山田祥平のRe:config.sys

人はどこでだって本を読む




 シャープが年内に電子書籍事業に参入することを発表し、いよいよこの業界が騒がしくなってきた。果たして紙の雑誌や書籍、新聞は、電子版に取って代わられてしまうことになるんだろうか。個人的には決してそのようなことはないと思っているのだが……。

●デバイスをとっかえひっかえ本を読む

 紙の出版物の電子化は、ずっと以前からやっていた。ただ、ここのところは、あまりにも純電子コンテンツに目を通すのに忙しすぎて、いわゆる、紙の本を読む時間がとれないでいる。話題の新刊くらい読まなくてはと思ってAmazonや書店で本を購入することはするのだが、そのままになっているものも多い。あれだけ熱心に買い続けていた週刊や旬刊のコミック誌も買わなくなって久しい。

 いろいろな電子ブックリーダーを使ってみたが、日本語コンテンツの充実を考慮しなければ、個人的にはAmazonのKindleをいちばん気に入っている。その他のリーダーが、さまざまなプラットフォームで使われることを考慮してはいても、その根底には「人は異なるプラットフォームを併用する」という、きわめて当たり前のことがサポートされていないのに対して、Kindleは、その点をきちんと配慮しているからだ。

 たとえば、Kindleは、Amazonでコンテンツを購入し、それを専用端末や各種のプラットフォーム用に用意された無償のソフトウェアを使って読む。コンテンツを購入すると、最初はそれを購入した端末にデータがダウンロードされ、それを読むことになるのだが、別の端末でも、Amazonにログインすれば、自分が購入済みのコンテンツが記録されていて、それらの中から任意のものをダウンロードすることができる。

 つまり、自分が購入したコンテンツなら、さまざまなデバイスでそれを楽しめるということだ。個人的にKindleが気に入っているのは、あるコンテンツを読むのを中断すると、どこまで読んだのかがチェックされ、それをAmazonがクラウドサービスとして記録してくれるからだ。そして、その記録を各デバイスから参照することで、別のデバイスで同じ本を開くと、直近に開いていた箇所をすぐに表示することができる。

 つまり、混み合った電車の中では立ちながらiPhoneやAndroid端末などのコンパクトなデバイスでコンテンツを読み、自宅に戻ったら、デスクでPCに向かって続きを読み、就寝前はソファでくつろぎながらiPadのようなタブレットでさらに続きを読み、翌日、でかけるときには、また、iPhoneで続きを……と、デバイスをとっかえひっかえしても、同じコンテンツをシームレスに読み進めることができるのだ。

●クラウドと母艦の違い

 考えようによっては、この発想はとてもアナログだ。たとえば、カセットテープというメディアに似ている。リビングルームで途中まで聞いたカセットテープをミニコンポから取り出し、クルマに乗ってカーステレオのデッキにセットすると、さっきまで聞いていた部分から再生が始まる。カセットの場合はA面とB面を間違えない限りという制約もあるが、要するにそういうことだ。

 Kindleは、この感覚をそのままデジタルデータに持ち込み、クラウドの力を借りてその機能を実現している。異なるプラットフォームでコンテンツを共有できる仕組みはいろいろなところにあるが、こうしたアプローチをしているところに、Amazonの凄みを感じる。

 デバイスごとに解像度はまちまちだし、画面のサイズだって異なる。それぞれのデバイスの特性にしたがってコンテンツをリフローできるのが電子書籍の便利なところだ。だから、紙の本のように読んだページ番号を覚えておいても意味がない。単行本と文庫本で同じコンテンツを用意しても、判型が異なるので、ページ番号が意味を持たないのと同じだ。つまり、電子のしおりが必要だ。Kindleの場合は、これをロケーションという概念で実現している。

 iPadなど、Appleのデバイスで楽しめるiBooksも、同様に異なる複数のデバイスで電子コンテンツを楽しめる仕掛けを用意している。もちろんしおりも好きな位置に挟むことができる。デバイス間でしおりを挟んだ位置を同期することもできる。でも、それらのコンテンツを楽しめるのはAppleのデバイスだけだ。そして、今のところ、PCはもちろん、Macでも読めない。しかもブックマークの同期のためには、母艦に相当するiTunesを使う必要があり、そして、そのiTunesを使うには、PCかMacが必要になる。母艦ハードウェアでは、購入したコンテンツを読むことさえできないのにだ。

 人間は怠け者だ。すぐにでも続きを読みたいのに、母艦に接続して同期なんてことはやっていられない。しおりを挟むという能動的な作業はめんどうだ。その必要のないKindleの方がスマートに感じる。

 Amazonが各デバイスはクラウドにつながっていることを前提にしているのに対して、Appleは母艦であるコンピュータにつながっていることを前提にしている。AppleのクラウドサービスであるMobileMeにしても、コンテンツの同期はサポートされていない。購入したコンテンツはユーザーが責任を持って母艦に保管しておく必要がある。

 ただ、ここまでiPhoneやiPodが売れてしまった以上、いつまでも、これらのデバイスを使うには必ず母艦としてのPCやMacが必要とは言い続けることは難しいかもしれない。Appleが次の手として、どんなソリューションを提唱してくるのかが興味深い。

●日本の電子出版はしがらみをつぶしきれるか

 電子書籍の動きは、日本でも、いろいろな形で進行中だ。この春にスタートした日本経済新聞はあまりにもお粗末なビューワーで、がっかりしてしまい、有料サービスに切り替わる前に解約してしまったが、今は少しはましになったんだろうか。

 いずれにしても、電子書籍が市民権を得て、当たり前の存在として普及するためには、さまざまな過去のしがらみを丹念につぶしていかなければならない。新聞社であれば、販売店をどうするかを考えなければならないし、出版社であれば、取り次ぎや書店の存在がある。しがらみをつぶすことが本当にいいことなのかどうかも、まだわからない。

 今週は、Amazonがこの第2四半期において、100冊のハードカバーに対して143冊のKindle版が売れたと発表、特に、直近の1カ月は100ハードカバーに対して、183Kindleが売れたという。この数字はiPadのようなデバイスの登場と無関係ではあるまい。

 AmazonはハードウェアとしてのKindleも販売しているが、他のデバイスへの対応にも熱心だ。Appleもきっとそうあるべきだと考えているとは思うのだが、今ひとつ、本当に母艦としてのコンピュータデバイスを切り離していいのかどうか、クラウドに特化していいのかどうかに臆病になっている印象もある。

 もはや、優れたハードウェアを作るだけではビジネスにはならない。そこに、きちんとしたソリューションとしてのサービスを組み合わせ、コンシューマーが納得できるものにしなければ生き残ることはできないだろう。シャープが、AmazonのKindleのやり方をどう思っているのかは知るよしもないが、いいところも悪いところも含めて手本となる先行者がいるのだから、同じ不便を消費者に強いないようにしてほしいものだ。