大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
ロボットがいる居酒屋に行ってみた!
~マイクロソフトのAIを活用した顔認識機能も実装
2017年3月6日 13:04
日本マイクロソフトの平野拓也社長が、2017年1月18日に行なった2017年度下期(2017年1月~6月)事業方針説明において、「MicrosoftのAI技術が、居酒屋やラーメン店にも導入されはじめている」とコメントした。
「居酒屋にAI?」――。この一言が気になって仕方がなかった。
日本マイクロソフトの広報に確認すると、既に2016年12月12日から、都内の居酒屋での試験導入が開始されており、しかも、年末から年始にかけて、飲み会の場を盛り上げてくれる役割を果たしているという。そして、集客効果は予想を上回るほどであり、積極的な告知をしなくても10%以上の集中効果が出ているという。ならばということで、その居酒屋を直撃取材してみた。
訪れたのは平日の午後4時。JR神田駅から徒歩1分圏内にある。まだ、客足は少ない時間帯だ。
目的の店舗である「くろきん神田店」で出迎えてくれたのは、くろきん神田本店を運営するゲイトの尾方里優さん。「今も営業時間中なんですよ」と一言。てっきり午後5時からの営業だと思い、その前の1時間程度を取材時間にと思っていた読みが外れ、申し訳ない気分になった。
ところが尾方さんは、「いえいえ、うちの店は、24時間飲み続けたいというお客様がいれば、お酒と食材がある限り、24時間開け続けている店ですから」と冗談だか、本気だか分からない返事。正月以外、基本的には年中無休で、月曜日であれば午後3時から翌日午前5時まで、火曜日から金曜日は午後1時から午前5時までが営業時間。だが、「午前7時まで飲みたいというお客様がいた時には、午前7時まで開けています」と、何事もないように語る。
終電を気にしている人にとっては極めて「危険」な店であるばかりか、始発で帰りたいと思っている人にとっても「危険」な店の存在は初めて知った。
ゲイトは、「くろきん」のほかに、「かざくら」、「和の家」、「せかいち」の4ブランドの居酒屋を展開。合わせて14店舗を擁している。企業スローガンは、「できないことは、ひとつもない」。まさにその通りの店のようだ。
そして、尾方さんの言葉からも、居酒屋の「場」を楽しんでもらうことに力を注いでいることが伝わってくる。
「もちろん、料理やお酒にはこだわっています。ただ、それだけが前面に出てしまうのではなく、その場を楽しんでもらい、盛り上がってもらうことに力を注いでいます」と語る。
実際、くろきん神田店では、テーブル席や半個室、カウンター席などが用意されており、40~45人の団体も入れるフロアも用意。事前予約すれば、プロジェクタやスクリーン、ハンディカムまで用意してくれる。少人数でも、大人数でも盛り上がれる居酒屋だと言える。
今回の日本マイクロソフトのAIの取り組みも、そんな思いから始まっているようだ。
「クラウド型顧客おもてなしサービス」を導入
くろきん神田店では、日本マイクロソフトと、ロボット向けアプリ開発で実績があるヘッドウォータースが共同開発した「クラウド型顧客おもてなしサービス」を導入している。
クラウド型顧客おもてなしサービスは、Microsoft Azureが提供するAI機能「Cognitive Services」と、ヘッドウォータースが提供するクラウドロボティクスサービス「SynApps」を統合。ヴイストンの普及型ロボットプラットフォーム「Sota(ソータ): Social Talker」を利用して、テーブルの上に置かれたSotaが、お酒の席を盛り上げてくれるというものだ。
Sotaは、140×160×280mm(幅×奥行き×高さ)で、重さは763g。8軸の動作が可能で、カメラやマイク、スピーカーなどを搭載している。
ヘッドウォータースでは、これを月額3万円から利用できるサブスクプション型のソリューションパッケージとして提供する考えであり、くろきん神田店では、それに向けた実証実験として導入された。
