福田昭のセミコン業界最前線

エルピーダを再び襲うDRAM暴落の悪夢



 PC用DRAMの値段が再び、急速に下がってきた。昨年(2009年)前半に1ドル前後の超安値に落ち込んでいたDRAM価格は後半になって上昇し、今年(2010年)に入ってからは2.5ドル前後で比較的安定に推移していた。

●9月からDRAM価格が急速に低下

 異変が始まったのは2010年9月である。DRAM価格が急速に低下し始めた。価格低下は10月から11月になっても止まらなかった。DRAMモジュール(DDR3 2GBモジュール)の価格は11月後半の時点で7月後半の半分に、DRAMチップ(DDR3 1Gbitチップ)の価格は11月後半の時点で7月後半の約53%にまで下がってしまった。12月に入っても価格は下げ止まっていない。2010年12月10日時点のDRAMチップ価格は1.25ドルで、2009年前半の水準にまで近付いてしまった。

2009年1月~2010年5月におけるDRAM価格の推移。エルピーダメモリが2010年5月12日に発表した決算資料から2009年11月~2010年4月におけるDRAMスポット価格の推移。エルピーダメモリが2010年7月29日に発表した決算資料から
2010年7月以降のDRAMチップとDRAMモジュールの価格推移。市場調査会社DRAMeXchangeの公表データを基にまとめた

 1年の後半に入ってからの価格急落は、DRAMベンダーにとって悪夢だった2008年後半の再現に近い。2008年後半に6~7カ月間でDRAM価格は6割~7割も急落した。2010年は、5月3日時点と12月10日時点の比較で6割前後、下がっている。

 DRAM価格低下の影響を大きく受けつつあるのが、国内唯一のPC用DRAMベンダー、エルピーダメモリの業績だ。11月4日に公表された2010会計年度第2四半期(2010年7~9月)の売上高は1,488億円で、前の四半期(2010年4~6月)の売上高1,763億円に比べて15.6%減となった。営業利益は235億円で、前四半期の444億円と比べて46.6%減である。第1四半期の業績を発表した7月29日時点の楽観的な見通しからは、大きなずれが生じてしまった。

2008年のDRAM価格推移と2010年のDRAM価格推移。エルピーダメモリが2010年11月4日に発表した決算資料からエルピーダメモリの直近四半期決算。2010会計年度第2四半期(2010年7~9月)の業績は、売上高と営業利益がともに前四半期(2010年4~6月)に比べて減少した。エルピーダメモリが2010年11月4日に発表した決算資料からエルピーダメモリの四半期業績推移(売上高と営業利益)

●DRAM需要の拡大ペースが鈍る

 DRAM価格の急速な低下はDRAM需給の緩和、具体的には需給バランスの針が供給過剰側に振れたことによるものだ。2008年後半に起こった需給バランスの崩れは、過剰な設備投資によるDRAM生産数量の急速な増加が招いた供給過剰が原因だった。2010年9月以降の需給バランスの崩れは、前回とはかなり様子が違う。需要が当初の期待ほどには伸びなかったのだ。PCの出荷台数があまり増えていないことと、PCが搭載するDRAMモジュールの容量が伸びないことに起因する。元々はDRAM価格が2009年の後半に上昇したことから、PCベンダーはDRAMの標準搭載容量の拡大を抑えていた。DRAM搭載コストの上昇を抑制することで、利幅の減少を抑える狙いである。PCの値上がりを防ぐという狙いもある。

 米国の市場調査会社Gartnerは10月13日に、2010年7~9月のPC出荷台数(世界全体)を前年同期比7.6%増の8,830万台と推定した。当初は前年同期に比べて12.7%の伸びを予測しており、予測を下回る伸びとなった。さらに11月29日には、2010年通年のPC出荷台数の成長率予測を14.3%に下方修正した。9月には2010年通年を17.9%成長と予測していた。

 例年、第3四半期(7~9月)は第4四半期(10~12月)のクリスマス商戦に向けて生産量を積み増しておく時期だ。DRAMもPCのクリスマス商戦に合わせて増産していく。この出鼻をくじくように、需給バランスが崩れてしまった。

●需要拡大の鈍化に円高が追い撃ちをかける

 エルピーダメモリが市場で競合する主要なDRAMベンダーは、韓国Samsung Electronicsと韓国Hynix Semiconductorである。韓国の2社に比べると、為替レート(ドル交換比率)の違いでエルピーダメモリは苦しい競争を余儀なくされている。日本円が米ドルに対して高く推移しているのは良くご承知だろう。例えば2010年の1~3月と7~9月を比べると、日本円と米ドルの交換比率は5%ほど円高にシフトした。

 ところが韓国通貨のウォンは、同じ時期に2.3%ほどウォン安に推移したのだ。1ドルに対して日本企業と韓国企業では、7%強の為替格差がある。この違いは、価格競争力と収益性にかなりの影響を与える。

 その影響を伺わせるのが、韓国Hynix Semiconductorの7~9月四半期業績である。韓国ウォンベースでの売上高は前の四半期に比べて1%の減少、営業利益は前の四半期に比べて3%の減少に留まっている。エルピーダメモリに比べると、DRAM価格低下の影響が低い。

韓国ウォンと台湾NTドル、日本円の対米ドル交換比率の推移韓国Hynix Semiconductorの2010年7~9月四半期(Q3'10)業績。同社の売上高(Revenue)の77%がDRAM事業だと言われている。金額単位は10億韓国ウォン。同社の決算発表資料から抜粋した

