元麻布春男の週刊PCホットライン

CES 2010で3D TVの今後を考える



 言うまでもなくCESとはConsumer Electronics Showの略。家庭で使われる電気製品一般を取り扱う、非常に「くくり」の大きな展示会であり、半導体チップからコンシューマー向けPC、あるいはTVセットに代表されるAV機器まで、多彩な製品が展示される(ただし、白物家電を見かける機会はあまり多くない)。広大な展示会場を歩いていると、その時の流行のようなものが、なんとなく見えてくる。それからすると今年の流行、あるいは家電業界が流行させたいと考えているものの1つが3D TVだ。

 MicrosoftやIntelもブースを構えるLVCC(ラスベガスコンベンションセンター)のセンターホールは、Sony、Panasonic、Toshiba、Sharp、Samsung、LGなど主要なAV機器ベンダーが顔を揃える展示会場の中心地だ。彼らの巨大なブースで圧倒的な存在感を示しているのが、3D機能を備えたTVセットである。来場者の多くが足を止め、3Dメガネをかけて、3D効果を試している。

Sonyのプレスカンファレンスを飾ったテイラー・スウィフト。3D効果をより引き立たせるために、金色や銀色の紙吹雪の舞う中で歌った。 3D TVの視聴希望者でごった返すPanasonicブース Toshibaは3D対応のBlu-ray Discプレーヤーを出品
Sharpは3D Blu-rayプレイヤー一体型3D TVセットをデモ Samsungブースの中心は、LEDバックライトの3D TVセット Intelはブースで基調講演でも使われたCore i7ベースの3D動画制作システムを展示

 展示会場以外でも、Intelのポール・オッテリーニCEOの基調講演では3D映像のデモが行なわれたし、ハワード・ストリンガー会長も出席したSonyのプレスカンファレンスでは、米国の人気歌手テイラー・スウィフトの実演をリアルタイムで3Dエンコードするデモが披露された。CESの会場を離れれば、ジェームズ・キャメロン監督の「アバター」が大ヒットとなっている。

 しかし、この3D TV、日本人プレスの間ではあまり評判がよろしくない。どちらかというと否定的な声、あるいは普及して欲しくないという声が多い。現在の3D技術は、左右の目の視差を利用して3D効果を得る。左目に左目用の、右目に右目用の画像を見せるために、シャッター機能を備えた専用のメガネ、3Dメガネをかける必要がある。日本人プレスも、メガネ装着率の高い日本人であり、メガネの上にさらに3Dメガネを重ねることになる。おそらくは、あまり快適な体験でなかろうことは想像がつく。

 だが、どうも現在の3D TVの問題は、メガネの上にメガネを重ねるといった単純な問題ではないらしい。左右の視力に大きな差がある人(周囲にそのような人が結構多いことに驚いた)には、3D効果は得られにくいようだ。また、体質によってはある種の生理的な不快感が強く出るらしい。

 3D TVを見ている時、人間の目の焦点(肉体的な焦点)はTVの画面上(液晶面)にある。それが飛び出して見えるということは、脳の感覚としての焦点はもっと手前にある、ということになる。人によってはこの差がある種の酔いのような現象、著しい不快感を起こすらしい。そうではない人にとっても、3D映像が2Dとも日常生活とも異なる、どこか超感覚的な体験になるのは、この差からくるものでないかという気がしている。いずれにしても生理的な問題は、3D TVにとって本質的な問題の1つであることは間違いない。

 どうしても想像とか、ようだ、らしい、という書き方になるのは、幸いなことに筆者はメガネを必要とせず、立体酔いのような現象もあまり感じない体質であるからだ。さすがに年齢を重ねて、だいぶ視力は落ちたが、それでも日常生活で困ることはほとんどない。比較的3D TVを楽しみやすい体質であり、デモ等では技術の進歩に素直に感心できる。

