大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通が「出雲モデル」を打ち出した理由
~島根富士通にみる国内生産へのこだわり



富士通 パーソナルビジネス本部本部長の齋藤邦彰執行役員

 「富士通のPCビジネスは大丈夫なのか。将来はあるのか。そうした声に対する明確な回答を示したい」--。島根富士通で行なわれた「出雲モデル」の第1号製品の出荷式に出席した富士通 パーソナルビジネス本部本部長の齋藤邦彰執行役員はこう切り出した。

 世界最大のPCメーカーである米Hewlett-Packardが、PC事業の分離を検討していると発表する一方、日本でトップシェアを誇るNECが、今年7月にレノボグループ入り。さらに、CEO辞任を発表したAppleのスティーブ・ジョブズ氏は今年6月、「PCはまもなくデジタルライフの主役ではなくなる」と発言。こうした動きからも、「PC事業はかつてない大きな変化点に来ている」(富士通・齋藤執行役員)というのは、多くの業界関係者も感じることだろう。

 富士通の齋藤執行役員は、そうした状況の中、9月22日の出雲モデル発表にあわせて、富士通のPC事業に対する位置づけを改めて強調してみせたのだ。


ノートPCの生産拠点である島根富士通出雲モデルのロゴマーク

 齋藤執行役員は、「富士通にとって、PC事業はユビキタスフロントのための重要な製品」と前置きし、「どんな大規模なシステムでも、先進的なシステムでも、結果的にユーザーが触れるのが、PCや携帯電話といったユビキタスフロントの製品。実際にお客様と触れるユビキタスフロントの製品が、システム全体の印象になることも多い。ユビキタスフロントの製品においては、より簡単に、より多くの人が利用できるものへと進化する必要があり、あらゆるお客様や市場セグメントのニーズの変化へ迅速に対応することが必要」とする。

富士通が取り組むフルスタック戦略

 富士通が目指すのは「フルスタック」戦略。その上で、ユビキタスフロントの製品群は必要不可欠というのが富士通の考え方だ。

 「富士通は世界第3位のトータルICTベンダーであり、半導体をはじめとするテクノロジーをベースに、ユビキタスプロダクト(PC、携帯電話)、システムプラットフォーム(ネットワーク、ミドルウェア、ストレージ、サーバー)、インフラサービスまでを、インテグレートした形で、グローバルソリューションとして提供できる価値創造企業。その最も上位には世界最速のコンピュータである『京』がある。すべてのレイヤーにおいて、自らの責任のもとに製品、サービスを提供することができるベンダーであり、だからこそ最高の満足度を提供することができる」と齋藤執行役員は語る。

 フルスタック戦略の一角を担うのが、PCおよびスレート端末、携帯電話、スマートフォンなどで構成されるユビキタスフロント製品群ということになる。

 「PC市場はかつてない大きな変化点に差し掛かっているが、富士通のフルスタック戦略の一翼を担うPCビジネスには、今後もブレは一切ない。これからの富士通のPCビジネスに期待してほしい」とする。


●年間1,000万台を目指す富士通のPC事業

 PC事業に引き続き力を注ぐ姿勢を、齋藤執行役員は「近い将来には年間1,000万台の出荷を目指す」という言葉を使って表現する。

 近い将来という表現に留め、具体的な時期については言及していないが、社内的には2013年度を到達目標に設定しているようである。

 2009年度実績が563万台、2010年度が542万台の実績。そして、2011年度の計画が660万台である。これを今後2年で1.5倍に引き上げる計算だ。

 これまでにも1,000万台の計画を掲げてきた同社だが、その旗を下ろすつもりがないことは、富士通の山本正己社長自らが言及していることでもある。

 齋藤執行役員も「決して不可能な数字ではない」と自信をみせる。

 では、この1,000万台達成に向けて、富士通はどんなプランを考えているのだろうか。

 1つは海外事業の拡大である。

 富士通の2010年度のPCの出荷実績をみると、国内と海外の出荷構成比は半分ずつ。これを1,000万台達成時には、海外比率を70%にまで拡大し、成長の軸足を海外展開に置くことを明確に示す。

