森山和道の「ヒトと機械の境界面」

技術のポテンシャルを社会に伝えるためのデザイン

~東京大学生産研・山中研究室「PLAYFUL」展

東京大学生産研・山中研究室「PLAYFUL」展

 デザイン・エンジニアリングを専門とする、東京大学生産技術研究所 山中研究室によるプロトタイプ展2015「PLAYFUL」が、東京大学生産技術研究所S棟1階ギャラリーにて、3月25日から29日までの日程で開催された。

 山中俊治氏は、JR東日本「Suica」の自動改札機その他で著名な工業デザイナーである。アートと技術をバランスさせ、機能と格好良さを両立させるデザインで知られており、2013年からは東京大学に研究室を移して活動を続けている。今回の研究室展示のテーマは「PLAYFUL」。科学技術に満ちている研究者たちの「自由な発想」と「大人の遊び心」に、物語を与え、形を見つけることで、先端研究を我々の未来の一部とすることが狙いだ。

 今回は、3Dプリンタなど最先端の「付加製造技術」とアートの接点とで未来のプロダクトを夢見る展示となっており、3Dプリンタを使って新たな触感を与えたオブジェクトや、これまでに取り組んできたアスリート用義足、山中教授が東大に移る前の慶應SFC時代からの学生の卒業制作作品が出展されていた。

 PCには直接の関係はない話題なので本誌では違和感があるかもしれない。だが、未来を少し違う方向から考えるために、ご紹介しておきたい。というのは、先ごろ発表されたAppleの新しい12インチ「MacBook」に、物理的に沈んでいるわけではないのに振動による錯覚で押し下げによるクリック感を与える「Force Touch」採用のトラックパッドが搭載されたことが象徴的だと思うのだが、モノづくりには今、新しい血が本格的に流れこみつつあるように思うからだ。

 本題の前に少し脱線するが、触覚のインターフェイスへの積極的応用は、以前この連載でも何度かご紹介したことがあるように(「YCAM「TECHTILE」集中ワークショップレポート」等)、日本国内での研究も進んでいた。だが先にAppleのマシンに活用・搭載されてしまったのは、Macユーザーである自分としても、嬉しいやら残念やらで、やや微妙な気分だった。Appleは将来的にはForce Touchのような技術をキーボードにも適用する可能性があるという。触覚のみならず、これまでは実装が難しかった技術の可能性がプロダクトに活かされる可能性は高い。将来を作るためには、心を開いて、これまで以上に広い領域を見ておく必要があると思う。

構造触感:触感は素材だけで決まるわけではない

3Dプリンタで出力された「構造触感」研究のための作品群

 会場では、まずは3Dプリンタで出力された立方体のオブジェクトがずらっと並んでいた。谷川聡志氏による研究で、材質はナイロン。素材自体は硬い。だが構造を変えることでさまざまな触感を生み出すことができるというもので、氏らはこれを「構造触感」と名付けたという。実際に手に取ってみると、感触も重さも見た目から想像するのとはだいぶ異なっていて、想像よりもずっと軽かったり、やわらかかったりするのが面白かった。

 これと同じ考え方で、特定方向にだけ柔らかい構造を作り出すこともできる。このように、微細構造を作り込むことで既存素材に新たな性質を付加して、例えば弾性や強度などを設計して作り込むのは「メタマテリアル」と呼ばれて注目されているのだという。バイオミネラリゼーションによって微細構造を積み上げて作り上げられている生物の身体とは違うやり方ではあるが、どこか少し似かよった印象を受ける。

 山中氏は「3Dプリンタは魔法の箱のように言われているけれど、作るものは精度も出ないし強度も高くない。決して魔法の箱ではない」と語る。むしろその特徴は、複雑な構造を作れることにある。山中研究室では、そのようなベクトルでの新しい可能性を探求しているという。

いろいろな触り心地のキューブ
実際に触ってみないと感触が想像できない
いずれも触り心地や重さ、強度がまったく違う
特定方向にだけ柔らかい構造を作り出すこともできる。
生物のような構造を作ることも。これはトカゲ。
これまでの金型成形ではできないかたちで構造触感を持たせたグリップ
一見固そうに見えるが柔らかく動く
十亀(そがめ)折り構造を3Dプリンタで製作。折りたたんだ状態で出力され、広げることができる

 このほか、3Dプリンタの樹脂粉末を、敢えて粉末のまま残すことで、透かしのように活かす作品も出展されていた。これは樹脂粉末を溶融させるタイプの付加製造技術(Additive Manufacturing)の活用法の一環で、従来は粉末が溶け残ることは「不具合」とされていたが、それを意図的に残すことで模様として使えることを示したものだ。

樹脂粉末を敢えて残して模様とした作品(村上浩司氏による)

3Dプリンタは義手や義足作りにも活用される

 一品モノをそのまま作ることができる3Dプリンタは義手や義足作りにも活用されようとしている。山中氏らは2020年の東京オリンピック、パラリンピックを1つの目標として、義足の研究開発を行なっている。

 今回のプロトタイプ展では、内閣府が推進しているSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の課題の1つである「革新的設計生産技術」の研究開発項目として、東京大学生産技術研究所が研究開発している「Additive Manufacturingを核とした新しいものづくり創出の研究開発(SIP MIAMI)」の一環として、アスリート用義足が出展されていた。

