元麻布春男の週刊PCホットライン

Intelのゲルシンガー氏辞任に思うこと



 

パット・ゲルシンガー氏(2009年4月、都内の記者発表会より)
 9月14日、Intelは組織変更と2人の役員の辞任を発表した。辞任したのはデジタル・エンタープライズ事業部の共同事業本部長であったパット・ゲルシンガー上席副社長と、法務担当役員であったブルース・スーエル上席副社長。スーエル氏は、Appleの法務担当の上席副社長に就任した。

 おそらく読者にはあまり馴染みのないスーエル氏に対し、ゲルシンガー元副社長は、IDF等でのスピーチも含め、かなりなじみ深いハズ。日本にもたびたび来日している。また、彼はIntel生え抜きの役員であり、最年少でIntelの副社長に就任する(当時32歳)、Intel初のCTOに就任するなど、輝かしいキャリアの持ち主でもあった。

 その彼が辞任したのだから、これは1つのニュースには違いないが、個人的には大きな驚きというわけではなかった。彼が担当していたデスクトップPC向け製品とサーバー製品は、どちらも状況が芳しいとは言えない。ノートPCに押される形でデスクトップPCのシェアが下がり続けていることは多くの人が知っているだろうし、リーマン・ショック以降、それまで順調だったサーバーの売上げも低迷している。回復には数年を要すると考えられており、急速な成長は望めない。おそらく彼がIntelにとどまる限り、針のむしろに座り続けることになっただろう。

 Intelに限らずアメリカ企業というのは、管理職に対する信賞必罰がハッキリしていて分かりやすい。事業部の成績が悪ければ昇進できないし、最悪の場合はクビになる。ガラス張りの経営というヤツだ。ゲルシンガー元副社長の場合、経済環境という事情もあり、クビになるほどではなかったと思うが、上を目指すと公言できる状況でもなかった。

 現在、IntelのWebサイトにある略歴からは、年齢や家族構成といった個人情報に関する情報がすべて取り除かれているが、筆者の手元の記録ではゲルシンガー元副社長は'61年生まれ。オッテリーニCEOの10歳年下ということになる。そのちょうど中間が'56年生まれのショーン・マローニ主席副社長で、彼が次期CEO候補のトップだと言われている(オッテリーニ氏があとどれくらいCEO職にとどまるかにもよるが)。

 つまりゲルシンガー副社長は、次の次を狙う立場だったわけだが、ここ数年足踏み状態だったように思う。CTOという研究・開発職のトップから、事業部長に戻ったというのは、会社のマネージメント上で上(CEO)を目指すということの意思表明にほかならないが、あまりうまくいっていなかった。

 この数年でゲルシンガー副社長のライバルとして浮上してきたのは、アナンド・チャンドラシーカ上席副社長だ。ゲルシンガー元副社長より2歳年下のチャンドラシーカ上席副社長は、現在成長分野として最も期待されているAtomを担当するウルトラ・モビリティー事業部の事業部長。過去にはマローニ主席副社長と共同でセールス&マーケティング統括本部長を務めていたこともある。オッテリーニCEO同様、博士号ではなく、MBAを持つ役員でもある。今回ゲルシンガー氏がIntelを辞したことで、チャンドラシーカ上席副社長が同世代のトップに立ったことは間違いない。

 これまでの昇進ペースではゲルシンガー元副社長には敵わないとはいえ、ここ数年で執行役副社長から副社長へ、そして上席副社長へと上り詰めてきた。Atomが順調に行けば、主席副社長も視野に入ってくる。マローニ主席副社長より7つ年下というのも、その次を狙うには都合がいい。現在のオッテリーニCEOは、Intelの5代目のCEOだが、初代のロバート・ノイス博士が約7年、ゴードン・ムーア博士が約12年、アンディ・グローブ博士が約11年、グレイグ・バレット博士が約7年、それぞれCEO職に在任している。

