森山和道の「ヒトと機械の境界面」

人と街をスポーツで繋ぐ「スポーツ&テクノロジーラボ」が発足

~電通国際情報サービス。東京大学・暦本純一氏を招聘

ISIDイノラボ「スポーツ&テクノロジーラボ」

 株式会社電通国際情報サービス(ISID)・オープンイノベーション研究所(イノラボ)は8月29日、「スポーツ&テクノロジーラボ」を発足させたと発表し、記念シンポジウムと、活動拠点となる実験スタジオの内覧会を開催した。

 「スポーツ&テクノロジーラボ」はセンシング技術やウェアラブルデバイスを使ってスポーツで街と人を繋ぐプラットフォームの開発を目指す研究プロジェクト。インターフェイス研究や近年は「Augmented Sports」の実現に向けた研究で知られる、東京大学大学院教授 兼 ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長の暦本純一氏をシニアリサーチフェローとして招聘して「イノラボスポーツ&ライフテクノロジーラボ実験スタジオ」を文京区本郷にオープンさせた。

 インタラクション技術を取り入れてトレーニングを楽しみながら継続できる仕掛けや、運動能力の格差を取り除いて誰もがスポーツを楽しめるアイテムなどを開発するほか、ビッグデータを活用して街の新たなサービスインフラとしての実用可能性を検証していくとしている。

人と街がスポーツで繋がる街を目指す
スポーツ&テクノロジーラボの壁に掲げられたコンセプト
デモの様子。壁にはセンサーやカメラが埋められている

人と街をスポーツで繋ぐプラットフォーム「+fooop! sports」

株式会社電通国際情報サービス オープンイノベーション研究所 所長 渡邊信彦氏

 講演では、まずISIDイノラボ所長の渡邊信彦氏が「Sensable City TOKYO TOKYOの街作り 2020 & BEYOND…」と題して講演した。イノラボは「未来を一歩早く創るために必要なプロトタイピングと実証実験を行なうラボ」で、2011年に活動開始後、40の実証実験を行ない、事業化に至ったプロジェクトが7つあるという。

 最も大きなものが2013年4月からの「グランフロント大阪」でのプロジェクトで、「+fooop」というソーシャルシティ・プラットフォームを使って街と人が繋がるソーシャルシティを目指しているという。NFCを用いる36台のデジタルサイネージを使い、人と人がセンサーデータをもとに繋がることを目指している。使用イメージは「自分のデータを街に預けていく」というもので、人と人の関係を可視化することで新たなコミュニティ形成促進を狙っている。GPSの届かない屋内での測位技術には暦本氏も関わっているWi-Fiを使った測位技術「PlaceEngine」のほか、1m以内の近距離においては「Place Sticker」という技術を用いている。

 「街を回遊する行動履歴」を街そのものに蓄えていくというこのプロジェクトで重視しているのは、単なる一方的なガイドではなく「人づてのレコメンド」。友達が投稿した写真や店舗の店長からのお知らせなどがデジタルサイネージにも表示される。我々は日頃から、誰からの情報かということを重視する。それと同じで、いつどこに誰と一緒にいたかといった人込みの行動履歴を蓄えソーシャルグラフを構成し、「ペルソナ判定エンジン」が、その人がどういう人なのか判定する。

街中のインタラクティブ・サイネージ
いつどこに誰との情報からソーシャルグラフを創る
友人の行動をベースに情報をおすすめする
人と街をスポーツで繋ぐプラットフォーム「+fooop! sports」のイメージ

 さて「スポーツとIT」と言うと、選手の動きの解析と可視化という話がすぐに浮かぶが、今回の取り組みはそちらを目指すものではなく、2020年あるいはそれ以降の「スポーツとITと街づくり」を意識したものだという。スポーツを入力として、人と街が繋がることを目指す。

 テーマは2つ。技術を用いてみんなが楽しめる新しいスポーツを創ることと、スポーツで人と街を繋がるプラットフォーム「+fooop! sports」の開発だ。スポーツをもっと身近にし、そのために障壁を下げ、モチベーションを維持させる。そしてコミュニティ作りの促進を目指す。

 渡邊氏は「ソーシャルシティに関する取り組みを通じて分かったこと」として、新しい評価基準として「共感」が重要になりつつあることや、情報の流通においては発信者だけではなく「中継者」が重要であることを挙げた。誰から聞いた情報なのかが大事だというわけだ。例えば急に「スポーツをしよう」と、どこかの誰かに言われてもやり始めるわけがない。だから人と人との繋がり、コミュニティが重要なのだ。