 そんな筆者でさえ、今の3D TVには疑問を感じる部分が少なくない。まず最初はコンテンツ側の問題だ。映像コンテンツの楽しみ方は、大きく2通りあると思う。1つは体験重視のアプローチ、もう1つは作品重視のアプローチだ。要は、コンテンツを見て、周囲といっしょに盛り上がることを重視するか、1人で作品世界に没入する楽しみ方を重視するか、という違いだ。3D映像は、テーマパーク等のアトラクションとして発展してきたせいか、前者のコンテンツが多いように思うが、いずれのタイプのコンテンツに対しても、3Dメガネというアプローチは成立する。

 しかし、TVとなると3番目の楽しみ方が存在する。それは生活の背景としてのコンテンツだ。家事をしながら、食事をしながらなど、特に凝視するでもなく、ダラダラとTVをつけている、という視聴スタイルに3Dメガネは合わない。3Dメガネをかけたまま食事をしたいと思う人は少数だと思うし、3Dメガネをかけたまま掃除をするというのも考えにくい。つまり3D機能を持つTVセットは、現在と同じ2DのTV機能をすべて備えた上で、特定のコンテンツを見る時だけ専用のメガネをかける、という製品になるものと思われる。

 そうでなければ、それはTVセットというより、ホームシアターデバイスになってしまう。それはそれでアリかもしれないし、映画会社が映像業界の王様として君臨する米国なら有望だろうが、TV局が映像業界の王様として君臨し、住宅事情にも恵まれない日本では、市場規模はかなり小さくなってしまうだろう。

 もう1つの問題は、純粋に技術的な問題だ。現在の視差を利用した3D視聴は、専用のメガネを必要とするという点では共通だが、異なる会社(3D視聴技術を提供する会社)間で互換性はない。言い換えれば、特定のTVセットには特定の3Dメガネが必要になる。筆者はポール・オッテリーニCEOの基調講演で配られた3Dメガネ(RealD対応)を手に、CESの展示会場を回ってみたが、このメガネで3D効果が得られないTVセットも少なくなかった(こんなことができるのはCESならではかもしれない)。

 例えばホームパーティで、みんなで3D映像を楽しもうと思ったら、ホストは参加者の数だけメガネを用意しておかなければならない。みんなが自分のメガネを持参して、というわけにはいかないのだ。3D TVの普及に向けて、サッカーのワールドカップや冬季オリンピックの3D放送を起爆剤にしたい、という思惑が少なくともアメリカの業界にはあるようだが、誰かのウチに集まって応援する(これも体験重視のコンテンツ利用だ)のに、人数分のメガネの用意まで気が回るだろうか。メガネが足りないと、場がしらける可能性だってある。

 3D TVには生理的な問題に加え、コンテンツと利用形態の問題、メガネの互換性にも通じる技術的な問題など、問題が山積みだ。ひょっとすると、3D視聴技術をめぐり、VHS対ベータ、Blu-ray Disc対HD DVDのような、メガネ統一を巡る「戦争」が起こるかもしれない。それでも業界が3D TVを推進しようとするのは、常に差別化を図らなければ価格競争に陥るデジタル家電の宿命なのだろう。すでにHD TVの次が求められているわけだ。

 と同時に、コンテンツ業界も次を求めている。VHSで売ったタイトルをレーザーディスクに、さらにDVDへ、Blu-ray Discへと買い換えてもらわねば、コンテンツ業界は成り立たなくなる。単に解像度を増やすだけでは、ユーザーに買い換えてはもらえない。アップコンバートなら、ユーザーの手元のAV機器でもできるからだ。その点、3Dというのは分かりやすい差別化要因、買い換え要因になり得る。ある意味、「戦争」が起こるのは普及の証であって、普及しない技術には「戦争」さえ起こらない。コンテンツ業界は「戦争」を望むところ、なのかもしれない。

 今のところ地デジへの移行が最大の課題となっている日本では、3Dによる放送というのは全く見えてこない。寝た子を起こすな、と思っている人もいるだろう。が、もしアメリカで成功すれば、それは必ず日本にも波及する。かつてなら、日本が家電分野の変化で先頭に立っていたハズなのにと思うと、悲しい気もするが、これも時代の移り変わりなのだろう。3Dによる放送や3D対応のTVセットを論じる前に、まず3D体験が可能な映画館等を整備し、3D視聴に対し好意的なユーザーを増やすのが今求められていることのように思える。

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