福田昭のセミコン業界最前線

USB、LTEと製造外注で復活を期するルネサスのSoC事業



 ルネサス エレクトロニクス(以下、新ルネサス)が、報道機関向けに事業戦略の説明会を相次いで開催している。同社は、大手半導体メーカーのNECエレクトロニクス(旧NECエレ)とルネサステクノロジ(旧ルネサス)が合併して2010年4月1日に誕生した。7月29日には新ルネサスの中期計画「100日プロジェクト」を発表し、2010年度~2012年度のおおまかな事業計画を説明していた。

 新ルネサスの半導体売上高実績は2009年度(2010年3月期)が9,425億円。2010年度(2011年3月期)の予測は1兆900億円で成長率は15.6%である。ここから2012年度(2013年3月期)にかけて、年平均成長率(CAGR)7~10%の割合で売上高を伸ばしていくというのが、中期計画「100日プロジェクト」の柱である。

 新ルネサスの半導体事業は、「SoC(エスオーシー:System on a Chip)事業」、「マイコン事業」、「アナログ&パワー(A&P)事業」に分かれている。SoC事業は、このなかで2010年度~2012年度に最大の成長率を掲げる。目標とする年平均成長率は10~15%である。2010年度の売上高目標は約3,500億円。マイコン事業は、年平均成長率8~10%を目標とする。2010年度の売上高目標は約4,000億円。アナログ&パワー(A&P)事業は、年平均7~10%を目標とする。2010年度の売上高目標は約3,300億円である。

 組織別にみると、SoC事業は2つの事業本部が担う。「SoC第一事業本部」と「SoC第二事業本部」である。マイコン事業は「MCU事業本部」、アナログ&パワー(A&P)事業は「アナログ&パワー事業本部」が担う。

新ルネサスの半導体事業。「SoC(System on a Chip)事業」、「マイコン事業」、「アナログ&パワー(A&P)事業」を3本柱とする新ルネサスの組織図。なおアナログ&パワー事業本部の汎用製品事業部は10月1日付けで解散し、ほかの4事業部に吸収されている

 これらの事業本部が報道機関向けの発表会を相次いで開催し、事業戦略を説明した。各事業本部(または事業部)が10月15日までに開催した報道機関向け説明会のスケジュールを以下に示す。

SoC第一事業本部:9月30日
SoC第二事業本部:9月9日
MCU事業本部:5月13日、9月14日
アナログ&パワー事業本部パワーデバイス事業部:9月28日
アナログ&パワー事業本部化合物事業部:10月7日

 MCU事業本部は5月にも事業説明会を開催しているため、事業戦略の概略は5月の時点で公表されていた。またアナログ&パワー事業本部は、事業本部全体の説明会は開催していない。

●「低成長のSoC第一、高成長のSoC第二」

 これら一連の事業戦略説明会で明らかになったのは、各事業本部が担う中期計画だ。2010年度~2012年度の想定売上高年平均成長率を事業本部ごとに示す。

SoC第一事業本部:6~7%
SoC第二事業本部:16%
MCU事業本部:8~10%
アナログ&パワー事業本部:7~10%

 SoC第一事業本部の成長率が最も低く、SoC第二事業本部の成長率が最も高い。7月29日の時点ではSoC事業全体の年平均成長率は10~15%と説明されていたが、事業本部ごとに区分けしてみるといささか様相が異なってくることが分かる。「低成長のSoC第一」、「高成長のSoC第二」という図式が見えてくるのだ。

 SoCと言われると、どんな製品があるのか。多種多様なSoCが半導体製品には存在するので、にわかには想像しにくい。特定用途向けのシステムLSIというのが半導体業界での呼称だが、これでも分かりやすいとはいえない。

 新ルネサスの場合は、SoC第一事業本部がUSB 3.0ホストコントローラLSIやイーサーネット物理層内蔵の産業用システムLSI、デジタルカメラ用システムLSI、ネットワーク用メモリなどを扱っており、SoC第二事業本部が携帯電話機用アプリケーション・プロセッサやカーナビ用プロセッサ、カーナビ用画像処理LSI、セットトップ・ボックス用画像処理LSIなどを扱っている。大まかには、産業/FA用SoCと周辺機器/ネットワーク用SoCがSoC第一事業本部、民生マルチメディア機器用SoCがSoC第二事業本部の担当範囲と言える。

SoC第一事業本部とSoC第二事業本部の事業分担。各事業本部の2010年度売上高は1,700~1,800億円でほぼ等しく、合計すると3,500億円となる見込みSoC第一事業本部の組織と事業分野。産業ネットワーク事業部とイメージングデバイス事業部に分かれるSoC第二事業本部の組織と事業分野。モバイルマルチメディア事業部とホームマルチメディア事業部に分かれる

●事業構造の転換が当面の課題

 SoC第一事業本部の事業内容は、新ルネサスの事業本部ごとに比較すると成長率こそ低いものの、内容は決して悪くない。USB用コントローラLSIではシェアトップ(ルネサスによると15%)であり、特にホストコントローラに強い。USB 3.0用ホストコントローラでは、ほぼ独占状態にある。またネットワーク用メモリでは断トツのシェア(ルネサスによると40%)を有する。そして製品サイクルとしては長めのものが多い。半導体製品は製品サイクルが長い方が、利益を確保しやすい傾向にある。

 さらに、売上高に占める海外市場の比率が高い。現在は売上高の59%を海外市場が占める。ちなみに新ルネサス全体の海外売上高比率は50%である。世界の半導体市場の今後を考えた場合、日本市場よりも海外市場、特にアジア(日本を除く)市場の成長が期待される。海外市場の比率が高いことは、売上高を伸ばす上では有利な要因である。

