笠原一輝のユビキタス情報局

ポータブルゲーム機「SHIELD」にかけるNVIDIAの本当の狙い

NVIDIAのSHIELDを手に持つNVIDIAのジェン・セン・フアンCEO

 米NVIDIAは、1月6日(現地時間)にInternational CESが開催される会場近くのホテルで記者会見を開催し、開発コードネーム「Wayne」(ウェイン)として知られてきたモバイルSoC「Tegra 4」を正式に発表した(別記事参照)。

 そのプレゼンテーションの最後にNVIDIA 共同創始者でCEOのジェン・セン・フアン氏は「Something New…」として、同社が密かに開発を進めてきたTegra 4搭載ポータブルゲーム機「SHIELD」を唐突に発表した。確かにTegra 4は、72コアのGPU、クアッドコアのCortex-A15とポータブルゲームマシンに利用するとしても十分すぎるスペックを備えており、それをポータブルゲーム機に利用するということ自体に驚きはない。しかし、これまでシリコンベンダーとしてGPUを供給するビジネスに徹してきたNVIDIAが、コンシューマが直接手にするポータブルゲーム機ビジネスに参入するというのは、かなり唐突な印象を受けた人も少なくないのではないだろうか。

 だが、NVIDIAがそうしたビジネスに乗り出していくにはそれだけの理由と勝算があると筆者は考えている。本記事では、NVIDIAがポータブルゲーム機ビジネスに乗り出していく背景について考察していきたい。

NVIDIAがポータブルゲーム機の市場に参入、率直に言ってなぜ?

 既報の通り、CES 2013前に行なわれた記者会見で、NVIDIAはSHIELDのビジネスモデル、つまりNVIDIAブランドで販売するのか、流通チャネルはどうなるのか、価格はいくらなのかなど具体的なことは公表せず、記者会見後にNVIDIAの関係者に個別に質問しても「今回は計画の発表に過ぎず、ビジネス的な計画に関しては何も答えられない」という答えが返ってくるだけだった。従って、現時点ではNVIDIAが公式にSHIELDをエンドユーザー向けに直接販売すると言っているわけではないことはあらかじめお断りしておく。

 しかし、現在のデジタル業界のトレンドを鑑みれば、NVIDIAがSHIELDを直接エンドユーザーに販売したとしても何も不思議はない。AmazonはKindle、GoogleはNexusで端末をエンドユーザーに直接販売しているし、2012年はMicrosoftが長年の慣例(OEMメーカーがハードウェアを、Microsoftはソフトウェア)を破ってSurface RTの販売を開始したのは記憶に新しいところだろう。そうした市場環境の中で、シリコンベンダーのNVIDIAも、自社ブランドでポータブルゲーム機を製造して販売してもなんら不思議ではない。

 しかし、冷静に考えてみれば、ポータブルゲーム機という市場を、今からNVIDIAが自社ブランドという冒険をしてまで取りに行かないといけない市場なのだろうか、という疑問が湧いてくる。ゲーム業界の関係者に聞けば、答えは「否」だろう。これまでポータブルゲーム機を牽引してきたのは、任天堂とソニー・コンピュータエンタテインメントという日本の2社だ。その2社が成長しているのかと言えば、残念ながらそうではない。その2社で独占していた市場は、今スマートフォンやタブレットという新しいデバイスに侵食されているからだ。その市場にわざわざNVIDIAが、ソニーや任天堂と比較して認知度の低い自社ブランドを利用して取り組む意味があるのかと言えば、疑問符をつけざるを得ない。

 非常に優秀な経営者として知られ、これまで何度もNVIDIAの方針転換をリードしてきたフアン氏が、もちろんそのことを知らないわけはないだろう。ではなぜNVIDIAはSHIELDという計画を発表したのだろうか。

