元麻布春男の週刊PCホットライン

AmazonのKindleから考える理想的な電子書籍ビジネス



 1990年代末に登場したデジタルオーディオプレーヤーは、筆者の生活に大きな影響を及ぼした。あまり聴かなくなっていた音楽を、再び聴くようになったのだ。単に音楽を聴くようになっただけでなく、以前はほとんど買うことがなかったシングルCDや、1曲単位の音楽配信にも抵抗がなくなった。CDというメディアの再生にこだわっていたら、逆にシングルCDを買うことはなかっただろう。ほんの数曲ごとに、いちいちメディアを交換するのは面倒であるからだ。

 同じようなことを今、読書でも経験しつつある。あまり買わなくなった書洋書を、また買うようになっている。その原動力となっているのはAmazonのKindle(第3世代機)だ。

 Kindleの何が素晴らしいのか。その魅力の半分は、Kindleというリーダー(端末)のデバイスとしての魅力だ。表示デバイスにE Ink社の電子ペーパーデバイスであるE ink Pearlを使ったKindleは、反射型であるため長時間の読書にも目が疲れない。また、屋外も含めた明るい場所で、とても読みやすい。読み心地は紙に近く、iPadのようなバックライトつき液晶とは見え方が全く異なる。

第3世代Kindle(Wi-Fiモデル)。電源をOFF(スリープ状態)にしても、画面表示は維持される 同じ書籍(The Ones Who Hit the Hardest)をiPad用のKindleソフトウェアとKindleで表示したところ。左はストロボなし、右はストロボあり。強い光を浴びても反射型のKindleのE inkディスプレイは文字がハッキリと読める

 逆に暗いところでは、バックライトのないE inkでは、文字を読むことができないし、表示の切り替えが遅いから動画の再生にも適さない。Kindleはカラー表示もできないから、写真向きとも言えない(電子ペーパーが必ずしもカラーをサポートしないわけではないが、カラーレーザープリンター級の色再現性にとどまるようだ)。しかし、書籍のように明るいところで文字を読む用途にはピッタリである。

iPadの上に載せたKindle。薄いと同時に、樹脂製の筐体は軽量だ

 このデバイスとしての文字の読みやすさに匹敵するメリットが、Kindleが薄型・軽量であることだ。筆者が使っているKindle Wi-Fiモデルは、厚さ8.5mm、重量は240g(カタログ値、筆者の個体の実測値は222g)に過ぎない。重量的にハードカバーの書籍より軽く、ちょっとした新書程度の重量だ。この重量で、3,500冊の書籍(カタログ値)を収納できる(もちろんデータがテキストであるからだが)。これなら普段持ち歩くPCやデジカメの入ったバッグに追加してもほとんど苦にならないし、旅行の際に本を2冊持ち運ぶよりずっと楽だ。

 Kindleが軽量・薄型で済む大きな理由は、表示デバイスであるE inkが、表示状態を維持するのに電力を必要としないからだろう。Kindle Wi-Fiの場合、Wi-FiをONにしたままで3週間、Wi-FiをOFFにすれば1カ月の利用が可能とされている(カタログ値)。これだけ省電力だから、バッテリ容量も小さくて済み、薄型・軽量が実現しているわけだ。

 こうしたデバイスとしての魅力に加えて、Kindleには電子書籍を流通させるシステムとしての魅力がある。Kindleストアで購入した電子書籍は、1つのアカウントであれば、最大で6台のデバイス上で利用することが可能だ。つまり端末としてのKindleに加えて、Windows、Mac、iPad、iPhone/iPod touchなどのデバイス上で利用できるKindleソフトウェアで読むことができる。それだけでなく、利用する端末やデバイスがネットワーク接続されていれば、どこまで読み進んだかという情報も同期される。要するに、外出先でKindleをONにすれば、自宅のWindows上のKindleソフトウェアで読んだ続きのページが表示される。

大半の電子書籍を国外から購入可能なKindleストアだが、Dan Rooney氏(アメリカンフットボールPittsburgh Steelersの現オーナーであり、オバマ政権における駐アイルランド大使)の自伝のようにアジア太平洋地域のユーザーは購入できないものもある。それでもNFL関連書籍は訳書が出版されることはまずないので、Kindleの存在は非常に助かる

 Kindleのシステム面でのもう1つの魅力は、洋書を割安に読めるということだ。Kindleストアでの書籍の販売価格は、基本的に割引きされた現地(米国)価格である。電子書籍だから送料も要らないし、流通量が限られるため必然的に国内価格に上乗せされる割り増し料金(国内で洋書を買う際には避けられない)を支払う必要もない。その代わり端末を購入せねばならないが、現在の価格は円高ということもあって、送料を含めても14,000円程度(Kindle Wi-Fiの場合)。洋書を10冊も購入すれば、すぐに元がとれる。

