笠原一輝のユビキタス情報局
AMD、クライアント向けプロセッサでもARM採用の可能性
(2013/1/15 00:00)
米AMDはInternational CES会場で記者会見を行ない、2013年のクライアント向け戦略を発表。今年(2013年)前半に投入予定の超薄型ノートPC向けSoC「Kabini」(カビーニ、開発コードネーム)、タブレット向けSoC「Temash」(テマシュ、開発コードネーム)の2製品のデモを行なった(別記事参照)。
AMD ワールドワイド製品マーケティング部長 ジョン・テイラー氏は報道関係者の質疑応答に応じ、「AMDにとって2013年は非常に重要な年になる。KabiniやTemashはフルPCクラスの性能を超薄型ノートPCやタブレットにもたらす」と述べ、ライバルのIntelに対抗していく姿勢を示した。
また、AMDはすでにサーバー向けにARMのIPデザインを利用した64bitプロセッサを投入することを明らかにしているが、テイラー氏は筆者の質問に答えて「将来的にAMDがクライアント向けにARMベースのSoCを投入することはあり得る」とし、ロードマップでARM採用のプロセッサやSoCが存在することを示唆した。
AMDは2011年に新経営陣を迎えて以来、会社の変革へ大きく舵を切っており、仮にクライアント向けのARMベースSoCをリリースすれば、「Intel代替の選択肢」という従来のAMD像から脱却していく可能性がある。
IntelのUプロセッサやYプロセッサに対抗していくAMDのKabini/Temash
「AMDが戻ってきた」、International CESでのAMDの記者会見などを見て筆者はそう感じた。近年AMDのCESでの発表はノートPC向けのGPUを発表するぐらいで、発表会は開催しなかった。しかし、今年は一般来場者も入ることができるエリアに特設テントを作る力の入れようで、一般来場者にAMD搭載製品を公開したほか、記者会見を行なうなど、例年とは違って力が入っていることが見て取れた。
International CESの期間中に日本の報道関係者に対して記者説明会を開催したAMD ワールドワイド製品マーケティング部長 ジョン・テイラー氏は、同社が今年の前半に投入を計画しているKabiniとTemashについて詳細を明らかにした。KabiniとTemashはネットブックやタブレット向けの低消費電力プラットフォームだ。
Brazos 2.0やHondoは、Bobcatで知られる低消費電力向けCPUと、Evergreen世代(Radeon HD 5000相当)のGPUを統合したAPUに、サウスブリッジを組み合わせた2チップ構成のプラットフォーム。実際にはAMD Eシリーズ、AMD Cシリーズ、AMD Zシリーズといった名称で提供されている。主に11型液晶を搭載した低価格向けノートPCやタブレットなどに採用されている。
Brazos | Kabini | |
---|---|---|
プロセッサコア | Bobcat | Jaguar |
コア数 | 2コア | 4コア |
GPU | Evergreen | Southern Islands |
構成 | 2チップ | SoC |
TDP | 18W | 15W(クアッドコア版) |
KabiniやTemashはその後継となるのだが、2チップだった構成が1チップ、つまりSoC(System On a Chip)になる。それだけではなく、CPUはJaguar(ジャガー)のコードネームで知られる新世代の低消費電力向けコアを採用し、クアッドコアアーキテクチャ設計となっている。テイラー氏によれば「クアッドコアが標準デザインになり、ダイは1種類のみとなる。デュアルコアはそのうちの2コアを無効にした状態で提供される」と述べ、ネイティブのデュアルコア版は存在しないということだった。
GPUに関しては、単体GPUとしてSouthern Islands(Radeon HD 7000)のGPUコアがベースになっている。テイラー氏によれば、「Kabini/TemashのGPUコアは2つのGCNコンピュートユニットを内蔵している」とのことだが、現時点では詳細を公開できないということだった。ビデオエンジンにはデコードだけでなく、エンコードも搭載される。
さらに、サウスブリッジも標準でUSB 3.0コントローラを搭載しており、メインストリームのPCに引けをとらないI/Oを備えるという。
Kabini/Temashは同じダイとパッケージで提供される。つまり周波数などの違いにより、製品をわけることになる。それぞれの製品に異なるTDPの枠を設定しており、テイラー氏によればKabiniのクアッドコア版は15W、デュアルコア版が9Wになり、Temashのクアッドコア版は9W、デュアルコア版は4W以下という。
Kabiniのクアッドコア版(15W)は、IntelのCoreプロセッサでいえばUプロセッサに対抗し、Kabiniのデュアルコア版とTemashのクアッドコア版はYプロセッサに対抗。そしてTemashのデュアルコア版はAtom Z2760(Clover Trail、1.7W)に対抗することになる。
なお、Kabiniの価格のターゲットに関してテイラー氏は「350~499ドル」と述べ、IntelのUltrabookの価格帯(599~999ドル)よりも下の価格帯を狙っていくということを明らかにした。
