森山和道の「ヒトと機械の境界面」
NECプラットフォームズ、ロボット型UI「PaPeRo i」を7月から提供開始
~個人も含めたロボットアプリ開発で新展開を目指す
2016年6月24日 06:00
今、世間では2005年の愛知万博以来のロボットブームが再来していると言われている。2014年に発表されたソフトバンク「Pepper」や2016年シャープ「RoBoHoN」のような大企業による取り組みのほか、クラウドファンディングなどと相まった世界的なハードウェアスタートアップ立ち上げブームにも後押しされて、数多くのコミュニケーションロボットが市場に投入されようとしている。
NECが1997年から開発を続けてきている「PaPeRo(パペロ)」というロボットがあることをご存知だろうか。音声認識/合成、画像認識、タッチセンサなどを一通り持ったロボットで、コミュニケーションロボットの中ではもう老舗と言ってもいい。1999年にプロトタイプ「R100」が発表された後、2001年にパートナーロボット「PaPeRo」という名前になった。
人とのインタラクションを重視したデザイン/外観を持った「PaPeRo」は、愛知万博にも「チャイルドケアロボット」として出展されたり、イベントや施設への貸し出しなどを通じて、以前は比較的見かける機会の多いロボットだった。アプリケーション開発環境として「RoboStudio」という専用のソフトウェアも用意されていた。
だがその後、家庭環境でのモニター評価やレンタルなどさまざまな実証実験を通じて事業展開を模索しながらも、徐々に「知る人ぞ知る」ようなロボットになっていく。2013年には自律移動機能などを取っ払って卓上サイズにした「PaPeRo mini」を使ったクラウド型ロボットプラットフォームとして記者会見が行なわれ、ある程度使われたが、翌年には終了してしまった。
その「PaPeRo」だが、実はまだ開発が完全に終了したわけではない。NECによる従来のロボット研究の直系ではないとのことだが、NECプラットフォームズ株式会社から、まったく新たな形での事業展開が始まるという。NECプラットフォームズ IoTビジネス本部の 本間祐司氏、村田秀樹氏、先行パートナーであるソフィアプランニング株式会社 代表取締役の岡部忠明氏らに見せてもらった。
ロボット型ユーザーインターフェイス「PaPeRo i」
「PaPeRo i(パペロアイ)」はロボットをユーザーインターフェイスとしてほかのプロダクトに持ち込むというアプローチだ。NECプラットフォームズでは2014年から、いわゆるIoTソリューション対応製品として、さまざまなセンサーの接続ができる「サービスゲートウェイプラットフォーム」をビジネス展開している。これはLinuxベースのSDKを使ってプログラマブルなサービスゲートウェイ(エッジルーター)で、管理用アプリケーションを組み込むことでセンサーからの情報集約装置として使える。同社では、農林水産業の「見える化」による現場管理、流通業の温度管理などのほか、カメラを使った簡易警備、介護見守りビジネスなどでの活用を提案している。
「PaPeRo i」は、この高速ルータにぶら下がるハードウェア機器の1つである。単純なカメラではなく、ユーザーインターフェイスとなるロボットを使えば、人に対してより親和性が高く受け入れられやすいだけでなく、他の活用法も生まれやすいのではないかという考え方だ。「i」はインターフェイスを意味する。
移動機能はない。簡単な音声認識や顔画像認識はできるが、2自由度の首が動くだけだ。座布団の上に座ったデザインになっているが、本体はこの座布団型のエッジルーターである。これまでのPaPeRoと違って、ネットワーク機能を持つこの座布団に基本機能は全部入っている。腹部は空っぽだ。
空っぽの腹の中には必要に応じて好きなハードウェアが追加できる。Arduinoや、Linuxが走るRaspberry Piのようなボードコンピュータを追加して改造し、PaPeRo i本体の機能を向上させることもできる。そうすればほかのRaspberry Piを使ったロボットやそのほかのアプリケーション同様の処理を「PaPeRo i」で行なわせることもできるし、公開されている音声認識そのほかのさまざまなAPIやライブラリを活用してサービスを組むこともできる。
従来のPaPeRoとは違って、NEC独自の技術やクラウドサービスには縛られず、なんでも使える。ただし一方で、そのサポートも基本的にはないし、最初からできることもほとんどない。導入する側が既存資源などを利用しながら開発しなければならない。
価格は検討中だが、Pepperのようなロボットの10分の1程度の価格になるという。レンタル形式のため、保険などに入る必要もなく、月額通信料なども発生しないという。レンタルは2016年7月から開始予定で、月産150台。小規模ではあるが、「PaPeRo」関連の生産ラインが作られたのは初めてのことだ。
NECプラットフォームズ 本間祐司氏はPaPeRo iについて「ロボットを使ったサービスを提供したいと考えているが、自前で作るにはハードルが高い人たちにロボットインターフェイスを提供する」ものだと語る。現在、事業パートナーを募集中だ。今は20社が参画しており、ソフィアプランニング株式会社は先行パートナーの1つである。
ラズパイコミュニティからのアイデアを期待
「PaPeRo i」は基本的に、NECプラットフォームズのシステムをこれまでに導入している既存顧客を対象にしたBtoBビジネスである。企業会員からなる「コラボマーケットプレイス」という場を作って展開する予定だ。アプリケーションを開発する企業や、ロボットを使った事業展開を考える企業などがここに加わる予定で、「コラボ」しながら発展していくことも目指す。
