■三浦優子のIT業界通信■元NIFTY FWINDOWSシスオペがコンシューマ市場に帰ってきた理由 ~フリーミアムなPCチューンナップWebサービスで成功目指す |
ブルースター 坂本光正氏 |
インターネットが普及する以前、パソコン通信と呼ばれるコミュニケーション手段があった。
その主役がNIFTY-Serveであり、なかでもWindowsをテーマにしたフォーラムFWINDOWSは、最盛時には60万人を越えるコミュニティに成長し、黎明期にあったWindowsの情報集積地としてトップの位置にあった。
そのFWINDOWSのまとめ役であるSYSOP(シスオペ)が、今回紹介する、ブルースター株式会社代表取締役の坂本光正氏である。ある年齢以上の人には、mickのハンドルネームのほうが通りがいいかもしれない。
しかし、FWINDOWSから後、坂本氏はEC(通販)サイトの構築や、SEO(Webサイトの検索エンジへの最適化)など、サーバーサイドの事業へ携わっており、PCユーザーの視界からははずれていた。それが、あるソフトをきっかけに、久しぶりにコンシューマ市場に戻って来たという。それが「PC Matic」というソフトだ。
今回は、なぜ、坂本氏がコンシューマ市場に戻って来たのか、その理由も含めてインタビューしてきた。
●PCのチューンナップWebサービスに秘められた野望「PC Matic」 |
「PC Matic」は、米PC Pitstopが開発したもので、無料でPCのチューンナップ測定、パフォーマンス測定を行ない、スパイウェア、ウイルス、アドウェアを検知するサービスだ。無料サービスの測定を受けて自分のPCをチューンナップしたいユーザーは、料金を支払えば実現できる。
このソフトウェアは、長い間使い続けてきたPCの経年劣化を解消するチューンナップを行なうソフトとして評価を受け、米国では200万ライセンスの販売実績を持つ。
坂本氏は、「米国の実績に迫るまでとは言わないが、日本でもTV宣伝などを含め製品の認知度を上げ、普及させたい。そして一部を無料で提供し、有料のユーザーを獲得するフリーミアム方式でソフトを提供することを日本でも定着させたい」と熱く意欲を語る。
「米国ではリーマンショック以降、企業ユースが増えて大きく出荷数を伸ばしました。古いPCのチューンナップすることで使い勝手を向上させ、PC延命に寄与したからです。PC買い換えができない企業の救世主となったことで、販売数が急増したのです」(坂本氏)。
開発元であるPC Pitstopは、'99年に誕生し、すでに13年間の歴史を持つソフトウェアメーカーだ。坂本社長は設立当初からこのメーカーを知っていた。
「創業メンバーは、GATEWAY2000のメンバーなんです。私は日商岩井(現 双日)在職時に、同社のPCを日本に輸入する担当をしていたので、PC Pitstop設立前から設立メンバーと接点があった。そもそもPC Maticの原型となるソフトウェアが誕生したのも、GATEWAY時代のことです」。
PC PitstopのメンバーがGATEWAY在籍時、大きな悩みとしていたのが、PCを使い続けることでの経年劣化によるパフォーマンスが落ちることだった。
「GATEWAY2000はとても親切な会社で(笑)」 |
「GATEWAY2000はとても親切な会社で(笑)。発注時点で注文したスペック通りに出荷するのではなく、出荷時点で最高スペックのパーツを搭載して出荷するという、提供できうる最高品質のPCを提供することにこだわった会社だったんです。そういうメンバーにとって、Windowsを長く使い続けることでマシンが経年劣化していくという声がユーザーから上がってくることが大きな悩みとなっていたようです。多くの場合、パフォーマンスダウンの要因はハードウェア的問題ではなく、ソフトウェア側の問題なので、『クリーンアップすることで、問題は解決する』と問い合わせに回答していたようです」。
