福田昭のセミコン業界最前線

「赤い」ルネサスから「青い」ルネサスへ



●NECエレクトロニクス社員を襲う「ルネサス」ショック

 国内の大手半導体ベンダーであるルネサス テクノロジとNECエレクトロニクスが事業統合に関する基本契約を9月16日に締結し、発表した。これで2010年4月1日には、売上高で日本最大、世界第3位の半導体ベンダーが誕生することが、ほぼ確実になった。

 新会社の名称は「ルネサス エレクトロニクス株式会社(Renesas Electronics Corp.)」(仮称)。「ルネサス テクノロジ」と「NECエレクトロニクス」を合計して「テクノロジ」と「NEC」を抜き取った残りと一致する。2003年から「ルネサス」ブランドで仕事をしてきたルネサス テクノロジの社員にとっては、心理的抵抗が少ない社名である。

 これに対してNECエレクトロニクスの社員にとっては、相当に複雑な心境だろう。NECエレクトロニクスはNECグループの一員(NECの連結対象子会社)であり、NECエレクトロニクス社員の多くはNECに入社したのであって、NECとはまったく別の半導体企業に入社したという意識はあまり高くないと推察するからだ。ルネサス テクノロジの誕生が決定したときに、少なくない社員を襲った精神的なショックと似ている。

 ルネサス テクノロジの社員、特に地方の製造工場や営業所で働く社員のショックは少なくないものがあった。「日立製作所」あるいは「三菱電機」に入社して一所懸命に働いてきたのに「ルネサス」という無名(2003年当時は、日本人のほとんどにとって無名だった)の企業に突然、転籍させられたのである。細かいことだと言ってしまえばそれまでだが、超有名企業の勤務から無名企業の勤務へと変わった後の周囲の変化は非常に辛いものがある。家族や親戚などの反応、電話で名乗るときの相手方の対応、オフィスを借りるときの不動産業者やビルオーナーなどの対応……こういったことの大半が温度の低い方向へと変わったのだ。スポーツジムの運営企業にルネサスと似た名称の会社があり、初めて電話した相手から、スポーツジムの会社と混同されたという話も、ルネサス テクノロジ発足後の間もない時期に聞いた。

 ただし、2003年以降のルネサス テクノロジ社員の大変な苦労を思うと、NECエレクトロニクスの社員はまだ恵まれているとも言える。「ルネサス」の国内における知名度は2003年時点よりも、はるかに高いからだ。それでも、「NEC」が消えることへの慰めにはならないかもしれない。

新会社「ルネサス エレクトロニクス」(仮称)の概要

●NECエレクトロニクスに配慮したロゴマーク

 新会社の名称と同時に、新会社のロゴマークも発表された。「Renesas」の書体そのものははルネサス テクノロジのロゴマークと同じにみえる。ただし彩色が違う。ルネサス テクノロジの赤色(レッド)から、新会社では青色(ブルー)に変わる。ルネサス テクノロジの赤色は、社員には「ルネサスレッド」とも呼ばれており、同社のシンボルカラーと言えた。一方、NECエレクトロニクスのロゴマークは青色である。NECエレクトロニクスに配慮して青色(ブルー)に変えたとうかがわせるものがある。今後は「ルネサスブルー」と呼ばれるのかもしれない。

ルネサス テクノロジとNECエレクトロニクスのロゴマークと、新会社「ルネサス テクノロジ」(仮称)のロゴマーク

●増資、また増資で短期借入金を相殺

 そして合併会社発足までのスケジュール、合併比率、大幅な資本増強などが正式に発表された。今回の契約は「統合基本契約」と称する。正式な合併契約は2010年1月中旬までに締結される予定である。そして2010年2月中旬に臨時株主総会を開催して合併を決定し、2010年4月1日に新会社が発足する日程となっている。

 合併比率(株式価値の比率)はNECエレクトロニクスが「1」に対してルネサス テクノロジが「1.189」である。NECエレクトロニクスは普通株式およそ1億4,684万株を発行し、ルネサス テクノロジの株主(新会社発足予定日の前日時点の株主)に交付する。といっても株主は日立製作所と三菱電機だけなので、両社にNECエレクトロニクスの新株が交付されることになる。なおこの比率は、後で述べる第1段階の増資完了時点を前提にしている。

 資本増強は、親会社にとって大きな負担となりそうだ。増資は2段階で実行される。初めはルネサス テクノロジの大幅な増資である。総額で780億円を新会社発足の前日までに増資する。出資比率は発表されていないようだが、現在の出資比率と同様に日立が55%を負担し、三菱が45%を負担すると予想する。すると日立の負担額は429億円、三菱の負担額は351億円となる。この資本増強により、ルネサス テクノロジの資本金は2009年3月末時点(770億円)の2倍を超える、1,550億円に達する。

 次に、新会社が発足すると同時に、第2段階の増資を実施する。増資額は約1,220億円と巨額である。第三者割り当てによる新株(普通株式)を1億3,304万2,532株、発行する。発行価額(1株当たりの売値)は917円である。割り当て先はNEC、日立製作所、三菱電機の3社で、NECは約500億円、日立は約396億円、三菱は約324億円を出資する。

 資本増強の金額は合計で2,000億円。日立は825億円、三菱は675億円、NECは500億円を負担することになる。これだけ巨大な増資がなぜ必要なのか。ルネサス テクノロジとNECエレクトロニクスの資産状況(貸借対照表)をみると理由の一端がうかがえる。

 貸借対照表を「資産の部」からみていくと、ルネサス テクノロジの現金の少なさが目に付く。NECエレクトロニクスの半分程度、565億円しかない。そして「負債の部」をみて驚かされるのが、ルネサス テクノロジの短期借入金である。1,789億円もあるのだ。これに対してNECエレクトロニクスの短期借入金は11億円しかない。そして「純資産の部」をみると、株主資本はNECエレクトロニクスの方がルネサス テクノロジよりも多い。売上高ではNECエレクトロニクスに優るルネサス テクノロジだが、財務体質はかなり良くないことが分かる。特に1,800億円近い短期借入金は、どのような理由で生じたのか、釈然としない。

 はっきりしているのは、現金が565億円しかなく、短期借入金が1,800億円近くもある状況では、ルネサス テクノロジは資金繰りに窮する可能性が少なくないということだ。そこで緊急性の高い借金返済分を第1段階の増資780億円で手当する、という対処方法が見えてくる。そして第2段階の増資1,220億円で財務体質を大幅に改善して新会社をスタートさせる、というシナリオなのだろう。

 災難なのはNECだ。日立と三菱の出資は、親会社としての責任を果たす意味で当然とも言える。しかしNECエレクトロニクスの財務諸表を見るかぎり、NECエレクトロニクス単体では、500億円もの増資が早急に必要だとは考えにくい。ルネサス テクノロジとの事業統合と新会社のスタートを円滑に進めるために、あえて負担したように見える。

 そして見逃せないのが、新会社ではNECが筆頭株主となり、なおかつ特別決議の拒否権を有する、3分の1を超える持ち株比率(33.42%)を有する予定であることだ。株主総会でNECが承諾しない限り、定款の変更や重要な事業の譲渡、新株発行などに関しては実行できないことになる。以前に述べたように、NECとしてはNECエレクトロニクスを持分法適用会社にすべく、持ち株比率を下げたい。だが、日立と三菱が結託したときに手がまったく出せなくなる状況は避けたい。今回の統合基本契約締結の発表を詳細にながめると、NECの複雑な心境がみえてくる。

ルネサス テクノロジとNECエレクトロニクスの貸借対照表(バランスシート)

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(2009年 9月 18日)

[Text by 福田 昭]