 そして、海外事業拡大の切り札としているのは、「海外ODMを活用した低価格領域への参入によるボリューム戦略」だとする。

 これまで富士通では、ドイツに拠点を置く富士通テクノロジーソリューションズが、かつての富士通シーメンス時代から欧州地域において低価格領域へと参入し、欧州ではそれによる実績も上がっているが、それ以外は、基本的には付加価値戦略を軸としてきた。これを日本を除くすべての地域において、ODMを活用した製品を戦略的に展開していくことになる。

 「ノートPCを例にあげれば、日本においては、ODMで生産した低価格帯製品の比率は、約10%に留まるだろう。しかし、欧州に加えて、北米やAPAC(アジア太平洋地域)でも、ODMを活用した製品展開を強化する。とくに、APACでは60%をODM製品の比率にまで引き上げたい」とする。

 APAC市場もこれまでは、日本国内で生産した付加価値型製品での展開を中心としてきた。韓国や香港でタブレットPCで高い実績を誇っているのはその一例だ。これをODMを活用した製品戦略へと大きくシフト。1,000万台達成への原動力とする考えだ。

 これにより、ノートPCの場合、全世界の出荷量に対するODMの比率は40%に達することになる。

富士通なてらはの3つの特徴富士通は1,000万台の出荷を目指し、海外比率で70%を見込む1,000万台出荷時のノートPCのODM比率

●海外ODM活用の積極化も、島根富士通の生産量も拡大へ
島根富士通の宇佐美隆一社長

 ただ、これは、ノートPCを生産する島根富士通での生産量を落とすことには直結しない。逆算すると、現在年間200万台のノートPCを生産する島根富士通での生産量も、少なくとも1.5倍規模には拡大することになるからだ。

 島根富士通の宇佐美隆一社長も「年間400万台の生産体制にまでは拡大できる」と、すでに準備が整っていることを明かす。

 国内生産を増加させながら、さらにODMの生産比率を高めることで、1,000万台達成へと事業を拡大していくことになる。


デスクトップPCの生産拠点である富士通アイソテック

 ちなみに、富士通は2011年秋冬モデルから、島根富士通で生産するノートPCを「出雲モデル」、富士通アイソテックで生産するデスクトップPCを「伊達モデル」としてプロモーション展開することを発表したが、これは裏を返せば、日本で生産するモデルと、海外のODMを活用して生産するモデルとを明確に切り分けるための施策ということもできる。

 国内生産する製品にだけ、特別なブランドを活用し、このブランドをつけた製品は、富士通が国内一貫生産で市場投入する付加価値製品であることをより明確にするというわけだ。

 島根富士通で生産されるノートPCも海外への輸出は引き続き行なわれるが、ここでも「出雲モデル」の表記が行なわれる。

 海外ODMを活用した製品比率を高める一方で、富士通の本来の差別化点は日本国内生産であり、その優位性にこだわる富士通の姿勢を強調するという意味合いは見逃せないといえよう。


●ユニークな新分野創出製品にも力を注ぐ

 もう1つの成長戦略の切り口が「ユニーク」という言葉で表現する新たな市場を創出する製品だ。1,000万台のうち、この製品領域で約2割を占めると見ている。

 では、「ユニーク」というのはどんな製品か。

 齋藤執行役員は、その詳細には触れようとしないが、その基本的な考え方を、「多様性の広がり、利用する時空間の広がりを追求することによって、誰でも、いつでも、どこでも利用できるような端末」とする。

 例えば、すでに出荷を開始しているWindows 7を搭載した世界最小PCを実現したNTTドコモ向け携帯電話「F-07C」はユニークな例の一例だとする。また、タブレット端末である「STYLITICシリーズ」も、その進化の過程でユニークな製品領域に分類されることになろう。

 「利用シーンを広げる手段としてユニークな製品を提供していく。顧客に対して常に提案する姿勢、世界に先駆けて製品を提案する姿勢を忘れずに取り組んでいきたい」とする。

●海外調達の部品を利用しても差別化できる国内生産の強さとは

 年間1,000万台の目標に向けて、ODMの積極的な活用を打ち出した富士通だが、それでも出荷比率の6割を日本での生産が占めるとするように、基本路線は付加価値型である。

