笠原一輝のユビキタス情報局
世界最小ワークステーションを投入するLenovoの日本戦略
2017年7月20日 11:00
ワークステーションPCは、高い処理能力が必要な製造業のエンジニア、多数のディスプレイが必要になる金融業のトレーダーなどに利用されており、日本では年間に25万台程度が販売されている。1,000万台規模のクライアントPCに比べると小さな市場だが、その性質上、単価も利益率も高いため、各PCメーカーが力を注いでいる。
グローバルにワークステーションPCでシェアをもっている御三家と言えば、PCクライアントと同じくLenovo、HP、Dellの3社になる。ただし、マーケットシェアはPCクライアントとは異なり、HP、Dell、Lenovoの順となっており、Lenovoは巻き返しを図るべく新製品の投入やビジネス体制の刷新を急いでいる。
そうしたなかLenovoは、ISV認証取得ワークステーションPCとして世界最小となる「ThinkStation P320 Tiny」を日本でも発表し、特に省スペースへの注目度が高い日本での市場拡大を狙っていく。
2020年の東京オリンピックに向け需要拡大の見通し
ワークステーションPCの特徴は、通常のビジネス向けPCがCPUを中心に高い性能を実現しているのに対して、CPUだけでなく、GPUも含めて強化されており、CADやCAEといった専門性の高いアプリケーションや、複数ディスプレイ出力が可能になっていることが多い。
自動車製造において、従来までは紙の図面で車のデザインをして、それを元にモデルカーを作りそれを風洞施設(人工的な風を当てることで空力的な動きを確認するために施設)に入れて挙動を確認するというアナログな開発が行なわれていた。ここでCAEを利用すると、デザインは3D CADソフト上で行ない、それをもとにしてバーチャルな車を作り、CFD(Computational Fluid Dynamics、数値流体力学)ソフトを利用して空力的な動きを確認するというように、すべてがデジタルでできる。そういった形で活用されているのが、ワークステーションPCだ。自動車以外にも、建築業、マルチディスプレイが必要とされる金融業といった産業で利用されている。
レノボ・ジャパン株式会社ワークステーション製品事業部事業本部長の林淳二氏によれば「日本での市場規模は年間で24~25万台程度とされており、今後2020年に行なわれるオリンピックに向けて、需要が増えていく」と予想されており、LenovoをはじめとしたPCメーカーは注目しているのだ。
日本でもワークステーション専門の事業部を立ち上げ、グローバル並のシェアを目指す
ではLenovoは具体的にどのような戦略で臨んでいくのだろうか。林氏によれば、Lenovoはグローバルでワークステーション市場へ注力することを決めており、新たにワークステーション事業部を設立し、それまでエンタープライズ事業部としてThinkPadやThinkCentreなどのクライアントPCと一緒に販売していた状況を変えようとしている。「そうした本社の動きに合わせて、日本でも新しくワークステーション製品事業部を立ち上げた。それにより、これまではできていなかったワークステーション事業での新しい取り組みが可能になる」という。
Lenovoには日本でのワークステーション事業を強化するだけの理由がある。1つには日本でのマーケットシェアが、グローバルのそれに比べて低いことだ。
林氏によると、統計によって違いはあるがグローバルでのLenovoのシェアは十数%。それに対して、日本でのシェアは1桁台。NEC(NECはワークステーションPCに関しては、Lenovo傘下のNEC PCとは別にビジネスを継続している)や富士通といったグローバルにはビジネスをしていないローカルの競合メーカーがあるという日本独自の事情を勘案しても、まだ成長の余地があると考えるのは自然なところだろう。
ISV認証取得ワークステーションPCとして世界最小のThinkStation P320 Tiny
そのLenovoが、7月20日に日本で発表した新製品が超小型ワークステーションPC「ThinkStation P320 Tiny」だ。Lenovoによれば、ISV認証が取得されているワークステーションPCとしては、容積が1Lと世界最小となるという。
ISV認証とは、プロ用ソフトウェアを提供しているISV(ソフトメーカー)による互換性検証済みであることを意味するもの。プロ用のソフトウェアを使う予定があるユーザー企業は、目的のソフトウェアのISV認証が取れているハードウェアを購入するのが一般的だ。
