iPhone 4に見るアップルの横綱相撲



 Appleが毎年この時期に開催しているWorld Wide Developers Conference(WWDC)は、初日の派手なニュースに包まれている事から、派手なプライベートショウという印象を持つ人もいるだろうが、実のところIT業界のベンダーが独自に開催するイベントとしては、もっとも“生真面目”なイベントだ。

 なにしろ、いったん基調講演が終わってしまうと、あとは開発ツールのXcodeを使った具体的なプログラミングの講義がズラリで、ソフトウェア開発の経験がなければ解りにくいことも多い。その上、WWDCは基調講演を除いて、秘密保持契約の元に行なわれるイベントなので、テクニカルセッションの記事を書くこともできない。

 そうした意味でも“プレスに報道して欲しい事”を用意して、プレス向け専用セッションを連発する、他のほとんどすべてのIT企業が開くイベントとは違った雰囲気だ。ごく初期のIntel Developers Forum(IDF)はプレス向け登録すらなく、小さな部屋に見回してもほとんど報道陣がいないという純粋な開発者向けイベントだったことがある。主にソフトウェアの話が多いWWDCとは趣が異なるものの、かつてのIDFに近い雰囲気をWWDCは今も保とうとしているのだろう。

 また、派手と思われるスティーブ・ジョブズ氏の基調講演も、プレゼンテーションの巧さからそう思われているだけで、よくよく見ていると

・開発者のやる気を出すための情報(ハードウェア売り上げ拡大に伴なうアプリケーション市場の拡大、新たな市場を生み出すための戦略など)
・開発者がより良い開発プラットフォームだと思えるような新製品のデモ
・今後、さらなる市場拡大を行なうための方向を指し示す

と、WWDCでは毎年、おおよそこの3つに当てはまる何かを喋っていることがわかる。つまり、ほとんどは開発者向けのメッセージということだ。とはいえ、こうしたメッセージの中には、エンドユーザーの興味を惹くさまざまな情報が含まれている。

 今年のWWDC基調講演での主役は、言うまでもなく「iPhone 4」だったわけだが、そこには盤石とも言える体制を整えた“プラットフォーム保有者”としての自信が見える。

●iPhone 4、新液晶は印刷並の高精細
iPhone 4

 iPhone 4のハードウェアに関しては、事前に予想しやすい状況にあったため、大きな驚きでiPhone 4のハードウェアを迎えた人物は、実は筆者の周りにはあまりいなかった。「iPhone OS 4.0」(今回、名称をiOS 4.0に変更することが発表された)の発表も済んでいるので、ソフトウェア面での新しい機能もTV電話の「FaceTime」以外にはない。

 ユーザーインターフェイスの要であるディスプレイが、縦横2倍解像度の4倍画素(640×960ピクセル)になっていること、インカメラ(自分撮りカメラ)が付いていること、アウトカメラにLEDライトが付いている事なども発売前から信憑性のある話として言われていた。

 液晶パネルの解像度に関しては「そんなに高い解像度である必要はないんじゃないの」という声もちらほら聞いていたが、縦横きっちり2倍というところに信憑性はあった。なぜなら、2倍表示ならば既存のアプリケーションでもキレイに表示できる可能性が高いからだ。

 文字やOS表示する部品が高精細に対応できるのは当然として、ビットマップは整数倍ならば歪みが出にくい。きちんとAPIを通して表示している文字ならば、高解像度を活かしたキレイな表示ができる(昔を知る人ならば、かつて発売されていたハイレゾのソニー製Palm OS機を思い浮かべると解りやすいかもしれない)。

 なんて事を話していたら、iPadの2倍表示はキレイじゃないじゃないかと突っ込まれた。まったくその通りだが、おそらくiPadのOSがアップデートされれば(iOS 4.0になれば)、iPadのiPhoneアプリ2倍表示も、iPhone 4と同様の表示になるだろう。

