笠原一輝のユビキタス情報局

クリエイターが選ぶのはどっち?

~Adobe MAXで見えてきたiPad Pro対Windowsタブレットの関係

 10月3日~10月7日に米国カリフォルニア州ロサンゼルスで行なわれたクリエイター向けのカンファレンス「Adobe MAX」に関して、先週の記事で多数のレポートをお届けした。

 そのAdobe MAXで明確になってきたことは、クリエイターに提示されているモバイル向けのペンソリューションが2種類あり、ユーザーが目的に応じて選択できる状況になっていることだ。1つはAppleが11月に販売を開始する予定のiPad Proであり、もう1つはMicrosoft自身やそのOEMメーカーがリリースするペン対応Windowsデバイスだ。それぞれに一長一短があり、クリエイターは自分のニーズに応じて選択できる状況にある。

クリエイターの多くが利用するのはMac、Adobe MAXのデモもMacが大多数

 普段はハードウェア系のカンファレンスに参加することが多い筆者にとって、完全にソフトウェア系、しかもクリエイター向けというカンファレンスに参加するのは久々で、さまざまな新鮮な発見があった。

 例えば、10月5日(現地時間)に行なわれた基調講演の中で、Creative Cloudのデスクトップアプリケーション(Photoshop CC、Illustrator CCなど)のデモは、2つの例外を除いてMac版を利用して行なわれていたことは新鮮だった。というのも、普段筆者が参加するようなカンファレンスで利用されるデモはWindows PCが多く、Macを利用したデモの方が少ないからだ。

 だが、Adobe MAXはクリエイターをターゲットにしたイベントであり、クリエイターの多くはMacユーザーだ。実際、基調講演の会場やセッションの会場で参加者の持っているPCを眺めてみると、MacBook Proが大多数で、たまに新しいMacBookとWindows PCがある程度。WindowsとMacの比率(9:1)が一般社会とは逆(1:9)、というのが筆者の感じたところだ(なお、クリエイター向けのPCのシェアの統計は見たことがないので正確な数字ではなく、あくまで筆者の感覚での話である)。その意味では、デモがMacで行なわれるというのは不思議ではない。

 ただ、今回の基調講演では、Macベースではないデモが2つあった。1つは、モバイルアプリのデモだ。Adobe MAXの基調講演レポートでもお伝えしたように、今回AdobeはCreative Cloudの新ソリューションとしてモバイルアプリを盛んにアピールした。Photoshop FixやCapture CCのような新しいモバイルアプリを発表したほか、Photoshop Mix、Photohop SketchといったiOSないしはAndroid向けのモバイルアプリの機能強化を明らかにした。

 これらのモバイルアプリのデモは言うまでもなくMacではできないので、iOSベースのデバイス(iPadやiPhone)を利用して行なわれた。これらのモバイルツールで編集したデータを、Creative Cloudのクラウド同期機能であるCreativeSyncなどを通じてデスクトップ版のPhotoshop CCなりIllustrator CCに転送してコンテンツを作成するという使い方が紹介された。

 11月にはAppleのデバイスとしてはほぼ初めて液晶ペンタブレットとなるiPad Proが登場する。そのiPad ProのデジタイザペンとCreative Cloudのモバイルアプリで使って欲しい、それが今回AdobeがAdobe MAXで訴えたかったことだろう。

Adobeのモバイルアプリ、Photoshop Sketchを利用してiPad Proのペンで水彩画を描いているところ。Photoshop Sketchのバージョンアップで追加された機能
Adobeのモバイルアプリ、Photoshop Mixを利用してiPad Proのペンで画像を修正しているところ。モバイルアプリではデスクトップ版のPhotoshop CCに比べると機能は限られるが、手軽に使えるのが特徴
App StoreでPhotoshopのモバイルアプリを表示したところ、このように複数のモバイル用アプリが存在する
iPad版Photoshop Sketchの画面
iPad版Photoshop Fixの画面

Windowsが利用されたのはデスクトップアプリでのタッチとペンのデモ

 もう1つの例外は、唯一Windowsを利用して行なわれたデモで、Creative Cloudのデスクトップアプリのタッチ対応だった。

 今回Adobeは、以前からいくつかのアプリでサポートしていたタッチおよびデジタイザペンの対応を、Illustrator CC、InDesign CC、Photoshop CC、Lightroom CC、Premiere Pro CC、AfterEffect CC、Audition CC、Character Animatorに拡張すると発表した。基調講演ではMicrosoftの「Surface Pro 3」利用したデモが行なわれ、Illustrator CCでSurface Pro 3のペンを使って三角形や四角形のラフを描くと、それがイラストとして三角形や四角形に変換されて表示される様子が公開された。

 重要なポイントは、これらのタッチやペン対応の機能が、モバイルアプリではなく、Creative Cloudのデスクトップアプリでサポートされていることだ。つまりクリエイターが普段慣れ親しんでいるツール(Illustrator CC、InDesign CC、Photoshop CC、Lightroom CC、Premiere Pro CC)でペンが利用でき、かつハードウェアは複数のOEMメーカーの製品から選択することができる。

