大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通がPC新製品発表会に込めた、Lenovoへの4つのメッセージ

PCの国内生産拠点となる島根富士通

 富士通クライアントコンピューティングは、2017年1月17日、2017年春モデルの発表会見を行なった。

 今回の会見では、個人向けとして6シリーズ12機種、法人向けとして12シリーズ18機種の新製品を一斉に発表。PC、タブレット、ワークステーションといった幅広い製品群を新たにラインナップして見せた。

 特に、約777gの世界最軽量を実現した13.3型モバイルノートPC「LIFEBOOK UHシリーズ」や、狭額縁ディスプレイを採用した一体型デスクトップPC「ESPRIMO FHシリーズ」、Windows 10 Proを搭載した6型タブレット「ARROWS Tab V567/P」といったように、意欲的な製品が相次いだ点は高く評価できよう。

 そして、この会見を通じて感じたのは、新製品発表という表面的な部分だけでなく、富士通のPC事業に対する基本姿勢を改めて強調していたことだ。その内容を吟味すると、実は、これらの発言は、Lenovoに対する隠れたメッセージだったのではないかとも感じた。

新製品発表会はLenovoへのメッセージ性が強いものになった

 富士通は、2016年10月、「富士通およびLenovoによるPC事業における戦略的提携の検討」と題したニュースリリースを発表。グローバル市場に向けたPCの研究、開発、設計、製造に関する戦略的な提携について、両社が検討を進めていることを正式に明らかにした。

 この提携の中には、事業統合も視野に入っており、それに向けた条件面での調整が水面下で進められているところだ。だが、関係者の話をまとめると、その話し合いの進捗は、かなりゆっくりとした歩みとなっている。そうした中での今回の新製品発表での数々の発言は、富士通が自らのPC事業の強みや、それを維持するための条件を、Lenovoに対して、暗に示したと見えなくもない。

 それは、こんなところにも感じることができる。

 会見場には、齋藤邦彰社長を始め、竹田弘康取締役専務、髙木達也取締役常務、仁川進執行役員など、同社幹部が全員揃った。だが、30分以上に渡る説明は、すべて齋藤邦彰社長が1人で行なった。説明後の質疑応答については、壇上には竹田取締役専務、仁川執行役員が一緒に上がったものの、記者からの質問全てにも、齋藤社長が回答した。また、会見後のぶら下がりも齋藤社長が最後まで1人で応じた。これまでは、製品ごとに担当役員が入れ替わって説明するのが定番だった富士通のPC新製品の会見だったが、今回は、齋藤社長が、1人ですべてを仕切ったことに、強いメッセージ性を感じざるを得なかったのだ。

 では、どのようなメッセージがこの中に盛り込まれていたのだろうか。

富士通クライアントコンピューティングの齋藤邦彰社長
質疑応答でも、齋藤社長(中央)がすべての質問に答えた

世界最軽量に切り込んだ富士通の意地

 1つ目のメッセージは、モノづくりの強さを徹底的に訴求したことだ。

 その象徴が、今回発表したモバイルノートPC「LIFEBOOK UH75/B1」である。13.3型モバイルノートでは、世界最軽量となる約777gを実現。まさに、富士通のノートPCのモノづくりの強さを見せ付けるには最適なものだったと言えるだろう。

13.3型モバイルノートPC「LIFEBOOK UHシリーズ」を発表する齋藤社長

 スペックなどの詳細は他稿に譲るが、堅牢性やセキュリティ強化などを維持しながら、この軽さにこだわった点には大きな意味がある。

 すでにLenovoがグループしているNECパーソナルコンピュータ(以下NEC PC)が、Lenovo傘下における復活の象徴的モデルとして製品化したのが、LaVie Zであった。現在では、LAVIE Hybrid ZEROと呼ばれている製品だが、NECが持つノートPC開発の技術を注ぎ込んで、世界最軽量を実現し続けている。

 これまでは、世界最軽量では、後塵を拝していた富士通だが、今回のLIFEBOOK UH75/B1では、NEC PCのLAVIE Hybrid ZEROが達成していた779gを、2g下回る重量とし、世界最高を実現して見せたのだ。

