元麻布春男の週刊PCホットライン

IDFの基調講演に思う日本コンテンツのガラパゴス化



基調講演を行なうポール・オッテリーニCEO

 9月13日から3日間、米国サンフランシスコで2010年秋のIDF(Intel Developer Forum)が開催となった。従来は火曜日が初日の期間設定だったが、今回は月曜日が初日となり、少し時間の感覚が狂ったような気もする。初日の冒頭に基調講演を行なったのは、昨年(2009年)同様、ポール・オッテリーニCEOである。

 オッテリーニCEOの基調講演は、Intelの製品よりも、それを生み出すIntel自身にフォーカスしたものであった。パーソナルコンピュータが生まれて約30年、最初の20年をIntelはパーソナルコンピュータ向けの半導体(オッテリーニCEOの言葉を借りれば最も素晴らしい半導体)を提供する会社として成長してきた。PCやサーバー向けにチップを提供するというIntelのビジネスは今も変わらないが、現在のIntelのビジョンは、連続性を持ったパーソナルコンピューティング体験をIntelアーキテクチャにより提供する、ということ。これは機器を越えた一貫性と機器間の相互運用性を提供することにほかならない。これが実現してこそ、ユーザーは利用する機器が変わっても、あるいは利用するサービスやアプリケーションがローカルであるかクラウドベースであるかを意識せず、シームレスなコンピューティング体験を得られる。


PC向けプロセッサベンダーだった2000年までのIntel

 そして、このためには単にチップを提供するだけでなく、複数のチップを連携させたプラットフォーム、その上で動作するソフトウェア、さらにその上で利用可能なサービスを統合したソリューションが必要になる。現在Intelは、半導体会社からソリューションプロバイダへと変貌しようとしており、その実現のために、Wind River(組込みOSベンダ)、McAfee(セキュリティソフトベンダ)、さらにはTIのケーブルモデム事業や、Infineonのベースバンドチップ事業の買収等を行なっている。つまり、スマートフォンや組込み機器向けのアプリケーションプロセッサとして、半導体チップのAtomを売るのではなく、ベースバンドチップやケーブルモデムも含めたプラットフォーム化を行ない、その上で動作するソフトウェア(Wind Riverのほか、MeeGoにもIntelは大きな投資を行なっている)、さらにはセキュリティまで提供する、としているわけだ。

 過去において、Intelが最も成功した事業と言えば、言うまでもなくPC向けのプロセッサであり、その周辺チップである。PCの世界では水平分業が確立しており、Intelがソフトウェアやサービスについて、表舞台で派手な活躍をすることはなかった。今回のでIntelは、水平分業モデルから一歩踏み出した、と受け止めることも可能だろう。

 それを可能にした、あるいはIntelにソリューションプロバイダへの変容を要求しているのが、「スマートデバイス」の勃興だ。スマートデバイスというのは、「ローカルに一定の処理能力を持ち、さまざまな用途に利用できるデバイスの総称(オッテリーニCEO)」。現在インターネット接続されている機器は約50億台で、そのうち28億台がスマートデバイスだという。この数字の半分(14億台)をPCが占める。

 PCの成長は今後も新興国の1台目需要と、先進国におけるPCのパーソナル化によって維持される。PCのパーソナル化とは、PCが1家に1台から1人に1台になりつつあることを示しており、PCの主流がデスクトップPCからノートPCへ移行していること、2台目需要を狙ったネットブックのヒットがこの動きを裏付けている。

勃興するスマートデバイス

 だが、このPC以上に急速な成長が見込めるのが、PC以外のスマートデバイス、iPadのようなタブレットデバイス、スマートフォン、スマートTV、車載用インフォテインメント、デジタルサイネージ、家庭向け電力管理装置、といった機器類だ。将来的に市場の半分以上を占めるであろうこの分野で成功することが、Intelにとって、さらには会場に来ている開発者にとって極めて重要であるということになる。Intelがこの分野に向けたソリューションプロバイダの中核となり、サードパーティのソリューションと組み合わせたものを、現在のPC OEMが製品化して売り出す、というモデルをIntelは提唱しているのだと思う。