液晶解像度は640×960ピクセルになった

 さて、Ratina(網膜)と名付けられた新しい液晶パネルは、ピクセル数だけでなく解像度が326dpiであることが強く訴求されているが、実はこの数字には大きな意味がある。ディスプレイの解像度は300dpiを越えると、紙への印刷物と見分けが付かないほどキレイになると言われている。もちろんディスプレイと目の距離にもよるが、適正距離で見た時のディスプレイが300dpiを越えていると、網膜の分解能を越える……というのが、その根拠だ。

 この話の大元の出典を筆者は知らないのだが、'90年代に元IBM CEOのルー・ガースナー氏が来日したとき、講演で「IBMは紙の印刷と区別のつかない超高精細ディスプレイを開発しコンピュータ用に使う」と話した事があった。当時のIBMは(今からは想像できないかもしれないが)IPS技術を持つ液晶製造部門を持っており、高精細化に自信を持っていたというのも背景にあった(その後、世界で初めての2,560×1,600ドットWQXGAディスプレイを発売したのもIBMだった)。

 ただし解像度が300dpiを越えるだけではダメだ。左右の眼から見た明暗のトーンカーブが等質でコントラストも高くなければならない(色ムラの多さも不自然さを引き起こす)。3.5インチサイズの液晶パネルが広視野角のIPSパネルになっても、正面から見る限りは大きな差はないはずだが、若干の風合いは違うと思われる。

 話が横道に逸れたが、発光していることを除けば、まるで印刷物のように見えるだろう。筆者は以前、400dpiを越える液晶パネルの表示をデモで見たが、それもやはりデジタルの固定画素ディスプレイとは思えない滑らかな風合いが感じられた。

●高機能に走らず使用時のフィーリングを重視したアップデート
「FaceTime」

 iPhone 4を紹介するAppleのページには、まっさきにビデオ通話機能の「FaceTime」が紹介されている。日本ではFOMA端末に初代機から搭載されているので新味はないが、どうやら位置付けからすると相当に力の入った機能のようだ。

 なんだ、いまさらTV電話かよ、という反応を多く耳にしたが、Wi-Fiでしか利用できないものの、電話代を気にせずに手軽に通話できる点はFOMAなどのTV電話機能と大きく異なる部分だけに、意外に人気機能になるかもしれない(ただし、インカメラのあるiPhone 4同士でしか繋がらないようなので、当面は接続できる相手は限られるようだ)。

 とはいえ、500万画素アウトカメラ(LEDライト付き)や5倍デジタルズームなどは、特別なものではないし、期待されたバッテリ持続時間は省電力化された3G通信部やプロセッサ、GPUなどの影響でプラスになっているものの、容量そのものは、あまり大きくは変わっていないようだ(このため2Gの通話時間や待ち受け時間は変わっていない)。

 またアプリケーションが利用する新しいセンサーなどのフィーチャーも、6軸対応ジャイロが追加されただけで、あまり大きくは変わっていない。ご存知のように、iPhoneはハードウェアはシンプルにプラットフォームのみを提供し、ソフトウェアで付加価値を高めている。このためソフトウェアの可能性を広げるような要素を端末にもっとたくさん盛り込んで来るかと思ったのだが、今回はジャイロのみ。

 確かに新しいタイプのゲームを生み出したり、ユーザーインターフェイスの一要素としてジャイロを活用することもできそうだが、もう少し解りやすいセンサーを追加してくるかと思ったので、やや肩透かし感はある。

 ただ今回のiPhone 4のハードウェアアップデートは、他にもノイズキャンセリング用にマルチマイクにしてみたり、派手な機能の追加を狙うのではなく、何も言わずにアプリケーションが動くプラットフォームとしての優秀性を高める方向での開発が行なわれているように感じられた。

