笠原一輝のユビキタス情報局

クラウドを訴求していく日本マイクロソフトのOffice戦略

〜新しいOffice Mobile+Office 365サービスというPIPCライセンスの狙いとは

 日本マイクロソフト株式会社(以下、日本法人を指す場合には日本マイクロソフト、米国本社も含める場合にはMicrosoftと表記する)は、9月29日に東京都内で記者会見を開催し、同社のオフィススイートの最新版となる「Microsoft Office 2016(以下、Office 2016)」を正式に発表した。

 Office 2016は、2014年からベータテスターが続けられており、2015年に入ってからは法人向けOffice 365を契約しているユーザーにもベータテストの枠を広げ開発が続けられてきた。そして、米国時間の9月22日(日本時間9月23日)より、Office 365(法人向け、個人向け)のサブスクリプションを契約しているユーザーに対してグローバルで提供が開始されており、9月30日からは永続型ライセンス(いわゆるパッケージ版)の販売が開始され、10月1日からは主に法人向けとなるボリュームライセンスの提供も開始された。

 今回、日本マイクロソフト株式会社業務執行役員アプリケーション&サービスマーケティング本部本部長の越川慎司氏と、同社マーケティング&オペレーションズ部門アプリケーション&サービスマーケティング本部 Office 365エンタープライズグループ部長の松田誠氏の2人に、新しく導入されたOfficeモバイル+Office 365サービスのライセンスモデルの形や、その導入経緯などを聞いてきた。

Windows 10世代になって追加された新PIPC向けライセンス

 Office 2016に関しては、Office 365(個人用、法人用)のサブスクリプションを持っているユーザーにとっては、9月22日(米国時間、日本時間9月23日)から配布が開始されているため、既に利用されている読者も少なくないだろう。

 9月29日に行なわれた発表会で最も注目されたのは、機能面などよりも、「PIPC」(Pre Install PC)と呼ばれる、PCにバンドルされるOfficeのライセンス形がどうなるかだった。結論から言えば、一般的なノートPCやデスクトップPCに関しては、従来のOffice Premium+Office 365サービスが継続されることが明らかにされた。Office Premium+Office 365サービスは、2014年10月に導入されたライセンスモデルで、バンドルされているPCでのみ利用できるOffice 365の1ライセンス(Office Premium)と、以下の4つのサービスが含まれるOffice 365サービスがバンドルされている。

  • OneDrive 1TB(将来無制限に拡張予定)
  • Skypeの無料通話60分/月(60カ国の固定電話と9カ国の携帯電話へ無料で60分かけられる権利)
  • 2台のタブレットおよび2台のスマートフォンでモバイル用Officeアプリケーションにおける商用を含んだ利用権
  • Answer DeskサポートのOfficeテクニカルサポート

 10.1型以上のディスプレイを搭載するPCの場合には、このOffice Premium+Office 365が引き続きバンドルされることになる。

9月29日に行なわれた日本マイクロソフトの記者会見で示されたスライド

 従来との大きな違いは、10.1型以下のPC、例えば10.1型、8型、7型などのディスプレイを搭載したWindowsタブレットなどには、Office Mobile+Office 365サービスという新しいPIPCライセンスがバンドルされる。Office Mobileというのは、Windows 8時代にはストアアプリ、Windows 10ではUWP(Universal Windows Platform)アプリなどと呼ばれている、Windowsストアから配布されるアプリとなる。

Office Premium+Office 365サービス、Office Mobile+Office 365サービスの違い

Office Premium+Office 365サービス Office Mobile+Office 365サービス
適用ディスプレイサイズ 10.1型以上 10.1型以下
Officeデスクトップアプリケーション -
UWP Officeアプリ
Office 365サービス

 Office MobileはWindows 10のリリースと同時にWindowsストア経由で提供開始されており、Word Mobile、Excel Mobile、PowerPoint Mobileの3つのソフトウェアが用意されている。機能はデスクトップアプリケーションのOfficeに比べると少なく、そもそもインストールしただけではAndroid版/iOS版と同じように、閲覧しかできない機能制限がある。ただし、Office 365(個人版、法人版を問わない)のサブスクリプションに紐付いているMicrosoftアカウントでログインすると、フル機能を利用でき、かつ商用利用が可能になる、という仕様だ。

10.1型以下のデバイスにバンドルできるOffice Mobile+Office 365サービス

 日本マイクロソフトの越川氏は「10.1型以下にはOffice Mobileをバンドルしていく。2-in-1やタブレットでも生産性を高めていくために提供を開始したものだが、簡易な閲覧と編集を付けることで多くのお客様にOfficeを提供していくものになる。ただ、日本では商用利用に関しての意識が高く、お客様としても商用利用できるOfficeが欲しいし、メーカーとしても差別化の要因になるだろうと考えて、Office Mobile+Office 365サービスを提供することにした」と説明する。