 もちろん、ソリューションプロバイダになるといっても、口先だけでなれるものではない。ソリューションプロバイダになるための実績として、上述した多くの戦略的M&A、そして半導体製造会社としての数多くの実績(32nmプロセスやHigh-K/Metal Gateの他社に先駆けての実用化)、そしてPCのプラットフォームベンダとして培った経験をオッテリーニCEOは強調した。そして10年後、2020年のコンピューティングに関するIDCのデータ、50兆GBのデータ、2兆のトランザクション、310億台のInternet接続機器、40億人のインターネット利用者、そして2,500万のアプリケーションという数字を紹介して基調講演を終えた。

ソリューションプロバイダとなったIntel。M&AしたWIND RIVERは欠けていたサービスやソフトウェアを補うもの2020年のコンピューティングビジョン(ソース:IDC)

 オッテリーニCEOの基調講演は、昨年からの連続性もあり、経営トップの基調講演としてふさわしいものだったように思う(ユーザーにとっておもしろいかどうかは別にして)。現状の分析と今後の事業戦略という点に関して妥当であり、納得のいくものだった。

 このスピーチを聞いて気になった、特に日本人として気になったのは、ユーザーによるシームレスなコンピューティング体験、という部分だ。米国で最もシェアの高い(世界規模でも最もシェアの高い)音楽配信サービスは、間違いなくiTunesだが、ユーザーは(Apple製品に限られるという制約はあるにせよ)iTunesで購入した楽曲を、Mac、Windows、iPod、iPhone、iPadなどさまざまな機器で利用できる。世界最大の電子書店であるAmazonのKindleは、購入した書籍を、最大6台までのデバイス、PC/Mac、Kindle端末、iPad/iPhone等で自由に利用できる。つまりユーザーはDRMのかかったファイルを購入しているのではなく、音楽を聴く体験、書籍を読む体験を購入しているのである。だからこそ、これらのサービスではDRMも、シームレスな体験を極力妨げないようにという配慮がなされている。100%ではなかったとしても、DRMでユーザー体験を損なわないようにしようという意志が感じられる。

 ひるがえって、日本のコンテンツ体験が劣っているのは言うまでもないことだ。DRMにしばられたコンテンツはシームレスどころか、機器間の壁を越えることが全くできない。TV放送のDRMにいたっては、コピーの回数を気にしなければならない始末だ。おそらくわが国の電子ブック事業も失敗するだろう。それは、日本のコンテンツビジネスが、まずユーザーに良好な体験、購入してもらえる体験を考える前に、既得権益の保護を考えるからではないのか。これはビジネスのあり方として、本末転倒ではないかと思う。

 オッテリーニCEOの基調講演には、Wi-Fiを用いたディスプレイのワイヤス伝送技術、Intel Wireless Display(WiDi)の話も登場した。すでに米国では1月から限定したベンダのモデルで利用可能となっていたものだが、わが国でとんと話を聞かない理由の1つは、WiDiがDTCP等のコンテンツ保護に対応しておらず、わが国ではTV放送や録画番組の伝送に使えないからだろう。

 おそらくコンテンツビジネスのあり方という点で、わが国は確実にガラパゴス化しつつある。それは利用者として極めて不幸なことだが、さらに不幸なのは、ガラパゴス化した環境で開発された家電製品は、ガラパゴス以外の環境では全く競争力を持ち得ないことだ。日本の家電製品の地位が世界的に低下しているのは、コストや価格の問題だけではないのではないか。円高で製造拠点の海外流出が懸念されている昨今だが、コンテンツビジネスのガラパゴス化が進むのであれば、コンテンツを利用する家電機器については、開発拠点まで海外に移転させざるを得なくなるだろう。というより、開発拠点こそ海外へ移し、海外で開発されたものを日本の特殊な環境に合わせて改修するべきだ。

 家電製品に限らず、アニメやマンガといったコンテンツ自体を輸出したいと政府は考えているようだが、ガラパゴス仕様のままではとても相手にされるとは思えない。まずユーザーが何を望んでいるのかを考えた上で、次にそれと共存可能なビジネスモデルとコンテンツ保護のあり方を探らない限り、日本の将来は暗いのではないか、そんなことまで考えさせられた基調講演だった。