笠原一輝のユビキタス情報局

フアンCEO語る、NVIDIAが目指すところ

~「Unify GPU」と「CUDA Anywhere」の重要性

 NVIDIAは、ソリューションや開発中の技術を同社の顧客や開発者などに紹介するイベント「GPU Technology Conference(GTC)」を、3月24日~27日(現地時間)の4日間に渡り、米カリフォルニア州サンタクララ市にあるサンノゼコンベンションセンターで開催している。

 共同創始者で社長兼CEOのジェンスン・フアン氏は3月25日に行なわれた基調講演に登場し、GPUやSoCなど同社の主要製品のロードマップについて言及したほか、同社が普及を進めているGPU仮想化技術、Tegra K1の開発キット「JETSON TK1」などさまざまなソリューションを発表した(別記事参照)。

 さらに、基調講演終了後には、証券アナリストなどを集めた説明会で戦略を説明した。筆者もその説明会に参加してきたので、そこでフアン氏が語った同社の戦略に関してお伝えしていきたい。

 今後のNVIDIAの戦略の鍵は、Tegra K1で実現されたモバイルからサーバーまでのGPUアーキテクチャの共通化、ゲーミングプラットフォームとしてAndroidを最重要視していく考え方、さらには注目されているモバイル市場への取り組みなどとなる。フアン氏は「どんな企業もクラウドとモバイル化という大きな流れから逃れることはできない」と述べ、NVIDIAをクラウド時代、モバイル時代に備えるように単なる半導体製造会社から、ソリューションを提供する企業へと脱皮させているのだとアピールした。

モバイルからサーバーまで1つのGPUアーキテクチャに統一するTegra K1

 NVIDIAと言えば、本誌の読者にとってGeForceを開発する半導体メーカーという人がほとんどではないだろうか。NVIDIAが1993年に創業されて以来コアビジネスとしてきたのは、古くはNV1のような3Dグラフィックスアクセラレータから始まり、1999年に発表されたGeForce 256(別記事参照)以降は、GPUとなった半導体だ。むろん、今現在に至っても、同社の売り上げで大きな割合を占めているのはGPUであり、それ以外(Tegraなど)と比較すると10倍近い開きがある。

 だが、すでにフアン氏自身はNVIDIAをGPUを製造するメーカーとは考えていない。「数年前から言っているが、我々は単なるGPUメーカーではない。CUDAのようなGPUコンピューティングのソリューションを提供することで、単なるGPUメーカーからビジュアルコンピューティングのためのソリューションを提供する企業に変化を遂げた」とする。

 ビジュアルコンピューティングというのは、単に3Dゲームや動画と言った分かりやすい技術だけでなく、画像解析が多く利用されるナチュラルUIや自動車の運転者支援など、多岐なアプリケーションに渡るものを指す。そうしたビジュアルを処理するための演算の仕組みを提供する企業となったと、フアン氏は伝えたいのだ。

 そうしたNVIDIAにとって飛躍の機会になったのはCUDAだった。CUDAは2007年頃に登場し、CやC++など一般的にプログラマが利用している言語を利用して、GPUを利用した汎用の演算アプリケーションを作成できる。小型の演算器が多く内蔵されているGPUはCPUとは異なり、大量のデータを並列に連続して処理するのが得意だ。CUDAはその構想に基づき設計/開発され、HPC(High Performance Computing)分野で大成功を収めた。フアン氏が言いたいのは、CUDAのようなソリューションも含めて販売する企業を目指しているということだ。

 そのNVIDIAは、1月に発表したTegra K1から、モバイル向けSoCでもCUDAのサポートを開始した。従来のTegra(前モデルのTegra 4など)のGPUは、現行のメインストリームで利用されているGPUとは別系統として開発されたものだった。機能も旧式で、CUDAを利用することができなかった。しかし、Tegra K1では、GeForce/Quadro/Tesla向けに設計されたKeplerアーキテクチャを、そのまま統合しており、CUDAが利用できるようになっている。ただし、演算器の数を絞ることで、モバイル向けのSoCでも入るように配慮されている。

