在する世界が続く可能性が高いとした。

 その上で、無理を承知でノートPCがどうなっていくと予想するかヒル氏に伺ったところ、「今後もノートPCは薄くなっていくと考えている。例えばキーボードを見ても、過去には深いストロークのキーボードだったのが今は薄いキーボードで多くのユーザーが満足している。例えば私の母親は仕事でタイプライターを使っていたので、今のノートPCのような薄型のキーボードはジョークだと言っている。しかし、私の息子は若い頃から今のようなキーボードやタッチを使っているので、タイプライターのようなキーボードこそジョークだと言っている。そのように人々の趣向も変わっていくが、一貫して言えることは、徐々に薄くなっていっているということだ」と述べ、今後も薄型化の傾向は続いていくだろうとした。ただ、それでも黒い弁当箱というThinkPadのコアとなるデザイン哲学は今後も継続されていくだろう。

 最後に、ThinkPadの黒い弁当箱のデザインに貢献した、リチャード・ザッパー氏について触れておこう。悲しいことに、ザッパー氏は昨年の暮れに亡くなられた(享年83歳)。ザッパー氏の死去についてヒル氏は「非常に悲しいことだった。彼は非常に優秀なデザイナーであり、そして我々に取っての師匠と言ってもいい存在だった。ThinkPadの黒い弁当ボックスのコンセプトは彼に負う部分が非常に大きかった。彼と一緒に仕事をした最後は5年前だったか、我々の製品を見てもらって助言を頂いていた」とザッパー氏との思い出を語ってくれた。ThinkPadの父と呼ばれる存在の人は、何人かいると思うが、ザッパー氏は確実にその一人であり、PC業界に多大な影響を与えた人物だと言って良いと思う。ザッパー氏のご冥福をお祈りしたい。

昨年享年83歳で亡くなられたリチャード・ザッパー氏(出典:2月9日に行なわれたヒル氏のプレゼンテーション)

(笠原 一輝)