中国のIDFでMeeGoがメインディッシュとなったワケ



 中国・北京で開催されている久々のIntel Developers Forum(IDF)に足を運んでいる。3年前に始まった中国でのIDFだが、国際イベントとしてのIDF Chinaは一端その幕を閉じ、昨年は中国ローカルのイベントとして開催されていた。表向きにはさまざまな理由が語られているが、中国メディアやエンジニアとIDFの間にある温度差もその1つだったように思う。

 あれから2年ぶりとなった今回、その温度差が解消されているかというと、さほど大きく変わっているとは思えない。とはいえ、より積極的にソフトウェアの技術基盤にまで立ち入った開発に力を入れ始めていることは要注目だろう。

 たとえば中国のAV機器メーカーは、システムLSIベンダー(パナソニックやメディアテック、ブロードコムなど)に、おんぶにだっこでサポートしてもらいながら開発を行ない、ほとんど“製造”部分にのみ集中しているため、安価な工場以上になかなか発展しない。

 これに対して、PCやスマートフォンといったIT機器の開発分野における中国企業はより積極的だ。開発環境がPCに近く、ソフトウェアエンジニアを育成しやすいのも理由の1つかもしれない。もちろん、国際競争も激しいため必ずしも世界的な競争両区が現時点であるかどうかは別だが、ソフトウェア開発の面で脱皮し始めると、中国の電子機器メーカーは新しいステージに入ることができる。

 今回のIDFでは、Intelが推進するMeeGoに中国の独立系ソフトウェアベンダー3社がコミットするという話題があったが、この話(そもそもソフトウェアの話題をIntelが初日の基調講演に持ってくるのは極めて珍しい。基調講演後の記者会見も上記のMeeGoに関するものだった)は、中国というテコを用いてAtomとMeeGoをなんとか成功させようというIntelの思惑に絡んだ動きなのかもしれない。

●スマートフォン市場に狙いを定めるIntel
MeeGoのエコシステム

 スマートフォン市場へのx86の進出は、ここ数年のIntelの動きの中でも、もっとも重要な戦略の1つだ。当初はMID(Mobile Internet Device)として始めたAtomの戦略は、当初からスマートフォン分野までのダウンサイジングを狙ったものだった。

 さすがに半導体ベンダーだけあって、LSIの開発は多少の遅れはあるものの、比較的順調と言えるだろう。Atomファミリは、このクラスのプロセッサとしてはパフォーマンスも高いし、ロードマップに従って各種アプリケーションごとのSoC(システムオンチップ)製品も増えつつある。

 たとえば話題のiPadの動作が軽快といっても、その中身はARMから購入したCortex-9とMali-50を使ったSoC(Apple A4)にSDRAMを積層したものなのだから、プロセッサとしてのパフォーマンスではAtom系SoCの方が間違いなく上だろう。それなのに、決してハイパフォーマンス(絶対速度が速いという意味ではない)なプロセッサとは思われていないところにAtomの不幸があるが、それはともかく性能には自信がある。

 ところが次世代の製造プロセス開発やハイパフォーマンスなプロセッサの開発には自信のあるIntelも、ソフトウェアが絡むところではからっきしだ。いや、正確に言えばCPUに極めて近いプリミティブな開発ツールなどは非常に優秀なのだが、エンドユーザーが使うようなアプリケーションを作ったり、アプリケーションを動かすためのプラットフォームを作るのは得意ではない。

 それは部分的には見込みのありそうなコンポーネントも含まれていたのに、明らかな失敗プロジェクトになってしまったMoblinの結果からも明らかだ。Moblinそのものの性能に問題があるのではなく、プロジェクト全体の枠組みや運営に問題があった。

 基調講演のレポートにもあるように、MeeGoというのは、Mobile World Congressで発表されたMoblinと、Nokia開発のMaemoを合体させたプロジェクトだ。Nokiaはスマートフォンの開発プラットフォームとして、Symbian OSではなくLinuxベースのMaemoを新たに開発してきた。

 よりプラットフォームとしての汎用性を高め、その上でのアプリケーション開発を活性化させたいNokiaと、スマートフォン市場への進出のきっかけとしてソフトウェア基盤を整備したいIntelの思惑が、MeeGoを誕生させたわけだ。

●MeeGoの可能性と課題

 もっとも、そんな新しいOSなんか本当に必要なのか? という感想を持つ読者も多いことだろう。Nokiaの本心は自社プラットフォームにおけるアプリケーション開発の活性化だが、Intelが狙うのはx86ベースのスマートフォン実現に向けた布石だと思われる。

 NokiaはQtというグラフィックライブラリを中心にしたユーザーインターフェイス構築の開発フレームワークを持っている。Qtはソフトウェア開発者なら多くの人が知っているだろう、マルチプラットフォーム製品で、CPUアーキテクチャに依存しない。

 MeeGoはx86だけでなくARMもサポートしているが、アプリケーションの互換性はQtを用いてとっている。ご存じのようにスマートフォン市場はiPhoneとAndroid端末、それにBlackBerryを始め、ARMコアを用いた端末が席巻している。これはARMが幅広くプロセッサコアのライセンスをしているため、各社が独自にSoCを構築しやすいなどさまざまな理由があるが、ソフトウェアの資産も勘案すればAtomがこの中に割り込むのは相当に難しい。

 IntelはMeeGoを支援し、その上で動作するアプリケーションを増やし、さらにアプリケーションを書けば開発者に利益が還元されるエコシステムを作ることで、ARMベースの製品から、よりハイパフォーマンスなAtomベースの製品へと切り替えていく道筋を作りたいと考えているのだと思う。

Atomデバイスの拡大を目指す

 もっとも、Nokiaという強力なパートナーを得たとはいえ、スマートフォン市場には先住者がいる。そこでIntelが考えているのが、ネットブックも絡めた展開だ。IntelがMeeGo向けアプリケーションのマーケットプレイスとして運営しようとしているAppUp(現在はベータ運営)では、スマートフォン向けだけでなくネットブックやカーナビなど、あらゆるMeeGoの応用分野を含んでいる。

 日本ではネットブックと言えば安価なWindowsパソコンだが、本来のネットブックは安価で機動力のあるネット専用端末だ。すでに一定の市場を作り上げているネットブックも組み合わせることでアプリケーションの市場スケールを出そうというわけだ。

 しかし、もちろんそう簡単に話が進むわけではなかろう。MeeGoのライバルはiPhone OSであり、Androidだ。戦略的に言うならば、AndroidのプロジェクトにMoblinをマージした方が、成果を出すのは簡単だったはず。ここでMaemoとのマージを選んだ理由は、Intel自身にしかかわらない。

 ただMeeGoには大いなる可能性はあるものの、しかし難しい道でもあるだろう。まずはモバイルプラットフォームとして認知してもらうことが先決だが、Nokiaの影響力が極めて限定的な日本においては、特に苦戦を強いられるだろう。

 その一方で、中国企業ならばソフトウェア開発の支援を行なうことでMeeGo普及のきっかけとなる対応端末やアプリケーション開発のテコとして利用できる。中国向けの基調講演の主題にMeeGoを持ってきた事で、PC系のメディアとしてはやや肩すかしの印象を受けざるを得ないが、IntelにとってはMeeGoを用いてエコシステムを中国企業と構築しようという呼びかけを行なう上で、非常に重要な講演だったと言える。

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(2010年 4月 14日)

[Text by本田 雅一]