そういった経緯があったために、GATEWAYがなくなった後はPC Pitstopを設立。ブルースターのホームページを見るとPC Pitstopという社名の由来も、「F1レースにおけるマシンが定期的にピットインして自動車の不具合を迅速に直し、その後も最高のパフォーマンスで疾走する様子に例え、『ハードウェア的に優れたPCもソフトウェアによる不具合を迅速に直していけば長く快適に使える』ということを社是とし、PCチューニングソフトウェア分野に特化した製品を出し続けてきました」とある。
日本でのビジネス開始は今回が初めてとなるが、なぜ、創業から13年経った2010年になって日本進出したのだろう。
「当初は現在のような統合型ソリューションではなく、個々の機能ごとに単独アプリケーションとして販売されていました。現在のような統合型になったのは3、4年前です。米国以外の国での販売もすでにスタートし、欧州ではCAが販売を担当しています。今年になって米国のスタッフから私のところに、『日本語版を作ってみたんだけど』という連絡があった。そこで急に、日本での販売開始が決定したのです」。
話がスタートしてから1カ月後、2月には日本での販売がスタートすることになった。
●「日本のソフト業界にフリーミアムを普及させたい」という強い意気込み
1カ月という短期間に日本で製品発売が実現したのは、パッケージではなく、オンラインサービス、それもフリーミアムというスタイルをとったことが要因となっている。
さらに、坂本社長はフリーミアムで提供することに強いこだわりがあったようだ。
パッケージの試作例 |
「米国のスタッフは、『日本ではオンラインよりもパッケージの方がいいんじゃないか』とパッケージも試作していたのですが、私はこの製品はどうしてもフリーミアムで提供したいと考えました。理由は簡単です。日本の店頭でも、ソフトの販売スペースが年々減ってきています。このままでは日本からソフトウェアビジネスがなくなってしまうという危機感があります。ソフトの提供方法はパッケージだけではないということを日本のソフト業界に示すためにも、この製品を日本で成功させたいのです」。
ブルースターのビジネスはソフトウェア販売だけでない。企業へのインターネットマーケティングのコンサルティング事業が現在でも主な事業である。それだけに坂本社長の、「日本のソフト業界を変えたい」という強いメッセージに違和感を覚える人もあるかもしれない。実はこれまでにも坂本社長は海外製ソフトの日本進出支援を数多く手がけ、日本のソフトメーカーをビジネス面から支援する活動を展開してきた実績がある。
「PC通信のシスオペをしていた時代から、製品を試す機会がないパッケージソフトには問題があると主張してきました。だから、シェアウェアという、使ってみて評価したらお金を支払うという方式や、試用版という形式を提案したりしてきたのです。しかし、米国からフリーミアムというユーザーにとっても、提供するメーカー側にとってもメリットある手法が登場し、定着した。日本でもフリーミアムが定着することで、ソフト市場が拡大する新しい可能性が広がると思っています」。
ソフト市場を広げる可能性を示す具体例として、坂本社長は翻訳ソフトを挙げる。
「かつて数万円していた翻訳ソフトですが、現在では低価格版やオンラインサービスなどが登場したことで、メーカー側はビジネスが厳しくなりました。一方、低価格版やオンライン版を使っているユーザーからは、『機械翻訳というのはこの程度か』という認識が広がってしまいました。しかし、本当は企業でビジネス用に翻訳ソフトを利用する場合には、専門用語辞書を利用することで翻訳の精度は飛躍的に向上します。そういう機会が生まれることなしに、メーカー側のビジネスは縮小し、ユーザー側は翻訳ソフトに対して誤った評価を下す。これは誰にとっても不幸なことだと思います。フリーミアムはこうした問題を是正する可能性を持っているのではないかと思うのです」。
●日本でも中小企業ユーザーから反響がフリーミアムという提供方法だけでなく、製品の品質についても坂本社長は大きな自信を見せる。
