■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
富士通は、女性向けPC「Floral Kiss」(LIFEBOOK CH55/J)の出荷を、11月2日から開始した。8人の女性だけで構成されたプロジェクトチームによって商品企画が行なわれたFloral Kissは、「気分がアガる、カワイイPC」をコンセプトに、女性がカワイイと思えるこだわりを随所に見せている。そのこだわりを実現するために、生産工程でも、竹ヘラやエアガンを使用するなど、工夫を凝らしたラインづくりが行なわれている。Floral Kissの生産の様子を、島根県出雲市の島根富士通で取材した。
●女性がカワイイと感じるこだわりが随所に富士通が女性向けとして開発したFloral Kiss |
Floral Kissは、年齢を問わず、可愛さやエレガントさを追求する「大人女子」、または「大人カワイイ」といった女性層をターゲットとしたPCである。「女心をくすぐり、気分がアガるようなPCづくりが、基本的な考え方であり、同時に、PCを使っている女性がカワイく見えること、使っている様子がエレガントであるといった演出感までを視野に入れて開発した」という。
例えば、爪の長い女性でも開閉時にPCを開けやすいように、クラッチバッグ方式のデザインを採用。キーボードのキートップのまわりに、ゴールドリングのデザインを施し、パールを模した電源ボタンも、軽くタッチするだけで電源が入るという構造にした。
また、天板部には一般のモデルでは定番となっている富士通の大きなロゴマークは採用せずに、クラッチバック形状の金属部の一部に、小さくロゴを入れ、さらにワンポイントにダイヤモンドカットストーンも埋め込んだ。
このように、随所にジュエリー感覚のデザインを採用。特にキーボードでは、「ネイルをした指で操作した際に、キーボード上でキレイに見せることができる」というのが、こだわりの根底にある。その結果、一般的なキーボードに比べて、約10倍のコストがかかるキーボードを採用するなど、異例ともいえる部品が使われている。
キートップには英文字だけが記載されているすっきりとしたデザインとなっているが、さらにキートップの文字には色を施すというこだわりもある。一般的にキートップの文字色に採用されている黒や白といった文字であれば、島根富士通のインクジェット刻印機を使うことで生産量にあわせて、その都度刻印することもできるが、デザイン性を重視したFloral Kissのキートップの色は、島根富士通の刻印機では刻印ができない。そこで富士通コンポーネントを通じて、キートップにカラー印字した形で、島根富士通へと納品される仕組みとしている。
また、付属のワイヤレスマウスは、手のひらに収まる化粧品のコンパクトのような小型ラウンドフォルムを採用。ACアダプタも細い形状とともに、やはりワンポイントとしてダイヤモンドカットストーンを施している。本体背面部のスピーカーや空気孔の穴も花柄のデザインを採用しているのも、これまでのPCにはないデザイン性だ。
●デザインのこだわりに島根富士通が貢献このように、デザイン性を優先したPCだけにも、これまでにないような部品が数多く使われている。生産ラインで使用される部品ケースのなかに、ダイヤモンドカットストーンが置かれるのも初めてのことだ。
実は、Floral Kissは、当初の予定では、2012年10月26日のWindows 8の発売日と同日の出荷を狙っていた。しかし、中国の工場で塗装しているカラーが思い通りのものにはならず、11月2日に出荷をずらした経緯がある。エレガントホワイト、ラグジュアリーブラウン、フェミニンピンクという3種類のカラーを用意しているが、特にエレガントホワイトの色合いが最後までうまくいかなかったという。色のこだわりによって出荷日をずらすというのも異例の判断だが、Floral Kissがそこまでデザインにこだわり続けたことを示す事例の1つだと言える。さらに付け加えれば、表面のクリア塗装を厚めにしており、光沢感とともに、傷がつきにくい状態を作っているという。
そうしたこだわりが、Floral Kissの生産ラインにも反映されている。Floral Kissは、島根県出雲市の島根富士通で生産されているが、その最終検査工程では目視による傷の確認が徹底して行なわれるほか、専用梱包箱も輸送中に傷がつかないように、さらにダンボールの梱包箱で専用梱包箱をくるむという二重構造により、出荷されている。
これも商品企画チームのこだわりぶりに、島根富士通側が提案して実現したものだという。製造現場までデザイン性を重視した体制が徹底されているともいえよう。
また、背面カバーに表示される各種規格のロゴマークや、サポートセンターの問い合わせ先なども、従来のシール貼付の形態ではなく、レーザー刻印によってすっきりした表示を実現。これは、島根富士通が所有しているレーザー刻印機によって可能としたものである。
●UHシリーズ生産のノウハウを活用Floral Kissは、Ultrabookである。その点でも、製造工程においては、Ultrabookならではのユニークな製造手法を用いている。一般的なPCの生産では、ボトムケースの方に部品を組み込んでいくが、UltrabookであるFloral Kissの場合、薄さを実現するために、キーボードのアッパーカバー側に部品を組み付けていくという手法をとっている。そして組立の最後に、ボトムケースとなる背面パネルを取り付ける。
