富士通がグラスレス3D立体視にこだわる理由



グラスレス3D立体視対応の「ESPRIMO FH99/CM」

 3D映像の技術は古くて新しい技術だ。3D映像が気持ちよく楽しめる映像製作のノウハウが確立してきたのはつい最近の事で、残念ながら現在も“気持ち悪い3D映像”を作ってしまう映像製作会社も少なくない。たとえ気持ち悪くない3D映像を作れたとしても、それを上手に見せる演出や編集が行なえるところも、まだ多くはない。

 ノウハウとしては確立しているので、映画を中心に予算の多い映像作品を発信源にノウハウが伝搬していけば、もっともっと3Dの映像環境は良くなるだろう。コンピュータで演算しながら表示するゲームの世界などでは、元よりそのあたりのノウハウは反映しやすく、ユーザーによるカスタム設定も簡単だ。

 一方、3Dで映像を見せる技術は、実のところとても古い。3D映画などは50年以上前から存在するわけで、これまでにも多くの3D表示技術が考えられてきた。が、基本的な考え方はそう多いわけではない。左右それぞれの目に、適切な視差(目の位置の違いにより異なるモノの見え方)が与えられれば、脳みそがそれを立体であると判断してくれる。

 では、どうやって左右の目に異なる映像を見せるのか。そこで大きく分けて、メガネを使う方法とメガネを使わない方法へと分かれる。昨年のCEATECで東芝がグラスレス3Dレグザを発表して以来、メガネなしの3D映像機器が大きな話題を呼んでいるが、メガネありとなしは、どちらが優れているというよりも、根本的に用途と特徴が異なるものだ。

 富士通はPCの3D表示機能として、偏光フィルムと偏光メガネを用いたシステムを提供してきたが、2月に発売する新製品「ESPRIMO FH99/CM」でグラスレス化を果たすという。パーソナルビジネス本部 第二PC事業部 事業部長 樋口久道氏の話を交えながら、富士通の裸眼3D技術について書き進めていきたい。

●メガネありとメガネなし

樋口久道氏

 多くの3Dディスプレイを見てきたが、各種方式で率直に感じるのは、メガネありとメガネなしは、どちらも必要ということだ。もしコストが許されるなら、1台のディスプレイで両方に対応したものがあっても良いぐらいだ(技術的には可能である)。多くの読者はメガネなしになるのが既定路線と考えているようだが、メガネなしの3D表示には見る位置に対するシビアさや画質低下の問題がついて回る。一方、メガネありは画質的に優れており、メガネも今後は大幅な改善が見込まれているが、当然ながらどんなに改善されても“メガネを不要にしたい”という要望はかなえられない。

 個人的には、TVに関して言えばメガネありの方が改善のペースが速いと考えているが、一方でPCやゲーム機のような、基本的に1人で楽しむデバイスには、メガネ無し、すなわち裸眼3Dディスプレイの方が有利な側面もある。1人だけであれば、たくさんの視差を創り出す必要性がなく、映像処理と画質の両面で有利だからだ。

 ただし、裸眼3Dディスプレイには大きな問題がある。それは2D時の画質低下を伴わないディスプレイにするには、大きなコストがかかってしまうということだ。電気的に3D表示と2D表示を切り替える方法は、例えばレンチキュラーレンズを用いる方法の場合、電気的に形状が変化する液体レンズを用いたシートを高精度で貼り付けねばならない。

 樋口氏は「PCの画面表示はほとんどが2D。3Dのアプリケーションはごく一部です。第一に2Dの画質が落ちてはならない。裸眼3Dディスプレイを実現する上でも、それは変わりません。我々は別途、メガネを用いた3D PCも用意していますが、それとは別にメガネなしで手軽に楽しめる製品を作ろうと考えたのです。この“手軽”という部分が、とても重要だと思ったからです」と話す。

 そこで、“裸眼”、“安価”、“切り替え”という3つのキーワードが目標だった。つまり、裸眼3Dを安価に実現する事で3Dに対するハードルを下げ、2Dと3Dの切り替えを行えるようにすることで、2D使用時のマイナス面を抑える。

 しかし、前述したように2Dと3Dの両立を図るには高いコストがかかる。そこで3D表示用のパネルを、手動で取り替え可能にした。通常の液晶ディスプレイの前に「填め込む」のだ。


●“まずは使ってもらう事が重要”

 裸眼3Dは、各画素に指向性を持たせ、片方の目でしか視認できないようにすることで3D表示を実現する。大きく分けると視差バリア(見る角度の違いにより画素が隠れるようにする方式)とレンチキュラー(レンズを用いて画素が見える方向を制限する方式)がある。富士通は裸眼3D表示の技術詳細について明らかにしていない(特許申請中のため)。が、実際にはめるパネルを見れば、レンチキュラー方式の応用である事がわかる。

 3Dパネルは垂直に近い斜めの配列で、レンズ間隔は画素ピッチより狭い(おそらく3分の2程度)。つまり、1つのレンズがサブピクセル(1画素を構成するRGBの各副画素)2個分に指向性を持たせ、縦方向に画素がズレるごとにサブピクセル1個分、横にズレていくようなレンズ配列だ(ただし、そう見えるというだけで実際にどのようなシカケかは未発表)。

 このため、通常のWindows画面を3Dパネル付きで表示させ、局部を拡大してみると白い横ラインが、画素ごとに異なる色がついていることがわかる。どうやら、このレンズ配列と、どのように左右映像を表示するかの画像処理部分が、富士通の独自技術部分のようだ。