Lenovoではワークステーション製品として、デスクトップ向けの「ThinkStation」と、クラムシェル型ノートPCの「ThinkPad P」という2つのラインナップを用意している。実はThinkCentre Tinyは、今回のモデル以前からも販売されており、筐体はほぼ同じだ。ただし、内部には大きな改良が施されている。
最大の特徴は、dGPUを実装できるようになったことにある。ISV認証のほとんどはNVIDIAやAMDのdGPUを必須としており、これまではISV認定を取れていなかった。
今回は、ライザカードでPCI Express x16スロットを増設し、さらにCPUやチップセットを冷やしているファンに熱伝導する銅製のヒートパイプを追加するなどして、NVIDIAのQuadro P600(2GB GDDR5、Low Profile)のPCI Expressビデオカードを内蔵させている。Quadro P600は、PascalアーキテクチャのGP107GLというダイがベースになっており、384個のCUDAコアを備え、128bit幅のメモリバス(最大64GB/s)というスペックで、Quadroとしてはエントリー向けと位置づけられている。
ユニークなのは、このQuadro P600に実装されているMini DisplayPortが4つ、それにシステム側のiGPUから出ているDisplayPortの2つを合わせて6つのディスプレイ出力を持っており、最大6ディスプレイを1つのシステムで実現できる点だ。
CTOではQuadro P600を非搭載を選択でき、その場合はGPUカードが入っている部分に、HDMI/DisplayPort/VGA/USB TypeーC/シリアルポートのどれか1つか、それらのうち1つとシリアルポートという追加のポートを選択できる。従って、シリアルポート×2という構成も可能で、組み込み系などでシリアルポートが必須という場合にも柔軟に対応できる。
また、もう1つの特徴としては、ThinkPadシリーズでもお馴染みの、ケンジントンロックのホールが用意されている。ロック状態では本体のカバーもロックされるので、メモリやストレージを抜けなくなる。ロックを外した状態では、メモリやストレージに容易にアクセスできる。
従来モデルではストレージはHDDだった(今回のモデルでPCI Expressカードが入っている場所にHDDなどがあった)が、今回はSSDのみになっている。2枚のSSDを搭載でき、1TB×2で最大2TBまで実装可能になっている。CPUは第7世代ないしは第6世代のCoreプロセッサ、メモリは最大で32GBのDDR4というスペックとなる。
従来モデルの特徴の1つになっていた、豊富な周辺機器は新モデルでも用意されている。たとえば、「Tiny-In-One」と呼ばれる液晶ディスプレイとセットで使うと、本体をディスプレイの背面にセットして液晶一体型PCとして利用可能になる。
日本での税別直販価格は9万6千円になる見通しだ。
VDIなどの新技術への対応も鍵に
林氏によれば今後は、今までできていなかった、ISVや、IntelやNVIDIAといったCPU/GPUメーカーなどとの協業を強化し、ソリューションとして顧客に提供するかたちの販売方式を増やしていくという。
自動車メーカー向けなどであれば、ダッソー・システムズのSolidWorksやCATIA、シーメンスPLMソフトウェアのNXなどが代表的な3D CADソフトウェアになるが、ワークステーションの世界ではそうしたISVとしっかり協業して売り込むことが重要になる。
現時点では具体的にどこのISVと協業していくのかなどに関しては発表できる案件はないとのことだが、現在ワークステーションの世界で注目のソリューションとなりつつあるVDI(Virtual Desktop Infrastructure)への対応も見据えているという。
林氏の言うとおり、今後日本のワークステーションPC市場は成長が望める有望な市場だと考えられている。2020年のオリンピックを見据えた建築関連の需要もそうだし、急速にコンピュータ化が進む自動車メーカーのエンジニア用のPCとしてもワークステーションPCの需要は今後も堅調で期待されている。このため、Lenovoに限らず、各社とも力を入れている市場であるのは事実だが、Lenovoが専門の事業部を立ち上げたからと言って勝てるほど甘くない市場であるのも事実だ。
Lenovoは、第2の矢、第3の矢を次々と放っていけるか、そうしたスピード感が求められることになる。