NTT-BPのポータブルコグニティブルーターをテストする



 NTTブロードバンドプラットフォーム(NTT-BP)が7月15日に発表、βテスターを募集していたポータブルコグニティブルーターのβテストが、8月末より開始されている。筆者もテスターに当選し、手元にテスト用機材が送られてきた。

 “コグニティブ”とは“認知”のことで、ルーター自身がその場での通信環境を認知し、最適なルートでネットワークへと接続させるルーターを小型化、バッテリ駆動化し、常時持ち歩きを可能にしたものだ。無線LANルーターとして機能し、無線LAN機器をEthernet、無線LAN、HSDPAのいずれかのネットワーク環境へと自動接続してくれる便利なポータブルルーターである。

 製品名は「Personal Wireless Router(略してPWR)」と名付けられている。

送られてきたパーソナルワイヤレスルーターのβテスター向けパッケージパーソナルルーターの本体。サイズはおおむねキングサイズのたばこパッケージぐらい付属していたクレイドルの背面。電源端子とともにEthernet端子が配置されている。クレイドルにPWRを載せると自動的にEthernetに接続が切り替わり、充電も行なわれる
PWRの端子部。USB miniB端子からの充電も可能クレイドルにPWRをセットしたところクレイドル用電源アダプタ(左)に加え、小型のUSB電源アダプタも付属していた。同じく付属するUSBケーブルでの出先での充電をサポート
付属ケーブル類。左からクレイドル端子に直結するEthernetケーブル(携帯用)、USBケーブル、Ethernetケーブル。長めの出張など旅先にはこの3つをセットで持っていけば、ホテルで使うルーターにも利用できるソフトケースも付属ストラップ穴に加え、電源とWPSボタンが配置。WPSでの簡単セットアップに対応する

●“常にオンライン”を1台のハードウェアに切り出したPWR

 あらかじめ断っておかなければならないのが、“PWRは商品として販売する具体的な予定があるわけではない”ということ。NTT-BPはPWRの技術を熟成させ、他社にライセンスすることで自社の提供する無線LANスポットなどのサービスと連動させることを考えているそうだが、NTT-BP自身がPWRを直接商品として販売することは(現時点では)あまり考えていないようだ。

 現状のPWRは、ネットでのβテスターの評価を検索してみればわかるとおり、機能面で洗練されていない部分やバッテリ持続時間などに問題を抱えており、これはNTT-BPでも充分に把握している(だからこそ、どこまで必要か、どのぐらいなら使い物になるのかを測るためのフィールドテストと言える)。

 しかし、バッテリ持続時間やサイズ、発熱などの問題は時間が解決するものだ。ルーターの肝心な機能部分は、ハードウェアではなくソフトウェアの技術だ。どのような状況で、どんな判断をしてインターネットへの接続を自動的に行なおうとしてくれるのか。接続経路の確保と切り替えのノウハウこそが、PWRの“キモ”となる部分だ。

 たとえばiPhoneやAndroid携帯に代表されるような無線LAN内蔵携帯は、普段は携帯電話ネットワークを用いてインターネットに接続し、より高速な無線LANを発見すると自動接続。ユーザーが知らない間にも無線LANでの通信に切り替わっている(もちろん、無線LAN基地局の登録は必要だが)。

βキット到着翌日に成田からドイツに出発だったため、エールフランスのラウンジでPWRを使って接続してみた。ラウンジでもパスワード入力で無線LANが利用できるが、タイムアウトが早く毎回ログインが必要なため、PWRで快適にネットにアクセスさせていただいたHSDPAへとルーティングしている様子。右下のT1という表示は、接続している端末が1台という意味

 ごく当たり前の通信経路の切り替えだが、このような切り替えを行なえるのは、それらが2種類のインターネット接続経路を持っているからにほかならない。PCやiPod touch、ニンテンドーDS、PSPなどがオンラインになろうとすると、それぞれにインターネットに接続するための装置や接続ソフトウェアが必要になり、個々に設定を行なう必要がある。

 PWRの基本コンセプトは、そうしたインターネット接続にまつわる一切を1台にまとめようというものだ。昨今は、どんな小型機器でもインターネットへの接続機能を持つものは、その多くが無線LANを内蔵している。そこで無線LANでPWRに一旦接続し、インターネットへの接続はPWRが一手に引き受ける。

 PWRにはEthernet、無線LAN、HSDPA(Mobile 3G Network)の3つのインターネット接続手段が用意されており、Ethernetでインターネットに接続されている場合は、普通の無線ルーターと同じように振る舞う。

 しかしEthernetでの接続が不可能な場合、登録されている無線LANアクセスポイントが利用か否かをチェックし、もし可能ならば自動接続する。この際、ログインが別途必要な無線LANアクセスサービスの場合も(相手が接続をサポートしている事業者ならば)PWRが自動ログイン。さらに無線LANでもインターネットにオンラインにならない……となると、最終手段としてHSDPAを用いた通信へと切り替わる。