AMDもメインストリーム向けの製品をより低消費電力な製品にしていく
以前の記事で説明したとおり、IntelはノートブックPC向けプロセッサのメインストリームをUプロセッサとYプロセッサ(17/15W/10W)へと移行させていくプランを持っている。具体的には、2012年度末までにUプロセッサを30%とし、2014年度末に80%をUとYプロセッサにする計画を持っている。間もなくIntelは2012年第4四半期の決算と2012年通年の決算を明らかにするため、この30%という当初の目標を達成できたかに関してはCESでは何も語らなかったが、IDFの時点でも多くの関係者が楽観的な見通しを語っていたことを見てもおそらく達成できているだろう。
AMDもこうした動向を追従し、メインストリーム向けのプロセッサを低消費電力な製品にシフトしていく。テイラー氏は「弊社の製品もTDPが下がっていく傾向であることは間違いない。現在Trinity/Richlandではクアッドコアが35/25W、デュアルコアが17Wをサポートしている。Kabiniのクアッドコアが15Wで加わることになるし、将来的にはRichlandクラスのクアッドコア15Wという展開もあると思う」と述べ、低消費電力プロセッサをメインストリームに置く動きに対応していきたいとした。
AMDは記者発表会において、15WのクアッドコアKabiniと17WデュアルコアIvy Bridgeの比較を行なっており、Intelが17/15Wクラスではデュアルコア製品しかラインナップできていないことに対し、クアッドコアを武器にマーケティングできる。
では、Trinity/Richlandの後継となるKaveriはどうなるのだろうか。テイラー氏はKaveriについて「現行のPiledriverを改良したSteamrollerコアと、より多くのGCNクラスのコンピュートユニットという構成になり、性能はKabiniに比べて大きく向上する」と説明した。「KaveriはHSAをサポートする最初のプラットフォームになる。ソフトウェア開発者はKaveriがもたらすTFLOPSクラスの処理能力を利用して、新しいソフトウェアを開発できるだろう」とした。特にGPUの性能が大きく向上することで、いわゆるGPGPUを利用したソフトウェアで処理能力を飛躍的に向上する。11月にはAMDがAFDSをサンノゼで開催する予定であるとのことなので、その時期に合わせてKaveriがリリースされる可能性は高そうだ。
GPUに関しては、今回モバイル向けのRadeon HD 8000Mシリーズ(開発コードネーム:Solar System)、Radeon HD 8000シリーズ(開発コードネーム:Sea Islands)のOEMメーカー向け出荷を発表した。ただし、いずれの製品も新しいアーキテクチャというよりは従来製品の改良版に留まるようだ。デスクトップPC向けのRadeon HD 8000シリーズに関しては、従来Radeon HD 7000シリーズとして販売されていたSouthen Islandsシリーズのダイがそのまま利用されており、クロックなどの変更は行なわれているものの、マーケティング的に名前を変更しただけという側面が強い。
Radeon HD 8000Mシリーズに関しては、上位モデルの「Radeon HD 8800M」が従来からあるCape Verdeのダイを利用し、下位モデルの「Radeon HD 8700M/8600M/8500M」がOland(オーランド)で呼ばれる新しいダイになる。AMDのグラフィックス製品の担当者によれば第2世代GCNと呼んでいるものの、基本的なアーキテクチャはGCNと同じで、GCNのメインストリーム向けのSKUバリエーションを増やしたという位置付けになる。
デスクトップ向けのSea Islandsにせよ、ノートPC向けのSolar Systemにせよ、新アーキテクチャの製品も計画されているということなので、Sea Islands/Solar System製品のフルラインナップが揃うのは、第2四半期以降となるだろう。
ARM命令セットのプロセッサはサーバーだけなくクライアントにも可能性が
2012年10月にAMDはサーバー向けのプロセッサにARM命令セットの製品を投入することを発表した。この時点ではサーバー向け製品のみの可能性が語られていたが、クライアント向けにAMDがARM命令セットに対応したSoCやプロセッサを投入する可能性はあるかどうかは気になるところだろう。
筆者のこの質問に対してテイラー氏は「我々はARM命令セットの製品をクライアント製品のロードマップに組み込む可能性を検討している。弊社の幹部が常々語っている通り、AMDのSoC開発の方針はより柔軟になっており、他社のIPも含めてよりよいモノを選び顧客の求める製品を適切にリリースしていく。詳細は公開できないが、ARMアーキテクチャのSoC開発へのドアは広く開かれている」とし、開発している可能性が高いことを示唆した。
