森山和道の「ヒトと機械の境界面」
IRID、福島第一原発廃炉に向けた圧力抑制室 充填止水技術の試験を公開
2017年7月11日 06:00
2017年6月23日、技術研究組合 国際廃炉研究開発機構(IRID、アイリッド)と株式会社東芝は、福島県双葉郡楢葉町にある日本原子力研究開発機構(JAEA)「楢葉遠隔技術開発センター」内にある実規模試験施設を使った「圧力抑制室(S/C)内充填止水技術」の施工性確認試験の手順と、コンクリート打設装置ならびに遠隔操作室をメディア向けに公開した。
翌24日に行なわれた、コンクリート打設試験の本番に先立って作業手順の確認を目的とした説明会だった。この機会に、この試験の話だけでなく、東京電力福島第一原発の廃炉に向けて、「楢葉遠隔技術開発センター」で行なわれている技術開発の一端をご紹介したい。
福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想
まず、「楢葉遠隔技術開発センター」とは、東京電力福島第一原発の廃炉措置のために必要な、高線量下での各種作業を行なう遠隔操作ロボットの開発と実証試験を行なう施設だ。
福島第一原発から南におよそ20kmの位置にあり、「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想」の一環として作られた。
福島県のサイトからそのまま引用するが、この「イノベーション・コースト構想」とは、「東日本大震災および原発事故によって失われた浜通り地域などの産業基盤の再構築を目指し、廃炉やロボット技術に関する研究開発拠点の整備を始め、再生可能エネルギーや次世代エネルギー技術の積極導入、先端技術を活用した農林水産業の再生、さらには、未来を担う人材の育成、研究者や来訪者に向けた生活環境の確保や必要なインフラなど、さまざまな環境整備を進める国家プロジェクト」だ。
産学連携拠点としては、楢葉遠隔技術開発センターのほか、廃炉国際共同研究センターなどがあり、ほかにも「福島ロボットテストフィールド」が整備されている。大規模災害だけでなく、物流やインフラ点検などで使われるロボットのテストフィールドである。
JAEA「楢葉遠隔技術開発センター」
楢葉遠隔技術開発センターまでは、常磐線・広野駅から車で15分程度。建物は研究管理棟と試験棟に分かれている。それぞれ、作業者訓練用の没入型バーチャルリアリティ(VR)システムや、廃炉技術を検証するための試験施設がある。
2015年9月から一部が運用開始、そして翌年2016年4月からは本格運用が始まった。
試験施設には、水中ロボットの試験を行なうための直径4.5m、水深5mの円筒形水槽や、ロボットの動きを定量評価できるモーションキャプチャ施設などがある。これらは一般の民間でも利用申請して許可が降りれば利用可能だ。
原発建屋内部の階段モックアップなどもあり、ここを使った高専生による「廃炉創造ロボコン」なども行なわれている。
なお廃炉ロボコンは、文部科学省 国家課題対応型研究開発推進事業(英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業)『廃止措置研究・人材育成等強化プログラム』」の一環として、第1回は2016年12月に実施された。ロボット製作を通じて、学生たちに廃炉に興味を持ってもらうことを主な区的としている。優れたアイデアがあった場合は現場への適用可能性も検討するという。
原発内で使われているロボットは、主に遠隔操作されるタイプのロボットだ。
しかし高線量で遮蔽物も多い原発内では、通信速度が遅くなったり、通信が遅延したり、パケットが損失したりすることも多い。遠隔操作を可能にするためには、通信技術の高度化も必要だ。そのような通信ゆらぎがある環境下でも、ロボットをロバストに遠隔操作するための技術開発も行なわれている。
楢葉遠隔技術開発センターのなかでも特筆すべき設備が、今回、試験が行なわれた圧力抑制室(サプレッションチェンバー、S/C)の実物大模型である「実規模試験施設」である。
実物大で圧力抑制室を再現したもので、実際にはドーナツ形をした実物の一部分(8分の1)を扇型にカットしたモックアップだ。外形だけでなく、内部の配管類なども再現してある。
今回の試験は、このサプレッションチェンバーの中の一部をコンクリートで埋めて、空いていると考えられている穴を塞ごうというものだ。
燃料デブリ取り出しのための止水、補修
今回実験を行なったIRIDは、福島原発の廃炉に必要な技術を技術開発する研究開発組合だ。
東芝や日立GEニュークリア・エナジーなど、廃炉を行なう各企業とJAEAなどから構成されており、ここで共同開発された技術が現地に供されるかたちになっている。IRIDの研究開発方針についてはこちらのスライドPDFにまとめられている。
今回の格納容器漏洩箇所補修技術の実規模試験概要についてはこちらにPDFが掲載されている。
IRID開発計画部 部長の奥住直明氏は「現場でやるべきことは、デブリがどこにどんなかたちで存在するかを明らかにすること。デブリの調査に全力を挙げている」と会見冒頭で述べた。
事故時に運転中で、電源を喪失したため冷却できなくなった福島第一原発の1/2/3号機では、原子炉内の燃料棒が溶け落ち、燃料デブリとなったと考えられている。
燃料デブリとは、溶けた燃料と原子炉内部にあった構造物とが混ざって固まったものだ。その性状は複雑だと予想されている。
廃炉においては、この燃料デブリを取り出すことがもっとも重要で、かつ難しい課題とされている。そもそも、まず燃料デブリがどこにどうあるのかわかっていない。
これまでに、東京電力によって遠隔操作ロボットや棒カメラ、さらに素粒子のミューオンなども使って、何度も調査が行なわれている(2号機原子炉格納容器内部調査参照)が、難航している。
