Intelの新戦略がもたらす希望と課題



 Intelによる今週の一連の発表は、同社の製品戦略が大きく軌道修正された事を示している。新たに発表されたUltrabookは、冷めた目で見ると単にターゲットとしているコンピュータの形を修正しただけだ。しかし、Intelは目標がきちんと定めることができれば、目標へと突き進む突破力を持っている。

 発表を見れば誰でもわかることだが、おそらく多くの読者の想像よりも、これらは大きな変更だ。時間をかけて設計するマイクロプロセッサの位置付けを変更し、素早く新たな戦略に基づく製品を投入するには、大きなエネルギーをかけて組織全体の共通認識を変えていかねばならない。

 積み重ねてきた技術が向かう方向を修正するには時間がかかる。このタイミングの発表は遅いと評価する向きもあるだろうが、用意周到に準備を進めた上での発表と捉えるならば、かなり素早く反応し、体制を整えた成果だとも言える。

●2002年以来の大転換の年に
Ultrabookの一例、ASUSTeKの「UX Series」

 Intel主席副社長 兼 IA事業本部長で、同社中国事業のトップに就任との報道されたショーン・マローニ氏が、薄型軽量のノートPCプラットフォームであるUltrabook(Intelはこの名前を登録商標にしており、業界共通のカテゴリ呼称として定着させたいようだ)を発表。また、ARM版が追加されるWindows 8や、スマートフォン、タブレットといった分野に対して、これまで以上にAtomプロセッサの改良に努めていくという発表を行なった。

 筆者は台北には行っていないので、基調講演の内容は別途レポート記事を参照していただきたいが、Intelから出されたニュースリリースで強調されていたのは、PCを中心としたIntel製マイクロプロセッサ搭載製品の市場環境が変化してきていることだ。

 基調講演は新たなコンセプト、既存製品の性能強化と製品ラインナップ強化、それに最新の予測に基づくロードマップの更新など、多岐の話題について触れているが、一連の発表は事業の軌道修正を示唆している。筆者がIntelを本格的に取材し始めた1994年以降、製品計画にも影響を与えるような方向性の修正が、何度か行なわれてきた。

 最初は1999年のことだ。その前年までIntel幹部は消費電力抑制という方向に、技術進歩を割り振ることに抵抗を示していた。消費電力増大と設計自由度の問題に対して「ユーザーは消費電力低下を求めていないし、消費電力低下では商品の価値は高められない」との答えが返ってきて落胆したのを覚えている。

 実は当時から低電圧動作版のIntelプロセッサはあったのだが、周波数が低いためプライスはさほど高くできないため「もっと高クロック版として売れる石を、なぜ、安く売らなきゃいけないんだ」と直接的な答えをもらったこともあった。

 ところが1999年春のIntel Developers Forumでは、別の幹部が「半導体プロセスはそろそろ岐路を迎えようとしている。我々は消費電力を重視したプロセッサを開発しているから期待してくれ」と言うようになった。この間に行なわれた意志決定が、その後のモバイルプロセッサの流れを作っていく。

 真っ先に登場したのは、モバイルPentium IIIを、当時としては画期的な超低電圧(1.1V)で動作させたULV Pentium III/500MHzだった。そして、我々の見えないところでは、消費電力を抑えながら効率よく性能を引き出すプロセッサをの開発がイスラエルで進められていた。それが後にPentium MとなるコードネームBanias(2003年)だった。

 やや懐かしい話が続いたが、Baniasが投入される前年、2002年に社長兼COOに着任したポール・オッテリーニ氏は、着任して最初のIDFにおいて「プロセッサの価値を量る指標としてクロック周波数を重視する傾向は革める必要がある。消費電力の低さが価値を量るファクターとして大きな存在になっていく」と話した。

 オッテリーニ氏が掲げたのは、ありとあらゆる分野、インターネットに繋がるエンドユーザーの使うコンピュータには、Intelアーキテクチャのプロセッサを搭載することだった。そのために電力効率を上げ、核となるマイクロアーキテクチャがモバイルPCからエンタープライズサーバーまで、幅広い分野に適応できるものにしなければならなかった。