ビジネスの大きな転換点を迎えているNVIDIA

 そのことを正確に理解するには、現在NVIDIAのビジネスが置かれている現状を知っておく必要がある。

 現在のNVIDIAはまさに新しいビジネスモデルへと生まれ変わる途上にある。これまでNVIDIAの屋台骨を支えてきたのはPC向けのGPUビジネスだ。NVIDIAの創業の製品であるPC向けのGPUは、その性能やソフトウェアのノウハウ、ゲーム開発者への影響力などの強みによって、他社との競争に勝ち残ってきた。

 しかし、その市場環境は大きく変わろうとしている。その最大の要因は、IntelがノートPC向けプロセッサを、より低消費電力なモデルへと置き換えようとしていることだ。以前の記事でも触れたとおり、現時点では30%程度に過ぎない17W以下のUプロセッサやYプロセッサの比率を、2014年の末には80%に引き上げるというのが、現時点でのIntelのプランだ。そうした計画の中で、OEMメーカーもロードマップを書き換えており、より薄く軽いUltrabookにシフトしていく。

 つまりNVIDIAが提供するGPUは、確実に数を減らしていくことになる。Ultrabookの中でGPUを搭載するスペースも、熱設計的な余裕もなくなっていくので、メーカーはGPUの搭載を諦めることになるからだ。2014年末に市場の80%を占めるUltrabookに搭載されないとなれば、NVIDIAに残された領域はノートブックPCの20%と、今後増える可能性があまりないデスクトップPCのみとなる。依然としてワークステーション向けのQuadroのニーズはあるだろうが、規模のビジネスである半導体ビジネスを展開する半導体メーカーとしてシェアが減ることは大きな問題となる。

 もちろん、NVIDIAはこのことを正確に理解している。だから、NVIDIAは投資をTegraのようなARMアーキテクチャのモバイル向けプロセッサにシフトしているし、同じくHPC市場向けのTeslaにも多大な投資をしている。それによりある程度GPUの市場が縮少したとしても継続できる(すでにモバイル向けの市場はPC市場に匹敵し、より成長性が望める市場になっている)。

 では、なんとか今持っているPCクライアント向け市場をほかのやり方で置き換えることはできないだろうか。実はそれが、NVIDIA GRIDだ。NVIDIA GRIDは、言ってみればクライアント側に搭載されてきたGPUをサーバー側に置き換える試みだ。誤解を恐れずに言うのであれば、これまでユーザーはGPUの利用権を、クライアントPCを買うという形でGPUベンダーから購入してきた。NVIDIA GRIDでは、GPUがサーバー側に置かれることにより、ユーザーはコストを負担してそのGPU利用権を得るという形になる。NVIDIAにしてみれば、GPUがクライアント側にあろうが、サーバー側にあろうが、GPUが売れることにはかわりがなく、半導体メーカーにとっては大きな意味があると言える。

 フアン氏は6日に行なわれた発表会で「我々はNVIDIA GRIDを5年間にわたり開発してきた、クラウドは全てを変える力があると考えている」とNVIDIA GRIDがNVIDIAにとって非常に重要なビジネスになることを示唆した。

NVIDIA GRIDを最も良くプレゼンテーションするための「球」がSHIELD

 だが、NVIDIAにとって難しいのは、そのNVIDIA GRIDの重要性をどうしたらエンドユーザーに理解してもらえるのかという点だ。正直に言って、NVIDIA GRIDの技術は非常に地味だ。というのも、レンダリングする場所がクライアントPCからサーバー側に変わっただけなので、見た目は一緒だ。もともとPCのハードウェアにはそれほど詳しくないユーザーにとっては、レンダリングする場所が変わるというのはわかりにくい変化だ。

 そこで、最高のプレゼンテーションのための「見せ球」として持ち出されたのがSHIELDだ。確かに、現状のSHIELDはNVIDIA GRIDのクライアント機能はサポートしていない。デモされたのは、デスクトップPCに導入されたGeForce GTX 680でレンダリングして、SHIELDに3Dをストリーミング配信してゲームをプレイするものだった。だが、そのPCからの配信と、NVIDIA GRIDからの配信が回線(LANかインターネットか)という違い以外に差がないことを考えれば、SHIELDに後からNVIDIA GRIDのクライアント機能を追加するのは容易だろう。