 これまで通りアスリートや装具士とコラボレーションしながら義足作りを進めていくが、これまでの作り方とは違って一発でフィットするものが作れるようになりつつあるという。もっとも、そうはいっても人間が直接付けるものだけあって実際には難しいところも多く、これまで通り装具士の腕は必要だ。

これからの付加製造技術を活用した義足のプロトタイプ
鮮やかな色を使った美しい義足の開発も行なっている

チタンを自在に扱える時代を見据えた未来製品

 山中氏がこだわっている素材の1つがチタンだ。チタンは軽量で引っ張り強度が高く丈夫であり、腐食に強く、金属アレルギーも引き起こさないなど優れた材料だが、一方で、切削加工が難しく、いわゆる難加工材である。だが技術は進んでおり、徐々に加工が可能になりつつある。将来、革新的な付加製造技術が生まれれば、チタンを自在に扱える日もくるかもしれない。そのような日を見据えた未来製品の模索も行なっている。

 今回出展されていたチタン製の椅子などもその1つで、1/2インチチタン管を使ったもの。総重量は2,800g。耐荷重はおそらく80kg程度とのこと。チタン製なので、ビーチなど海水の飛沫を浴びるところで使ってもほとんど錆びない。椅子以外にも純然たるアート作品も出展されていた。チタンは工場等では配管に用いられており、端材が多く出るため、そのような部材を活用しているのだそうだ。

チタン製の椅子。
チタンジュエリー「Bilateria」(伊藤実里氏)。人の血管形状を模したジュエリー
チタンジュエリー「Pterygota」(角尾舞氏)。埋め込められるジュエリーだという

 このほか、慶應SFCの学生作品として、ひたすら立ち続けようとするロボット、磁界を可視化した科学教育向け作品や、自分自身の脚をミニチュア化してものにつけてストリートに置いてくるといったアート作品、3Dプリンタで出力したテディベア骨格、思わず揃え刺してしまうコンクリート製の灰皿、分類学を可視化するためのモビールなども出展されていた。

ひたすら立ち続けようとするロボット「Apostroph」(村松充氏)
磁界可視化実験のデジタルファブリケーション的学習提案(上田祐希氏)
ミニチュア化した脚をつけたオブジェクトを野外に置く「token」(大長将之氏)
テディベアの骨格(清水友浩氏)
灰皿「揃」(内藤峻洋氏)
分類学に触れるプロダクト(山中港氏)

技術のポテンシャルを社会に伝えるためのデザイン

東京大学生産技術研究所 デザイン・エンジニアリング 教授 山中俊治氏

 山中研究室では、3DプリンタなどAdditive Manufacturing技術においては新野俊樹研究室、チタン等については岡部徹研究室と、東京大学の先端的な研究室とコラボレーションしながら、先端技術とデザインの活動を行なっている。次は、「バイオ系で何かをやってみよう」と考えているという。

 山中氏は「テクノロジのポテンシャルをきちんと伝えていきたい」と語る。「日本の研究者は世界的に見ても優れた研究をしているにも関わらず、世界の中でステータスが今ひとつ高くない。それは技術の魅力がうまく伝えられていないから」であり、世界にアピールするためには、「デザイナーとうまく付き合うことが必要なのではないか」と言う。

 日本国内にも名前が轟いている海外の大学研究室がいくつかある。彼ら、学会のみならずインターネットその他のメディアを通して広く一般にまで存在感を発揮している研究室の多くは、研究成果と社会との間にデザイナーを入れているという。研究成果を魅せる上でデザインを入れることによって、自分たちの研究の見せ方、プレゼンテーションが非常にうまくなっているのだ。一方、日本国内の「ゴリゴリの研究者たち」は技術の良さを見せることに、これまであまりに無頓着だった。研究者側だけではなく、日本のデザイナーの多くが企業に所属しており「産業に寄りすぎていた」ことも、日本の研究室のプレゼンスが低い原因の1つだという。

 インターネットの世界では、技術なのかアートなのか、その境界が曖昧なものも増えてきている。しかしながら、リアルなモノ、マテリアルの世界では、そのような活動はまだそれほど多くない。個人によるものづくり、ファブリケーションはブームとも言われているものの、どこか素人臭さが抜けないまま、その裏腹に商業的な空気も強くなってしまっていて、始まったばかりの時の空気感とは少し変わってしまっているようにも個人的には思う。山中氏らは、モノの世界で、あくまでプロフェッショナルとして、デザインとエンジニアリングの融合へと取り組もうとしている。

 巧みなデザインが入ることで技術の新たな可能性を際立たせることができる。もちろんここでいうデザインとは単なる「見た目」や材質だけの話ではない。首尾一貫した思想や使い勝手はもちろん、今そこにある課題の解決、あるいはこれまで考えられていなかったような機能や魅力の付与、新たな繋がりや関係、発想を生んだりするような、そんなもののことだ。

 1つのかたちに凝縮された可能性と想像力、インスピレーションの発露。そんな刺激を与えてくれるモノが私は見たい。冒頭でも申し上げたが、そのためには、心を開いて、これまで無関係だと思っていたようなさまざまな技術やデザインも含めて、洗い直して見直す必要があるように思う。

やわらかく動くトカゲの尻尾

(森山 和道)