 クロック周波数至上主義から、電力効率の高さをどのように活かすかをバランスよく考えながら商品ラインナップを考える今のIntelのラインアップへの変化は、実は90年代の終わりから段階的に起きていた事が、振り返ってみるとよくわかると思う。

 今回のマローニ氏による発表は、オッテリーニ氏へと権限が移った2002年からの一連の変革と同じような意味を持つものに将来はなっていくはずだ。


●PCの形を再定義するだけでは終わらない
Macbook Air

 さて、そのUltrabookだが、今はまだコンセプトであり、予想されるプロセッサやチップセットなどのペリフェラル、それに製造技術などを考え合わせ、コストや性能、筐体のサイズなどを予想しているに過ぎない。

 しかし、難しいことを抜きにして言えば、Macbook Airと同じようなPCを作るための部品と設計技術を、Intelがイニシアティブを取って提供していくことだ。もちろん、今からMacbook Airの真似事をしても面白くはない。

 現行Macbook Airが大ヒットとなったのは、薄く、カッコ良く、軽量で、バッテリが長時間使え、(体感的な)性能もとても良かったからだ。この商品バランスと魅力のエッセンス、それにタブレット機能の一部を取り込み、それらをプロセッサとチップセットのロードマップに取り入れることで、商品化を積極的にお手伝いしましょう、ということだ。

 Appleのファンからすれば、何を今さら真似事なんて……と思うかもしれないが、こうしてIntelがイニシアティブを取って、必要最低限の要素を用意することで、安価なUltrabookが市場に投入されるようになる。Apple、あるいは薄型軽量のノートPC開発が得意なソニーや東芝といったメーカーも、部品調達のコスト低減や設計自由度の向上といった恩恵は受ける(ただしメーカー間の力の差は出にくくなる)。

 Ultrabook提案の背景としてはスマートタブレットの台頭もあるが、実際のビジネスにおいてノートPC市場がタブレットに浸食されているという事実は(少なくとも現時点では)ない。あくまでも、将来そうなりかねないと思っている人が多いという段階だ。実際のところ、世界的にもPC市場は伸びている。

 むしろ、Ultrabook提案の背景にあるのは、PCを取り巻く環境変化の方が大きいのではないだろうか。クラウド型のWebサービスが増え、ビジネス向けにはドキュメントやアプリケーション、コンシューマ向けにはデジタルコンテンツのストレージやライブラリなどは、どんどんブラックホールのごときクラウドの中に吸い込まれている。

 そんな中で、レガシーなインターフェイス、レガシーなメディア、レガシーな……さまざまなものたちとの関係を断ち切れるチャンスと見たのではないだろうか。もちろん、シンプルに機能をそぎ落としたMacbook Airのスマッシュヒットも、判断を後押ししたのだろう(加えて、デル、レノボ、ソニーなどOEM先が独自に、同様のトレンドをフォローしている背景もある)。決してまったく新しいコンセプトではないが、消費者が受け入れたということは、新たなカテゴリとして提案するタイミングになってきたということだ。

 ただし、このステアリングの方向は、PCの形、カテゴリをちょっとばかり修正、あるいは再定義するだけに留まらない。マローニ氏は「2012年末までにコンシューマ向けノートPCの40%がUltrabookになる」とのメッセージを発信している。これは単なる予想ではない。Intelは自分自身で、キーコンポーネントであるマイクロプロセッサのラインナップや開発の方向をコントロールしているからだ。40%という数字は、Ultrabookが単にカッコイイだけのコンセプト志向のプラットフォームではなく、メインストリームの製品として普及させるための製品プラットフォームとしてロードマップを敷き、開発の見込みを立てているからこそ言える数字と考えるべきだ。

 ただし、ハードウェアのプラットフォームを再定義するだけではユーザーの満足は得られない。Intel自身、Ultrabookのニュースリリースで「新型のノートブックPC、『Ultrabook』は、現在のノートブックPCとタブレット機器の性能や機能を兼ね備え、薄型軽量で洗練されたデザインでありながら、極めて高い応答性とセキュリティ機能を実現します」と書いている。


●モデルケースとしてAppleの事例を考えてみる

 以前、現行Macbook Airについてコラムを書いた時に指摘したように、これまでのPCには不足していた要素があった。それはインスタントオンの機能だ。通常時はバッテリ消費を可能な限り抑え、必要な時にすぐに使えるようになる。携帯電話、スマートフォン、タブレットでは当たり前の要素だが、パソコンにとっては長年の悲願だった。