エイチ・アイ・エスの澤田秀雄会長兼社長が会長を務める、一般社団法人アジア経営者連合会に参加しているヘッドウォータースの篠田庸介社長と、ゲイトの五月女圭一社長が、同会を通じて意気投合。実証実験を、店舗を使って行なうことを目標に、2016年5月から開発をスタートしたという。
顔を覚える機能の実現に高いハードル
一方でこの時、現場を担当していた尾方さんは、1つの課題を感じていた。
それは、「来店するお客様の顔を1人でも多く覚え、より質の高い接客サービスに繋げたい」ということだった。
だが、1日に100人以上が来客する店舗で、忙しく接客する中では、頻繁に訪れる常連客や印象強い来店客以外、顧客の顔を覚えるのは大変なことだ。
「ホールで働いているスタッフは、2~3人ですから、数カ月ぶりに来店を頂いても、お客様は私たちの顔を覚えてくれています。しかし、スタッフの方は、たまに訪れるお客様の顔を中々覚えられないという課題がありました。そうした悩みを抱えていた時に、この提案がありました。ロボットとAIを組み合わせることで、ロボットが顔を覚えていてくれることで、少しでも課題解決に繋がればと考えたのです」。
だが、尾方さんの思いを実現するためのハードルは高かった。
まずは、どこに設置すれば、顔を認識してもらいやすいのかという点。本来ならば、店舗の入口に設置して、入ってきた時に顔を認識してもらえばいいのだが、店舗を入ったところで顔認識の作業をしてもらうのは現実的ではない。宴会などで多くの人数が一度に来店した場合には、今の能力ではとても処理しきれない。
また、テーブルに置いた場合にも、顔認識のためには、カメラの正面を向いてもらう必要がある。ロボットが向いている方向と人が座っている方向が上手く合えば良いが、テーブルを囲んで座っている環境だと中々上手く顔認識できない。これも自然と顔を認識してもらうということは、現時点では不可能だ。
「一番、顔認識ができるタイミングは、レジでお会計をする時ではないか、という意見も出ました。確かに、そのタイミングであれば対面する形になりますし、お会計の時間を使って顔認識の作業をしてもらえます。しかし、帰る時にお客様を認識できても、サービスの質を向上させるという観点では、意味がありません」というのも確かな話だ。
ロボットに「飲み友」の役割を与える
そこで尾方さんは、一度自らの思いを捨ててみることにした。
「ロボットを使って、お客様に楽しんでもらうためにはどうしたら良いか」、ここにフォーカスして企画を練り直した。
そこで、辿り着いた回答は、接客する「スタッフ」の立場にロボットを置くのではなく、お酒を一緒に楽しむ「飲み友」の役割を持たせることだった。
オフィスや小売店では、受付に設置して、社員やスタッフの代わりを務めるという使い方が多く、人とロボットが触れ合うことは短い時間だが、くろきん神田店では、「飲み友」として人の真ん中にロボットを置き、2時間前後の時間を一緒に過ごす役割を持たせてみたのだ。
だが、ロボットを「飲み友」にするにも、高いハードルがあった。
例えば、来店客とロボットが対話をしようとすると、居酒屋の周りの音がうるさくて、言っていることが認識できないという問題が発生するのだ。実際、筆者自身もシャープの「ロボホン」を持って居酒屋に行ったことがあったが、「写真を撮って」という言葉を認識させるために何度も喋る羽目になり、周りのうるささがロボットとの対話に大きな弊害になって、大きな声で何度も語り掛けなくてはならないことに閉口したことを覚えている。家では声を認識できても、居酒屋の環境でこれを実現するのは難しい。お客がロボットに向かって何度も同じ言葉を繰り返しているようでは、ロボットが盛り上げ役どころか、「盛り下げ」役になってしまう。
そこで、尾方さんが閃いたのは、iPhoneをコントローラにして、その指示をもとに、ロボットに会話してもらうことだった。
実際にお酒を飲みながら、どんな言葉を発すると、ロボットを使って盛り上がるのかを実験。それを書き留めて、ロボットに喋らせるようにした。
