森山和道の「ヒトと機械の境界面」

ソニー+ZMPのエアロセンス株式会社が離陸

~空飛ぶロボットでどこまで市場に食い込めるか

エアロセンスのロゴを紹介するCEOの谷口恒氏(右)とCTOの佐部浩太郎氏(左)

 ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社と、ロボットベンチャーの株式会社ZMPが、「エアロセンス株式会社」を設立して産業用途向けドローンビジネスを開始すると発表し、8月24日に記者会見を行なった。「ソニーが」、「ソニーの技術が」という視点の報道が多いが、あくまでZMPとの合弁で、持ち株比率はソニーモバイルコミュニケーションズが50.005%、ZMPが49.995%となっている。

 代表取締役はZMPの谷口恒氏。CTOの佐部浩太郎氏はソニーでペットロボット「AIBO」や、かつてはコーポレートアンバサダーにもなっていた小型ヒューマノイド「QRIO」などの開発に携わってきた人物だ。ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所時代には、本連載の過去記事の写真にも登場してもらっている。今回の会見会場ではほかにも、これまでロボットを取材してきた筆者にとっては久しぶりの顔が見られた。

 ロボットは2005年の愛知万博時をピークに、やや下降局面の時代を経て、今再びブームを迎えようとしている。かつて世界に先駆けて、これまでにない家庭用ロボットを製品展開していたが、2006年に全てやめて撤退したソニーと、2001年創業後、最初は家庭用ロボットなどを展開したが自動運転技術などに活路を見い出して生き残ったベンチャーZMPの両社が、ここで空飛ぶロボットであるドローンを焦点として1つの会社を作ったことにはある種の感慨を覚える。

エアロセンスCTOの佐部浩太郎氏
佐部氏の略歴
ZMPの事業領域

 ZMPはここのところDeNAと合弁で2020年の自動運転を目標にした「ロボットタクシー株式会社」を設立したり、名古屋大学によるオープンソースの自動運転用ソフトウェア「Autoware」を搭載した自動運転カーを受注開始したり、GPUのNVIDIAとも協力してディープラーニングを使った画像認識技術を研究したりと、矢継ぎ早にリリースを出している。また物流分野用の台車ロボット「CarriRo(キャリロ)」も受注開始するなど、これまで地道に培ってきたロボット技術を水平展開し始めている。

 ロボット技術はもともと汎用性の高い技術である。活用できるかどうかは組み合わせ次第だ。そしてビジネスとして展開するにはまた別のノウハウがいる。なんにしても、これまでの積み重ねが開き始めていると評価すべきだろう。

ZMPによる機械学習とGPUを使った歩行者検出
【ZMPの物流支援ロボット「CarriRo(キャリロ)」】

 さて、既にエアロセンスの事業については各媒体で報道が行なわれているが、本稿ではドローンビジネスと技術開発の動向も若干交えつつ、改めて紹介しておきたい。最近、ホビー用途のドローンは規制が厳しくなる一方で、都内では広い私有地でもない限り、まずほとんどの場所で飛ばせなくなっている。ドローンの多くは空撮用カメラとして用いられており、きちんとした映像を撮るためにはそれなりに高度なノウハウが必要であるものの、ドローンがありふれたものになるにつれ、撮影ビジネスもそれ単品だけではアピールしにくくなくなりつつある。一方、土木・点検その他のドローンビジネスはまだまだ始まったばかりで、開拓余地が大きい。

 今回のエアロセンスのビジネスモデルは、完全自律飛行するドローンと、クラウドでの画像処理・管理技術を組み合わせて、2Dあるいは3Dデータなど法人向けソリューションを提供しようというものだ。人が遠隔操作するのではなく、ワンボタンで自動でパスを生成し、ドローンが飛び、撮影計測を行ない、帰還することができるシステムを目指すという。データはクラウドで管理・処理される。事業領域は、建築・点検、土木・鉱業、監視・警備、農業、物流・運搬だ。

