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Atomが売れるとクアッドコアが増える仕組み



●製品ミックスを調整してクアッドコアとAtomでバランスを取る

 チャネル市場でDIYユーザーが目にするIntel CPUは、すでにクアッドコアがかなりの割合を占めている。しかし、ワールドワイドでOEM市場も含めたCPU数では、実はまだクアッドコアは大した割合を占めているわけではない。Intelは、2011年頃までクアッドコアをパフォーマンスCPUとメインストリームCPUの上位にとどめて、ボリュームはデュアルコアのまま進展させると見られる。少なくとも、急激にクアッドコアが増える気配はない。

 例えば、下の図はIntelが顧客に示しているデスクトップCPUのボックス品の製品出荷比率だ。元のチャートがラフだったので、厳密な図ではないが、大まかな製品の傾向はわかる。

デスクトップCPUの生産比率(CPUコア数ベース)

 面白いのは、来年(2010年)第1四半期は、Nehalem系のデュアルコアClarkdale(クラークデール)が登場するためか、一時的にデュアルコアが増加することだ。しかし、それ以前の段階でも、クアッドコアは1/5程度に過ぎない。デスクトップのボックスCPUだけを見ても、クアッドコアはまだまだ主流には遠く、Nehalem世代でも急激には増えない。

●CPU価格は下がっても利幅は下げないIntelの戦略

 CPUコア数別の割合を、IntelのPC向けCPU製品全体で見ると、下のスライドのようになる。今度はボックスだけでなく、OEM向けCPUも含む。Atomも含んでいるが、Atomのデュアルとシングルの区分けはされていない。

コア数ベースの出荷比率

 一見してわかるとおり、デスクトップのボックスCPUと比べると、クアッドコアの比率はずっと低い。一定のペースで伸びてはいるものの、2008年第4四半期でさえ5%を下回り、2009年第4四半期でも10%はほど遠いように見える。チャネルのデスクトップ市場と比べると、ノートPCも含めた全体でのクアッドコア比率はかなり低い。

 興味深いことは、この製品ミックスは、Intelがかなり苦労して調整した結果であることだ。IntelのStacy Smith(ステイシー・スミス)氏(Vice President, Chief Financial Officer, Intel)は「Investor Meeting 2009」で、製品ミックスの調整がもっとも難しく、その調整で効率的なコストモデルが保たれると説明していた。エンドユーザーからは、製品ミックスの調整の結果である、各CPUのSKU(Stock Keeping Unit=アイテム)とその価格設定しか見えない。だが、その背後でIntelは、微妙な調整によって、利幅のバランスを保っている。

 ここで非常に面白いのは、Atomが売れれば、クアッドコアが増えるという構造だ。上のチャートでもわかる通り、Atomの増加とクアッドコアの増加は、軌を一にしている。Intelはここでバランスを取っており、Atomとクアッドコアの数には密接な関係がある。

デスクトップCPUの価格階層

●一定割合まではAtomが増えるとクアッドコアを増やせる

 仕組みは至極簡単だ。コストが高いクアッドコアCPUを低い販売価格帯のSKUにも持ってくると、CPU全体の平均販売価格(ASP)に対してCPU全体の平均コストが上がってしまう。ところが、ASPも低いがコストも低いAtom系の比率を増やして、ASPの割にコストが比較的高いCeleron系と置き換えると、Intel CPU全体でのASPに対する平均コストが下がる。

 そのため、クアッドコアを増やしても、Atomを増やせば、ASPに対する平均コストが上がらず、Intelの利幅が維持される。また、PC向けCPUは、全体にASPが緩やかに下がっているが、Intelは低コストな製品の比率を高めることで、利幅を守ろうとしている。

 下のスライドは、この構造を明瞭に示している。グリーンで示されたCPUのASPは、2003年頃と比べると明瞭に下がっている。しかし、イエローで示されたCPUコストも同じようなペースで下がっている。

平均売価や製造コストの関係

 「過去の平均販売価格(ASP)とコストを見ると、ASPも上下しながら下がっているが、コストも下がっている。2年毎に、新プロセス技術が立ち上がると、最初はコストが上がる。しかし、ムーアの法則のために、長期的にはコストが下がる」(Smith氏)。

 そのために、オレンジで示されたIntel CPUの製品マージンはほとんど変わらない一定のラインを保っている。つまり、Intelにとっては、CPUが安くなっても利益構造が変わらない。

 「ASPからコストを差し引いた製品マージンの比率は、ほぼコンスタントに保たれている。2008年のところを見ると中盤にAtomが登場して、またASPが下がり始める。しかし、コストも下がり始めるので、製品マージンはほぼ一定になる」(Smith氏)。

