森山和道の「ヒトと機械の境界面」
Toy+I/O=「toio」。ソニーのおもちゃは情報世界と物理世界を繋ぐ「トイ・プラットフォーム」
2017年6月19日 06:00
2つのキューブの動きでゲームや工作
2017年06月1日、ソニーが体感型トイ・プラットフォームとして「toio」を発表した。2017年12月に発売されるとし、同日からソニーのサイト「First Flight」で先行予約が始まった。初回限定400セットは即日完売。ほんの数時間で売り切れたそうだ。なお数量限定の基本セットは6月中はまだ予約可能だ。「東京おもちゃショー2017」にも出展され、話題を呼んだ。
基本セットは、本体の「toio コンソール」と、モーター/バッテリ内蔵でワイヤレスで動き回ることのできる小さなロボット「toio コア キューブ」2台、コンソールと有線で接続してキューブの動きを制御するジョグ、ボタン類のついた2台のコントローラ「toio リング」から構成される。キューブにはモノラルのスピーカもついていて、ビープ音が鳴る。
レゴ製品と組み合わせて遊べる工作バトルゲームや、プログラミング発想を育むパズルなど5つのコンテンツが入った別売りのtoio対応タイトル「トイオ・コレクション」などと組み合わせることで、直接おもちゃを触りながら操作し、アクションゲームやパズルゲーム、動きのある工作などの遊びを楽しめる。
対応タイトルは、ゲームや遊びのシナリオやルール、音声などのデータが格納された「カートリッジ」と、各タイトル専用でキューブを載せて遊ぶためのマットやコマンドを指示するためのカード、本、そしてキューブの上に乗せて遊べるキャラクターフィギュアや工作物などで構成される。ゲーム機のように付属カートリッジをコンソールにセットし、キューブを専用マット上に乗せて遊ぶ。
ゲームや工作キットなどは「トイオ・コレクション」のほか、サードパーティからも発売される予定だ。12月にはNHK Eテレのロゴマークや「考えるカラス」「ピタゴラスイッチ」などでも知られるクリエイティブグループの「ユーフラテス(EUPHRATES)」の監修による、紙とキューブで生物のように動く「工作生物 ゲズンロイド」の発売も予定されている。
このほかレゴや株式会社バンダイ、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントなどのパートナー各社が、toio対応タイトルを企画・開発中だ。ほかにもあるという。
価格はオープンだが、市場推定価格では本体が2万円前後。「トイオ・コレクション」は5千円前後。「工作生物 ゲズンロイド」は4千円前後とされている。まとめて買うと3万円程度ということになる。おもちゃとして見ると決して安くはない金額だ。しかし「長く遊べますし、ゲーム機のようにどんどんタイトルが増えていくものなので、普通の値段という受け入れかたもして頂いてます」とのことだ。
toioは、どんな意図を持った、どんな広がりのある製品なのか。開発の経緯を含めて、開発リーダーであるソニー株式会社 新規事業創出部 TA事業準備室 統括課長の田中章愛氏に話を伺った。
toy+I/O=toio。情報世界と実世界を融合させるエンターテインメント
「toio」は、2014年4月にスタートしたソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」から生まれたプロダクトの一つ。ちなみに、ブロック型の電子タグ「MESH」などもSAPから生まれたものだ。
もともとはソニーコンピュータサイエンス研究所のアレクシー・アンドレ(Alexis Andre)氏らによる次世代インタラクション研究がもとになっている。その頃にプロトタイプが公開されたことがあり、本連載では2013年に取り上げている(記事:動かせるレゴや萌家電、義足に人間の強化まで参照)。当時は「Brick Alive(ブリック・アライブ)」と呼ばれていた。キューブ大にしたいと言っていたことと、「情報の世界とリアルワールドの融合」を志向しているという話をよく覚えている。
今回の「toio」開発の「創業」メンバーは、田中氏のほか、アレクシー氏、それと製品開発の経験をもつ中山哲法氏の3人とのこと。それに必要に合わせてさまざまなメンバーが参画するという形で、開発は進められたという。