 しかも、筐体に富士通のブランドカラーであるレッドを施した点も意欲的だ。サテンレッドと呼ばれる光沢色のこのカラーは、2012年に発売したLIFEBOOK UH75/H以来の採用だ。実は、この塗装は、何重にも塗装することから、コスト増に繋がり、同時に重量的にもマイナスとなる。わずか0.数gの重量さえも削ぎ落す作業の積み重ねが求められる世界最軽量モデルへの挑戦においては、逆効果とも言える判断だが、あえて、富士通を強くイメージさせるサテンレッドを、筐体全体に採用したところに、この製品にかける同社の意気込みが伝わってくる。

「LIFEBOOK UHシリーズ」のサテンレッドカラーは富士通の挑戦の証だ
13.3型モバイルノートPCは女性が乗っても壊れない堅牢性を実現

 NEC PCは、富士通が同製品を発表した日に、LAVIE Hybrid ZEROの後継機を今年(2017年)春に投入することを示したプレスリリースを発表。リリースの中では、「世界最軽量」という言葉を使いながら、「今春登場予定の13.3型モデルは現行モデルで好評な2in1タイプの進化形としてさらなる軽量化を果たし、2in1 PCの世界に新たなイノベーションを提供する」と、具体的なスペックなどを明かさない内容でありながらも、世界最軽量の座を譲らない姿勢を示して見せた。NEC PCも異例の対抗措置に打って出たというわけだ。

 統合がLenovo傘下において進めば、当然、再編が進むことになろう。そうしたことを視野に入れながら、NEC PCが得意とする分野に対して、富士通は真っ向から対抗して見せたのが、LIFEBOOK UH75/B1ということになる。

 富士通クライアントコンピューティングの齋藤社長は、「総力を上げて投入した新製品」と表現したが、まさにその言葉通りの製品であり、市場への提案という側面だけでなく、LenovoやNEC PCに対しても、強いメッセージ性を持った製品だと言うことができる。

自前の工場がなくては富士通の強みが発揮できない

 2つ目のメッセージは、「自前の工場」を持つという強みだ。

 会見の中で、齋藤社長は、「富士通ならではの匠の技」という表現を何度か使った。

 「富士通は、PCビジネスを35年間やってきている。この実績をもとに、ベストフィットする製品を提案していくことができる。要望に応じて、オーダーメイドで製造や設計が可能であり、顧客が望むリードタイムで、製品を提供することができる」と語り、ここに、「匠の技」の存在を示す。

富士通ならではの匠の技が強み

 ベストフィットする製品提案の具体的な事例として挙げたのが、生命保険会社向けのカスタマイズモデルと、教育分野に向けたカスタマイズ事例の2つだ。

 富士通では、生命保険会社に向けに、薄さ15mm、重量880gの12.1型タブレットを開発。資料をスクロールなしで表示できる4:3のスクエア液晶画面を採用するとともに、紙にペンで書くような書き心地を実現する最新デジタイザを搭載して見せた。

 「営業職員が、契約をその場で決めたいという用途に応じて開発したものであり、これを実現するために、ありとあらゆるカスタマイズを行なった。この製品は、生命保険会社の業務効率化を実現するとともに、顧客にとっても便利なものになる。導入した生命保険会社からは高い評価を得ている」とし、「これは自前の設計、開発、工場があるからこそできること」だと語る。

 また、教育分野向けに導入したタブレットも、富士通クライアントコンピューティングのエンジニアが、教室での利用状況を直接出向いて視察。それを元にカスタマイズを行なった。ここでは、持った時に滑りにくいSchool Gripや、落下時などに衝撃を吸収するSchool Face、滑りにくいキーボードなどを採用したほか、重心を本体手前側に置くことで、タブレット本体が机から少しはみ出して置かれても、机から落ちにくいようにするといった設計変更も行なっている。

 「日本の教室の机は小さいため、タブレットの落下が多く、故障によって授業が止まってしまうことが分かった。タブレットを使って、生徒の成績を上げたいという現場の要望に応え、授業を止めないためにはどうすべきかといった観点で工夫を行なった」という。