 NVIDIAは、GeForce/Quadro/TeslaとTegraで共通化するという戦略を「Unify GPU」と呼んでおり、Tegra K1の次世代となるErista(エリスタ)で、MaxwellのGPUを内蔵することを既に明らかにしている。フアン氏によるとこれは「開発にかける投資を最適化できるメリットがある」と表現した。1つのGPUアーキテクチャを設計し、それをスケーリングしてTesla、Quadro、GeForce、Tegraに展開していくことが、他社に対する武器になるというわけだ。

Tegra K1を搭載した開発ボード「JETSON TK1」を基調講演でアピールするNVIDIA 共同創始者で社長兼CEOのジェンスン・フアン氏
Tegra TK1からGPUは、PC/ワークステーション/HPC用のGPUアーキテクチャとして活用されているKeplerが統合されており、今後Tegraに搭載されるGPUは、そうしたPC/HPC用のGPUとアーキテクチャが共通となる。NVIDIAはこれをUnify GPUと呼んでいる
Unify GPUの考え方。HPC用、ワークステーション用、PC用、モバイル用のGPUが同じアーキテクチャだが、演算ユニットの数がスケーリングされ、それぞれのプラットフォームに最適化される
アナリスト向け説明会でフアン氏が示したスライド。Unify GPUにより、Tegra用GPUを開発していたコストをGPUアーキテクチャの開発に回すことができるので、より効率の良い開発が可能に
Tegra K1の後継として2015年にMaxwellのGPUアーキテクチャを統合したErista(エリスタ)を投入する

今後はAndroidが最も重要なゲーミングプラットフォームに

 フアン氏は、同氏がOSなどプラットフォームに関してもどのように考えているのかも説明した。最も印象的だった発言は「最も重要なモバイルプラットフォームは今やAndroidだが、それだけでなくAndroidは今後最も重要なゲーミングプラットフォームになっていくと強く信じている」というものだ。

 AndroidやiOSなどのモバイル系のOSが、ゲーミングプラットフォームとして重要であるというのは、日本のユーザーには違和感が無いだろう。日本ではパズル&ドラゴンズのようなスマートフォン向けゲームが人気を博しており、今後はそうしたモバイルOSが最大のゲーミングプラットフォームになっていくのは必至だ。

 だが、世界的に見れば、まだまだコンソールやWindowsベースのPCゲームの方が圧倒的に金額もユーザー数も多く、モバイルOSでのゲーミングは将来性は期待されているものの、それが最も重要なゲーミングプラットフォームになると言われると違和感を持っている人も少なくない状況だ。

 しかしフアン氏はAndroidこそが最も重要なゲーミングプラットフォームになると信じていると、何度も強調した。この発言は、NVIDIAにとっては諸刃の剣になりかねない。

 というのも、同社のPC向けGPUビジネスは同社の2014会計年度(2013年2月~2014年1月)では、2013会計年度に比べて成長しているが、伸びているのはPCゲーミング向けとされるいわゆるAIC(Add In Card)ビジネス、つまりビデオカードメーカー向けのGeForceの売り上げであり、OEMメーカー向けは10%の減少になっている。要するに、IntelやAMDなどの内蔵GPUがPCでもメインストリームになったため、OEMメーカーがNVIDIAのGPUを搭載する例は減少したということだ。

 ただ、OEM向けは単価も安いのに対して、AIC向けの製品は単価が高いので、後者が増えた結果売り上げが伸びたのがGPUビジネスの現状だ。そうした中で、NVIDIAのGPUビジネスの屋台骨の1つであるPCゲーミングが、将来的にAndroidに追い抜かれるかもしれない、そういう印象を与える発言ということだ。

 それでもフアン氏がそうした発言をしたのは、AndroidがPCやコンソールを抜いて、最も重要なゲーミングプラットフォームになると、本気で信じているということだろう。そして、そこに対して今後は積極的な投資を行なっていきたいという意志の表れだと捉えても良い。

