大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
Windows XP特需で増産体制にシフトした島根富士通の挑戦
~タブレット生産、カスタマイズ対応も強化
(2013/8/12 00:00)
富士通のノートPCの生産拠点である島根富士通が、増産体制を敷いている。島根富士通の宇佐美隆一社長は、「Windows XPのサポート終了に合わせた買い換え需要が顕在化してきたのが要因。前年比2~3割増で推移している」と語り、島根富士通における今年度(2013年度)の生産台数は220万台前後に達する見込みだ。
また、2013年5月には、操業以来、累計生産3,000万台に到達。すでにタブレット端末の生産拡大にも柔軟に対応できる体制を整えているという。さらに、国内生産の強みを活かして、将来的には企業向けノートPCの約半分をカスタマイズ対応にする考えだ。島根富士通の宇佐美隆一社長、富士通 パーソナルビジネス本部・仁川進本部長代理に話を聞いた。
2013年5月に累計生産3,000万台に到達
島根富士通は2013年5月、ノートPCの累計生産が3,000万台に到達した。1990年10月からPCの生産を開始以来、22年7カ月での達成となる。
2,000万台の達成が2008年2月。それからの1,000万台を5年3カ月で達成。この間、年平均で約190万台を出荷した計算になる。
その島根富士通での生産台数が、今年度に入って増加傾向にある。島根富士通の宇佐美隆一社長は、「今年度は年間220万台の生産規模に達するだろう」と予測する。
標準仕様のノートPCに加えて、タブレットPCの生産や、大手生保向けの生産が加わったという要素もあるが、増産の最大の理由は、2014年4月に迎えるWindows XPのサポート期限に合わせた買い換え需要が顕在化し始めた点にある。
「6月中旬以降、生産台数が前年同期比2~3割増で推移している。Windows XPのサポート期限終了に合わせた需要が顕在化しており、その多くがWindows 7搭載PCへの移行。この勢いは年度末までは続くだろう。むしろ増産傾向が加速する可能性もある。問題は部材を安定して調達できるかどうか」と宇佐美社長は語る。
実は、今年度は、富士通グループそのものも、Windows XPからの移行計画の中にある。ここでも、島根富士通で生産するノートPCの導入が進められることになる。
タブレットの生産比率拡大にも柔軟に対応
3,000万台の累計生産を達成した島根富士通は、改めて国内生産ならではの強みを活かした生産体制を構築する考えだ。そして、それが島根富士通の生きる道となりそうだ。
では、島根富士通が持つ国内生産の強みとは何か。
1つは、柔軟な生産体制を背景にしたタブレット生産である。
島根富士通の特徴の1つに、マザーボードを生産するSMTラインを社内に持っていることが挙げられる。
これまでノートPC生産においても、SMTラインを有することは、独自形状のマザーボードを生産する上で柔軟性を発揮することにつながっていたが、これはタブレットでさらに効果を発揮することにつながりそうだ。
富士通 パーソナルビジネス本部・仁川進本部長代理は、「タブレットのマザーボードは、さらに独自性の高いものになるのは明らか。島根富士通にSMTラインを持つことで、商品企画の段階から、量産を意識したマザーボードの開発が行なえることになる」とする。
島根富士通では、1つの基板から、複数のマザーボードやサブボードを取ることができる仕組みをすでに採用しており、さらに、SMTラインの最終工程には自動割板機を新たに導入。部品を実装した基板からマザーボードやサブボードを切り出す作業を自動化し、効率化を高めるといったことにも取り組んでいる。こうした柔軟性、効率性の実現が、タブレットの生産にも活かされることになる。
「将来的には、SMTラインの完全自動化にも取り組みたい」と宇佐美社長は意欲をみせる。
タブレット生産のさらなる効率化にも着手
現在、島根富士通では、大手生保向けのタブレット端末のほか、Windows搭載の「ARROWS Tab」などを生産。生産台数全体の1割弱がタブレットとなっている。
「タブレット端末を生産するスキルは、すでに社員に定着している。また、ノートPCとタブレットを1台単位で交互に流すといったことができる生産ラインも構築している。タブレット需要の急増にも対応できる体制が整っている」と宇佐美社長は語る。
現時点では、ノートPCと同じ10人体制の生産ラインで、タブレットを生産しているというが、「ノートPCに比べて、タブレットの部品点数は10%は少ないだろう。それならば、計算上では生産ラインそのものを1割削減することも可能」(宇佐美社長)として、今後もタブレット生産の効率化に取り組む姿勢をみせる。
さらに「今後はノートPCとの部材の共有化なども図りたい」としており、これも国内に設計、開発および生産体制を持ち、これらが一体化して取り組んでいる効果の1つとなる。
今後の需要拡大が想定されるタブレットに対しても、柔軟に対応できる生産体制の確立が、日本で生産する島根富士通の特徴となる。
カスタマイズ対応が国内生産の強みに
2つ目は、カスタマイズ対応である。
これまでにもWeb直販である「WEB MART」でのカスタマイズや、企業からのカスタマイズ対応などに応じてきた島根富士通だが、今後はさらにカスタマイズ対応を加速する考えだ。
「国内PCメーカーの差別化は、高機能や品質といった付加価値、安定した納期管理などとともに、サービスが重要になってくると考えている。日本のユーザーが欲しい仕様にカスタマイズした形で生産することが、日本で生産する強みになる」と宇佐美社長は語る。
その最たる例が、日本生命や第一生命、明治安田生命向けに生産しているタブレットであろう。
