森山和道の「ヒトと機械の境界面」

視覚と触覚をハックして無限に歩ける空間を作るVR「無限回廊」体験会が開催

無限回廊 Unlimited Corridor

 2016年6月27日、東京大学・本郷キャンパスにて、無限に歩けるバーチャル・リアリティ(VR)「無限回廊 Unlimited Corridor」の体験会が行なわれた。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を着用して円周の壁に手を添えて歩き続けることで、あたかも真っ直ぐに歩き続けるように感じることができる。

 東京大学の廣瀬・谷川・鳴海研究室と、Unity Technologies Japan合同会社の共同研究成果である「Unlimited Corridor」は、主観的には「無限に歩ける迷路」を作ることができるVRシステム。ハードウェアとしては、6x6m四方の空間の中に半円形状の壁を2つ配置し、間に通路を作ったもの。

 体験者は、「Oculus Rift DK2」と、その処理のためのゲーミングノートPC(GALLERIA)を背中に背負って体験する。Oculus Riftには、手の動きを検出するためのモーションコントローラの「Leap Motion」と、頭部の動きを取るための赤外線反射マーカーが付けられている。周辺にはモーショントラック用に16個の赤外線センサーが配置されている。

無限回廊 Unlimited Corridor
真ん中には通路もあり、仮想空間での三叉路として使われる
モーショントラック用マーカー付きのOculus Riftを着用して体験する

 HMDに表示される画面を見ながら壁沿いに手を付けながら歩くと、曲がっている壁があたかも真っ直ぐ伸びているかのように錯覚し、狭い空間の中をぐるぐる回っているだけなのに、大きな空間内の通路を歩き回っているかのような体験を生み出すことができる。視覚と触覚で被験者の方向感覚を操作する「視触覚リダイレクション」と呼ばれる効果を利用している。

 何を言ってるか分からないかもしれないので、もう一度説明する。客観的には曲がっている壁沿いをぐるぐると歩いているだけにも関わらず、主観的には真っ直ぐ歩いているように感じてしまうのである。そういう体験だ。

壁に手をつけながら歩いて体験する。
赤が実際の歩行の軌跡。青が仮想空間上の歩行の軌跡。

実空間での歩行と、仮想空間での主観的な歩行体験

Oculus Riftで提示される仮想空間での視点

 実際に体験してみた様子を、まずは動画でご紹介する。客観的に、外から体験している様子をご覧いただきたい。筆者はスタスタと歩いてしまっているが、これはちょっと早く歩きすぎ。あくまで錯覚を利用した体験なので、本当はもっとゆっくり歩いたほうが錯覚の効果が大きくなり、より真っ直ぐ歩いている感覚に近くなる。

無限回廊 Unlimited Corridor 体験会の様子

 次に、主観的に見ていた映像の一部をご紹介する。今回のコンテンツは、ビルの外にあるような高所に作られた足場を恐る恐る歩くというものだった。まず最初にエレベーターで高所に上がっていくという映像が提示され、そのエレベーターのドアが開くと、目の前に高所の上に作られた足場が広がっている、という体験だった。

 体験者が歩いて行くと、床が抜けたり、壁が倒れてきたりといったイベントも起こる。高所が苦手な人や、VR体験に馴れてない人だと、それだけで足が竦んでしまうかもしれないくらいの臨場感はあった。なぜこのようなコンテンツになっているかというと、前述のように、ゆっくり歩いたほうが錯覚の効果が大きくなるからだ。

 体験者はマーカーの示すゴールへ向かって歩いて行く。歩行者の多くは、自然と壁際に寄っていってしまう。これには、もともと円周上をゆっくり回転しながら歩いていることによる効果と、怖い高所を歩くというコンテンツの効果の両方が相まっていて、両者の効果の分離は難しい。なんにしても歩行中に両側に壁がある場所では、どんな体験者でも安心して歩行速度が早くなるという。

無限回廊 Unlimited Corridor 主観映像

 最後に、実際の歩行の経路と、VR空間の経路の軌跡を示す。動画の下の方でぐるぐると回っているのが実際の歩行の軌跡だ。あくまで錯覚なので、少し曲がっていることは注意すれば感じるし、そもそも頭の中では曲がっている円周上を歩いていることは分かっているのだが、ここまで曲がっているようには全く感じられない。

