森山和道の「ヒトと機械の境界面」

Google Car登場やオープンソース活用でロボットの未来は明るい?
~「NEDO国際ロボットフォーラム」から



●ヒューマノイドからロボットカーへ、ロボットカーは5年以内に商業化を目指す
Googleテクニカルリードマネージャー・ジェームズ・クフナー氏

 10月17日~19日の日程で東京ビッグサイトで行なわれた「Japan Robot Week 2012」内にて、「NEDO国際ロボットフォーラム ロボットが築くスマートな社会」が行なわれた。このフォーラムではGoogleのテクニカルリードマネージャーのジェームズ・クフナー(James Kuffner)氏が「ロボットがあふれる未来ヒューマノイドからロボットカーまで」と題して講演したので、ここでご紹介しておきたい。クフナー氏は東京大学そのほかでのヒューマノイド研究を経て、現在はGoogleで「ロボットカー」の開発に従事している。

 クフナー氏は、まず移動ロボットによる「プランニング(行動計画生成)」の話から講演を始めた。どこをどのように歩けば安全か、人はごく自然に理解しており、意識すらしない。だがロボットにとっては大変だ。どの経路を選ぶか、そのための足運びやボディの移動はどうすればいいのか、歩行ロボットは自分で探索しなければならない。しかも外界の状況は随時変化するので、リアルタイムに対応しなければならないのである。このような計算は以前は大変だった。だがコンピュータの計算速度が上がってからは、すべてのステップで再計算を行なうことができるようになっている。

 クフナー氏はおおよそ10年前、2001年から2003年頃に東大でヒューマノイド「Hシリーズ」を使って行なった歩行や全身運動制御技術の研究の模様と、その後、2004年から2008年にかけてカーネギーメロン大学でホンダ「ASIMO」を研究用プラットフォームとして使って行なった研究例を示した。たとえば、人間にとっても大変な障害物避けをASIMOが各ステップを800msで再計算しながら、巧みにステップを踏んでいくことができた。

 その後彼らの研究は、実世界像の上にCGを重ねるAR(Augmented Reality、拡張現実)を使ってユーザーがロボットをナビゲートするといった方向へ発展した。ロボット自身が計算した歩行計画を人間が手元のディスプレイで見られるようにしたもので、これによって、ロボットの内部状態、いわばロボットの現在の「意思」を見ながらオペレートすることができる。また、オペレーターがタブレット上で線を引くことで、そのラインにそってロボットに歩行経路を再計算させて歩かせるということもできるようになった。計算機であるロボットがどのような結果を実行しようとしているのか予め見ることができるのは大きな利点である。

足運びの計算はロボットにとっては大変ボールを追うような動きはリアルタイムで足運びを再計算する必要があるARを使ったロボットインターフェース。ロボットの計算結果を可視化して確認できる

【動画】ASIMOを使ったリアルタイム障害物回避の実験動画

 いまやロボットは毎秒25,000歩の再計算が可能になっている。さらに「クラウドと繋がることで、ロボットはもっと賢くなれる」とクフナー氏は続けた。東大・稲葉研究室では1990年代から複雑な計算を行なうコンピューターを外部に出した小型ヒューマノイドを使って研究を行なっていた。「リモートブレイン」と呼ばれるこのようなロボットは外部のコンピュータによって操作されるので、遠隔操作ロボットの一種でもある。これと同様のことを現在ではクラウドから行なうことができる。

 携帯電話の部品などを活用した安価なロボットをクラウドに繋ぐことで何ができるのか。重い演算を任せることができるのはもちろん、知識データベースを共有したり、各ロボットが獲得したスキルや行動データベース、機械学習やデーマイニングも共有できる。

 例としてクフナー氏はカメラで撮影したものをイメージインデックスから検索できる画像検索サービス「Google Goggles」を挙げた。これと同様に、ロボットが自分で撮影した画像でGoogleに検索をかけて結果を知ることができる。また、翻訳サービス「Google Translation」は現在85の言語に対応しており、ロボットも85の言語に対応可能になるという。「Google Map」の経路探索を使っている人は多いと思うが、このサービスもロボットにとっては有用なサービスとなる。

クラウドでナレッジやスキル、行動データベースを共有するロボットがGoogle画像検索するようになるマップも活用できる

 そしてクフナー氏はロボット自動車の「Google Car」の話へと続けた。アメリカだけでも毎年数万人が自動車事故、しかも多くの原因はヒューマンエラーによる事故で亡くなっている。自律走行車はこのような問題を解決するものだという。「Google Car」はトヨタの「プリウス」を使った自律走行車だ。リアルタイムで周囲の状況を把握することで、鹿が通るような山間の道を夜間に走行することもできるし、クルマや人間が行き交う都市部で走行することもできる。既に公道での2,000マイルほどの走行実績があるという。