 フアン氏のその予想は筆者も同感だ。以前の記事でも指摘したが、今後最も急成長すると思われているプラットフォームはAndroidで、調査会社ガートナーの2014年1月の予想によれば、2015年にはAndroidデバイスの出荷数がMicrosoft(WindowsやWindows Phoneなど)やApple(Mac OSとiOS)の3倍にもなるという。“数は力”というのがこの業界の常識なので、今後Androidが他の2つのプラットフォームに比べて重要性が増していくことになる。そして、ゲーミングプラットフォームとしても、Androidの重要性が他のプラットフォームに比べて増していくわけである。

 フアン氏は「SHIELDはそうした未来に備えた投資になる。これは巨大な投資というわけではなく、長期的な投資になる。Androidがワールドクラスのゲーミングプラットフォームになれば、SHIELDは至高のゲーミングデバイスになるだろう」と述べ、SHIELDはAndroidがゲーミングプラットフォームになる時代に向けた布石であって、短期間での結果を求めているようなビジネスではないという見解を示した。

コレッテ・クレス氏(上級副社長兼CTO)の説明で利用されたGeForceビジネスの現状を説明するスライド。OEM向けビジネスの売り上げは2011会計年度に比較して10%の減少だが、AICカードビジネスなどが好調でGPUビジネス全体としては9%も成長している
Tegraに関してはAndroid向けのゲーミングデバイス用のSoCとしてのポジションを目指していく

Tegraはハイエンドに集中し、自動車向けで新しい市場を創出

 ところが、ファン氏はスマートフォンやタブレット向けのTegraに関してはほとんど触れなかった。実際、フアン氏の後に登壇した幹部も、GeForceビジネスを統括するジェフ・フィッシャー氏(上席副社長、GeForce事業部担当)、トニー・タマシ氏(上席副社長、コンテンツ/技術担当)、自動車向け事業担当のロブ・チョンガー氏(副社長兼オートモーティブ事業部 事業部長)、エンタプライズ担当のジェフ・ブラウン氏(GRID事業部 部長)、スミット・グプタ氏(Tesla事業部 部長)、財務担当のコレッテ・クレス氏(上級副社長兼CTO)で、スマートフォンやタブレット向けのTegra事業部の幹部は登壇しなかった。

 NVIDIAのTegraビジネスは以前の記事でも触れたとおり、2014年度の売り上げは大幅に減少している。今回NVIDIAは、2010年度と2014年度の比較をグラフとして提示したが、2013年度との比較データを公開しなかった。しかし、NVIDIAが四半期毎に公開している決算報告書の概要に、四半期毎のTegraビジネスの売り上げが公開されているので、それを元に計算すると2014年度のTegra関連の売り上げ高は3億9,700万ドル(筆者推定値)で、2013年度の7億2,300万に比べると、実に47%も落ち込んでしまっている。AndroidスマートフォンやタブレットにおいてOEMメーカーを失ったことで、出荷数の減少を招いたのだ。この結果では、フアン氏が、証券アナリストに向かってTegraのビジネスについてあまり語りたくなかったのも分かる。

 しかし、詰めかけた証券アナリストからは「今回の話では、携帯電話回線を持ったTegraについて何も語られていないし、新しい顧客を獲得することは可能なのか?」という質問が当然のように飛んできた。これに対してフアン氏は「デザインウイン(筆者注:半導体メーカーがOEMメーカーを獲得すること)を獲得しても、そのOEMメーカーが製品を発表するまでにはタイムラグがある。我々はタブレットとハイエンドスマートフォンで非常に重要なOEMメーカーのデザインウインを取っており、これからもそうした努力を続けていく」と述べ、具体的にどことは言及することは無かったが、今後そうした売り込みを続けていくとした。