 「富士通ならではの特徴は国内一貫体制を維持することにある。PC生産の90%以上を中国のODMで生産する競合他社に対して、国内一貫体制でのきめ細かいカスタマイズ、素早いターンアラウンド、自社設計、自社製造が可能な点を武器に、顧客満足度を高めるのが富士通のPC事業の基本」と齋藤執行役員は語る。

 富士通では、PC事業において3つの特徴を挙げる。1つは、新たな市場に向けてや、チャレンジブルなプロダクトを高い品質で提供する「ユニーク&ハイクオリティ」、顧客のニーズにいち早く柔軟に対応する「クイック&フレキシビリティ」、そして、ICTが生み出すサービスを、より多くの人々へ、より簡単に提供する「フルスタック」である。

 「顧客に対して、ベストフィットプロダクトを提供できるのが富士通の強み。そのためには国内生産の活用は避けては通れない」とする。

 研究開発部門と生産拠点とが日本国内で緊密に連携、カスタマイズに柔軟に対応し、個別仕様や専用モデル開発に柔軟に対応できる設計部門を配置していることはいくつかの成果につながっている。2010年度下期実績で、生保向けの商談では獲得率が86%に達したのもその一例だ。

 「使い勝手、軽量化、耐久性、駆動時間といった厳しい要求とともに、強固なセキュリティが求められる生保向けPCにおいて、国内一貫生産の強みを活かすことで、いち早く優れた、最適なものを提供できた。これが富士通が国内一貫生産にこだわる理由」と齋藤執行役員は続ける。

●国内生産拠点である島根富士通の強みとは

 では、国内一貫生産を実現する富士通の生産拠点である島根富士通の現状はどうなっているのだろうか。

 実際に生産ラインを見学してみると、国内生産ならではの特徴がいくつか見られる。

 例えば、島根富士通は基板実装ラインを有しているが、狭い筐体内への搭載が求められるノートPC用の基板は特殊なものになり、それでいて、この基板へ約1,200点もの部品実装を行なう。そうした環境において、機種ごとに異なる基板を、迅速に生産できるのは国内生産ならではの強みだ。とくに、モバイル系のノートPCではその傾向が強く、海外ベンダーに発注していては、短期間に品質が高いものを生産するのは難しいといえる。

 また、装置組立についても、中国では人件費の安さから人海戦術により、1つの製品を組み立てるまでに120~150人の従業員が流れ作業で生産するが、島根富士通では15人体制で生産。それぞれの工程において責任を持った体制でモノづくりが行なわれる。さらに、自動化できる部分に関しては、自ら機械装置を開発し、「コストに見合うアウトプットを得られるならば機械化を積極的に投入する」(島根富士通の宇佐美隆一社長)ということにも取り組んでいる。

 単純作業は機械に置換し、精度を高めるといった手法はODMではあまり見られない。自動ネジ締め機、ラベル貼付機、キーボード打鍵試験機などは島根富士通が独自に開発して導入した例だ。

 今後はファナックが開発した通称ゲンコツロボットを導入し、人の手と同じような柔軟な動作や繰り返し作業精度の高さ、1つの部品の装着までに0.3秒という高速動作の特徴を活かすことで、部品組立作業へ活用することを検討しているという。

島根富士通の目標島根富士通における生産革新への取り組み島根富士通が考える国内生産の強み
今後、導入を予定しているゲンコツロボットこれまでの革新の成果

 「島根富士通では、『品質は工程で作り込む』という考え方を持っている。完成してから検査をするのではなく、1つ1つの工程で検査を行ない、後工程に不良品を流さないことで品質を高めている。また、品質管理者教育に力を注ぎ、作業者自らが品質改善が行なえる体制を構築している。高いスキルを持った社員が生産ラインに入るだけで、1週間で10%もの生産出来高改善が図れた例もある。こうした取り組みが品質向上、生産性向上に繋がっている」(島根富士通の宇佐美隆一社長)。

 間接工数は2007年に比べて40%削減、品質はラインリジェクト率が2004年に比べて30%削減、コストでは加工費が2004年比50%削減、製造リードタイムは2004年比80%削減という、大幅な改善が進められている。