この意味を正しく理解するには、現在のアプリケーションプロセッサ開発のトレンドが大きく変わりつつあることを知っておく必要があるだろう。従来のPCやサーバー向けCPUの開発は、ほとんどが垂直統合で行なわれてきた。命令セットアーキテクチャからマイクロアーキテクチャ、回路設計、プロセスルール開発……これら全てが1社により開発されてきた。そうしなければ性能が出ず、結局競争に勝ち残れなかったからだ。
しかしSoCのような、さほど性能が高くないプロセッサの開発は、それとは別のアプローチだ。例えば命令セットはARMのような独立系のベンダーが開発し、プロセッサコアは自社で、GPUやビデオエンジンはPowerVRを利用……といったように、自社で全てを開発せずに、IP(知的財産)デザインを他社から購入してSoCに組み込み、さらに製造はTSMCやGLOBALFOUNDRIESのようなファウンドリで行なう、つまり水平分業のやり方が一般的だ。
AMDも2008年に製造部門を切り離してGLOBALFOUNDRIESとして独立させて以降、製造に関してはそうしたやり方になっていたが、プロセッサコア、GPUなどは全て自社で開発を続けてきた(そもそもx86プロセッサに関してはそのデザインを提供する会社がないのだから当たり前だが……)。しかし、一昨年(2011年)にAMDは幹部を交代させ、AMD以前にはLenovoの社長兼COOだったロリー・リード氏が社長兼CEOに就任して以来、自社のIPにこだわらず、他社からのIPも受け入れ、タイムトゥーマーケットでより優れたSoCを設計するという従来の方針を転換することを打ち出している。それを象徴しているのが、AMDがARMアーキテクチャのサーバープロセッサを製造するという発表なのだ。
開発期間や開発コストの圧縮により、よりAMDの強みを活かせる
こうした水平分業のやり方を選ぶメリットは2つある。1つは開発期間の短縮により、タイムトゥーマーケットで製品を開発できるという点だ。AMDは2014年にARM命令セットのサーバー向けプロセッサをリリースする予定だが、もしARMからマイクロアーキテクチャのデザインを提供されなければ、これほど短い期間でリリースするのは不可能だ。AMDのARMとの契約は「IPデザインを提供される契約」(テイラー氏)との通りで、マイクロアーキテクチャのデザインを提供してもらい、それをそのまま自社のプロセッサに組み込む契約であるからこそ、発表からわずか1~2年という短い期間で提供することが可能になっている。
余談になるが、ARMはこれとは別にアーキテクチャライセンスと呼ばれるARMのISAだけをライセンスする方式も用意しており、Qualcommのように自社でプロセッサコアを開発しているベンダーはこちらを利用している。今回のAMDとARMの契約は今のところはIPデザインライセンスということになる。
そしてもう1つのメリットは、開発コストを他社とシェアできることだ。AMDはこれまで、x86プロセッサコアを自社で開発してきた。言うまでもないことだが、IntelとAMDでは会社の規模が違うので、開発にかけられるコストも桁が違う。その中でAMDはよくやってきたとも言えるが、その巨額の開発コストがAMDの財務に対してよくない影響を与えていたことは想像に難しくないだろう。しかし、ARMからIPデザインをライセンスされれば、ARMに払うライセンス料だけで済むことになる。それは実質的に他社と開発費をシェアしていることになり、自社のみでx86プロセッサを開発する場合に比べてかなり少ない額で済むことになるだろう。
開発期間を短縮し、プロセッサの開発コストを抑えた上で、AMDのGPUを活かしたSoCを設計すれば、AMDが他社よりも性能面などで優位に立てる可能性は残っている。そう考えれば、AMDがクライアント向けのSoCでもARM命令セットを採用するのは論理的と言えるだろう。
ARM命令セットのSoCにより、Intelの代替選択肢から脱却し新しいAMDを目指す
ただ、だからといっていきなりAMDがx86プロセッサのビジネスを辞めるということではないだろう。仮にサーバー市場におけるARMの浸透が始まったとしても、ハイパフォーマンス向けサーバーでのx86の存在感は依然として圧倒的で、当初は省電力向けなど一部市場に留まる可能性が高い。長い目で見れば、ARMの市場シェアがx86を逆転する可能性はあるが、その時までAMDがx86プロセッサビジネスを諦める必然性は低いからだ。
同じようにクライアント向けに関しても、いきなり全ての製品がARMになるということはないだろう。タブレットやスマートフォン向けなどそうした市場に向けてARM命令セットのSoCを投入し、PC向けのx86プロセッサと併存させていく、おそらくはそんな戦略を描いているのではないだろうか。また、もう1つの可能性としては、AMDがARMとx86の両方をサポートしたSoCをリリースする可能性だ。IntelがARMのライセンスを持っていない以上、これができる会社は事実上AMDだけということになる(厳密に言えばVIA Technologiesも可能だが……)。それにより、ARM版のAndroidとx86版Windowsを1つのマシンで走らせたりすることも可能になる。
AMDにとって、ARMに対応したクライアント向けSoCを出すことは、Intelの代替選択肢という従来のAMDのポジションを大きく変える可能性を秘めているだけに、今後どのような戦略を描いてくるのかには注目していく必要があるだろう。