森山和道の「ヒトと機械の境界面」
リハビリをサポートする技術
~国立障害者リハビリテーションセンター・オープンハウスレポート
(2014/12/11 06:00)
12月5日、「国立障害者リハビリテーションセンター研究所・オープンハウス2014」が行なわれた。日本のリハビリ技術の研究開発の中核機関である国立障害者リハビリテーションセンター(国リハ)の研究所が毎年1度開催している一般公開イベントで、工学/社会科学/心理学/医学などの学術領域を基盤とした研究成果が紹介される。一部をご紹介する。
3Dプリンタ活用の3指電動義手「Finch」
国リハ研究所の運動機能系障害研究部 室長の河島則天氏と、奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)情報科学研究科 ロボティクス研究室 助教の吉川雅博氏らが共同開発している「Finch(フィンチ)」は、道具として使える、軽量で安価な電動義手の実現と普及を目指している。デザインは東京大学生産技術研究所教授の山中俊治氏が手がけた。Finchはこれまでに各種展示会でも出展されており、実際に見たことがある読者も多いと思うが、改めて紹介しておこう。
義手には装飾用と作業用がある。作業用義手も大きく2種類があり、「能動フック」と呼ばれるタイプのものと、筋電義手がある。能動フックとは、欠損した側とは反対側の肩の動きを使って先端のフックを動かすタイプの義手。作業性は高いが操作性に難がある。筋電義手は断端にセンサーを貼付けたりして手を開閉させて使用する。筋電義手の方が直感的で操作性は高いものの、どうしても先端が重たくなってしまいがちでコストが高くついてしまうといった難点があり、各種研究開発が進められている。
Finchは、そこに対する1つの提案である。人の手を模すのではなく、機能の実現を目指した。重さは300g程度。先端には3本の指が付いていて、500gまでのモノを掴むことができる。指の開閉のスイッチには断端の筋肉の盛り上がりを利用している。Finchはここに、貼り付けるタイプの筋電センサーなどではなく、安価なフォトリフレクタを距離センサーとして使っている。筋肉による盛り上がりを距離センサーで直接計測することで、コストも抑えられ、センサーそのものとは非接触なので汗をかいたりしても安定して信号を検出できるようになった。
同じ形の3本の指を二等辺三角形状に対向させている。単純な2指と1指対向ではないこの形によって、肘を捻って回転させることなくさまざまな持ち方ができる。指先の開閉の動きにはリニアアクチュエータを用いている。コントローラはArduinoだ。指先にはトーションバネが仕込まれていて、モノに対して柔軟に対応する。バッテリは7時間程度持つ。
腕の断端と繋げるソケット部分は2つのパーツに分かれていて、ある程度広がりを持てるようになっている。サポーターを締め付けるだけで装着ができ、型取りをする必要がない。これらの各種工夫によってこれまでの他の筋電義手の10分の1程度の価格で実現できるという。
現在はFinchの製品化を進めつつ、装飾用義手との融合を検討している。装飾用義手の先端にバネを入れることで、ぶらぶらとした動きがなくなり、より自然に見えるようになる。また、装飾用義手に爪を付けたりすることで、より自然な動作を実現し、それを使い慣れることで義肢を身体の一部として認識されるようになるのではないかと考えているという。
歩行トレーニング装置「Lokomat」を使った神経リハビリ
国リハ研究所には、スイスのチューリッヒ工科大学等が開発したHokomaの免荷式トレッドミル訓練装置「Lokomat」がある。脊髄損傷で脳と身体の神経の連絡が断たれても、脊髄にあるリズム形成回路「セントラル・パターン・ジェネレーター(CPG)」は生きている。末梢からの刺激によってCPGは活動する。
Lokomatは訓練する人の身体を吊り上げることで体重負荷を減らし、膝と股関節に装具をつけて、不随の人の下半身を運動させるロボット型歩行訓練機である。リズミカルな歩行動作パターンを強制的に行うことで神経系に刺激を与えて歩き方を再学習させることにより、神経リハビリテーション効果が期待できる。完全に遮断されていると麻痺は回復しないが、脳から脊髄への連絡がわずかでも残っていると、大きな効果があるという。
Lokomatを使うことでセラピストの人数を減らすことができる。だが価格が高いため、日本での本格導入はされておらず、ここにしかないそうだ。
指文字用「触手話」ロボット
目が見えず、耳が聞こえない視覚聴覚の二重障害を「盲ろう」と言う。二重障害のうち、耳が聞こえないろうが先行した場合を「ろうベース」といい、このような人は手話が意思伝達のベースになっていることが多い。だが、後に目が見えなくなると、相手の手話が見えなくなる。このような状況で使われるのが「触手話」だ。手話を触って理解するのである。
「触手話」ロボットは、現状では人間が翻訳するしかない触手話をロボットが代行することで、ろうベースの盲ろう者による情報獲得の自立をねらった研究開発である。現在のロボットは効果検証用のプロトタイプだ。
ロボットを活用したコミュニケーション支援
発達障害の人はコミュニケーションに問題を抱えていたり、運動が苦手だったりすることがある。ロボット相手の方がスムーズにコミュニケーションできる人もいる。障害工学研究部では、アルデバラン・ロボティクスの「NAO」の画像/音声認識機能を使って動物カード当てゲームをやったり、自閉傾向の人が関節角度に極度に注目することに着目して運動学習を促進させるといった研究を行なっている。
なお、「NAO」で動くアプリケーションは、ソフトバンクが2月から一般販売する「Pepper」でも動作する。Pepperもこのようなアプリケーションで使われることになるのかもしれない。
福祉機器開発部ではNECのコミュニケーションロボット「PaPeRo(パペロ)」が生活支援ロボットの研究の一環として使われている。こちらは日常生活において、認知機能や認識機能が低下してきた高齢者向けに、忘れがちな服薬時間や病院へ行く時間などを「PaPeRo」が教えてくれるというもの。体調の確認や、ヘルパーのお出迎えの時間、火の元のチェックなども知らせてくれる。PaPeRoの音声認識や発話機能を活用したアプリケーションだ。喋り方もゆっくり聞き取りやすくしている。
JST 戦略的イノベーション創出推進プログラムの研究課題の1つ「高齢者の記憶と認知機能低下に対する生活支援ロボットシステムの開発」として実施されているもので、国リハとNECのほか、東京大学、産業技術総合研究所、株式会社生活科学運営、フランスベッド株式会社などが共同で研究している。