 記者会見のレポートでも述べたが、実はこのSHIELDのデモでは、PCに接続してPC側でレンダリングしたゲームをSHIELDでプレイするというデモは、3回も4回も失敗した。普通のプレゼンテーションなら、調子悪くてゴメンネで済ませて次に行くところだが、何度失敗してもフアン氏がデモをすることにこだわったのは、そのデモこそがSHIELDの「キモ」だからだ。

 このように、エンドユーザー向けのクライアントデバイスを導入することで、クラウドサービスの利用につなげるという手法は別にNVIDIAオリジナルではない。最も成功した例としては、AmazonのKindleが挙げられる。結局、Amazonにとってはクライアント端末は、Appleだろうが、GoogleだろうがAmazonのクラウドサービスさえ使ってくれればなんでもいいのだが、最初から端末にクラウドへの導線となるアプリを導入してくれるかどうかはAppleなりGoogleの意向次第だし、同じようにクラウドサービスを手がけている両社がAmazonの手助けをすることは考えにくい。だから、Amazonはクライアントデバイスを手がけても利益がでないことは承知の上で、「見せ球」としてKindleなりKindle Fireを手がけている。

 NVIDIAがSHIELDをエンドユーザーに対して直接販売するのだとしたら、まさに同じことをフアン氏も考えている、つまりNVIDIA GRIDのメリットをエンドユーザーに説明するための「見せ球」としてSHIELDを展開するのだろう。

フアン氏のSHIELDのデモは何度か失敗に終わった。これは本来の機能ではないWindowsデスクトップが表示されてしまったところ
PCでレンダリングしたデータをSHIELDにストリーム配信してプレイしているところ

NVIDIA GRIDが立ち上がった先には、ゲームチェンジも狙える

 そしてNVIDIA GRIDを立ち上げた上で、フアン氏が狙うのは、業界のゲームチェンジだろう。現在ゲーム業界は大きなビジネスモデルの転換期を迎えている。これまでゲームの配信は、任天堂、ソニー・コンピュータエンタテインメント、Microsoftなどが展開してきたメディアによる配信が一般的だった。しかし、日本でGREEやDeNAなどがソーシャルゲームで成功したり、世界規模でみればスマートフォン向けのAngry Birdが大成功を収めるなど、状況は徐々に変わりつつあり、アプリストアなどを通じてゲームを配信するという新しいビジネスモデルが台頭しつつある。

 1つ確実に言えることは、NVIDIA GRIDのようなクラウド配信型は新しい第3の選択肢になり得る可能性があるということだ。もちろんクラウド配信型のゲームビジネスを手がけるライバルは少なくないのだが、GPU技術で一日の長を持つNVIDIAがその中で強力なゲームプレイヤーになれる可能性は非常に高い。それを目指しているからこそ、NVIDIA GRIDに対してNVIDIAは積極的に投資を行なってきた。

 結局の所、自分の目で見える現実でしか判断しない人の方が多いのは、世の習いだ。デモが地味で、見た目はあまり代わり映えのしないNVIDIA GRIDのメリットを時間かけて語るのではなく、NVIDIAがポータブルゲーム機を出すという、メディアにとっても見出しに最適なニュースを絡めつつ、ポータブルゲーム機でもPCクラスのゲームができるという見た目が派手なデモでNVIDIA GRIDのメリットを見せることができたフアンCEOの記者会見は、実に良く考えられた戦略と筆者は感じた。ガジェットにしか興味がないように見える大多数の報道関係者に対するには、非常に正しいやり方だろう。

 NVIDIAの記者会見終了後、多くの記者がSHIELDのビジネスの成否や、デバイスとしての完成度についてあーでもない、こーでもないと言っているのを横目で見ながら、フアン氏はラスベガスでの大ばくちに勝ったのだと、筆者は心の中でおめでとうとつぶやいたのだった。

(笠原 一輝)