 新モデルのGoogle Carはトヨタの「レクサス」を使ったもので、カリフォルニア、ネバダ、フロリダで公道走行許可が下りており、現在5つの州がロボットカー走行を検討中とのことだ。自律走行車が現実になることでより安全になるほか、「視覚障害者のドライバーもクルマに乗って自立移動ができるようになる」と語った。またアメリカでも高齢者の運転能力が問題視されていることから、その問題解消にも有効だと述べた。

Google Carがリアルタイムでモデル化した街の様子新しいGoogle Carはレクサスベースカリフォルニア、ネバダ、フロリダで公道走行許可が下りている

【動画】自律移動車なら視覚障害者でも乗ることができる

 Google共同創業者の一人であるセルゲイ・ブリン氏は、自律移動車を5年以内に商業化できるのではないかと考えているそうだ。なお、Google Carのより詳しい技術的な話を知りたい方にはこちらの動画をおすすめする。また、Sebastian Thrun氏によるTEDカンファレンスでのショートプレゼン動画もある。

 自律移動車は米国防総省高等研究計画局(DARPA)主催の「DARPA Grand Challenge」や続く「DARPA Urban Challenge」によって推進された。DARPAは現在、東日本大震災に伴う福島第一原発事故を受けて、ヒューマノイドを使ったレスキューチャレンジ「DARPA Robotics Challenge」を立ち上げている。間もなく参加チームが発表される予定だ。今「新しい変革が起きようとしている」という。

 最後にクフナー氏は、クラウドを使うことでロボットがより安く軽いものになる、インフラは既に整いつつあると強調し、「ナレッジベースを共有することでロボット技術のみならず広く社会に貢献できる。皆さんと協力できるようにオープンソース化しているので、ぜひドキュメントを読んでもらいたい」と語った。

 日本ではいまロボットは一時的なブームを過ぎてやや下火になりつつあるが、それとは対照的なアメリカの現状を感じる、楽観的なプレゼンテーションだった。

Google Carは5年以内の商業化を目指すクフナー氏はロボット技術全般について楽観的に語った

●ロボットソフトウェアの世界でもオープンソースが急成長中
東京大学大学院情報理工学系研究科・稲葉雅幸教授

 東京大学大学院 情報理工学系研究科教授の稲葉雅幸氏も、講演で今後のロボット開発において楽観的な見方を示した。東大稲葉研究室では以前からソフトウェアの相互運用・継続性を重視して開発を続けていたが、ロボットソフトウェアの世界でもオープンソースが急成長しており、ソフトウェアのソースを世界中に公開し、コミュニティ開発を促進、さらに多くの蓄積を活かすことで、ロボット開発の速度を従来よりも大幅に上げることができるという。

特にここ2年ほどの間に急激に注目が集まっているのが、eGroupsの創業者で検索エンジンの開発者であるScott Hassan氏が立ち上げたベンチャー、Willow Garage社が中心となって推進しているミドルウェアの「ROS」である。Willow Garage社は同社が開発しているプラットフォームロボットの「PR2」を世界中の11の有力研究室に貸し出す「PR2 Beta Program」を実施、開発を推進している。日本では稲葉研究室に「PR2」が貸し出されている。ロボットがサンドウィッチを買いに行く下記の動画を見たことがある人も多いと思うが、これがその成果の一部である。


【動画】サンドウィッチを買いに行く「PR2」

 これは3カ月間滞在していた博士課程の学生と、東大の学生が一緒に開発したもので、ロボットはサンドウィッチがどこにあるかは明示的には知らない。だがサンドウィッチとは何か、どこにあるものかといったことを確率的に表現したモデルを内部に持っていて、それに合わせて建物内を自分で探索する。このようなロボットのアプリケーションが学生であってもすぐに開発できるようになったという。

 日本ではNEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)で知能要素をモジュール化する「次世代ロボット知能化技術開発プロジェクト」が行なわれており、従来から産総研を中心に開発されていたRTミドルウエア規格準拠のミドルウェア「OpenRTM」と、この「ROS」を相互に運用するためのツールも開発されている。ポイントは、ロボット本体がなくても動作が確認できるシミュレーターの存在や、自動でテストし、ドキュメント管理までしてくれるソフトウェアだという。世の中にはさまざまなオープンソースパッケージやPC、OSのバージョンなどがある。それらを手動で人間がテストして表を作るのはナンセンスであり、テストツールもオープンソースで公開されているという。