「ブリック・アライブ」は天井に搭載したカメラで上から撮影することで、各ブロックの位置を検出していた。いかにもプロトタイプらしく、それぞれのブロックも大きく、さまざまなアクションが検討されていた。動かせるブロック・トイという印象が強かった。製品化されたtoioが真っ白でシンプルなブロックとしてデザインされているのとは対照的である。
当時は無線用のチップなども高価で製品化にはまだハードルが高かった。何より位置検出に天井カメラを使っていたため「コスト以前に、体験として成り立っていなかった」と田中さんは当時を振り返る。
プロジェクトが大きく動き出したのは、専用マットによる位置検出方式など技術的な目処をつけ、さまざまな技術を集約してブラッシュアップ、ソニーの社内オーディションでプレゼンし、優勝した2016年6月以降とのこと。そこから開発予算がついて、製品仕様へ落とし込みを一気に進めていったという。
「toio」という名前は、「トイ」と「I/O」を組み合わせた造語だ。ロゴはちょっと顔にも見えるようにデザインした。キューブは要するに小さなロボットである。キューブは小さなブロックだが、中には2つのモーターが仕込まれており、その場回転できる。また、かなりの速度とパワーで動くこともできる。32×32×19.2mmと小さいキューブなのに、バランスをうまくとれば200gくらいの物体を載せて動くこともできるのだ。
飛行機や船、人形など、何でも載せたがるし、「もっとぴゅっと動かないの?」と言ってくるユーザー(子供たち)を相手にしたテストの結果も踏まえ、キビキビ動けるだけの十分な速度と力を出すことにこだわったと田中章愛氏は語る。
なお、田中氏は佐世保高専の出身で、筑波大学大学院を経て現職という経歴だ。もちろんロボコンも経験している。今回のロボットにももちろんそれらの経験が活かされている。
キューブには加速度センサーも内蔵されていて、振動を検出できる。たとえばキューブを指でつついたりすることで、リアクションを起こさせることもできる。
バッテリはリチウムイオンで、持続時間は公称2時間程度。使い方によっては1時間半程度とのことだ。充電はコンソールの所定位置に載せて行なう。
コンソールとキューブはBLE(Bluetooth Low Energy)で接続されていて、キューブはアルゴリズムに従って動きを実行する。専用マット上で一度に動かせるキューブは2個まで。「もっと増やせるようにしてほしい」という声は関係各所から上がっているそうだが、まずはミニマムなところでの商品化を目指した。
キューブ自体の機能も同じだ。フルカラーLEDは付いてはいるが、あくまでインジケーター的なものにとどまっている。だがもっとわかりやすいディスプレイや、よりリッチなスピーカーが付いていたら、派手な効果で動きをもっともっと演出することはできるだろう。ほかにも、舞台装置自体をリッチにさせたりもできそうだ。そういうことは誰でも思いつく。しかし、まずは製品化するために機能を削り込んだというわけだ。
絶対位置を把握させた小さなロボットによる「仮想モーション」の実行
技術的なポイントの1つとして、各タイトルに付属する専用マット上で動くコア キューブの位置はリアルタイムで検出されている。なぜ専用マットかというと、キューブ裏面の光学センサーで絶対座標をマット上の印刷からで検出しているからだ。肉眼では見えないが、マットにはあるパターンで絶対座標が描かれており、キューブの光学センサーで表面のパターンを読み取っているのだ。絶対位置なのでキャリブレーションは必要ないし、パターンは肉眼では見えないので、さまざまな印刷や表現が可能になる。
パターン、センサーとも、方式については教えてもらえなかった。ただ、絶対座標を光学センサで読み取って云々という技術なら、たとえば、アノト株式会社による「アノトパターン」を思い出す読者は多いと思う。絶対座標を示す微細パターンを印刷した紙とCMOSカメラ付きのペンを用いることで紙に書いたものをスキャナなしでデジタル化するのに使われている。
「toio」に用いられているパターンについては「改良を続けており、市販されているものではない」とのことなので、あくまで推測に過ぎないが、似たような方式なのではなかろうか。ただし強調しておくが、これはあくまで筆者の推測に過ぎない。