エアロセンスの事業領域は建築、土木、農業など
ドローンとクラウドプラットフォームを組み合わせて産業用途を開拓する

 ただ、同社が会見で紹介した実例の1つであるドローンを使った現況把握や自動測量ソリューションそれ自体は目新しいものではなく、ライバル企業が既に先行している。例えば今年行なわれた「国際ドローン展」でも、コマツが、2015年2月から展開するICT建機や図面・施工データなどを繋げる「SMART CONSTURUCTION」の一環として、SKY CATCHのドローンとクラウドプラットフォー「KomConnect」を使った自動測量ソリューションをアピールしていた。なおコマツは同じく今年2月に、ZMPに対して出資を行なっている。建設・鉱山機械の無人化・自動運転化が目標だ。

コマツ「SMART CONSTURUCTION」による現況把握

 SKY CATCHのドローンがエアロセンスのドローンに置き換えられるのかどうかは分からない。だがドローンを使って何をするにしても、土木・建設現場に入れるのならばその一部分でしかないわけで、どこまで食い込めるかが課題になる。ビジネスが成功するかどうかは、トータルソリューションの一部になった後の、使い勝手の良さやインターフェイス、そして営業力次第だろう。会見ではその辺りの詳細については触れられなかったが、ここにソニーモバイル、あるいはソニー本体の人材の力が注がれることになるのだろうと推測する。単に狭義の技術協力だけではなさそうだ。

 エアロセンスの記者会見は2部構成で行なわれた。第1部の内容に関しては「AV Watch」ほか、さまざまな媒体でも取り上げられているのでそちらをご覧いただくとして、こちらで第2部の内容を付け加えてレポートしておきたい。

特殊加工で本体を軽量化、運用性と燃費の良さを併せ持ったVTOL型のドローン

エアロセンスのVTOL型ドローン試験機の飛行映像

 今回初めて、試験飛行の様子が映像で公開されたヘリコプターと飛行機両者の長所を生かすことができる垂直離着陸(VTOL)型のドローン「AS-DT01-E」は、神戸大学大学院システム情報学研究科システム科学専攻助教の浦久保(うらくぼ)孝光氏らとの共同研究だ。浦久保氏らは2010年から回転翼型と飛行機型を切り替えられるティルトローター型のドローンを災害時の情報収集用として研究開発しており、ZMPの谷口恒氏は2012年頃から研究の様子を見学するなど早期から着目していたという。

 大きさは狭隘地にも入り込めるように2m程度。重さは7kg、ペイロードは3kg。最高時速は170kmで飛行時間は2時間以上。ヘリコプター同等のホバリング性能を持たせることを目標としている。機体は中央に二重反転ローターがあり、機種部と翼の左右に3つの姿勢制御用ダクトファンを搭載している。ドローンを飛ばすためのフライトコントローラーは、オープンソースでドローンの開発を進めようとしている3D Roboticsのものをベースに改造して使っているとのこと。

VTOL型ドローン試作機
本体中央に二重反転ローター
二重反転ローターを横向きあるいは上むきに回転させて飛行モードを切り替える
機首部と翼に姿勢制御用ダクトファン。中央にあるのはGPS
側面。フラップはサーボモーターで駆動する
下面から

 ZMP+ソニーのグループと共同研究を行なうことで、より信頼性の高い機体の設計・技術開発ができたという。浦久保氏は「マルチコプターの次世代型としてティルトローター型の開発が行なわれている。エアロセンスが先頭に立って開発と応用を開拓していくことを期待している」と述べた。

神戸大学大学院システム情報学研究科システム科学専攻助教の浦久保孝光氏
神戸大とエアロセンスの共同研究開発の経緯
世界でティルトローター型ドローンの開発が進んでいる

 このドローンは構造材に、三井化学株式会社の「ポリメタック」という金属部品の表面を加工して樹脂を接合する技術を用いている。炭素繊維強化プラスチック(CFRP)とアルミニウムのジョイントを一体化する技術だ。アルミニウムの表面に対して、エッチングのようなナノレベルの微細加工を施し、そこにエポキシ系の接着剤を使って接着することで、CFRPとアルミがぴったりと微細なレベルで癒合して一体化するのだという。これによってネジなど締結部品を使わないシンプルな構造と軽量化の実現、部品点数/製造工程の削減が可能になる。同時にジョイント形状を独自解析技術で設計して、今までは20の部品からなっていた部分を1点に削減することができた。