 きちんとやることさえやれば負けない。横綱相撲的なリリースではないだろうか。いたずらに機能に走るのではなく、使用時のフィーリングを大切にしている感もある。

 現地でWWDCに参加している友人とも話したが、iPadに通じるパフォーマンスの高さと、iPadi以上の軽快な操作感があると話していた。実際、相当に動きは早い。

 内蔵するGPUがPowerVR系からARMのMaliに変更されている事が大きいのだろう(iPadのGPUと同じ。Apple A4と同じパッケージに封入されている)。iPhone用アプリケーションは、GPUを使ってパフォーマンスを上げる工夫をしているものが多いので、ここの改善は大きく効くに違いない。

 印刷物のように精細で安定したディスプレイ表示と共に、ユーザーが使用した時に「あぁ、これはいい。もう離れられない」と思わせるような、ユーザー体験重視の演出。これでエンタープライズ向けの機能がもっと充実してくれば、iPhoneはいよいよメジャー化していくだろう。

●発売はソフトバンクモバイルのみ?

 なお、この連載で次のiPhoneから、Appleは積極的にSIMフリー化を進めるのではないかと推測していたが、これは残念ながら外れることになりそうだ。というのも、北米でのAT&Tの専売が、このiPhone 4でも継続されているからだ。

 よく孫さん自身がAppleに直談判できるから、ドコモは……という話があるが、おそらく“SIMフリー化するか否か”は、複数の供給先を持った方が普及するのか、単一の供給先に頑張ってもらう方がいいのか。その判断だけだろう。

 独占販売をしている携帯電話会社が、Appleが考えている台数の販売をコミットするならば、複数の携帯電話会社と組む、あるいはSIMフリー化という選択肢を採る必要はない。言い換えれば、AT&TはiPhone 4の販売に関して、そうとうアグレッシブな数字をAppleに提示したのではないだろうか。

 CDMA2000対応のiPhoneがあったとするニュース、米最大手の携帯電話会社でCDMA2000でネットワークを構築しているVerizonがそれを扱うという推測は、どこに行ったのだろうか、おそらくこの話は単なる推測ではなく、Verizonとの話は実際に行なわれたのだろう。火のない所に煙は立たない。

 しかし発表されたのは、インセンティブモデルと考えられる価格でAT&Tからのみの独占販売。32GB版で299ドルなのだからこれは安い。ソフトバンクからの発表は現時点ではないが、おそらく似たような値付けになるに違いない。

 しかも、端末買い換えのサイクルを6カ月も縮めて、iPhone 4への切り替えをするなら1年半しか使っていない端末でもAT&Tは機種変更を受け付けると発表した。が、このことは少々憶測を生んでいる。

 独占販売が続くのならば、6カ月早く機種変更を受け付けてまで買い換えを促進させる必要はない。初期出荷時は品不足になる可能性もあるので、ゆっくりと買い換え時期が来た時に買い換えてもらえばいい。これだけの商品性があれば、おそらく半年後でもiPhone 4を選ぶ人が多いだろう(何しろ、現時点でもiPhoneとiPhone用アプリケーションを持ってるのだから)。

 ではなぜ6カ月早く?

 そこで再燃しているのが、6カ月以内にVerizonにもiPhoneが供給されるのでは、という説。もしVerizonにも供給されるのであれば、その前に新たな2年縛りで顧客を確保しておく方がAT&Tにとって都合がいい。なにしろAT&TのネットワークはiPhoneのトラフィックによって混雑が酷く、ジョークのネタになるほど遅い事があるからだ。

 日本でも、このところのソフトバンクモバイル孫社長の言動を見る限り、ソフトバンクモバイル独占販売の可能性が高いと見る(今回の製品仕様を知っていたとするなら、相当な数をコミットしても売り切る自信を見せたのでは)。が、もし米国と同様に機種変更の縛り期間を6カ月短縮するようなオファーが出るようだと、あるいは別の携帯電話会社との競合があるとも考えられる。

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(2010年 6月 9日)

[Text by 本田 雅一]