水中ロボットなどの開発も行なわれているが、本命はデブリの取り出しにある。いかに安全にデブリを取り出していくかだ。
格納容器は事故時に損傷しており、どこがどのように損傷しているのか、どこから漏水しているのか把握できていない。
燃料デブリの取り出しにおいては、高い放射線を遮るために、水を満たして作業する「冠水工法」が検討されている。そのためには、まず事故時に破損した原子炉格納容器の破損箇所を特定・補修して、水漏れを止めなければならない。
完全には水漏れを止めることができなくても、ある程度まで漏水を止めることができれば、水をかけ流しながら、半気中での取り出しが可能になれば、安全性は高めることができる。いずれにしても、格納容器の補修が重要だ。
補修技術を試験するためのサプレッションチャンバー実物大模型
楢葉遠隔技術開発センターにある圧力抑制室(サプレッションチャンバー)の実物大模型「実規模試験施設」は、その補修技術を試験するために作られた施設だ。繰り返しになるが、サプレッションチャンバー(S/C)とは、原子炉格納容器(PCV)の下部にある直径33mのドーナツ型の構造体である。格納容器内の圧力が高まった時に「ベント管」を通じて蒸気を導き、上がりすぎた圧力を下げる役割がある装置だ。
楢葉遠隔技術開発センターにあるのは、福島第一原発2号機の圧力抑制室と、周囲のトーラス室の一部分を再現したものだ。45度分、扇型の「ドーナツ」の一部分を再現したものだと考えるといい。直径33mなので、実際に見ると8分の1でも非常に大きい。
サプレッションチャンバー充填止水試験
破損して水が漏れているのは、格納容器とサプレッションチャンバーを繋ぐベント管、あるいはサプレッションチャンバー本体、あるいは両方だと考えられている。
そこで、内部に水中不分離性コンクリートを打設して、漏洩を止める補修方法が現在検討されている。上からサプレッションチャンバーの上部に穴を開けて、その内部にコンクリートを打つ。重量増加分を支えるために外側も補強して固める。そうして、水漏れを止めてしまおうというわけだ。上から穴を開けるための装置にはウォータージェットを使う。その装置も並行して現在開発中とのことだ。
IRIDでは、ベント管の止水技術も開発している。ベント管を塞ぐことで水漏れが止まるのであれば、それに越したことはない。だが補修は高線量下での作業となる。作業員の危険性を下げるためには、できる限り少ない工数で最大効果を得ることが求められる。
そのため、どうせサプレッションチャンバーを補修する必要があるならば、そこをまず埋める試験をしてみようということで、まずは今回の試験をしようということに至ったようだ。作業回数自体を下げる必要があるのだ。
サプレッションチャンバー内部には「ダウンカマ」や「クエンチャ」と呼ばれるさまざまな配管の端や、ストレーナと呼ばれる金属製の網、構造物がある。実物大試験体内部にもそれらが模擬されている。
コンクリートを打つ上で、それらを全て回り込んできちんと内部を充填できるか、流動性、充填状況、止水性能、材料強度の確認を、実際に実物大の試験装置を使って実際にやってみようというのが今回の試験の主目的だ。
試験ではあるが、入れるのはコンクリートなので、一度打ってしまえばやり直しが効かない。実際に打設した場合、コンクリートは長期間に渡って放射線に晒されることになるので、脆化の検討も必要となる。
なお、止水材として用いられる水中不分離性コンクリートは、明石海峡大橋の橋脚などで実績があるものを改良した材料とのことだ。
実際の作業は、福島第一原発内部での高線量下(3ミリシーベルト/hを想定)での作業となるので、作業員が作業用の放射線防護服や全面マスクをすべて着用した状態で、決められた時間内、限られた作業空間内で、機材を取り回しながら定められた状態に設置できるか、遠隔操作作業が実際に可能かどうかを試験することも含まれている。
実際の作業は、床から20mほど上がったところにある原子炉建屋を模した作業フロアから行なう。ここからホースを使ってコンクリートを充填していく。充填しながら、距離を見ながらホースも引き上げていくことになる。コンクリート自体は建屋外にポンプ車を用意し、そこから打ち込んでいくことなる。
迅速かつ確実な手順で作業ができるかを検証
設置は人力で行なうが、実際の作業は遠隔操作で行なう。遠隔装置は3つのパーツに分かれている。モーターとローラーを使って、ホースを下に送ったり巻き取ったりするためのホース送り機構、長さを調整するためのリール部分であるターンテーブル機構、そしてその間にあって動くホースをサポートするローラーサポート装置だ。
本番では8方向から同時にコンクリートを打設予定
なお、今回の8分の1部分を使った試験では、止水材の打ち込みは1本のホースだけからだったが、実際の作業はそれぞれの場所で装置を組み立てて、8本のホースを使って8方向から同時に打設する。
線量についても3ミリシーベルト/hを想定しているが、これはそれぞれの作業場で実測した値ではない。もしもっと高線量ならば、より短時間で作業を完了する必要がある。なお、遠隔操作は重要免震棟の中を想定しており、打ち込み時には現場は無人となる。
今回、試験設備を見せてもらって強く感じたことは、もっとも効果的な工法を選ぶことが求められているということだ。完璧に水漏れを止めることができても、それが多くの作業員を危険に曝してしまうようなものでは意味がない。現実的で効果的な工法である必要があるのだ。
サプレッションチャンバーの水漏れをある程度塞ぐことができれば、格納容器を水である程度満たした状態での作業が可能になる。燃料デブリ取り出し作業自体は、2021年から始まる予定だ。