 軽量化は空を飛ぶUAVにとって飛行距離を伸ばすことに直結する。今回ポリメタックを使うことで想定飛行距離を約40%伸ばすことができたという。重量では5割軽減し、剛性も向上しているとのこと。三井化学ではポリメタックを自動車、エレクトロニクス製品、ロボットなどへの用途開発を進めていくとのことだ。PCなどにも用いられるようになるかもしれない。記者たちの注目もこの技術に集まっていた。

三井化学株式会社理事新自動車材開発室長の平原彰男氏
ポリメタックの接合部
モックアップを抱えるアピールも行なわれた

Visual SLAMでさらなる自律化を目指すマルチコプター型UAV試作機「AS-MC01-P」

エアロセンスのマルチコプター型試験機「AS-MC01-P」

 より現場投入が早いだろう試作機がマルチコプター型の「AS-MC01-P」だ。重さは3kg(バッテリ、カメラ込み)。大きさは515mm。飛行時間は20分、10m/secの風速の中でも安定飛行できるという。胴体下部にソニーのレンズ式カメラ「DSC-QX30」を搭載。自動撮影した結果をTransferJetで転送できる。Wi-Fiアンテナも付いているがドローンの作の通信はZigBeeを主体に行なう。

 自社製作とのことだがモーターなどは既存の製品を使っている。フライトコントローラはティルトローター型の「AS-DT01-E」と同じく3D Roboticsのオープンソースのコントローラを改造して使っているとのこと。たまたまだそうだ。かつてソニーは徹底的に内製化/独自開発してロボットを開発していたが、今回は使えるものはなんでも使い、事業立ち上げと成功を急ごうとしているのかもしれない。時代は変わった。

マルチコプター型UAV試作機「AS-MC01-P」
側面
真下にメインカメラを搭載する。
下部と正面にも自己位置認識用サブカメラ

 ボディ正面と下部にはサブカメラがついている。これはVisual SLAM用だ。Visual SLAMとは、カメラ画像を使ったSLAM(simultaneous localization and mappingの略、スラム)、すなわち自己位置同定と環境マッピングを同時に行なう技術。GPSによる位置推定などが使えない場所で、カメラ画像を使って特徴点を見出して、ドローン自身が、自分がどこを飛んでいるのか推定する技術だ。特徴点抽出にコントラストを使うため、全くの暗所では使えないが、例えばトンネル内での点検などでの使用を想定しているとのことだ。

ドローンは「空飛ぶロボット」そのもの

 このVisual SLAMは、最近になって急激に普及し始めている。レーザーセンサーなどを使って距離を取得して行なわれていたSLAM自体、少し前までの最先端技術だったのだが、今や家庭用ロボット掃除機にまで搭載されるようになっている。Visual SLAMはそれをより安価なセンサーであるカメラから取得できる画像情報を使って行なう技術であり、ドローンに実装されれば、さらに自在な自動飛行が可能になる。ZMPが主な事業領域にしている自動運転その他で、広く活用が期待されている。

 ドローンといってもホビー用では遠隔操作しているシーンが多いため、あまり感じられていないかもしれないが、ドローンは「空飛ぶロボット」そのものである。陸上での移動ロボットならば、A地点からスタートしてB地点まで移動しろと指令を与えられた場合、その間の経路を自動生成して、周囲を見ながら自分のセンサー情報のズレを補正したり障害物などを回避しながら目的地まで最短で到達してくれることを多くの人が期待するだろう。ドローンは同じことを空中の3次元空間で行なうことが求められる。ドローンは単なる空撮カメラとして使われることも多く、搭載されたロボット技術は急な風や操縦ミスなどの外乱に対する機体の姿勢制御などにしか使われていないこともある。だが、まだ開拓途上の可能性があるのだ。

 また、今後流行りそうな気配がある方向性として、ドローンに手または足をつけるという動きがある。手または足があれば、何か道具を扱うこともできる。もちろん、制御はその分難しくなる。また例えば、橋梁などの点検の折に、どこかにつかまるといったことも可能になる。そうすれば大幅に稼働時間を延ばすことができる。また、その間に充電をするといったことも可能になるかもしれない。今後、エアロセンスのようにロボットから出てきた会社がどのくらい業界に新風を吹き込んでくれるのか、期待を込めつつ注視していきたい。

(森山 和道)