森山和道の「ヒトと機械の境界面」

小型センサーやモバイル機器は医療現場を変えるか、「MEDTEC Japan 2015」レポート

TDKによる心電、活動量、体温センサーなどを組み合わせたワイヤレスソリューションの提案

 「IoT」はすっかりバズワードとしておなじみになった。だが、まだ今一つピンとこない言葉でもある。ワイヤレスネットワークに繋がった膨大な数の小型センサーが環境中にあり、センサー群が集めた情報が1つに集められ、クラウド上で処理される。そうすることで、サービスを受ける一般ユーザーは、これまでにない情報を、ごくごく分かりやすい形で得ることができるようになる--。そういうことがやがて実現する、いや既に徐々に実現されつつあることには誰もが疑いを持っていない。しかしながら、それがどこまで、そしてどのように世の中を変えるのかが明確に見えていないからかも知れない。

 未来が見えない理由の1つはおそらく、ソリューションを導入すべき現場の形がはっきり絞り込まれていないからかも知れない。いくら「将来は安価になる」と言っても、システムの導入にはコストがかかる。それを満たすだけのニーズとコストを支払える業界--その1つとして期待されているのが、今後も成長を続けると見込まれている医療現場である。労働集約型産業であり、かつ、高度なサービスが必要とされる。医療機器の製造・設計に関する展示会「MEDTEC Japan 2015」で、ITによる可能性の一端を覗いてみよう。

TDKのメディカルヘルス用各種センサーの提案

ローム株式会社「電池レス見守りクラウドシステム」

 同じような展示はいくつかあったものの、今回出展されていた中では納得感があったのがローム株式会社による「電池レス見守りクラウドシステム」だった。遠隔地から高齢の両親などを見守りたいというニーズは強いが、カメラを使う直接監視は例え身内であっても抵抗を感じる。そこでドアや窓の開閉、電灯の電力変動や照度変化、床の圧力センサーやそのほかを使って、間接的に動きを見ようというシステムだ。

 特徴は、環境からの発電技術を使っていてセンサーに電池が不要である点と、消費電力が低い無線通信技術。電力は、例えばスイッチをオン/オフする動きからコイルを使った電磁誘導で発電し、その瞬間に無線通信してしまおうという考え方だ。そのほかわずかな光でも発電する技術で電力をコンデンサに蓄電して、データを無線送信する。ビル設備や産業設備用に使われているドイツのEnOceanの製品を採用している。1,250種以上の製品があり、日本市場向けは900MHz帯に対応し、見通し通信距離は100m以上あるという。メンテナンスコストが安く抑えることができる。

 各センサーのデータは一旦、ローカルに設置される「EnOceanゲートウェイ」というデバイスに集められ、タイムスタンプが打たれた後、3G経由で時系列データ制御サーバーにアップロードされる。サービス提供者はそのデータをもとに可視化してサービスを提供する。ブースでは、ドアのセンサーや床の圧力センサーの状態変化に応じて、CGで作られた家庭の中の変化が示されるというデモが実施されていた。実際に導入するにはセンサー数をいかに減らすかが現状の課題であることは変わりない。だがメンテナンスコストが低い点は魅力的だ。

ローム「電池レス見守りクラウドシステム」
システムの概略
スイッチのオン/オフのような状態変化で発電し通信する。これは仕組み解説のデモ用

モバイル超音波「viewphii(ビューフィー)」

 株式会社ソシオネクストは、モバイル超音波ソリューション「viewphii(ビューフィー)」をデモした。

 12×6×2.4cm(幅×奥行き×高さ)、重さ170g程度の超音波センサーと、Bluetoothで接続されたAndroidタブレットを使った、超音波画像をいつでもどこでも見られるというもので、実際に筋肉量や脂肪量を見られるデモには行列ができていた。充電はUSBで行なえ、3時間程度使える。データはクラウド上に蓄積し、トレーニング結果などを閲覧できるようにする。小売ではなく、施設等への導入を想定しており、価格は未定。

 超音波プローブは医療現場ではおなじみだが、これはケーブルレスのモバイル端末を使って、誰でも気軽に簡単に計測できる。屋内だけではなく屋外でも用いることが可能だ。計測精度はミリ単位だが、検診ではなく、一種遊びのような感覚でリアルタイムで身体の内部を見られるのは単純に面白い。クラウドで履歴を蓄積・閲覧できるのも、これからはデフォルトで求められる機能になりそうだ。事業展開はBtoBしか考えていないとのことだが、一般コンシューマにもニーズがありそうな端末だと感じた。

 なお、株式会社ソシオネクストは富士通株式会社、パナソニック株式会社、株式会社日本政策投資銀行から誕生したシステムLSIを核とするソリューション/サービス設計、開発、販売を業務とする企業。2015年3月に事業を開始したばかりだ。

モバイル超音波ソリューション「viewphii(ビューフィー)」
脂肪・筋肉の量をすぐに見られる
センサー端末は日本電波工業株式会社との共同研究開発

腕輪型の筋電センサー

 株式会社村田製作所は非侵襲で筋電を計測できる小型センサーを腕輪バンドのように配置したモデルを出展していた。広島大学辻研究室との共同研究で開発中で、デモンストレーションでは簡単なキャリブレーションのみで任意の人の腕の操作が認識できることを示し、ジェスチャーインターフェイスとして使えるのではないかとされていたが、研究室レベルでは指の動きまで認識が可能だという。