 3Dパネルは画面下の溝を合わせ、左右の爪でロックする方式。左右位置がズレないよう高精度な装着が可能なよう工夫されているが、液晶と3Dパネルの間を完璧に密着させることは難しい。このため、最終試作という製品には、明確な干渉縞が見えていた。ただし、製品版では干渉縞が減る新しい工夫が盛り込まれるというので、機会があれば自身の目で確認してほしい。

ESPRIMO FH99/CMでは偏光式フィルムを採用する

 製品に添付される予定のBlu-ray 3D「クリスマス・キャロル」を観たが、細かく描き込まれた3Dアニメの場合、干渉縞はさほど気にならなかった。おそらく自然画でも同じだろう。もっと単調な配色のアニメでは干渉縞が気になるだろうが、安価に2Dと3Dの切り替えを実現するには、現状、多少の干渉縞は大目に見てでも手動パネル交換式が良いという判断なのだと思う。「まずは使ってもらえる価格である事が重要(樋口氏)」。

 レンチキュラーレンズの特性は固定であるため、見る位置や距離によって見え味が変化したり、画面の一部に3D感が損ねる部分が見える現象もあるのだが、これも低価格故と考えると諦めるべきところなのだろう。この部分は富士通方式の問題というよりも、パネルにレンズを貼り付けないという判断に由来している部分だからだ。

●富士通ならではの逆視を感じさせない工夫とは?

 一方で、とても不思議に感じる部分もあった。思ったよりも、解像度が高いのである。裸眼3Dでは視差数の分だけ、必ず表示画素数は減っていく。最低2視差が必要なため、フルHD解像度の本機もハーフHD相当の画素数になる。

見た目の解像感が半分にならないよう工夫を施しているという

 ところが見た目の解像感は半分にはならない。富士通によると、およそ3分の2程度の解像感とのことだ。いわゆる“サブサンプリング”という手法で、画素の間引きかたの工夫で人が感じる解像度の低下を防いでいる。パッと見は昔のシャドウマスク方式のカラーTVに近い風合いで、1月のCESでソニーが見せていた裸眼3D TVも、これに近い画素配列に見えた(ソニーも画素配列は公式には発表していない)。

 すべての画素が揃っているわけではないため、フルHDの3D表示に比べると、画質は明らかに落ちてしまう。実際に画素が減ってるのだから仕方がないところだが、同じ画素数半分でも偏光フィルムを用いて走査線に対し交互に異なる偏光をかける方式(富士通の裸眼3D以外の方式はコレ)よりは解像感がある。特にサイドバイサイドの映像を3D表示する際には、今回の方式の方が有利だ。

 不思議な事はもう一点ある。それはレンチキュラーレンズを用いた3D表示で、左右像をそのまま表示しているだけ(つまり2視差)のはずなのに、なぜか正面以外の位置でも立体視ができる事だ。立体表示の質はともかく、2つの方向に左右の映像の光を振り分けているのであれば、立体に見える場所は1カ所にしかならない。

 その理由についても「詳細は特許の関係があるので……」と教えてもらえなかったのだが、ヒントはもらう事ができた。映像を構成する画素の一部が立体になっていなかったり、逆視となっている場合でも、映像全体が立体になっていると脳は整合性の取れない部分(逆視や視差ゼロ)を、周囲の深度に馴染ませて認識する特徴があるのだという。

 つまりすべての右目用画素を右目方向、左目用画素右目方向に振り分けるのではなく、ある程度あちこちに分散させて見せているのだと考えられる。部分的に逆視が出ても、まとまった領域がそうならない限り、脳内で補正して正常に立体感を得る。その振り分け方などにノウハウがあるようだが、特許成立すれば話せるが今は無理とのことで、これ以上の取材は断念した。


●もっとカジュアルに3Dを

 さて、実は取材当初、樋口氏とは話が合わず、取材がなかなかうまく進まなかった。というのも、裸眼3Dの方が高画質かつ家族で3Dを楽しむのに向いていると言われたからだ。筆者の認識としては、メガネありの方が画素数は多く視聴位置も限られないので、高画質かつ複数の人が3D映像を同時に見るのに向いている。

 しかし同じメガネありでも、偏光フィルムを用いた方式の場合は話が違う。偏光フィルムを貼った3Dディスプレイは、走査線数が半分になるため解像度が半分になる。さらにサイドバイサイドの映像は左右が半分になるから、結果的に4分の1の情報量となるのだ。最も高画質な3D表示は、アクティブシャッターメガネを用いた解像度を犠牲にしない3D表示方式だが、液晶パネルの性能や3D表示のチューニングが不完全だとクロストークが目立つ上、第1世代の段階ではメガネの装着感が良くない。

 樋口氏は一貫してアクティブシャッター方式に否定的だったので、メガネありより高画質というのは、偏光フィルムを用いたものとの比較ということだろう。それはその通りだと思う。

 一方、今回富士通が採用した方式は、残念ながら完全なものではない。しかし、内蔵の3D Webカメラ(残念ながらソフトウェアが未完成との事で未体験)を用いた3D TV電話やBlu-ray 3Dの体験、YouTubeの3D映像で遊んでみたり、スチルカメラの3D写真を表示してみたり、あるいは今年はいくつか発売されそうなWebカメラで遊ぶなど、よりアクティブに3D映像を楽しむ人には、なかなか楽しめる仕上がりになっているとは思う。本格的な3D映画鑑賞には向かないが、もっとカジュアル、かつアクティブに3Dで遊びたい人には、今もっとも楽しめる製品と言えるだろう。

 何より2Dの画質に全く影響を与えないというポリシーは、全くその通りだと思う。裸眼3D表示を実現したPCは、世界でこの製品だけ。そうした意味でも、富士通のチャレンジ精神を垣間見る気分だった。

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(2011年 2月 7日)

[Text by本田 雅一]