用意したのは、「あいさつ」、「幹事」、「褒める」、「共感」、「ダメ出し」、「ひとこと」の6カテゴリ。それぞれに約10個の言葉を用意しており、それを押せばロボットが喋ってくれるというわけだ。
例えば、乾杯の音頭を取りたい場合には、そのボタンを押せば、「グラスを持って頂けますか、準備は良いですか、まだ持っていない人いないですか。それではいきますよ。みなさんお疲れ様でした。乾杯!」とロボットが話してくれる。また、「部長って、いつもそうですよねぇ」、「あれもう酔ってます?」、「またその話かよ」、「もう一杯だけ飲んでいきましょう」などと、誰かがボタンを押せば、会話の端々にロボットの会話が入りこんで、場を盛り上げてくれる。iPhoneのコントローラは5台あり、参加者それぞれがロボットに指示をすることが可能だ。
「意外にも好評なのが、『へー』とか、『ふーん』といった相づち。ロボットと一緒に盛り上がるためには大切な言葉なんです」とも語る。まさに、ロボットが会話に参加している雰囲気になるのだという。
さらに、フリートーク機能も搭載。iPhoneのコントローラに、ロボットに喋ってほしい言葉を書き込めばいい。
「最初は、用意された言葉を喋ってもらうだけのお客様が多いのですが、後半はフリートークばかりを使っているお客様も多いですね」
フリートーク機能を使えば、固有名詞も使えることから、「〇〇、飲めぇー!」とか、噂になっている人の名前を入れてながら「〇〇ちゃんと、私のどっちが好きなの?」とロボットに言わせてみたりといったことができる。
「普段言えないことや、言いにくいことをロボットに喋らせて、盛り上がっているお客様が多い」という。
来店客が帰って、iPhoneのコントローラのフリートークをリセットする際に、ロボットに言わせた言葉が残っている場合もあるというが、「ロボットに、エッチなことを言わせているお客様も、結構いるようです。フリートークのメッセージは、削除してからお帰りになることをおすすめします」と笑う。
ロボットに自ら喋らせなかった理由とは?
実は、ロボットが勝手に喋らず、iPhoneによるコントローラでロボットに喋る内容を指示する使い方を選択した背景には、先にも触れたように周囲の音がうるさく、聞き取りにくいために対話が成り立ちにくいという理由もあるが、もう1つの理由がある。それは、来店客の会話を遮らない配慮からだ。
「ある一定時間、ロボットを使った対話がなかった場合に、ロボット側から、声をかけてみるということも考えました。しかし、その時にお客様が会話で盛り上がっていることを遮るきっかけになってしまったり、盛り上がってる話題を変えさせてしまったりという可能性があるため、ロボット側からは声をかけないようにしました」。
こうした配慮は、現場の状況を知り尽くしているからこそのものだ。なんでもかんでもロボットに役割を与えればいいというものではない。
搭載している機能をなるべく使うという発想ではなく、むしろ、マイナス要素になるのではあれば、機能は使わないという判断の下で導入している点が、くろきん神田店でのロボット導入における基本姿勢だ。
AIの本格的な利用はこれから
だが、よくよく考えてみると、今「くろきん神田店」で使われている機能は、決してAIを使ったものではない。
AIと言える部分はないのだろうか。実は、尾方さんは、顔認証によって、接客サービスの質を高めることを諦めたわけではない。
来店客の顔を認識する機能は、既に実装しているのだ。ここに、マイクロソフトのCognitive Servicesが利用されている。
iPhoneのコントローラから、「Sotaと仲良くなる」というメニューを選ぶと、「Sotaに覚えてもらう」という項目がある。そこから、呼んで欲しい名前を入力して、カメラに向かうと登録が可能だ。次回訪れたときに「Sotaからの挨拶」を押すと、登録した顔と照合して、「〇日ぶりですね」などと声をかけてくれる。
「既に200人以上のお客様に登録して頂いています。これは私たちの予想を上回る登録数です」