 結果として、下のスライドのように製品マージン比率は、過去10年を見ても、ある程度の変動の枠内に収まり、下がっても再び上がるという動きを繰り返している。

粗利益の変化

 「過去10年間、CPU価格は変動してもグロスマージン(粗利益)はほぼ50~60%で一定を保ってきた。マジックナンバーである60%は、ドットコムバブル崩壊や世界不況などで割り込んだが、戻してきた」(Smith氏)。

 こうして見ると、IntelのAtomは必然的に登場したCPUであることがわかる。CPU価格の下降に合わせて、コストを下げて利幅を維持できるCPUが必要になったわけだ。

●CPU価格とコストでバランスを取るIntel

 構造として、Intelは企業としての生命線である利幅を守るために、CPU価格とコストのバランスを取っている。そして、バランスは、製品ミックスを操作することで取られている。製品ミックスの操作は、実際には製品SKUと価格の設定に依っている。だから、コストの高いクアッドコアを不用意に低価格SKUにすることはできないが、全体でのマージンに余裕ができればクアッドコアを推進しやすくなる。

 以前にも示したが、下のチャートは、今年(2009年)第4四半期のPC向けCPUとチップセットのコスト比較だ。左がクアッドコアCPU、中央がデュアルコアCPU、右がAtomだ。グリーンがCPU、オレンジがチップセットのコストを示している。PC向けのクアッドコアCPUとチップセットに対して、デュアルコアCPU+チップセットは約50%のコスト、Atom+チップセットは約25%のコストとなっている。CPU単体で見ると、クアッドコアに対してデュアルコアは約40%のコスト、Atomは13%程度のコストとなっている。

コストの比較

 コストがこれだけ違うのは、各CPUのダイサイズが大きく異なるからだ。ダイの面積が小さければ、ダイの製造コストがぐっと下がる。パッケージとテストのコストが加わるが、それでもダイ面積がコストの決定的な要因であることに変わりはない。

CPUのダイサイズ

 この数値は、昨年(2008年)の「Investor Meeting 2008」の時のものと少し異なっている。1年前の予測では、2009年第4四半期にはクアッドコアに対してデュアルコアCPUが45%以上のコスト、Atomが10%以下のコストとなっていた。予測よりデュアルコアのコスト比率が下がったのは、45nm版のNehalem系デュアルコアがキャンセルになった影響だと推測される。Atomのコストが予測より高い(あるいはクアッドコアのコストが予測より低い)理由はわからない。

マルチコア製品のコスト

 マージンで見ると下のスライドのようになる。IntelのAtom以外のデスクトップとノートPCでのCPUとチップセットの平均マージンは60%を超えている。しかし、実際には下位のCeleronあたりになるとマージンはこれより低くなるという。それに対して、AtomベースのネットブックでのIntelのマージンは50%を充分に超えている。

製品のマージン

●チップセットが先端プロセスへ移ることでもコストを削減

 コストをもう少し詳しく見ると、Intel CPUの平均コストは昨年後半にどんどん下がっていたことがわかる。「クアッドコアが下がり、デュアルコアが下がり、CPUとチップセット合計の平均のコストは、うまく下がった。来年の最初にコストが少し上がるのは、32nmに移るからだ」(Smith氏)という。

プラットフォームの平均コスト

 また、コスト構造は、CPUにシステム機能が統合されて行くに従って変わりつつある。コストをCPUとチップセットに分解したのが下のスライドだ。Nehalem系では、チップセットのノースブリッジ(GMCH/MCH)の機能がCPUに統合されている。その分、CPUのコストが高く、チップセットのコストが低くなる。

 下のチャートを見ると、Nehalem系が浸透して行くにつれて、グリーンで示されたCPUのコスト比率が上がり、オレンジで示されたチップセットのコスト比率が下がって行くことがわかる。CPUコストは上がるが、プラットフォーム全体でのコストは横ばいか下がって行く予測となっている。CPUコストが上がるということは、CPUのダイ(半導体本体)が大きくなって行くことを意味している。将来のメインストリームCPUのダイは、今より数十%ほど大きくなるだろう。

チップセットとCPUのコスト割合

 グリーンのCPUは先端プロセス技術、オレンジのチップセットは1世代古いプロセス技術で作られてる。そのため、このパーティショニングの変化は、IntelのFabで、旧世代のプロセス技術のキャパシティ需要が減り、先端プロセスのキャパシティ需要が増えることを意味している。そして、チップセットのノースブリッジ(GMCH/MCH)の分のトランジスタは、先端プロセスに移ることで、ダイエリアが減ってコストが減る。そのため、トータルでのコストが長期的に下がって行くという。

デスクトップCPUのロードマップ