 「なんだ、それっていつも自分でやってる事じゃないか」と思った方。まったくその通りだ。モバイルコンピューティングをやっている人ならば、大抵は上記のようなプロセスでインターネットへの最適な接続先を探す。場合によってHSDPAがWiMAXになったり、PHSだったりといった事があるだろうが、基本的には高速で安価な接続手段から試していくが、その際には当然、接続IDやら接続ツールやらを自分で管理しなければならない。

 接続する機器がPCならば、それでも手早く接続することができるかもしれない。しかし、シンプルな機器になるほど使いこなしの幅は狭くなっていく。何を使って、どんなIDでインターネットに繋ぐのか。そうしたノウハウもひっくるめて、常時オンラインの状態を可能な限り作り出す役割をおまかせできる1台がPWRなのである。

 実際、PWRのβテスター用掲示板を見ていると、かなりの方がPSPやニンテンドーDS、iPod touchでPWRを活用している。iPod touchなどはPWRと組み合わせることで、カメラやGPSなどiPhoneにしか装備されていないデバイスを用いるアプリケーション以外は、iPhoneと同じように使えてしまう。

 PWRは手元にある無線LAN機器すべての親機となり、接続の一切はおまかせ。出先から自宅に戻っても、PWRをクレイドルに乗せれば自動的にEthernet(あるいは無線LAN)で宅内LANに接続。接続環境を切り替える必要もない。

PWRの設定画面各種。フレッツスポットには自動で接続するが、それ以外のスポットは手動で登録してやると、以降は自動接続するようになる

●未完ながら、面白いと思う理由

 さて、このPWR。実際に使っていると、まだ問題はある。

 現在、待ち受け時、通信時ともに省電力チューニングの真っ最中とのことだが、約120gのコンパクトな本体だけだと、筆者の環境では連続通信で2時間ちょっと、連続待ち受けで6時間といったところだ。NTT-BPの最終目標は連続通信で6時間、連続待ち受けで20時間というから、まだ目標値には遠い。小さな筐体でバッテリ消費が多いとなると、当然、結構な発熱もする。開発陣は目標達成に自信があるようだが、まだ未完という印象は拭えない。

 しかし、ハードウェアはいくらでも改善できる可能性がある。重要な事はフィールドでのβテストを通じて得られたノウハウをソフトウェアの品質として、いかに反映させていく事ができるかだ。

 今回のβテストは、NTT-BPの小林社長自ら記者会見で発表しテスターにも直接メッセージを同封するなど、端から見ていても相当に気合いの入ったプロジェクトに映る。PWRはルーター部のソフトウェアにも、まだこなれない部分が散見されるが、ソフトウェアの品質は継続した改善によって高める事ができる。

 未完成である事は、まだ製品化されていないPWRにとってマイナス点ではない。一方で彼らが向いている方向が、”誰もが簡単にインターネットに手が届くようにすること”へと向かっていることは、サポートとのやり取りを通じても充分に伝わってくる。

 実際、バッテリ問題や一部のソフトウェア仕様上の問題を除けば、PWRの使い勝手はすこぶるいい。動画再生中にネットワークを切り替えるといった事をすれば、さすがに通信が中断してしまうが、一般的な利用の範囲内であれば、自分が今、どのような環境に置かれているかを意識せずに利用できる。

 PWRと一緒に無線LAN機器を持ち歩き、自宅では宅内LANを通じたインターネット、カフェなどでは無線LANスポット(フレッツスポットのサービスエリアでは自動ログインされる)、電車や車の中ではHSDPAといった具合に使い分けられる。

 実際に商品化される際には、PWRとインターネットへの接続サービスがパッケージでユーザーに提供されればさらに面白い。個々に契約するのではなく、PWRが利用する全種類のネットワークへの接続を1契約でカバーできれば、さらに利便性は高まるだろう。

●将来的はスマートフォンのソフトウェアに?

 PWRを使っていてもう1つ感じたのは、スマートフォンとPWRの統合製品の可能性だ。前述したようにPWRの核となる技術は、接続先を自動選択しながら動作するルーティングのソフトウェアである。通信機能はルーターとしての機能を実現するための手段として持っているに過ぎない。

 ならば、複数の通信インターフェイスを持つスマートフォンが、PWRのようなルーター機能を呑み込んでいくのではないかということだ。いわゆる“ティザリング”の一種だが、現在のティザリングが3Gネットワークに接続するためのゲートウェイ機能であるのに対して、PWRは複数経路から最適経路を自動選択するという別の視点が含まれているのが大きな違いだ。

 常時電源をONにして利用し、WANのインターフェイスを内蔵し、無線LANなどもサポートできるという意味でスマートフォンはうってつけといえる。まだ消費電力やパフォーマンスなどの面で、スマートフォンに常時ルーターの役割をさせるのには無理があるが、将来的なパフォーマンス向上も見込むならば可能性はあるだろう。

 それまでの間にも、PWRは利便性で一部ユーザーの心を掴むと思うが、スマートフォンにコグニティブルーターの機能が取り込まれていったとしても、今回のNTT-BPのトライアルは無駄にはならないはずだ。今後の発展、そして製品化に期待したい。


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(2009年 9月 18日)

[Text by本田 雅一]