 最新のKindleはもちろんデバイスとして改良されているが、電子書籍リーダーとして、2004年3月にソニーが発売したLIBRIe(EBR-1000EP)から画期的に進化しているわけではない。内蔵バッテリが充電式になったり、内蔵メモリが10MBから3GBに増えたり、通信機能を備えたりといったことはあっても、6型のSVGA(800×600ドット)E inkディスプレイというスペックは同じだ。軽量で、長時間のバッテリ駆動が可能で、明るいところでも文字が読みやすい、という機器としての利点は完全に一致する。一番違うのは、Kindleには上述したKindleストアがあるという点であり、Kindleの魅力の半分は、Kindleストアを含めた電子書籍流通のシステムにあると思っている。そして、わが国の電子書籍ビジネスにおける最大の問題が、ここにあると考える。

 現在、わが国でも、さまざまなグループが電子書籍ビジネスへの参入を計画し、活動を始めている。そうした活動が、ちっともピンとこないのは、どのグループも消費者にどのような読書体験をさせたいのか、何をいくらで提供するのか、といったことがサッパリ分からないからだ。どんなコンテンツが提供されるのか、検討中です。コンテンツの提供価格はいくらになるのか、検討中です。これでは、消費者に期待せよという方が難しい。

 誤解を恐れずに言えば、わが国の電子書籍ビジネスは、黒船(外資)の来襲を前に、国内の既得権益者をどうやって守るか、その1点に集約されている。肝心な読者は完全に蚊帳の外だ。これで電子書籍ビジネスがうまくいくと思っているのだろうか。外資の侵入を防げても、じり貧状態にある紙の出版の苦境が改善するわけではない。出版業界が苦境を脱するチャンスがあるとすれば、それは電子書籍ビジネスであり、それを伸ばすしかない。が、現在の電子書籍ビジネスの枠組みは、電子書籍を伸ばすより、外資を含む電子書籍による既存の書籍エコシステムへのインパクトを最小限にとどめることにウエイトが置かれているように感じる。その道は、かつて音楽プレーヤーと音楽業界がたどった道と同じだ。

 おそらく出版業界は、音楽と違い、書籍には「日本語」という障壁があり、音楽と同じ道は歩まないと思っているのだろう。実際、今のKindle(基本的に洋書を読むデバイス)が日本向けに販売されることになっても、それほど脅威には思っていないようだ。むしろiTunesを成功させたAppleの動向の方が気になっているように見受けられる。

 しかし、本当の敵はAppleやAmazonといった外資系の電子書籍流通システムではない。出版の敵は、Web、ゲーム、音楽、TV、映画など、すべてのエンターテインメントである。人間が利用可能な時間は1日24時間と決まっており、そこから睡眠や食事、さらには仕事を差し引いた残り時間を、すべてのエンターテインメントで取り合う構図だ。出版物を読むという体験の魅力を向上させ、利便性を改善しない限り、余暇の時間は読書からほかの娯楽体験へと奪われていく。日本の出版業界には、この点に関する危機感が欠けているのではないか。

 出版業界には、電子書籍に対する警戒感が強い。すでに普及した電子辞書の場合、コンテンツホルダーである出版社に入る収入はわずかで、儲からないとも言われる。しかし、その大きな理由は、他人(電機メーカー)が用意した枠組みに乗っかっているだけであるからだ。自らリスクを取って勝負しない限り、利益もやってこない。あるいは、少ない利益でもやっていけるよう、徹底したコスト管理を行なうかのいずれかだ。

 今、わが国の電子書籍のビジネスでは、グループ作り、アライアンス作りが活発に行なわれている。グループやアライアンスと言えば聞こえはいいが、要はリスクの回避である。グループが大きくなればなるほど、アライアンスが広がれば広がるほど、意志決定は遅くなり、1社が受け取る利益は小さくなっていく。確実に儲かるのは仲介に入る代理店だけだ。これはアニメーションの「製作委員会方式」で指摘される問題点とほぼ同じである。

 そうは言っても、出版社に門外漢である電子機器の開発や販売までは、と言われるかもしれない。確かにその通りだが、ではAmazonは電子機器メーカーだろうか。今は多くのEMS企業があり、OEMばかりでなくODM(設計工程までEMS企業が受託する)も可能になっている。当の電子機器メーカーでさえ、こうしたEMS企業を活用する時代だ。別に出版社が工場を建設し、多くの設計者を抱える必要はない。

 もちろん、何が何でもグループ作りやアライアンスが悪であるというつもりはない。が、まず最初にアライアンスありき、グループ化ありきというのでは、ビジネスとして成功するとは思えない。言うまでもなくコンシューマビジネスの基本は、消費者に買いたい製品や体験を提供し、その代価を受け取ることにある。アライアンスを組んだ挙げ句に、加盟社の権益を満たすために、消費者が望まないものを作っても意味がない。移り気な消費者に欲しいと思わせる製品やサービスを提供するには、迅速な意志決定が必要だし、それには明確に責任を負う存在が必要となる。責任とリスクを負うからこそ利益がもたらされるのであり、リスクを分散すれば利益も分散する。リスクを負えないのであれば、低い利益で事業を継続できる体制を作らなければならない。

 こんなことは、筆者が言うまでもない、市場ビジネスの常識だと思うのだが、再販価格維持制度の枠組みの中で生きてきた人たちには、この常識さえ通用しないのだろうか。わが国の電子書籍ビジネスを見ていると、本当にそんなことが心配になる。