森山和道の「ヒトと機械の境界面」

動かせるレゴや萌家電、義足に人間の強化まで

〜ソニーCSLオープンハウス2013

 株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)による設立25周年記念シンポジウムとオープンハウスが5月末に行なわれた。ソニーCSLは1988年に応用可能な基礎研究を行ない、人類、社会、ソニーの事業に貢献することを目的として設立された研究所で、研究員は30名程度と小規模。東京とパリに拠点を置き、「オープンシステムサイエンス」、「Act Beyond Borders(越境し、行動する研究所)」、「一回性現象の科学」といったキーワードを掲げて、ソニーの事業ドメインよりも広い範囲で基礎研究活動を行なっている。

 環境調和型農業や、エネルギーグリッド、不妊治療やヘルスケアなどにも取り組んでいるソニーCSLだが、ここでは5月20日に行なわれた、ITに直接関連する「Creativity & Human Aungmentation」と題されたシンポジウム第一セッションの内容を中心に、オープンハウスの様子を交えて紹介しておきたい。

人間の身体・知覚を拡張する「Augmented Human」

 まず始めに登壇したのはインターフェイス等の研究で知られる暦本純一氏。暦本氏は「Beyond Existence 存在を超えて」と題して、インターフェイス研究の歴史を紹介し、それに続くものとしての身体の拡張の研究について講演した。コンピュータを使うことは手段に過ぎない。目的はユーザーが満足することであり、そのための研究がインターフェイス研究である。暦本氏らは,今は知力、身体、身体システムの拡張(健康)などをテーマに研究を行なっている。

 暦本氏らは体外離脱体験、すなわち自分自身の外に出る視点による視覚の拡張、テレプレゼンスの研究を行なっている。具体的には、カメラを搭載した自律型ヘリコプターを使うことで、第3者視点を与えるというものだ。体外離脱視点が得られれば、スポーツコーチングなどにも応用可能だという。

 また、笑顔にならないと開かない冷蔵庫も開発している。これは、人は楽しいから笑うのではなく、むしろ、笑うから楽しくなるのではないかという考えで開発されたものだ。実際に高齢者の家で数日運用することで、より自然な笑顔を浮かべてもらえるようになったという。

 暦本氏は、人間は環境とともに生きているもので、快適に生きるために環境を作り替えるものだと述べ、「人馬一体」という言葉を紹介した。これからは、どこまでが人間で、どこからが技術かといった「界面」が消失していく、すなわちインタラクションからインテグレーションの時代が来るという。そして「存在は身体に限定されていない、存在は我々と環境との相互作用の結果である。環境は我々の拡張だ」と述べた。

 暦本氏は東京大学大学院情報学環の教授でもある。暦本氏の研究や考え方については、本連載バックナンバー「知力増強から身体増強に踏み込む情報科学『Augmented Human』とは」で詳しく紹介しているので併せてご覧頂きたい。

暦本氏らの研究のデモの様子
ARや位置情報サービスを展開するクウジット株式会社は暦本氏らソニーCSL発の企業。

タンジブルでデジタルな遊び「ブリック・アライブ」

 続けて登壇したアレクシー・アンドレ(Alexia Andre)氏は「ポストデジタルエンタテインメント」という演題で、情報の世界とリアルワールドの融合を目指したエンターテイメントの可能性について講演した。あのレゴ グループと共同研究開発を行なっており、「ブリック・アライブ(Brick Alive)」という動かせたり無線で通信できるレゴブロックを制作し、可能性を探っているという。このプロジェクトが公開されたのは今回が初めてである。幅広く、特に子どもたちからの意見を聞きたいと考えているという。

 アンドレ氏は今のケータイは創造のためのデバイスになっているが、エンターテイメントのほうがついていってない、と指摘することから話を始めた。楽しさには「プレジャー」と「エンジョイメント」があり、単に受け手になるプレジャーではなく、深い意味での楽しさを伴うエンジョイメントが必要だと考えているという。

 ソニーは、子供向けの製品を扱っていない。せいぜい、1988年当時にあった「マイ・ファースト・ソニー」シリーズくらいだ。だがこれからはフィジカルとデジタルの融合の時代が来る。

 こういう話になると、いつも赤ちゃんでもタブレットを操作できる、そしてそういう子どもは普通の紙の雑誌でもピンチ操作などをしたがるという話がある。だがこれはアンドレ氏に言わせれば「2次元しか分からない子供たちになっている」。こういう感覚を3次元のオモチャに引き戻したいと考えているという。

 子ども時代は、多くの子どもが、積み木等を使って、自分自身の物語をクリエイトしながら遊ぶ。だが大人になるに従って、他人の作った設定の中でしか遊ばないようになる。アンドレ氏は、ビデオゲームとおもちゃ遊びの境界に位置するような、インタラクティブな遊びを提供したいとして、レゴのErik Hansen氏らと共同で開発中の「ブリック・アライブ(Brick Alive)」を紹介した。

 ZigBeeやLED、小さなアクチュエーターなどを組み込んだユニットで、自由に組み合わせることができる。また天井に設置したカメラなどを使うことでユニットの位置情報を取得でき、コンピューターとの対戦などを、レゴでできるようにしたものだ。没入感のある遊びを子どもたちに提供したいと考えており、11月からデンマークで公開実験を行なっていくという。

 今のままでも十分楽しそうなのだが、大きな課題はやはりコストのようだ。たとえばLED 1つとレゴの人形1つが同じくらいのコストなのだという。両者を子どもたちに見せ、どちらが楽しいかと聞いてみたときに、子どもたちが人形を選んでしまうようだと、なかなか商品化は難しい、となるわけだ。