 さてIntelを辞したゲルシンガー氏だが、ストレージ専業メーカーであるEMCに転じ、そこで共同COOに就任した。現在のCEOであるジョー・トゥッチ氏は2012年までCEOの座にとどまることを明らかにしており、その次の座を 2003年にHPから移籍してきたハワード・エライアス共同COOと争う形になる。統括は、ゲルシンガー氏が製品、エライアス氏がサービスだ。ちなみに、元々東海岸のマサチューセッツ州ボストン郊外に本社を置くEMCだが、サンタクララのIntel本社の目と鼻の先、Intelの本社所在地と同じMission College Blvd.沿いに、かなり大きな西海岸の拠点の1つを持っている。

 ゲルシンガー氏の辞任で驚くことがあるとすれば、そのタイミングだろう。翌週にはIDFの開催を控えており、もちろん彼も基調講演者に名を連ねていた。IDFを創設したのがゲルシンガー氏であることを考えれば、わざわざIDFを邪魔するためにこのタイミングを選んだとは思いにくい。おそらく、EMC側の事情だったのではないだろうか。

 ゲルシンガー氏が去ったIntelだが、これに伴い組織の大変更を行なった。これまでデスクトップ/サーバーと、モバイルで分かれていたIA製品事業を一本化したのが最大のポイントだ。その巨大化したインテル・アーキテクチャー事業本部で、2人の主席副社長が共同本部長を務めることになる。エンジニアリングサイドをダディ・パルムッター主席副社長、ビジネスサイドをショーン・マローニ主席副社長という分担だ。マローニ主席副社長は、IDFの基調講演でゲルシンガー元副社長のピンチヒッターも務める。マローニ主席副社長の後任としてセールス&マーケティング統括本部の本部長に就任したのが、ゲルシンガー元副社長と共同でデジタル・エンタープライズ事業部長を務めていたトム・キルロイ副社長だ。

ゲルシンガー元副社長の名前は、9月15日(日本時間)時点においてもIDFの基調講演予定者にあった。現在はショーン・マローニ主席副社長が予定者となっている

 新しい組織の詳細は図にした通りだが、ポイントは2つ。1つはデスクトップ、モバイルを問わず、Coreブランドのプロセッサ全体をムーリー・エデン副社長が担当すること。もう1つはイスラエル組の躍進だ。パルムッター共同本部長、エデン副社長は言うに及ばず、チップセット開発の責任者に任命されたロニー・フリードマン副社長、ワイヤレス製品の開発責任者となったラビブ・メラムド執行役副社長は、いずれもイスラエル出身である。フリードマン副社長は、イスラエル開発センターの責任者であったエデン副社長の下でPentium Mのデザインマネージャーを務めた人物であり、メラムド執行役副社長はIntelが買収したイスラエルのワイヤレス関連ベンチャーEnvaraのR&D責任者であった。

今回変更になったIntelの組織。デジタル・ヘルス事業部やソフトウェア&サービス事業部、さらには間接部門やIntel Labsなど、Intelにはこの図にはない組織・事業部も存在する

 もう1つ組織上の大きな変更は、技術製造統括本部の3人の事業部長の上に、アンディ・ブライアント主席副社長が据えられたことだ。ブライアント主席副社長は、CMO(最高管理責任者)として、財務、法務、人事等の間接部門の最高責任者であったが、長年CFO(最高財務責任者)としてIntelに貢献してきた。氏がCFOを務める間、Intelは製造技術に多大な投資を行ない、それにより競争を勝ち抜いてきたわけで、その役割は必ずしも膨れ続ける製造技術への投資に対するブレーキ役というわけではないだろう。が、ROIのチェック役として、時にブレーキを踏むこともあるのかもしれない。

 なおブライアント主席副社長には、本部長(General Manager)という肩書きは与えられていない。あくまでもGeneral Managerはボブ・ベイカー上席副社長、ビル・ホルト上席副社長、ブライアン・クルザニック副社長の3人とされる。

 今回の組織変更によりオッテリーニCEOは、Intelの長期的な事業戦略により多くの時間を費やすことになるという。今年の2月、オッテリーニCEOは、珍しく首都ワシントンDCでスピーチを行なっているのだが、ひょっとすると日本で言う財界活動的なことにこれまでより時間を割くことになるのかもしれない。