 また、学校のさまざまシーンで教員がタブレットを利用できるように、理科室や家庭科教室、プールでも使用するための防水、防塵、塩素水対応を図ったほか、体育館のような薄暗い場所でも撮影しやすいカメラを搭載するといった工夫を施した。こうした細かい配慮が富士通の教育分野向けタブレットには盛り込まれている。

 さらに、北米の学校では、新たに導入したPCに、1台ずつ管理用のラベルを貼るという作業が現場で行なわれていたが、この作業を生産時に量産ラインで対応。1台ずつ梱包する方式ではなく、集合梱包を行なうことで梱包コストおよび輸送コストの低減を実現した。また、量産ライン上にクリーンルームを作り、画面に傷が付かないようにする「スクリーンプロテクター」を貼付するサービスも用意した。これも自社工場だからこそ可能なサービスだと位置付ける。

 富士通は、日本における生命保険向け端末市場において80%のシェアを獲得。文教市場におけるWindowsタブレットの導入シェアでも86%という高いシェアを獲得している。こうしたことからも、同社独自のカスタマイズが市場から評価を受けていることが裏付けられる。

富士通は国内の生保端末や文教市場では高いシェアを持つ

 「これらのカスタマイズやサービスは、自前の工場があるからこそできる」と、齋藤社長は前置きし、「富士通のPC事業の強みは、匠の技術によって実現されるカスタマイズであり、それを実現するのが自前の工場の存在。顧客に、カスタマイズが受け入れられる限り、工場を自前で持つことが不可欠である。工場がないと我々の強みがなくなる。富士通のPC事業の方針が維持できない」と言い切る。

 富士通のPC事業は、「Super Value Chain」と呼ぶ、開発、生産、サポートまでのサプライチェーンを、日本の中で集約し、すべて自前でやるプロセスを構築しているのが特徴だ。その中でも、生産拠点の存在はとても重要だ。これを事業統合においても、維持できるのかが課題である。

富士通のPC事業におけるSuper Value Chain

 富士通のPC事業は、ノートPCの生産を行なう島根富士通と、デスクトップPCの生産を行なう富士通アイソテックが主要生産拠点となるが、富士通クライアントコンピューティングの傘下で生産しているのは島根富士通だけだ。デスクトップPCとともにサーバーなどを生産している富士通アイソテックにとっては、PC生産は受託生産事業であり、今後、工場の位置付けは、富士通本体の中で検討されることになる。そのため、富士通クライアントコンピューティングにとって、自前の工場というのは、正確に言えば、島根富士通のことを指すと考えていい。

 余談だが、島根富士通は、現在、ノートPCの生産だけを行なっているが、東日本大震災以降、事業継続性を実現するために、緊急時には、富士通アイソテックで生産しているデスクトップPCの生産を行なえる体制を整えており、定期的に試験生産も行なっている。その点では、デスクトップPCの生産を島根富士通に統合することも可能な話である。

 つまり、事業統合後も、島根富士通を維持することが、富士通のPC事業の強みを維持する前提となり、それがLenovoとの交渉において、重要な条件となっていることが推察される。

 今回の会見を通じて、齋藤社長自らが、「自前の工場」を持つことが、富士通のPC事業の強みを維持することに繋がることをもっとも強調して見せたのは、Lenovoに対する強いメッセージだったとも受け取れる。

主力の法人向けPCでは富士通との連携が鍵に

 3つ目のメッセージは、富士通本体との連携が、富士通のPC事業の差異化に繋がっていることを改めて示したことだ。

 齋藤社長は、富士通のデジタルビジネスプラットフォームであるMetaArcを通じて提供されるクラウド型サービス「Mobile SUITE」について説明。業種ごとのさまざまなモバイルソリューションと連携するとともに、モバイルデバイスやアプリ、コンテンツの一元管理の実現のほか、アプリのセキュアな配信などを実現する「セキュア配信/認証/ID管理」機能の提供を通じて、スマートデバイスとしてより便利に活用できるようになることを示した。

富士通のMetaArcとの連携が法人向けPCの強みに繋がる

 さらに、手の平静脈認証やリモートデータ消去、秘密分散方式ソフト、離席検知による画面オフ機能など、富士通グループが持つ技術が、富士通の法人向けPCの差異化に繋がっていることにも触れた。「持ち出すことをためらわない圧倒的なモビリティ性を追求するとともに、富士通独自のセキュリティソリューションによって、企業が安心して持ち運んで利用できる環境を提供できる」とする。