島根富士通の宇佐美隆一社長は、「LIFEBOOK UHシリーズによるUltrabookの生産の経験がなければ、Flotral Kissの生産は成し得なかっただろう」と語る。
Floral Kissが生産されている島根富士通 | 島根富士通の宇佐美隆一社長 |
島根富士通では、HDDを搭載したUltrabookとしては世界最薄となる「LIFEBOOK UH」シリーズの生産を行なっており、ここでUltrabook生産のノウハウを蓄積していた。アッパーカバー側に部品を組み付けるという生産手法や、デュアルグリッド構造での筐体の組み立て、細かい各種ケーブルのフォーミングといった作業は、UHシリーズでも求められていたのだ。
生産ラインでは、ケーブルのフォーミングには、UHシリーズ同様に、竹のヘラを使っており、竹ならではの弾力性を生かすというノウハウが生かされている。
●レーザー刻印機を柔軟に移動UHシリーズでの経験による自信は、Floral Kissの生産ラインのこんなところにも影響している。UHシリーズでは、ボトムケースへのレーザー刻印は、すべての組み立てが終わった最終工程で行なわれていた。つまり、製造不良が分かったPCには刻印しないということも可能な工程づくりとなっていた。
しかし、Floral Kissでは、ラインの先頭にレーザー刻印機を配置して、1つのレーザー刻印機から2つの生産ラインに供給する体制を確立できるようにした。
取材当日は、Floral Kissは、1ラインでの生産だったため、生産ラインの後半の方で、レーザー刻印機を配置していたが、2ラインでの生産の際には、レーザー刻印機を柔軟に移動させることができるのだ。
そして、先に刻印してしまうということは、それだけ製造不良を少なく生産できるという裏づけにもよるだろう。UHシリーズの生産を経て、Ultrabookの製造不良率を低い抑えることができる自信があるからこそ、こうした生産体制を実現しているのだ。
実は、試作の初日には5台しか生産できなかったと、富士通の商品企画担当者は語る。しかし、取材当日のリジェクト(拒否)率は0台となっており、そうした様相は今やまったく見られない。まさに同社が目指す「製造不良ゼロへの挑戦」を実現している生産ラインだともいえよう。
●Ultrabookとしての設計も進化だが、改善すべき部分もあるようだ。
UHシリーズでは、9人で組み立てていたものが、Floral Kissでは、12人によって組み立てを行なっており、さらにタクトタイムは73秒となっている。島根富士通のノートPCの生産ラインの中には、速いラインでは50秒台のタクトタイムで動いているものもある。同じUltrabookのUHシリーズでも70秒を切るタクトタイムであることに比べると、「さらに改善をしていく必要がある」(宇佐美社長)というのは明らかだ。
宇佐美社長がそう語る背景には、Floral Kissにおいては、UHシリーズに比べて設計面での進化が見られており、その効果を活かしたいと考えているからだ。例えば、UHシリーズでは、熱溶着機によって、キーボード部を熱溶着するという作業があったがこれがなくなっていること、部品点数も、設計段階からの改善により、Floral Kissならではの装飾用のパーツが増えても、全体数量には変化がないという。
「開発0段階から、製造部門も会議に参加し、効率的な組み立てを可能とする設計をお願いしている。そうした成果が出ている」という。その点でも、生産現場での効率化をさらに進めることで、設計段階からの取り組み成果を、より高い効果として反映させたいという想いが、宇佐美社長にはあるようだ。
●Windows 8で生産リードタイムは1.5倍にWindows 8によって、生産工程は大きく変化が見られている。その点でもFloral Kissの生産ラインは、これまでのPCの生産ラインとは異なる。
島根富士通では、これまで60~70分で、ノートPCを1台生産するというペースだったが、Windwos 8のインストール作業や、Microsoftのサーバーと連動したアクティベーション作業が加わり、約30分ほどリードタイムが伸びている。つまり、1台あたりの生産時間は、Windows 7に比べて1.5倍に伸びたといってもいい。
それにあわせて、生産ライン上にあるHDDのインストール用の機器を従来の20台体制から30台体制へと拡大。また、検査工程でもラック数を4台から、7台へと増やし、長くなったリードタイムに対応している。検査工程では何度も再起動が行なわれることになるが、「これらの作業をなるべく自動化し、中間ハンドリングを極力減らすことが、ラインに投入する人数を変えずに生産することにもつながることになる」という。
一方、富士通のノートPCには、タッチパネルは搭載していないが、画面をフラットにするためのパネルを液晶パネルの上に搭載するため、ホコリへの対策がこれよりも重視されるようになっているのも変化の1つだ。例えば、生産工程では、簡易なホコリよけの仕組みを作り、さらに、フラットパネルの工程では、エアガンを使用して、ホコリを除去する作業が加わっている。作業者も指紋がつかないように特殊な指サックをするといったことも行なっている。
Windows 8時代に向けた生産工程の改良も、Floral Kissでは同時に進められたことになったといえよう。
では、Floral Kissの生産ラインの様子を写真で追ってみよう。