空間知覚をハックするUnlimited Corridor

Unlimited Corridor

 Unlimited Corridorは、2001年頃から研究されるようになった、HMD着用時に仮想空間を少しずつ回転させることで体験者の歩行方向を誤認させる「Redirected Walking」という技術を応用したものだ。VR空間は無限に広げることができると思われているが、ユーザーが実際に歩けるのは部屋の広さに限定されている。いかにHMDでリアルなCGを見せることができるようになっても、ユーザーの位置や動きをトラッキングする必要があり、その設備を置ける広さには限界があるからだ。

無限に広がるVR空間に対して、ユーザーが歩けるのは実空間の大きさに制限される

 だが、インターフェースに縛られず、自分の足でどこまでも探索したい。そのための手法の1つとしては、ユーザーの空間知覚を歪めて、狭い空間を歩き回っているにも関わらず、あたかも広い空間を歩き回っているかのように見せれば良い。

 Redirected Walkingはそのための方法の1つで、視覚情報を使って真っ直ぐ歩いていると感じさせつつ、実は曲がって歩かせる手法。現実世界では巨大な円周上を歩いているのに、主観的には真っ直ぐに仮想空間内を歩行し続けているように感じさせることができる。

人の知覚を操作する「Redirected Walking」
曲がり具合の知覚を操作してしまうことで空間の大きさの知覚も操作できる

 この手法を使うと、例えば、無限に広い空間やダンジョンのようなものをVR上に作って体験することも可能だ。人が知覚上、変化に気づかない「チェンジブラインドネス」を利用すれば、空間配置さえ変化させてしまうことができる。

 ただし回転操作には、頻繁に回転させてしまうと酔ってしまって、快適な体験ができないという欠点がある。また、単なる視覚だけの提示では、最低で直径44m以上の円弧が必要で、トラッキングするためには概ね50m四方の場所が必要だった。

回転操作、曲率操作には制約がある

 だが空間知覚は視覚だけではなく、聴覚や前庭覚、体性感覚、嗅覚、触覚など、全ての感覚を統合して生み出される。今回、視覚操作にさらに触覚を加える事によって、空間知覚をより強く操作できることが分かった。そこで、直径5~6m四方の空間があれば、壁を触ることで、主観的には無限に真っ直ぐ歩けることを実験で確認した。

 このベースには、先行研究として、バーチャルなオブジェクトに触っている感覚を与えるために、視覚提示を触覚提示に合わせて変化させるという研究があった。人間は視覚提示を変えることで、実際に触っている物体の大きさ知覚やかたち知覚が変わってしまったり、線分の傾きの変化などに気付かなくなる。同研究室ではこの技術を使って、東京国立博物館でバーチャルな文化財に触れるといった展示を行なったこともある。

視覚と触覚を操作して空間知覚を操作する
さまざまな曲率での効果を検証
開発者のUnity Technologies Japan 合同会社 簗瀬洋平氏
同じく開発者の東京大学大学院 情報理工学系研究科 講師 鳴海拓志氏
記者たちの質問に答える簗瀬氏と鳴海氏

 無限に歩ける迷路のようなものが作れる「Unlimited Corridor」。たとえば「VRお化け屋敷」のようなものに使えるだろうことは容易に想像がつく。体験の途中にイベントがあるのも、複数人での利用を最初から想定しているからだ。イベントによって、ユーザーの進行方向や停止時間などをコントロールしようというわけだ。

 なお、今回は真っ直ぐ進んで直角に曲がるという体験だったが、実際にはグネグネした道を歩かせることもできる。むしろそちらのほうが簡単だそうだ。今後の展開としては、研究方向、あるいはエンターテイメント方向のどちらもあり得るが、ウェアラブル化や手すり利用による簡易化や、既存の円柱状構造を使った体験などを行なっていくという。

 文章では中々伝わりにくい体験なので、もどかしい気持ちになってしまった読者の方には申し訳ない。自分自身の主観としては、回転の感覚自体はかなり騙されていて、ほぼ真っ直ぐに近い場所を歩いているようだったが、体が少し傾いている感覚は残っていた。それがどの程度、コンテンツ依存なのか、一般的な効果なのかはよく分からない。

 何にしても、体験した人同士で語り合いたくなる体験であることは確かで、体験した他媒体の記者たち同士で、さまざまな話をした。これまでにない面白いコンテンツであることは間違いない。

Unlimited Corridor