 また、「単にネットに繋がる車や家電ではイマイチだと思わないか」と会場に問いかけて「データをサーバーに溜めるだけでは何も起こらない」と語り、静的情報だけではなく、ほかのデータやサービスと連携することでノウハウをプッシュする必要があると述べた。そして街が「情報銀行」となり、個人の情報を管理するというビジョンを提案した。そのための入力データとしてスポーツを用いるのがプラットフォーム「+fooop! sports」だという。個人のセンサーや家庭内センサー、街角センサーなどからのデータをプラットフォームが吸収してサービス連携を行ない、人と人とを繋ぐためのサービスを提供する、そんなイメージのようだ。

 例えば街中の階段の位置や段数、坂の勾配なども数値化し、生活活動をセンシングする。街の中のコートやフィールドが空いているか否かはもちろん、誰がプレイしているかといった情報などを提供し、人に合ったスポーツなどを薦めたり、仲間を集いやすくするなどして、スポーツへの参加機会やコミュニケーション形成の支援を行なうという。渡邊氏は「コト作りにスポーツをもっていきたい」と語った。

街中の情報を数値化。プラットフォームが運動スタイルなどを提案、コミュニケーションをサポート

スポーツの拡張「Augmented Sports」

東京大学大学院教授 兼 ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長 暦本純一氏

 続けてシニアリサーチフェローとして招聘された暦本純一氏が「Augmented Sports」の概念と取り組みを紹介した。

 暦本氏は30年間全く運動してなかったが、最近はウェアラブルセンサーを身体に付けてランニングしていると自身の取り組みを紹介してから、テクノロジーとスポーツのこれまでとこれからについて語った。誰もが、より楽しく、多様な状況で、みんなで創れる、というのが「Augmented Sports」のコンセプトだという。スポーツには上手い下手や身体状況や年齢による体力差異などがあるが、技術がそれを埋めることができれば新たなスポーツが生まれ得る。そのような新しいスポーツをみんなで考えるための「スポーツ・ハッカソン」も最近は頻繁に行なわれている。

 「Augmented Sports」にはいくつか異なるベクトルのアプローチがあるが、暦本研究室では身体能力の差を緩和したり、新たなスポーツを設計する方向での研究を主に行なっているという。具体的には空中を飛行するあるいは水中を自律移動するロボット(ドローン)を使って外部視点・体外離脱視点をランナーやスイマー、球技プレーヤーが得るための試みや、自分の周囲360度の環境を他者に送ることができる新しいウェアラブルな体験共有システム「LiveSphere」を紹介した。

 ウェアラブルシステム「LiveSphere」では鉄棒での大車輪のような視点を第三者が得ることができる。単に選手の視点を得るだけではなく、360度をインタラクティブに見回すこともできるほか、回転だけを止めてみるといった操作も可能だ。

「Augment Sports」の可能性
ランナーやスイマーがドローンを使って自分のフォームをリアルタイムに確認
ウェアラブルな体験共有システム「LiveSphere」
周囲360度の風景を記録、共有できる
他者に乗り移ったような体験共有や、視点の切り替えが可能

 身体能力の差を埋めるための試みとしては、クアッドコプターを入れたボール「HoverBall(ホバーボール)」を使ったキャッチボールというアイデアを紹介した。例えば豪速球を投げても子供やお年寄りの前ではスローダウンしたり、逆にスローボールを投げても身体能力の高い人相手では高速に運動するといったようなものだ。ボールの挙動をデザインすることで、新たな身体行為を発生させる点が面白いという。

 もう1つ、今回デモンストレーションされたのは「AquaCAVE(アクアケイブ)」。全周に映像を表示するVRシステム「CAVE」の水中版で、水槽の壁にリアプロジェクションスクリーンとして周囲にサンゴ礁の風景や、あるいは宇宙遊泳映像などを提示する。スイマーは液晶シャッターグラス付きの水中眼鏡を装着。頭部位置は赤外線カメラでトラックする。こうして水中の景色を変えることで水中運動の楽しさを拡張しようというものだ。

 暦本氏は、スポーツにおけるエキスパートとそれ以外の人たちの間を技術で結ぶことで、情報技術によって自分たちのアビリティが自然にあがっていくような世界が良いのではないかと語った。

自律飛行するボール「HoverBall」
ボールを自在に飛ばすことでスポーツの物理法則を新たにデザインする
VR/ARで水中の景色を変える「AquaCAVE」
「AquaCAVE」のデモ