 ここで鍵になってくるのは、商用利用ライセンスだ。元々Office Mobileは基本的に商用利用が不可となっている。日本以外の地域で商用利用ができるのは、Office 365(個人用、法人用問わず)のサブスクリプションを有しているユーザーが、Office 365が紐付いているMicrosoftアカウントを利用してログインした時だけになる。このため、仮にOEMメーカーがOffice Mobileをプリインストールして販売したとしても、Office Mobileを利用して仕事用のファイルを編集したり、作成したりということはライセンス違反になってしまうのだ。

 そこで、日本マイクロソフトは本社に掛け合って、Office Mobile+Office 365サービスというPIPC向けのライセンスを作ってもらうことで、Office Mobileを商用利用できるという日本独自のライセンスを用意した。なお、Office Mobile+Office 365サービスに付属してくるOffice 365サービスは、Office Premium+Office 365サービスにバンドルされているものと同じサービスになるので、購入後1年間の利用権が付属しており、1年が経過しても有償で契約を更新することができるし、タブレット2台まで、スマートフォン2台までのモバイル向けOfficeアプリケーションの利用権も付属している。

日本マイクロソフト株式会社業務執行役員アプリケーション&サービスマーケティング本部本部長の越川慎司氏(左)、同社 マーケティング&オペレーションズ部門アプリケーション&サービスマーケティング本部Office 365エンタープライズグループ部長の松田誠氏(右)

日本のメーカーの間では“レッツノート特例”と呼ばれる日本だけの特例

 このライセンスは、NEC PCが9月15日に発表した10.1型タブレット「LAVIE Tab W TW710」、8型タブレットの「LAVIE Tab W TW708/TW508」に採用されている。今のところ採用しているのはこれら製品のみだが、松田氏によれば「OEMメーカー様からは高い興味を示して頂いている」とのことで、今後OEMメーカーがOfficeを10.1型や8型などのWindowsタブレットでOffice Mobile+Office 365サービスを採用する可能性が高い。

日本マイクロソフトの記者会見にゲストとして登壇したNEC パーソナルコンピュータ株式会社代表取締役執行役員社長の留目真伸氏。左手に持っている8型WindowsタブレットにOffice Mobile+Office 365サービスがプリインストールされている

 非常に興味深いのは、このPIPC版のOffice Mobileを搭載できる製品の境界が、Office Mobile+Office 365サービスが10.1型以下、Office Premium+Office 365サービスが10.1型以上と設定されていることだ。つまり、10.1型の液晶を搭載する製品はどちらのライセンスも選ぶことができるのだ。

 日本以外の地域では、Office Mobileは10.1型以下、デスクトップ版Officeは10.1型より大きい製品向けとなっている。日本マイクロソフトの越川氏は「グローバルでは10.1型のところに線が引かれており、それに合わせるのが自然だが、日本のユーザーのユーセージモデルはグローバルとは異なるところが多い。電車で移動するのもそうだし、ワーキングデスクが小さいなどを考えると、小型軽量にもデスクトップ版のニーズが強く、10.1型に関しては特別に配慮する必要があると考えて本社と交渉した」と、ここも日本独自のニーズとして特別に認めてもらった要件だとした。

 この規定が何のためにあるかは、日本のOEMメーカーの関係者が、これをなんと呼んでいるかを知れば明らかだろう。それは「レッツノート特例」だ。パナソニックのレッツノートにはRZシリーズのように10.1型で、フルPCとして機能する製品がラインナップされており、かつその比率は決して小さくない。日本のユーザーはレッツノートRZをメインPCとして購入しているので、そこにバンドルされるOfficeが機能限定版では話にならない。現時点ではパナソニックはWindows 10をプリインストールした製品をまだ発表していないが、同社のWebサイトでは10月7日に新情報解禁という予告もされており、そのタイミングで10.1型ディスプレイを搭載したRZの後継製品があるのであれば、そこにバンドルされるOfficeは当然Office Premiumになる可能性が高いだろう。

10.1型より小さいディスプレイのデバイスはOffice Mobile+Office 365サービスが唯一の選択に

 10.1型に関しては特例としてデスクトップ版Officeをプリインストールすることも可能になっているが、7〜9型のWindowsタブレットやミニPCでは、今後はOffice Mobile+Office 365サービスのみが唯一の選択肢となる。