 その一方で、現在各半導体メーカーが血眼になって市場の獲得を目指しているメインストリーム向けのスマートフォンやタブレット市場への、現在以上のコミットメントに関しては消極的な姿勢を示した。フアン氏は「すでにメインストリーム向けのスマートフォン市場は飽和しており、我々のビジネスではない。例えば、PC向けのGeForceに関してはメインストリーム向けの統合型GPUと競合する製品ではなく、競合していこうとは思っていない。GeForceのビジネスで、我々はPC市場を独占しようとは思っておらず、ある程度の、しかし重要なマーケットシェアをとれれば良いと考えている。我々がGeForceで得ているのは、PC市場のある割合という位置づけではなく、世界最大のPCゲーミングプラットフォームというポジションだ。Tegraに関しても同じように、我々の必要な位置を得たいと考えている」と述べ、今後はAndroidでのゲーミングなどハイエンド向け市場でポジションを確立すべく戦略を展開していくのだと示唆した。

自動車向けのTegraビジネスが急成長を続けるNVIDIA。アウディやBMW、クライスラーなどに採用が進んでいる

 では、NVIDIAはTegraビジネスでどこへ向かおうとしているのだろうか。フアン氏は「Tegraはスマートフォン向けの製品だと思われているが、未来はスマートフォンだけにあるのではない。一晩では起きない変化だが、今後は自動車もコンピュータになるだろうし、家そのものもコンピュータになるだろう」と述べ、スマートフォンやタブレットというフォームファクタにこだわることなく、さまざまな形状にデバイスにTegraを採用してもらう方向性を明らかにした。実際、NVIDIAは自動車向けの車載情報システム、メータークラスタ(運転席のデジタルメーターのこと)、運転者支援機能向けのSoCとしてTegraシリーズを強力に売り込んでおり、Tegra 3やTegra 4などが、ドイツの自動車メーカーであるアウディやBMW、米国のクライスラーやテスラ・モータースなどに採用されている。

 今後、自動車におけるそうした機能へのニーズは高まることが予想されており、それが成功すれば、スマートフォンのパイオニアとして現在AppleやQualcommなどが得ている地位に、自動車業界ではNVIDIAが就くことも夢では無い。すでに“利益配分”が済んでしまったスマートフォンやタブレットで革命が起きることを期待するよりは、ずっと低い賭け金でリターンを得られる投資だと筆者は思う。

半導体メーカーにとってクラウド化、モバイル化の波は避けられない流れ

 フアン氏は今回のアナリスト向けの説明会の中で、「どの半導体メーカーにとっても、クラウド化、モバイル化という流れに逆らうことはできない」と述べ、NVIDIAはそうしたクラウド化、モバイル化という流れに沿った研究開発と投資を行なっていくとした。例えば2年前のGTCで発表したGPU仮想化技術の「NVIDIA GRID」のプランを強力に進めたほか、HPC分野ではTeslaをクラウドサーバー向けのソリューションとして積極的に売り込んでいる。モバイル向けのTegraについては既に述べた通りだ。

 フアン氏が今回のGTCの基調講演でテーマとしていたのはCUDA Everywhere(どこでもCUDA)ということだが、それは言ってみればこれまではクライアント側にしか無かったNVIDIAの半導体が、クラウドとクライアント側の両方に広がっていく。その上でCUDAを利用して作られたソフトウェアが動く。そして、クライアントに対して、ゲームパブリッシャーがゲームを供給したり、写真編集をクラウドで行なうサービスを提供したりと、そういう世界を目指しているのだと思う。そうした世界になれば、NVIDIAはGoogleやMicrosoftといったプラットフォーマーに対してある程度の影響力を行使できる立場、具体的に言えば一昔前のIntelのような立場になるだろう。その価値がどの程度かは、Wintel全盛期にIntelが享受してきたメリットを思い出せば、理解するのは容易だろう。

 今日の利益を確定したい投資家の代理である証券アナリスト達が、モバイルのOEMメーカーは獲得できていないのか……という質問をしたくなるのもよく分かる。確かにSHIELDやTegraは氷山の一角で、全貌はまだ海面の下に隠れている。しかし、明日にも目を向けようと思うのであれば、フアン氏の構想、充分注目に値するものだと言えるだろう。

(笠原 一輝)