 富士通のPC事業の主力は、法人向けである。そして、それを支えているのが、富士通グループが持つ、モビリティやセキュリティに関する数々の技術やサービスだ。これを切り離すような統合が行なわれるようだと、主力となる法人向けPC事業において、富士通製PCの魅力が大きく損なわれるのは明らかだ。これも、Lenovoに対するメッセージだと受け取れなくもない。

コンピューティングを基軸に新事業に挑む

 最後のメッセージは、齋藤社長の言葉の中に含まれていた。

 齋藤社長は、一連の新製品を発表した最後に、「こうした製品を大切にしていくが、富士通は、できるだけ長い間、役に立ちたいと考えており、新たな取り組みを継続したい。そこでは、我々にしかできない価値を探求していきい。その先についても、将来についても期待して欲しい」と続けた。

 齋藤社長の言葉はかなり抽象的で、この言葉だけでは、齋藤社長の意図が伝わりにくいかもしれない。だが、この言葉には重要なメッセージが含まれていると感じざるを得なかった。

 実は、富士通クライアントコンピューティングでは、これまで正式には公表してこなかったが、2016年2月に同社を設立して以降、「Computing for Tomorrow」と呼ぶ社内プロジェクトをスタートしている。PCやタブレットなどの既存ビジネスに捉われない新たな基軸の製品やサービスなどを創出することを目指したもので、若手社員を中心にアイデアを募集し、それを新たなビジネスとして立ち上げることを目指している。すでに事業化に向けて具体的に動き始めている案件もあるようだ。

 こうした動きを捉えれば、齋藤社長の言葉も理解できる。つまり、富士通クライアントコンピューティングは、今後、PCやタブレット、ワークステーションだけのビジネスに留まらず、コンピューティングという観点から新たな製品を創出することを重視しており、それをLenovoとの統合後も推進していきたいという姿勢を示したとも言えるのだ。

 齋藤社長は、社名の中に、「パーソナルコンピュータ」や「PC」の名前を入れず、富士通クライアントコンピューティングとしたことについて、「PCに留まらず、コンピューティング全般を担う会社を目指す」と説明。「あらゆる人、あらゆる場所で発生する、あるいは必要とされるコンピューティングをすべてまかなうことにより、お客様の豊かなライフスタイルに貢献するという意志を込めた名前であり、それを事業とする会社である」と位置付けている。

富士通クライアントコンピューティングが目指す方針

 そして、「コンピューティング全般がより深化および進化を遂げ、拡大する中で、IoTやビッグデータなどの領域でデータを収集、解析することが、お客様のいろいろな場面に役立ち、世の中のイノベーションを引き起こす起点となりつつある。そのような中、データを得る、あるいはその解析結果をお客様にフィードバックするための人とのインターフェイス、およびリアルワールドへのインターフェイスを担うユビキタスフロントを担っていく」と、同社の役割を示す。

 PC市場が縮小し、タブレット市場も鈍化する中で、それらの製品に捉われない新たな事業に踏み出していくことが、これからの重要な事業戦略と捉えており、今回の会見では、具体的な製品がなくても、あえて、その辺りに言及し、取り組みを継承する重要性を、Lenovoに対するメッセージとして訴えたとの見方もできなくはない。

富士通の強みは維持されるのか?

 富士通クライアントコンピューティングの齋藤社長は、「法人ユーザー、コンシューマユーザーに向けて、富士通は、ユニークなものを提供していくことはこれからも変わらない」とし、「それを強くするための提携を狙っている。強化することができるのであれば、今までの延長線上ではないこともやる」と語る。

 だが、今回の会見を通じて、富士通のPC事業の強みを維持するには、工場の維持や富士通グループとの連携維持、そして、新たな事業への取り組みが不可欠なことを訴えて見せた。

 Lenovoとの話し合いの中で、こうした条件を盛り込むことができるのか。これが、統合後に富士通のPC事業の強みを維持できるかどうかのポイントになる。