●DRAMベンダーの減産が相次ぐ

 DRAM価格の急落を受けて、DRAMベンダー各社は減産や増産延期などの生産計画の見直しを迫られている。エルピーダメモリは11月4日に、PC用DRAMのウェハ処理枚数で月産23万枚を計画していたのを、11月以降は月産17万枚に減らすと発表した。生産個数では26%減に相当する。期間はとりあえず無期限で、市況を見ながら期限を決める。短くとも2011年2月までは減産を継続するとしている。

 市場調査会社の台湾DRAMeXchangeが11月25日に発表したレポートによると、Samsungが市況を見ながら生産計画を見直すほか、台湾のDRAMベンダー、PowerChip Technologyが10~15%の減産を決めた。DRAM急落の勢いに対してどの程度の歯止めとなるかは分からないが、値下げ競争に突っ走るチキン・レースを回避する動きが出てきたことは、喜ばしいことだろう。

●モバイルDRAMに活路を見出す

 再びエルピーダメモリに話題を戻そう。今期、すなわち2010会計年度の第3四半期(2010年10~12月)はすでに3分の2以上を消化した。この間、DRAMチップ価格は1.72ドルから1.25ドルまでほぼ一本調子で下がってきた。1Gbit DRAMの損益分岐点は1.5ドルと推定されることから、この四半期にエルピーダメモリが営業利益を出せるかどうかは、かなり微妙な状況となってきた。営業利益を出せたとしても、100億円を超えることはかなり難しい。

 PC用DRAMの事業環境が本当に厳しいのは次の四半期、つまり2010会計年度第4四半期(2011年1~3月)だろう。DRAM価格の底がまだ見えていない、言い換えると、どこまで下がるのかが現時点では分からないからだ。DRAMeXchangeは、PC用DRAMの価格が反転するのは2011年4~6月期の期末だと予測する(11月29日時点の予測)。

 そこでエルピーダメモリは、モバイル機器用のDRAM(モバイルDRAM)の事業拡大を急速に進めている。同社はDRAM売り上げを「コンピューティングDRAM」(PCおよびサーバー向けDRAM)と「プレミアDRAM」(モバイル機器およびデジタル家電向けDRAM)に分けて公表しており、モバイルDRAMはプレミアDRAMに属する。PC用DRAMに比べると事業規模そのものはまだずっと小さいのだが、2010年4月以降、売上高を急速に伸ばしてきた。

 プレミアDRAMの売上高は、2010年4~6月の四半期に前の四半期と比べて20%増、さらに同年7~9月の四半期も前の四半期に比べて20%増と拡大しており、この販売増がモバイルDRAMに支えられている。エルピーダメモリとしては2011会計年度に、プレミアDRAMの販売額を四半期ベースで20%ずつ増やしていきたいとする。

 モバイルDRAMの主な応用分野は、スマートフォンとスレートPCである。いずれもPCに比べると1台当たりのDRAM搭載容量は少ないものの、出荷台数の伸び率ではPCを上回り、1台当たりのDRAM搭載容量は増加している。

 エルピーダメモリは、2011会計年度にPC用DRAMの伸びが鈍化すると予測したことから、モバイルDRAMへの事業シフトを7月29日の業績発表の時点で表明していた。坂本幸雄社長は同日の会見で「やはり、我々はモバイル(のDRAM)で圧倒的に大きな会社になりたい」と説明していた。11月4日の業績発表会見では、携帯電話機向けDRAMの50%以上をエルピーダ(およびそのグループ企業)で獲得するとの、具体的な目標を示していた。その具体的な動きとして、2010年9月には40nmプロセスによる2Gbitモバイル用DRAM「Mobile RAM」の量産を始めた。

エルピーダメモリのDRAM事業別売上高推移。2010年11月4日に発表された決算資料からエルピーダメモリが開発した「Mobile RAM」の概要。2010年10月26日に東京で開催されたイベント「テクトロニクス・イノベーション・フォーラム2010」でエルピーダメモリが講演した資料から

 エルピーダメモリ以外でモバイル用DRAMに積極的なのは、DRAMトップのSamsung Electronicsである。日本法人の日本サムスンは2010年6月25日に開催されたイベント「MemCon Tokyo 2010」で、46nm技術による2Gbit LPDDR2 DRAMをスマートフォン向けに投入していくと表明した。7月28日に米国で開催された姉妹イベント「MemCon 2010」でも、スマートフォン向けDRAMに力を入れていくことをSamsungはアピールした。

2009年~2012年のDRAM世界需要予測。ビット数換算では、モバイル向けDRAMの市場が年率75%で急速に伸びると予測する。2010年7月28日に米国で開催されたイベント「MemCon 2010」で米国Samsung Semiconductorが講演した資料からSamsungが示したモバイル用DRAMのロードマップ。2010年7月28日に米国で開催されたイベント「MemCon 2010」で米国Samsung Semiconductorが講演した資料から

 赤字操業を覚悟しなければならないPC用DRAM事業の比重を下げて、利益が見込めるモバイル用DRAM事業の比重を上げることは、当然の選択だろう。その先頭を走るのが、エルピーダメモリとSamsung Electronicsだ。2011年は、モバイル市場で両者が本格的に激突する年となる。

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(2010年 12月 16日)

[Text by 福田 昭]