 SoC第一事業本部の問題は、現在の事業構造にある。売上高に占める縮小対象事業の比率が少なくないのだ。およそ3分の1を超え、約36%に達するとみられる(2010年度の売上高グラフから推定)。言い換えると中核/拡大事業はSoC第一事業本部の約64%に過ぎない。ちなみに2010年度~2012年度の年平均成長率を6.8%とすると、中核/拡大事業の年平均成長率は19%となり、相当に高い比率であることが分かる。2012年度には縮小対象事業の売上高比率は21%に下がるものの、まだ低いとはいえない。言い換えると2012年度の段階でも、拡大事業へのリソースの転換が完了していないことになる。

SoC第一事業本部の中期計画(売上高)。2010年度~2012年度の年平均成長率(CAGR)を6~7%とする。中核/拡大事業だけでみると年平均成長率は19%とかなり高いUSBホストコントローラLSIの製品計画。USB 1.1ホストコントローラ、USB 2.0ホストコントローラ、USB 3.0ホストコントローラを世界に先駆けて製品化してきたネットワーク用メモリの製品系列。旧NECエレ製品のLL(Low Latency)DRAMとQDR(Quad Data Rate)SRAM、旧ルネサス製品のQDR SRAMとTCAM(Ternaly Content Addressable Memory)がある。2011年には新ルネサスの開発による144Mbit QDR SRAMを販売する予定

●Nokiaのベースバンド技術が高成長の梃子

 これに対してSoC第二事業本部は、現在でも売上高に占める縮小対象事業の比率が比較的少ない。2010年度で約21%とみられる(2010年度の売上高グラフから推定)。言い換えると中核/拡大対象事業が約79%を占める。SoC第一事業本部に比べると、売上高ベースでの事業構造は成長しやすいものになっていると言える。

 ただし、中核/拡大対象事業の年平均成長率はSoC第一事業本部に比べるとずっと高い。2010年度~2012年度の年平均成長率は約26%に達する(売上高グラフなどから推定)。これは相当に高いハードルである。スマートフォンやデジタルTVといった将来の成長が期待できる応用分野が主体ではあるものの、一方で競合他社が弱くない分野だとも言える。圧倒的なシェアを誇るカーナビ(自動車出荷時に据え付け済みの品種に限る)向けSoCを除くと、厳しい競争にさらされている。

 ここで成長を牽引する有力材料となっているのが、Nokiaから携帯電話機用ベースバンド半導体開発部門を買収したことだ。ベースバンド技術を加えることで、世界各地域の携帯電話機向けにアプリケーションプロセッサやベースバンドモデム、アンプIC、高周波IC、システム電源といった半導体製品をまとめて供給できる態勢が整った。この結果、2009年度に約1,000億円の売上高だったモバイルマルチメディア事業を、2012年度には約2倍の規模に増やす計画だとする。

 2012年度には次世代高速通信規格LTEに対応したモデムを供給するとはいえ、3年後に売上高を2倍にするとは、かなり意欲的な計画である。もっとも、フィンランドNokiaの携帯電話機向けにルネサスはベースバンドモデムを供給するので、売上高としては自然に上積みされることになる。この「下駄」に相当する部分がどのくらいなのかは不明だが、「下駄」の恩恵なしには2倍という計画目標を達成することは困難だろう。

 ちなみに中核/拡大対象事業の年平均成長率である約26%(推定値)を金額に換算すると、約807億円の上積みになる。2010年度の売上高が1,383億円、2012年度の売上高が2,190億円である(いずれも筆者による推定値)。

SoC第二事業本部の中期計画(売上高)。2010年度~2012年度の年平均成長率(CAGR)を16%とする。中核/拡大事業(「拡大」とある部分)だけだと年平均成長率は約26%に達するカーナビ(自動車出荷時に据え付け済み)用SoCのシェア。国内シェアは97%とほぼ独占状態、海外でも57%と断トツのシェアを有する。なお「R-Carシリーズ」とあるのは、新ルネサスの車載情報システム向けSoCのニックネーム
携帯電話機用半導体製品の品揃え。Nokiaから携帯電話機用ベースバンド半導体開発部門を買収したことで、携帯電話機が必要とする一通りの半導体製品をすべて新ルネサスで供給できるようになったLTE対応モデム製品のロードマップ。なお「R-Mobile」とあるのは、新ルネサスの携帯電話機向けSoCのニックネームで、「R-Mobile U」はモデム回路とカメラ用画像処理回路を内蔵するSoCを意味する

●SoC事業の設備投資負担を軽減へ
最先端プロセスの量産に関する方針(2010年7月29日の100日プロジェクト発表資料から)。32nm/28nm以降の半導体製品は、TSMCとGLOBALFOUNDRIESに製造を委託する

 旧ルネサスと旧NECエレのSoC事業は、いずれも売上高では半導体事業全体の3分の1前後を占めるものの、営業収支では芳しくない状況が続いてきた。粗く言ってしまえば、マイコン事業が稼いだ利益をSoC事業が食いつぶす、という状態だった。その大きな要因に、SoCは最先端の製造技術を必要とし、そのために巨額の開発投資と設備投資を必要とする、という構図があった。旧ルネサスと旧NECエレはともに、自社の製造ラインで最先端のSoCを量産していたためである。

 しかし今後は、この状況が大きく変わる。40nm世代までは自社の製造ラインを所有するが、32nm/28nm以降の世代では半導体製造を全面的に外注することに決めたからだ。SoC事業における最先端プロセスへの設備投資の負担が、今後は軽減される。これだけでSoC事業の基本構造が黒字体質に転換するかどうかは分からないが、少なくとも良い方向であることは間違いないだろう。

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(2010年 10月 18日)

[Text by 福田 昭]