「大手生保向けタブレットは、お客様の細かな要望を反映したそれぞれの仕様とし、開発、生産している製品。日本に生産拠点がなければ実現しなかった製品」と仁川本部長代理は位置付ける。
現在、島根富士通で生産するビジネス向けノートPCやタブレットのうち、約2割がカスタマイズ対応となっている。この中には、先に触れた大手生保向けのタブレットのほか、医療分野向けのノートPCなども含まれている。
だが、宇佐美社長は、「島根富士通で生産する全体の50%以上を、カスタマイズ対応製品にしていきたい。それこそが、日本での生産にこだわる富士通の強みを発揮できることにもつながる」とする。
カスタマイズ比率の拡大に向けて、島根富士通では新たな取り組みを開始している。それは、「カスタマイズセンターのバーチャル化」とも言える取り組みだ。
これまで企業向けPCのカスタマイズにおいては、企業固有の情報やデータ、ソフトウェアなどを組み込むことから、物理的に独立した部屋の中で作業を行なっていた。だが、カスタマイズする台数が増加するに従い、この部屋の拡張にも限界が生じてくる。そこで、データ管理などは厳密に管理された部屋の中で行ない、それらのデータのインストールなどは通常の生産ラインの中で行ないながら、情報管理を徹底する方法を採るというものだ。
すでに、一部生産でこの仕組みを採用しており、セキュリティ環境を維持した形で作業が行なえているという。
「将来的にはカスタマイズ対応製品の85%程度を、生産ラインの中で対応できる形にし、どうしても物理的に隔離した部屋でカスタマイズ対応してほしいというユーザーに対してのみ、カスタマイズセンターの仕組みを活用することになるだろう」とする。
また、島根富士通では、各社ごとに異なる仕様に対応したマスターディスクの開発を請け負い、これを生産現場で利用するというサービスも開始しようとしている。生産現場と導入現場が一体化した形で実現するものであり、これもすでに一部で実施し始めているサービスで、国内に拠点があるメリットを活かした提案だといえる。
「富士通による受注から、島根富士通での生産計画までを連動したシステムとしていることから、カスタマイズの拡大や、マスターディスクの開発といったところにまで対応を広げられる」(仁川本部長代理)というわけだ。
実は、これらの仕組みは、今年度、富士通グループ向けに納入するノートPCの生産において採用しており、富士通グループ向けに培った実績を、そのままサービスとして提供するものになる。
3Dプリンタの導入が生産革新につながる
富士通は、トヨタ生産方式を導入し、生産現場の改善に取り組んできたが、2012年度から、それらの取り組みをベースに、同社独自となる「富士通生産方式(FJPS)」へと発展させる方針を示している。
2013年度もこの方針を継承する形で、島根富士通の生産体制の改善を図っている。
富士通生産方式では、開発から生産までのリードタイムを短縮する「コンカレントプロセス」、日本での開発および生産を加速する「全社一体の体制」、常に革新に取り組むための「限りない課題の顕在化」という3点を主要な柱とし、その中で、「プロセスのコンカレント化」、「平準化プロセスの確立」、「人と協調した自働化、ロボット化の推進」、「自律改善に向けた取り組み」に取り組むとしている。
この中で注目される取り組みの1つが、「プロセスのコンカレント化」である。ここでは3Dプリンタの導入が新たな取り組みとなる。
仁川本部長代理は、「VPS(Virtual Product Simulator)によるデジタルモックアップの実現を通じて試作をしないモノづくりや、設計データをモノづくり現場へと迅速に反映させる体制づくりに加え、3Dプリンタの活用によって、品質向上へとつなげることができると考えている。例えば、ボードやフレキの構造を事前に検証することで、モノづくり現場における品質向上や効率化にもつながるだろう。また、生産ラインで使用する治具についても3Dプリンタで作ったものを広く使用することも視野に入れている」とする。
2013年度下期には、島根富士通に3Dプリンタが導入されることになりそうだ。
さらに、「人と協調した自働化、ロボット化の推進」では、マザーボード生産ラインの最終検査工程において、人間の手のように自由に動きまわる「げんこつロボット」の導入を図ったほか、部品のピッキング工程においては、腕時計型のRFIDリーダーと、タブレット端末を使用し、個別の仕様に合わせた部品を、正確に、効率的にピッキングできるような仕組みも導入している。ピッキングでの間違え防止などで効果が出ているという。
一方で、富士通独自の仮想工程計画・生産ラインシミュレーターの「GP4」の活用による改善活動のほか、ものづくり革新隊を通じて、同社の生産ノウハウを外部にも提供。2012年末から現在まで約20社が訪問し、同社の取り組みを公開しており、中期的には、専門部門を設置して、新たなビジネスへと育てる考えだという。
出雲モデルの生産体制が時代に合致?
富士通では、2011年9月から、島根富士通で生産したノートPCを「出雲モデル」と称している。
出雲モデルは、今後はタブレットにも波及していくことになるだろう。
また、カスタマズ対応を加速する上でも、出雲モデルの生産体制が寄与することになる。
わずか数年前までは、中国や台湾のOEMベンダーと生産コストの違いや調達力の差が比較対象となっていた島根富士通だが、その観点での見方は、以前ほど重要では無くなってきたようにも感じられる。
宇佐美社長も、「コスト競争という観点での議論は、もはやそれほど重要なものではない」とする。
むしろ、これから日本生産を維持するための重要な要素は、タブレットをはじめとする新たなデバイスに対して柔軟な生産体制を持っていること、そして、カスタマイズなどの日本のユーザーの要求に柔軟に対応できることだといってよさそうだ。
島根富士通が、改めて国内生産の強みを発揮できる時代がやってきたといえるのかもしれない。