既存顧客向けではあるが、ただし、ロボットアプリケーション開発については従来のような企業間アライアンスだけではなく、小規模ベンチャーや個人による参入にも大いに期待していると本間氏は語る。Raspberry Piなどを内蔵できるとアピールしているのも、面白い電子工作や、ちょっとした管理系アプリケーション開発などに長けている、いわゆるラズパイコミュニティの人達の参入、活用アイデアを期待しているからだ。
こちらは、実質的にソフィアプランニングが窓口となる。実機も個人向けに貸出できるようにも準備中とのことなので、PaPeRo iを使った開発に興味がある人はソフィアプランニングにアクセスして欲しい。できればPaPeRo iを使ったハッカソンなども行ないたいと考えているそうだ(http://www.smilerobo.com)。
なおソフィアプランニングでは、Pythonでアプリケーション開発ができるシミュレータを独自に作って、「非公式」と断った上でWebで公開している。シミュレータ上で、何を発話してどううなづくかといったことをGUIで操作入力すると、Pythonのコードが生成されるので、それをコピペして実行すればいいといったものだ。実機もそのまま動かせる。一部のパートナー企業は、これを使った開発を行なっているという。誰でも使えるようなので、検討する場合はシミュレータを触ってみると良い。
介護用や卓上センサーとしての利活用も
デモを見せてもらった。顔認識をして首を振ったり、音声認識をして挨拶を返すといったものだ。ロボットといってもそのままだと最低限の機能しかない。PaPeRoのデザインは洗練されているため、それなりに「見られている感」はあるが、今の所、これといった特徴はない。
今後、どんな展開があり得るのだろうか? 本間氏は、ルーターだと「ただの箱」であり、その「ただの箱では集められないような情報を集める」ためには実体を持ったロボットをユーザーインターフェイスとするのが有用ではないかと考えているという。具体的には見守りやセキュリティサービス事業者を想定しているそうだ。監視カメラの代わりというわけだ。ちなみに、白色の単色展開なのも、病院や介護施設で使われることを想定しているためである。
一方、ソフィアプランニングの岡部氏は、「PaPeRo i」がほかのコミュニケーションロボットに比べて相対的に小さいことから、店舗のレジ横などさまざまな場所におけるメリットを活かして、ちょっと使ってみるといった用途へと展開したいという。例えばPaPeRo iと連携したPOSレジがあったとして、スマートフォンに表示したQRコードやBluetooth LEを活用して来店ポイントを貯めるとか、ちょっとしたミニゲームや占いみたいなものをやらせることで来店頻度を高めるといったアプリケーションだ。
ソフトバンク「Pepper」のような大型のロボットではないため、遠目では目立たないし、そこに行って使おうという感じにはならない。そのため、受付カウンターや卓上など、ちょっとしたところで使われる、使いやすいアプリケーションを大規模に展開するのがいいのではないかという。
PaPeRo i自体もセンサーの塊である。例えば人感センサーやカメラ、スピーカーを使えば、受付で人を検知すると、挨拶すると同時に連動するタブレット上に担当部署一覧を出して選んでもらうといったアプリケーションはソフィアプランニングで既に作成してテスト導入しているそうだ。「シンプルな機能を有効活用する」ことを目指している。まだまだ触りはじめたところで、ロボットならではのアプリとなると、これからのようだ。
ちなみに、座布団の中にも3軸加速度センサーが内蔵されている。人が近くを歩くと、その振動を拾うことができる。複数のPaPeRo iによるかけあいもできる。小型で丸っこいデザインなので、多くの人がつい触ってなでまわしたくなる形状をしていることも特長だ。個人的には、この辺りの「さわられやすさ」を利用したインタラクションデザインがいいのではないかと思う。ただし頭部にはキャンセルボタンがあるので、そこは要注意だ。
NECプラットフォームズの狙いとは異なるのかもしれないが、既存のロボットコミュニティを呼び込みたいのであれば、今ならロボット開発用のミドルウェアである「ROS」を使ったアプリケーション開発例などもないか示していく必要があるだろう。Raspberry PiにROSをインストールして何かやってみた、といった試みはネット上でもしばしば見かける。
素の状態の「PaPeRo i」に魂を吹き込むことはできるか
ハードウェアもアプリケーションも中身が空っぽになった「PaPeRo i」は、言ってみれば、ほとんど素の状態だ。どんな開発をしても自由、オープンです、と言えば聞こえはいいが、要は、この外見のロボットを使って何かしたい人がいたら使ってください、といったところだろう。ノーガード戦法に打って出たようなものである。
NEC本体によるコミュニケーションロボットに関する知見も、まだ十分に移転できていないようだ。これがもったいないと感じてしまう。何よりも、他社がどんなに頑張っても入手できない膨大なノウハウを、これまで20年以上にわたって開発してきたグループは持っているはずだ。それを社会に向けて発信して欲しい。世に出さないと、ないのと同じになってしまう。それを残念に思っている人たちは内外問わず、少なくないはずなのだから。NECだけの話ではなく。