 実際、Windows OSを採用したPCを販売するメーカーは、展示会場でその点を盛んにアピールしていた。Adobe MAX初日に米国で「VAIO Z Canvas」の販売を開始することを発表したVAIOや、2日目に「Surface Book」や「Surface Pro 4」を発表したMicrosoftは、いずれもCreative Cloudのデスクトップアプリをプレインストールしてその使い勝手をクリエイターにアピールしていた。

Illustrator CCでSurface Pro 3のペンで三角形や四角形を書くとそれがイラストとして認識されるデモ。機能に制約のあるモバイルアプリでなく、フル機能のデスクトップアプリでペンやタッチが使えるのがWindowsのメリット
VAIOは自社ブースで、米国で発表されたばかりのVAIO Z Canvasを展示してデモした。特徴のあるAdobeアプリ向けツールバーやペンによる自然な操作が来場者の注目を集めていた
Microsoftブースでは10月6日以降にSurface BookやSurface Pro 4が展示された

クリエイターに提示された2種類のモバイルペンソリューション

 今回行なわれたAdobe MAXで見えてきたことは、クリエイターには今モバイルで利用する液晶ペンタブレットのソリューションが2つ提示されているという点だ。

 1つは、Photoshop Fix/Mix/Sketchなどのモバイルアプリと、11月に発売されるiPad Proと組み合わせて利用するソリューション。もう1つがPhotoshop CC/Illustrator CCなどのデスクトップアプリと、VAIO Z CanvasやSurfaceシリーズなどのデジタイザを内蔵しているWindows PCと組み合わせて利用するソリューションだ。

 前者のメリットは、クリエイターの多くが慣れ親しんでいるMacの開発元であるAppleのソリューションという安心感と、モバイルOSやSoCを採用することでデバイスが軽量(12.9型で700g強)にできていることだ。

 これに対して後者のメリットは、クリエイターが普段慣れ親しんでいるCreative Cloudのデスクトップ版アプリ(Illustrator CC、InDesign CC、Photoshop CC、Lightroom CC、Premiere Pro CC、AfterEffect CC、Audition CC、Character Animator)をそのまま使え、かつ複数のハードウェアメーカーから製品を選択できる点だ。

 ちなみに、デメリットはそれぞれ相手側のメリットの裏返しになる。iPad Pro+モバイルアプリなら機能に制約があるモバイルアプリしか使えないし、Windows+デスクトップアプリなら製品によってはやや重かったり、AppleのOS環境から乗り換える心理的ハードルがある。率直に言って一長一短だ。結局のところ、クリエイターの選択は、自身が何(デスクトップアプリを使えることか、Appleにこだわるのか)を求めるか次第となる。

以前より圧倒的に低いWinodws-Mac間の乗り換えハードル

 こうして見ていくと、論点としては、クリエイター自身がAppleの世界から足を踏み出すのか、それともAppleの世界の枠内に留まるのか、という点に尽きると思う。

 以前は、MacからWindows、あるいはWindowsからMacへと乗り換えるハードルは決して低くなかった。両OSで乗り換えようとすると、それまで買えそろえたソフトウェア資産のほとんどが無駄になっていたからだ。ソフトウェアメーカーは、Windows版と、Mac版をリリースしていても、それぞれ別のライセンスとして販売しており、新規ライセンスで10万円近かったPhotohopの買い替えると考えると、現在のOSを継続した方が良いと考えるのが一般的だった。

 しかし、今はAdobeもMicrosoftも、ソフトウェアのライセンスを従来の永続型からサブスクリプション型へと移行しつつある。既にAdobeは永続型の提供はコンシューマ向けだけに限っており、クリエイター向けはサブスクリプション型のCreative Cloudへと移行を進めている。Microsoftも同様で、Office 365というサブスクリプション型のOfficeへの移行を顧客に奨めている。

 Adobeも、Microsoftも、サブスクリプション型ではMac OSとWindowsを区別しておらず、制限されている台数以内(Adobe Creative CloudやMicrosoft Office 365 Soloなら2台など)であれば、どのデバイスでもユーザーが自由にインストールできる。このため、Mac OSを1台、Windowsを1台という使い方も可能で、以前に比べれば相互環境への移行はハードルが低くなっている。

 従って、今後はクリエイターも、自宅やオフィスなどデスク上で使うPCは引き続きMacデバイス(Mac ProやMacBook Proなど)を使い、出先に持って行くタブレットや2-in-1デバイスを、ペンが利用できるWindowsにするという選択肢も十二分にあり得る。

 今回Adobe MAXでお話を伺ったクリエイターの方々は、液晶ペンタブレットは必須デバイスになりつつあると口を揃えて言った。Apple陣営かWindows陣営か。いずれにせよクリエイターのニーズ次第だ。

(笠原 一輝)