 腕の動きをインターフェイスとして使うのは、動きが大きいために疲労感が強かったりと、実用を考えるといろいろ難があって使える状況が限定される。だが指の動きまで認識できるとなると、一気にアプリケーションの可能性が広がる。今後の可能性が期待でき、夢が広がりそうな技術である。

村田製作所の小型筋電センサーのデモ
小型筋電センサーが腕の周囲に配置されている

Raspberry Piを使った電球型スマートデバイス「Sight」

 Idein株式会社は、Raspberry Piを使ってLinuxを搭載した電球型デバイス「Sight」を出展していた。照明としては「寝室に使える程度」の明るさとのことだが、本体に500万画素の可視光カメラ、赤外光カメラ、マイク、スピーカーを搭載。スマフォなどと連携することなく、モーショントラッキングが可能だという。また複数台を使ったカメラシステムを組むこともできるとのことだ。

 現在まだ開発中で、今後、5月以降にクラウドファンディングで資金を募集する予定とのこと。WebAPI等も公開する予定で、ヘルスケアやエンターテイメントなどでの活用を期待しているそうだ。

Idein 電球型スマートデバイス「Sight」
中身はRaspberry Piを搭載。USB2.0コネクタ内蔵
電球としては少し暗いが単体で心拍等が計測可能という

回診支援ロボット、重量物ハンドリングロボット

 株式会社アドテックスは、福島県立医科大学と豊橋技術科学大学が共同研究で開発したロボット「Terapio(テラピオ)」を出展。このロボットは、回診台機能と電子カルテの機能を併せ持つ電子回診板を組み合わせた回診補助システムである。全方向移動機構を持ち、電子カルテの提示のほか、体温や血圧、心拍そのほか回診で入力されるバイタル情報の入力、アレルギーや内服薬の確認などの事前情報提示ができる。回診後にはナースステーションに戻り、サーバーに接続してデータを記録転送する。

 このほか本体にはガーゼやピンセットなど医療用具を収納できるスペースや、使用済用具を入れるボックスも装備している。カメラや照明なども備えている。またパワーアシスト機能があり、本体のリングを使ってわずかな力でベットサイドにロボットを寄せることが可能。基本機能に加えてバイタルサイン計測機器を用途に応じて付け加えることができるとのことだ。

 このほかロボット関連では、川崎重工業の医療向けオールステンレスロボットのほか、CYBERDYNE株式会社のロボットスーツ「HAL」、東京理科大学発の株式会社イノフィスの「マッスルスーツ」などが注目されていた。また、CKD株式会社は、リンク内にエアシリンダを使って自重補償することで、重量物をハンドリングしやすくした「パワフルアーム」を出展。軽々と重量物を持ち上げたり水平移動できる。医療現場での用途を探索中だという。医療・介護に限らず、現場での重労働は少しでも減るに越したことはない。

回診支援ロボット「Terapio」
川崎重工業医療向けオールステンレスロボット
株式会社イノフィス「マッスルスーツ」
CYBERDYNE株式会社「HAL」
CKD株式会社「パワフルアーム」

空気圧で身体負荷を軽減するトレーニングマシン

 昭和電機株式会社はアスリート向けランニング強化マシン「DREAM HUNTER」をデモ出展していた。順天堂大学スポーツ健康科学部と共同開発したもので、ランニングマシンなのだが下半身部分をすっぽりドーム状の「圧力ジャケット」で覆うかたちになっている。トレーニングする人は腰にウェストシールを付けて、圧力ジャケット内に入る。この中の空気圧を高めることで、身体を持ち上げ、体重負荷を最大5割まで軽減できるトレッドミルである。

 この機能を使うことで、最高時速30kmの走りが体験できるという。元々は怪我などした時のリハビリ・トレーニング用に開発したものとのことだ。装置の上部あるいは全体を低酸素テントなどで覆うことで、高地トレーニングも体験できる。既にシスメックス、ダイハツ工業、第一生命保険、天満屋などの各陸上競技部のほか、順天堂大学、国立スポーツ科学センターなどに納入されているという。

アスリート向けランニング強化マシン「DREAM HUNTER」
ウェスト部のシールで密閉し、全体を持ち上げる
内部が見えるのでトレーナーがフォームを確認できる

 このほか、薄型でウェアラブルなセンサーデバイスは各社から出展されていた。いかにも医療向け展示会らしく、身体に直接接触させるタイプのセンサーやそのためのテープなどが出展されていたことが印象的だった。いずれもまだまだ部品段階、ソリューション提案段階のようだったが、ニーズは確かにあるので、徐々に普及していくのだろう。

 ただ、データをどうまとめ上げてサービスへ変えていくのかについては、ブースでいろいろ聞いてまわった印象では、どこもそれなりに苦心しているようだ。各社の模索もしばらく続きそうに思えた。だが一方で、一気に普及する可能性も少なからずあると多くの企業が期待をもっているようでもあり、互いに虎視眈々と機会を狙っているような、独特の雰囲気が感じられる展示会だった。

 さて、実際に多くのネットに繋がるスマートセンサーが普及した世界では、個々人が所有しているPCやスマートフォンはどんな役割を担うようになるのだろう? 単なるデータビューワーあるいはセンサーとして扱われるのではつまらないと思うのだが……。

(森山 和道)