最初に米国側が開発した日本語版に、日本のユーザーが使いやすい改良を加えた。オンラインサービスのため、加えられた改良は随時、全ユーザーが享受できる。有料版の料金支払い方法としても当初は、クレジットカードのドル支払いだけだったが、Vector PC Shop経由での支払いが加わった。コンビニ支払いなど、日本独自の支払い方法も使用できる。
無料で提供するPC診断は、チューンナップ機能として、アンインストールした不必要なレジストリ削除の可能性判定、不必要なスタートアップアプリケーションの検知、Internet TCP/IPおよびhttpプロトコル最適化の可能性判定、インターネット一時ファイルなど不必要なファイルの判定、デフラグの必要性、ディスプレイ、ネットワーク、マウスなど数千万種類の最新版ドライバ有無の判定を行なう。
セキュリティ機能としては、スパイウェアの検知、ウイルスの検知、アドウェアの検知を実施。さらに、パフォーマンス測定としてCPUパフォーマンス、ディスクパフォーマンス、グラフィックス描画性能、インターネットレスポンス性能測定を行なう。
「最初からPCをチューニングしてしまうのではなく、最初はPCを診断するだけというのがキモです。その結果を見て、自分はどうするべきか決めればいいのです」。
PCの診断によって、自分のPCが全世界でどの程度のレベルか「世界ランキング」として順位で表示されるので、診断をするだけでもゲーム性があり、楽しめる。
有料サービスは、1ライセンスにつき5台のPCまで、年間4,980円という料金で、PCのチューンナップが行なえる。
具体的な機能としては、PCを購入した時のように快適に利用するために、不必要な一時ファイルの削除によるディスク空間を開放、削除したアプリケーションのレジストリや不必要なレジストリを削除と最適化によるOSやアプリケーションの起動を高速化、不必要なスタートアップアプリケーションの削除などを実施する。
さらに、快適にPCを利用するために、メモリ空間の最適化を行ない、空きメモリ容量を増やす施策の実施や、プリンタ、ディスプレイ、ネットワークなどのドライバを最新版へ自動更新し、Web閲覧を高速化するためにTCP/IPやアクセス方法を利用環境に併せて最適化、空き領域も含めた強力なデフラグ機能によるディスクアクセスを高速化なども行なわれる。
セキュリティ機能としては、アンチスパイウェア、アンチウイルスなど強力なアンチマルウェア機能や、広告表示ソフトなどADスパイウェア等の悪質なソフトを削除、削除したファイルを復活不可能な状態に抹消、不必要なトラッキングcookieの削除などが行なわれる。
「チューンナップは自動的に行なわれ、パラメータによる調整ができないので、米国のスタッフに文句を言ったのですが、逆にこう諭されました。『坂本、パラメータを自分でいじれる奴はフリーソフトを使って勝手にやる。この製品はパラメータをいじる必要がない、手軽さがコンセプトなのだ』と。実際に提供を開始してみると、日本の中小企業からの反響が大きいのです。複数台のPCを使いながら、低コストでセキュリティ対策ができるうえ、手軽にPCをチューンナップできる点が評価されているようです」。
さらに日本の実情に合わせた改善についても、「PC Pitstopはフラットな組織体制で、こちらの要望にレスポンスよく応える体制があります。当社のホームページにさまざまな要望を寄せてもらえば、実現できることにはどんどん応えたいと思っています」という。
PC Maticsについては、「とにかく日本で知名度をあげ、ユーザーを増やすために色々なことを仕掛けていくつもりです。そして最初に申し上げたように、フリーミアムによる成功事例を作り、日本のソフトメーカーにも新しい成功事例をどんどん作って欲しい」と坂本社長は力説する。
「私自身、このタイミングでこうやっていれば、もっと違うビジネス展開が開けたかも、と考えることがいくつもあります。フリーミアムによるビジネスチャンス拡大も、実現すべき時期が来たと思っているんです。全力を尽くして、ぜひ成功させたい」と坂本氏は語る。久しぶりに表舞台に登場したように見えるが、実は長年日本のPCビジネスをさまざまな側面から支援してきた実績を考えると、この言葉に頷く人も多いのではないだろうか。