 このようなミドルウェアのコンポーネントを接続したり、自動的にコンポーネント化することで、アドオンするだけで使えるソフトウェアが徐々に登場し始めている。ソフトウェアの作り方は30年の間にだいぶ変わりつつある。使える人を増やすことも大学には求められている。

ROSユーザーが増え続けている稲葉研究室のJSKソフトウェアとROSの相互運用学部学生が作った、ロボットにエレベータの乗り降りを教えるアプリケーション
RTM-ROS相互運用も行なわれているテストやドキュメンテーションは自動で行なう「DARPA Robotics Challenge」のイメージ

 稲葉教授は続けて、クフナー氏も紹介した災害用ロボット開発を目的とした「DARPA Robotics Challenge(DRC)」を紹介した。2012年4月に発表された、本気で災害現場で活躍できるヒューマノイド開発を目指すロボコンである。

 DRCには8つのミッションが想定されている。ロボットは、

1)クルマを自分で運転して建物に近づき、
2)ガレキのなかを移動し、
3)ドアを開け、
4)邪魔なものをどかして、
5)コンクリート壁を破砕道具を扱って破壊し、
6)パイプからガス漏れしているところを発見、
7)バルブを回して漏れを止めて、
8)冷却ポンプなどの部品を交換しなければならない。

 しかもこれを1つのロボットでやるのである。DRCは特にヒューマノイドにしろとは指定していない。だが、これら全てができるとなるとヒューマノイドのような形になる可能性が高い。プログラムマネージャーのGill Pratt氏は世界中から参加してほしいと述べた。これに対して、稲葉研究室ではメンバーが東大をやめて参加を希望したとのこと。近日中に参加チームが発表される予定だ。


【動画】稲葉研究室で開発されたハイパワーの2脚ロボット

 またこのほか今年2012年はテレプレゼンス・ロボットが多数登場した。「セグウェイ」や「ルンバ」のような移動ロボット台車の上に、ネットに繋がって通信ができるタブレットPCが載ったようなロボットである。これらはもう誰でも作ることができるようなものになっているという。いまは「Kickstarter」のように試作品を紹介して投資を募るサイトもある。ただ大事なことは、商品たるもの「欲しい」と思われるようなもの、単に便利だけではなく、所有したくなるようなものでなければならないということだ。

 いずれにしてもロボットを創るためのハードウェアもソフトウェアも揃ってきたので、ロボットのボディの「デザイン」や「こんなことをして欲しい」といった、人間にしか考えられないアプリケーションレイヤーの重要性が相対的に増して来ているという。稲葉教授は「ロボットを作れる人に『欲しい』という気持ちを伝えることが重要。そして作って、売ってもらう。消費者はそれを買って、使って、使い勝手をフィードバックして、アップグレードしてもらう」ことが重要だと強調し、ロボットも既にそういうサイクルに入っていると述べた。

 最後に稲葉教授は、「東大発ベンチャーも増えつつある」といくつかの会社を紹介。さらに「Googleもかつてはベンチャーだった。どんな大きな会社も最初はベンチャー。10年間で大きく変わる。このあとどう変わるかは誰にも分からない。ロボットの用途やデザインは人間が思い描くもの。その下のレイヤーは誰でも使えるようになった。若い人たちの活動によってこれからの10年間のビジネスはダイナミックに変わる。ロボットソフトウェアの成長状況が参考になればと思う」と、講演を締めくくった。ロボットの未来については、至って楽観的に見ているという。

2012年はテレプレゼンスロボット元年かもしれない今は「Kickstarter」のように試作品を紹介して投資を募るサイトもあるロボットの事業化のためには「欲しいを伝える」ことが重要だという

 「Japan Robot Week 2012」では経済産業省主催の「第5回ロボット大賞」受賞ロボットのほか、3次補正予算でNEDOが委託開発中のサイバーダイン株式会社の災害対策用「ロボットスーツHAL」や、千葉工大が開発した福島第一原発の建屋地下へ投入するための新型ロボット「櫻(サクラ)」、そして、トヨタが開発中の生活支援ロボット「HSR」、パナソニック「ヘッドケアロボット」など近い将来、身近な場所での活用が期待されるロボット各種が出展されていた。

 オープンソースベースの開発を、企業でのロボット開発、商品開発にどのように結びつけるのかについては少なからぬ課題があるだろう。だが日本国内でいろいろ考えて足踏みをしているうちに、アメリカでどんどん物事が進んでいってしまって気がつけば周回遅れのような状況になってしまっては残念だ。世界の速度に負けないように、ついていってもらいたい。

災害対策用「ロボットスーツHAL」千葉工大の福島第一原発投入用の新型ロボット「櫻(サクラ)」トヨタの生活支援ロボット「HSR」。これにもROSが使われている