 そして、企業ユーザーごとの個別設定に対応するカスタマイズサービスや、天板への個別インクジェット印刷やレーザー印刷も、国内生産だからこそできるものだといえる。

 島根富士通では、「世界トップ品質の提供による顧客満足度の向上」、「中国・台湾勢に対抗できるコスト競争力の強化」、「スピーディーでフレキシブルな製品供給体制の強化」の3点を掲げ、「世界をリードする製造会社」を目指すことをスローガンに掲げる。

 もちろん、ノートPCに利用される主要部品の多くは輸入によるものが多い。海外ODMで使用される部品と同じものも多い。しかし、同じ素材を使っても出てくる料理の味が違うように、島根富士通で生産されるノートPCは、ODMで生産されるノートPCとは一線を画しているというのが、富士通の考え方だ。

ノートPCの基板は製品ごとに異なる。設計部門との緊密な連携で柔軟に対応できるのは島根富士通ならではのもの。細かい部品では0.4×0.2mmという部品も実装するこうした個別の天板デザインに対応できるのも国内生産の特徴

 だからこそ、ODMの生産量を増やす方針を打ち出した今、島根富士通で生産する製品には、「出雲モデル」という名称を、あえてつけたのである。

 「ボリュームを求める製品、標準的な製品であればODMの方が優位である。だが、国内一貫生産であるからこその強みもある。それぞれの地域や用途に応じて、価格優先のコストパフォーマンスモデルを求めるケースもあれば、カスタマイズ重視のハイエンドモデルを求めるケースもある。顧客ニーズにあわせた幅広い製品展開をしていくのが富士通。その点でも島根富士通は大きな武器になる」とする。

 富士通にとって、島根富士通の存在はこれからも重要なものになる。ODMの積極活用を開始してもそれは変わらない。だからこそ、富士通は、「出雲モデル」という名称を新たに命名するほどのこだわりをみせるのである。

基板実装ラインの様子。1日2直体制で生産する。ちなみにPCの組立ラインは1直体制となっている部品の装着を行なう機械。抵抗やコンデンサなどを高速に自動装着する基板に搭載される各種部品。基板によって異なるが700~1,200個の部品が実装される
装着した後に、基板は窒素リフロー炉に入る続いて裏面の実装に入る。同様に実装後には窒素リフロー炉に入る完成した基板
続いて目視検査および電圧測定などの検査が行なわれる目視検査の様子。外観検査機と連動して不良判定箇所を拡大表示するリペア工程では随時不具合のチェックや修正が行なわれる
検査が終了すると2階の組立ラインに投入される前に一時保管される組立ラインからの引き取りは5分ごとに切り分けられたカンバン方式で行なわれる2階にある生産ラインの様子。15人体制で梱包まで行なう
部品は最大10台単位でラインに投入される。部品倉庫から必要な部品をピックアップするこちらは生産ラインを裏側からみた様子。部品はこちらから投入される1階の生産ラインからPC組立ラインに投入された基板
基板は製品ごとに異なり、独特の形状となっているディスプレイ部とベースユニットの2つに分かれてパーツが置かれている基板の組み込み工程の様子。これが最初の工程となる
基板をベースユニットにネジで固定するドライブの装着工程の様子パネルのアセンブリ作業の工程のなかに組み込まれている
エアを利用してホコリなどを除去する作業も工程の途中に盛り込まれている。これも品質向上への取り組み基板やドライブ、冷却装置などを取り付けた状態効率的にネジ締めを行なうために専用の治具(じぐ)を用意している
キーボードを取り付ける島根富士通で開発したラベル貼付機。CPUやOSのロゴシールを機種にあわせて貼付する外観検査機。これも独自に開発したものである
外部I・O接続試験を行なう機器も新たに導入したものだ組立が完了するとソフトウェアのインストールやエージングを行なうエージングを行なうラック。これを採用したことで、検査ラインが大幅に短縮。さまざまな生産革新により、生産ラインはかつての100mから30mへと短くなっている
ライン長の短縮によって部品スペースを全体の半分近くまで拡大しているがまだ空きスペースが多い。生産ラインを倍増できると断言する理由はここにある梱包の工程。付属品も一緒に梱包される梱包された製品。いよいよ出荷されることになる