現時点では、登録をしても次回来店時にロボットが挨拶をするだけの機能に留めているが、「次のステップでは、お客様のお酒の好みなどを理解して、おすすめのお酒をロボットが紹介するといったことも行ないたいですね」とする。
AIを活用した取り組みは、むしろこれからだといっていい。
ロボットのために40人のスケジュール変更も
ところで、2016年12月12日に、ロボットおよびAIを導入して以降、集客効果はどうなのだろうか。
ゲイトの梅原聖矢さんは、「反響は予想以上のものです。ロボットは1台しか設置していないのですが、『飲みニケーションロボット席』と呼ばれるこの席を最初から指定して予約するお客様が多いことに驚いています」と語る。
実際、取材中にも、飲みニケーションロボット席を指定した予約が電話で入っていた。
2016年12月は、導入が12日だったため、約半月間の稼働だったが、飲みニケーションロボット席の予約数は25件に達し、98人が利用したという。また、1月は15件の予約が入り、126人が利用。1件あたりの予約人数が増えている。
「1月には、40人の団体でご予約を頂いた際、その日が既に飲みニケーションロボット席が埋まっていてお断りすることになったのですが、お客様の方で、別の日程に再調整をしてご予約を頂きました」と尾方さん。ロボット1台のために、40人のスケジュールが変更されてしまったというわけだ。
実際、集客効果は抜群で、来店数は前年同月比で10%増という効果が出ている。
「当初は、どれだけの効果があるのか、まさに手探りの状態で、期間は決めずに効果がなければ撤収する予定でした。しかし予想以上の効果もあり、先日、常設することが正式決定しました」と尾方さんは喜ぶ。「今や自分の子供のような感じです」と笑顔が絶えない。
IT関連企業に勤務する来店客も
実は、2月になっても、同社ホームページや店頭にロボットがいる居酒屋であることが表示されていない。
「あまりの人気ぶりに告知するのを忘れていた」と、尾方さんは笑うが、広告を打たずに、口コミだけで集客を図れるという効果も実証されているといえる。
来店客の多くは、ロボットと一緒に楽しみながら飲んでみるというケースが多いが、中には「IT関連企業の方が来られて、ロボットと真剣に向き合っている姿を見ることもあります」と、梅原さんは語る。
「例えば、ロボットにフリートークをさせる場合に、入力した文字が漢字/ひらがな/カタカナのどれにすればスムーズに発音するのか、といったことを実験していた姿も見かけました」。
予約客は圧倒的に男性が多いという。「ご予約を頂いたグループの中に女性が入ることはあっても、女性だけのグループで、飲みニケーションロボット席のご予約を頂いた例はこれまでにないんです」(梅原さん)。
ぜひ、PC Watchの女性読者は、女性だけの最初の予約者に挑戦してみてはどうだろうか。
飲みニケーションロボット席の予約のコツは?
今後、同社ホームページや店頭にも、ロボットがいる居酒屋であることが表示されることになりそうだが、利用者からすれば、予約が取りにくくなるのは避けたいところだ。そこで、飲みニケーションロボット席の予約のコツを聞いてみた。
一般的に居酒屋の予約は水曜日と金曜日に集中する傾向があると言われるが、飲みニケーションロボット席の予約は曜日が分散しているという。
「もしかしたら、金曜日は予約が取れないと思って、別の日を設定していただいているのかもしれませんね。3月は、まだお席にも余裕があります。土日であれば、もっと融通がききますよ。まずはご相談ください」と、尾方さんは語る。
そして、ゴールデンウィークを目標にロボットの数を増やす計画で、それに向けた準備をしているところだという。さらに、サービス内容の進化についても検討しているという。
「ロボットに英語や中国語を喋ってもらうなど、少しずつ進化を図りたい」と尾方さんは語る。
企業においては、これから人事異動が多くなる季節であり、さらに新入社員を迎える季節もやってくる。それに伴って、送迎会や歓迎会も増えることになるだろう。ロボットに、送迎や歓迎の手伝いをしてもらうのも良いかもしれない。