 完璧とは言わないものの、今のMacbook Airはインスタントオンについて、一定の成果を挙げている。さらにバッテリに関しても、特に13インチ版は良い性能を引き出していると思う。

 これら体感性能のブラッシュアップには、OSとの摺り合わせが必要だ。Ulltrabook普及の目安として数字が挙げられたのが2012年ということを考えると、Windows 8の世代でスマートフォン/スマートタブレットライクなインスタントオン、高レスポンス、長時間バッテリ駆動が実現されている必要がある。

 長時間のバッテリ駆動に関しては、Ultrabookのプラットフォーム全体で取り組むことで実現できる。Intel自身が、メインターゲットにするPCのフォームファクタを絞り込み、それに合わせてプロセッサのロードマップや周辺LSI、パートナー提供のコンポーネントについて主導できるからだ。

 しかし、摺り合わせが必要な部分、たとえばインスタントオンや、それに近いオペレーション、待機時の電力消費抑制や、WANインターフェイス内蔵時振る舞いなどは、Intelだけではコントロールできない。

 それだけに、ARM版も提供されるWindows 8において、IntelはMicrosoftとどう協業しているかが注目されるが、9月にはIntelのIDFとMicrosoftのPDC(どちらも、それぞれの企業が開催する最大の開発者会議)が全く同じ日程で行なわれるなど、とても連携しているとは思えない状態だ。

 もちろん、PDCにはPC本体の開発者は参加しないだろうし、IDFにはOSのコアアーキテクチャに深く関わるエンジニアも登録しないと思う。だが、おそらく互いに認識していれば、同じ日程にはしなかったはずだ。

 とはいえ、Intelにとって最大の懸念事項は、さらにその先にあるのでは、と思う。

 Appleは来週、サンフランシスコで開催するWWDCで、次期Mac OS Xのさらなる詳細と次期iOS、それにiCloudを発表すると事前にアナウンスした。この中では、昨年末にこの連載で予測していた、Mac OS XとiOSの連動を密にしたり、Mac OS Xにおけるフルスクリーン機能などについて言及があると予想される。

 iCloudに関しては名前以上の事はよくわかっていないが、iOSが同期する先としてクラウド型サービスを用いる事が可能になると思う。すでにクラウドの中にメディアライブラリを置いて利用するサービスは、数社が提供を行なっている。すべてをクラウドに置くの現実的ではないが、今後、数年をかけて徐々に使われ方が変化していくと考えるなら妥当なタイミングだ。

 これまでのAppleは、Macを中心にその上で動くアプリケーションを用い、衛星のようにコンパニオン機器を配置する形だったが、今の時代に合わせてMac OS X、iOS、クラウド型サービスの位置関係を整理し直すのが目的だと考えられる。上手に連動させるには、当然、ハードウェア、ソフトウェア、サービスの密な結合が必要になる。

 Ultrabookが新しいカテゴリとして定着し、コンシューマ市場を拡大する楔とするには、あと一歩踏み込んだ成果が必要になる。Intelとしても何も考えていないわけではないはずだ。かつて、IntelとMicrosoft(のWindows)は、一緒にしてWintelと呼ばれたものだが、当時は周りが言うほどに深い協業は行なっていなかった。しかし、今度ばかりは、1つのチームとして新たな価値の創造に取り組まなければならない時期だ。

 と、このように書き進めていたところ、Microsoftは昨日(6月1日)付けでWindows 8に採用する新しいユーザーインターフェイスを公開した。Zuneに始まり、Windows Phone 7で発展させたMetroユーザーインターフェイスをベースにしたデザインとなっている。

 このビデオを見ると、Microsoftがタブレット型端末にWindows Phone 7と共通基盤を用いずにWindows 8を使い、またIntelがUltrabookにタブレットの機能を盛り込んでいる理由が見えてくる。

 ここにサービスをどう組み合わせてくるかは、課題として残るが、いにしえの“Wintel”で表現できるタッグにも変化が生まれてきているのかもしれない。

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(2011年 6月 2日)

[Text by本田 雅一]