スポーツとは何か

為末大氏

 最後にゲストとして、男子400mハードル記録保持者・世界選手権銅メダリストのハードラーで、現在はアスリートの社会的自立を支援する一般社団法人アスリートソサエティ代表理事も務める為末大氏が「Sports and City」と題して講演した。為末氏は今年、ソニーCSLの遠藤謙氏らと株式会社Xiborgを共同設立している。

 為末氏はまず始めに、日本と西洋の文学や絵画から感じられる両者の視点の違いや、スポーツの語源(ラテン語のDeportare。憂さ晴らしをする、日常を離れる)や由来、そして日本国内への導入の歴史などを語り、スポーツとはそもそもどういうものなのかについて考察した。例えばオペラ歌手の消費カロリーはフィギュア選手のそれとほとんど変わらず、スポーツとアートとの違いは、オリンピックに入っているかどうかくらいで、実際にはほとんど境目はないのではないかと考えているという。

 そしてヨハン・ホイジンガ(Johan Huizinga)の「人間文化は遊びの中において遊びとして発生し、展開してきた」という言葉を紹介。そもそもスポーツとは「遊び」であり、あえて定義すると「身体を使ったゲーミフィケーション」というのがスポーツの領域ではないか、「ルール、グラウンド、勝敗があること」くらいがスポーツの条件だと考えるのが良いのではないかと述べた。

 続けて為末氏は、走り幅跳びで活躍しているドイツのマークス・レーム(Markus Rehm)選手を紹介した。下腿義足の選手だが、同選手は1年ちょっとで70cmも記録を伸ばしたという。そしてこのままだと2016年頃にはパラリンピアンがオリンピアンよりも遠くに飛ぶ時代がやってくるのではないかと指摘。2020年頃にはパラリンピアンを出すと拡張されていない選手が勝てなくなるという理由で、パラリンピアンの大会とオリンピアンの大会ははっきり分かれるようになるだろうと語った。為末氏は「ヒーローが出ると見方が変わる」と考えて、パランリンピアンの支援を行なっており、Xiborgもそのような考えで設立したという。義足の性能向上とトレーニングによってパラリンピアンのスターを出したいと述べた。

 また、2020年東京オリンピックの時代には65歳以上の人が6.2%から29%に増えると指摘。新しい年齢の人口分布を考えたスポーツが必要だと述べた。そして「ウェアラブルの次は埋め込み」の時代、すなわちサイボーグの時代が来ると考えていると語り、スポーツが貢献できるもっとも大きな問題として高齢化問題や健康増進、人がより動ける状態をどう保っていくかがあると述べた。

マークス・レーム選手の幅跳び。2014年7月26日に8m24cmを記録した

パラリンピアン中心の選手村は新たなバリアフリー・インフラの提案となる

高齢化社会における新しいスポーツとは

 次に為末氏はオリンピック時に建設される「選手村」を紹介した。選手村の建設はいわば小さな街を新たに創ってしまうようなものだ。そしてオリンピック後は一般向け住宅として販売される。正確にいうと、売るための家を建てて選手村に活用するわけだ。

 ここで2020年には人口の3分の1が高齢者であることを考えると、パラリンピアンを中心に街を創った方がいいのではないかと提案。パラリンピアンが3階まで問題なく上がれて、トイレやお風呂にも介助なしで入れるような家ならば、高齢者に適応した住宅になる。為末氏は「インフラを全てパラリンピアンに合わせて創ると、バリアフリーな都市ができる。そういうトレンドを東京から創ることもあり得る」と語った。

 また、1823年にラグビーが初めて行なわれたが、そこからスポーツは根本的には変わってないと指摘し、2020年にはどんなスポーツがあり得るかと問いかけた。例えばコンピューティングが必要不可欠なスポーツはまだないが、ネット技術が存在しないとそもそも存在しえないようなスポーツが、そろそろ登場しても良いのではないかと語った。例えばある街の駅に降りたときにその街のヒントが降ってくるといったようなものもスポーツになり得ると述べた。またグラウンドではなく公道で行なわれるスポーツ人口が非常に多いことなどから競技場の今後のあり方についても問いかけた。より生活に身近な場所に競技場を創るべきだと考えているという。

 最後に為末氏は「人間らしい生き方、生活、街とは何なのだろうか」と問いかけた。生物は動き続けることが大事であり、それが無生物と生物の違いだと考えているという。さらに人間はそこに遊びが入る。だからスポーツは大事なんじゃないかと述べて、「Sporting the world」という言葉を紹介。「どうやって世界をスポーツ化していくか」、「スポーツを柔らかくしていくこと」について考えており、これからもそういう人に活動に参加してもらいたいと語った。

(森山 和道)