「ブリック・アライブ」
手作りのプロトタイプ。デモ版はさらに小型化されて実装されている
このくらいのサイズにユニットを実装する予定だという
【動画】「ブリック・アライブ(Brick Alive)」のデモの様子

スマートハウスと「萌家電」

 「スマートハウスで目いっぱい遊んでいる件(Smarthouse as Playground)」というタイトルで登場した大和田茂氏は、いきなり「萌家電」という歌を歌い始めた。大和田氏は、「Kadecot(カデコ)」という家電ネットワーク向けのAndroidプログラミング環境と、「萌家電」というインターフェイス・アプリを開発している。リビングスペースエンターテイメントを創造したいという。

 「ECHONET Lite」などのスマートハウス、白物家電・センサーの共通プロトコルが策定され、対応機器が増えていることから、ホームサービスは新時代に突入しているという。30年くらい前からあるコンセプトがついに市販機器で実現できるようになっている。

 「萌家電」はエアコンやBDレコーダ、テレビなどそれぞれの家電に擬人化キャラを割り当てて、現実空間で何か操作をすると、萌えキャラたち同士がたわむれたりする、要するにAR育成ゲームのような操作インターフェイス・ウェブアプリである。Androidをホームサーバーとして使うことができる。もともと、トイレに入った内外で扉を介してコミュニケーションする「コミュニケーショントイレ」や、植物が育つと擬人化キャラも成長するAR育成ゲーム「萌え木」といった研究をベースに拡張していったものだという。たとえば節電するとキャラ同士が結婚したり、クリーンエネルギーを使うとクリーンになったり、ソフトウェアアップデートをすると新しい衣装がもえらるようになったりする。それらが比較的好評価だったため、本格的に展開するべく、絵やシナリオを強化し、主題曲やプロモーションビデオも現在準備中だという。なおJavaScriptで書かれているのでWeb上でも動くそうだ。

 擬人化の効用として大和田氏は、機器の状態が直感的に分かる、欠点を個性だと思ってもらえる、また精神状態を機器に入力するためのセンサーとして使えるといった点を挙げた。これまでとは「室が違うサービス」を展開できる可能性があるという。特に、フィジカルなセンサーから得られる以上の情報が得られる可能性が大きい。

 一方、「何かするたびにストーリーが展開したらめんどくさい」といった指摘も当然あり、それについてはボタンベースのリモコンとも共存可能だとした。なお大和田氏は実際に自宅でも運用しているが、氏の奥様は「萌えキャラ嫌い」とのことで、萌えキャラ以外のインターフェイスも開発している。現在、ビジネスパートナーのほか、ソフトウェア・エンジニアの仲間を募集中とのことだ。

萌家電
AndroidホームサーバをWebアプリによる家電操作

障碍をなくす技術

 MITからソニーCSLに移った遠藤謙氏は「Hack the Body - From Restoration to Augmentation」として、開発中の義足について紹介した。遠藤氏は、技術によって身体障碍のない社会を目指している。人は身体の一部を欠失すると障碍者と呼ばれ、義手や義足を使うことになる。だが今の技術では完全に機能が戻ることはないので、不自由を強いられることになる。だが、もし義手や義足が身体の一部として普通に認識される、たとえば眼鏡のようなものにまでなれば、義手や義足を付けた人が特殊能力者になることもありえるかもしれない。

 ヒューマノイドロボットの研究を行なっていた遠藤氏が義足の開発を行なうようになったのは、高校時代のバスケット部の後輩が22歳で骨肉腫と診断され、人工関節を使うようになったことから。遠藤氏はMITのHugh Herr教授による「There is no such a thing as a handicapped, physically disabled person, there are only physically disabled technologies.」という言葉を紹介。つまり今の現実は、技術がまだ足らないからなのだ、義足にはテクノロジーの可能性があると述べた。

 現在、遠藤氏は3種類の義足を開発中だ。ロボット義足、競技用義足、途上国向け義足の3種である。ロボット義足は、足首機能を再現することを目指した高機能な義足だ。足首には大きな力が必要になるが、あまり重たくはできない。そこで後ろにバネを使ってモーターを小さくしたものだ。さらに軽くパワフルにすることを目指している。

 競技用義足は、板バネを使ったもので、着用者は健常者とはまったく違う筋肉の使い方をしているという。人の筋肉の使い方まで含めて一体として解析を進めることで、さらにとんでもない走り方が出てくるんじゃないかと考えているという。

 途上国向け義足は、テクノロジーが届かないような地域でも、現地で製造・維持ができる義足を作ろうというものだ。障碍者の半分以上が途上国、さらにその半分以上が農村地域に住んでいるという。現在はラピッドプロトタイピングで機構を検討中だが、射出成形で量産できるようなものを考えているという。遠藤氏は義肢装具をよりよくするための「D-Leg」というNPOを準備中で、現地の人が作れるような成功事例をインドでまずは立ち上げたいという。

 遠藤氏は、障碍者と健常者の境目はグレーだと述べた。技術によってその境界も変わるからだ。また、障碍を障碍と感じる原因は技術だけではなく、医療、技術、デザイン、サービス、社会保険制度、環境、文化などいろんな要因もある。また、人の身体は老化する。老化すると老化したなりにシステムを切り替えて身体を動かしているのだと考えられる。このようなシステムの切り替えの研究の先に身体障碍のない社会があるのではないかと考えているという。

足首の機能を代替するロボット義足。バネを使って軽量化を目指している
途上国向け義足。体重をかけると膝部分がロックされるようになっている