さて、位置を把握させることで、面白いことができる。toioのキューブ同士を衝突させたり近づけたりしたときに、「仮想モーション」を実行させることができるのだ。たとえば、1つのキューブを衝突させたたとする。実際にはぶつかっていなくても(あるいはぶつかっていても)、大きく吹っ飛ばされたかのような動きをリアルタイムで実行する。すると、人の目にはあたかも吹っ飛んだように見えるのだ。要するに、物理シミュレーションを実際の物体で行なって見せているのであある。
リングや土俵のように、仮想の仕切りを設定しておけば、端のほうに行くと踏ん張る、といった動きも、仮想モーションで実行させることができる。綱やロープがなくてもシミュレーションのようにアクションを起こさせることができるのだ。
磁石のような動き方もできる。ブロック同士の距離に磁石の関数を設定することで、一定の範囲にまでキューブを近づけると、ふっと吸い付くような動きを実行するように設定するのだ。キューブの向きを逆にすると、逆に反発する。その動きは本当に磁石が内部に仕込まれているかのようだ。人の目は簡単に騙される。
キューブがパターンの描かれたマットの特定位置、あるいはカード上を通過した時に、イベントを起こすこともできる。だから小さなロボットを使ったtoioだが、実際にはマットの大きさには制限されないし、そもそも大きなロボットにも同様の仕組みを拡張することはできるはずだ。
スピード、時間、位置でバーチャルな特性を表現する
toioは「トイ・プラットフォーム」と銘打たれている。レゴなど既存のおもちゃに限らず、さまざまなトイをユーザーが自分自身の発想で組み合わせて遊ぶものであり、今後の商品展開をそれを目指している。実際、発表した後には「想像を超えたジャンルの方たちから」コンタクトを受けているとのこと。「できるだけ素のロボットを作って、味付けはつけくわえる」というコンセプトで開発した結果かもしれない。
仮想モーションにせよ、ユーフラテスの「ゲズンロイド」にせよ、toioの可能性は、小さなキューブの動きをどう見立てるか、そしてその見立て、すなわち人の想像力をどう加速させるかによる。キューブの上に、手作りの何かや既存の人形など何かを載せて手で動かしたりすることもできるが、その動きをプログラムすることができるのだ。すべては工夫次第である。
キューブを2台だけにしたのも「まずはパッと使える、パッケージを開けたら数分で遊べるようになることを大事にした」からだという。とりあえず2台あれば、対戦もできるし、パズルも行える。toioキューブ自体にはキャラを持たせていないので、いろいろな表現ができる。
逆に、表現の幅を持たせるために、移動ロボットをはじめとしたハードウェアの研究を行なっていた田中氏が特にこだわったのが、前述のスピードのほか、時間、位置だったという。「つまり位置制御です。シンプルな時間と位置。それだけでバーチャルな特性を表現することにこだわりました」。
ユーフラテスに話を持っていったのも、彼らが、動きの表現と、動きにちょっとしたかたちを載せて魅せることにこだわっていたからだ。彼らからは実際のところ数えきれないほどのアイデアを出してもらったそうだ。「工作生物」というユニークなコンセプトの「ゲズンロイド」は、その一部だという。
五感で確認して想像力を解き放つ
今後もパートナーはどんどん増やしていき、toioの世界を広げていきたいという。ソニーにはロボット・プログラミング学習キットとして「KOOV」という教材も別にある。それらとのコラボは容易に想像できる。そもそも繋がらなくても組み合わせて遊べばいいのだから。
「コアキューブ」にしても「コア」という名前をつけられているように、販売数が増えれば、もっと異なる可能性が広がることもありえる。また、toioの絶対座標の使い方は面白い。おもちゃ以外のアプリケーションもあり得るだろう。すでに、大学や企業から、さまざまな声をかけられているとのことなので、期待したい。
なんにしてもこういうものは、もっと実際に触ってみないとわからない。今回の取材は時間が少なく、筆者自身もまだまだよくわかっていない。一般ユーザーによる体験会なども詳細は未定だが予定はされており、イベント類も大小合わせたさまざまな種類が企画されているとのことなので、興味があるユーザーが触れる機会も年末までには間違いなくあるだろう。とりあえず触れて、試してみよう。触って、五感で確認して、想像力を解き放つことこそが、toioのようなおもちゃの利点なのだから。