 日本市場では、小型のディスプレイを搭載するタブレットに特例として商用利用可能なOfficeが非常に安価なバンドルライセンスとして提供されてきたというのは、筆者もこの連載で何度かお伝えしてきた。海外でも小型のディスプレイを搭載するタブレット向けの安価なOfficeライセンスというのが提供されてきたのだが、それは商用利用不可のライセンスだった。しかし、日本でだけは商用利用も可能な形で提供されてきたため、低価格にOfficeを手に入れる手段の1つとして、Windowsタブレットが選ばれてきた歴史がある。

 日本マイクロソフトの松田氏は「Windows 8.1の時代ではOffice Mobileもなく、それをバンドルする仕組みがなかった。実際我々が調査してみると、日本のお客様に関しても8型などの10.1型以下のデバイスではさほど(フルOfficeは)望まれていない。むしろお客様が望んでおられるのは商用利用だと考えた」と語る。

デスクトップ版Office 2016のWord 2016(奥)とOffice MobileのWord Mobile(手前)の比較。後者の方がタッチで操作しやすいUIになっている

 Office Mobileにはデスクトップ版Officeに比べて1つ上回っている部分がある。それはタッチへの対応だ。デスクトップ版Officeも、以前に比べればタッチへの対応は進んでいるが、それでも元々タッチを標準UIとして設計されているOffice Mobileには敵わない。そのため、タッチがメインの使い方になる10.1型以下ではOffice Mobileを、キーボード/マウスがメインになる10.1型より上ではデスクトップ版をという考え方は理にかなっていると言える。かつ日本のユーザーだけは、Office 365サービスが付属してくることで、商用利用も可能なので、特に違和感無く乗り換えることができるのではないだろうか。

 なお、これらの制限は、あくまでOEMメーカーがバンドルするときの条件であって、例えば、ユーザーが自分が契約しているOffice 365のサブスクリプションの権利を行使して、8型のWindowsタブレットにインストールして利用することは問題ない。

クラウドやマルチデバイスを訴求し、旧バージョンユーザーの乗り換えを促進

 日本マイクロソフトは、2014年にOffice 365 SoloとOffice Premium+Office 365サービスを発表、提供開始したが、それから1年が経ち普及具合はどのようになっているのだろうか?

 「記者会見ではSoloの割合が過半数としたが、実はもうちょっと高い。Premiumに関しては既に90%のPCに搭載されており、概ね移行が済んでいる。Office 365 Soloで多いのは、実はMacユーザーの方。Macユーザーの方は我々の調査だと50%の方が何らかの形でWinodwsを持っており、MacとWindowsをOneDriveのクラウドストレージでデータ共有しながら使うという使い方をされているようだ」という(松田氏)。

 以前であれば、MacユーザーからWindows、その逆にWindowsからMacに移行する場合、アプリケーションは買い直しになってしまうことがほとんどだった。しかし、Office 365にせよ、AdobeのCreative Cloudにせよ、サブスクリプション型のソフトウェアはMac、Windowsというプラットフォームを問わない形になりつつある。今MacBookを使っているが、魅力的なノートPCがWindows PCとして出たのでそっちに乗り換えると言う場合、追加投資なく移行できる環境が整いつつある。

 同じことは、Office Mobileにも言え、例えば現在はiPadを使っているけど、今度ソニーから魅力的なAndroidタブレットがでたので、そっちに乗り換えようということも問題なくできるようになっている。

 「日本はOfficeの普及率が他の地域に比べて非常に高い。それをさらに広げていくと考えた時に、Officeの価値を高めていくには、サービスとマルチデバイスの展開が必須だと考えている」(越川氏)。

 Microsoftにとっては、オフィススイート市場では事実上競合がいない状況になっている。競合となりうるのは、自社の古いバージョン(Office 2010やOffice 2007など)だ。そうした旧バージョンのユーザーに、Office 365への移行を促すには、Officeそのものも魅力もそうだが、やはりOneDriveとの連携といったOffice 365サービスの魅力を前に打ち出す必要がある。今回日本マイクロソフトはOffice 2016の発表会で盛んにOneDriveやSkype for Businessなどのクラウドサービスとの連携のデモを行ない、アピールしていた。

 今のOffice 365 Soloの価格(13,000円前後/年額)は、1TBのクラウドストレージを契約したら、Officeが2ライセンスついてくるという捉え方もできる。松田氏は「Office 365サービスで提供しているOneDriveの1TBというストレージ容量は、他社で言えばそれだけで月額1,200円程度で提供されているもので、そういった価値をもっとアピールしていきたい」とした。

日本マイクロソフトの記者会見でのデモ。チームで編集しながら、Skype for Businessでビデオチャットをするという使い方などを提案していた

(笠原 一輝)