大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

もはやイメージキャラクターは必要ない!?

~キヤノン、エプソンのインクジェットプリンタ戦略を追う

 国内インクジェットプリンタ市場が縮小傾向にある。BCNの調べによると、2015年は前年比6.5%減と前年割れになったのに続いて、2016年はさらに落ち込み、前年比10.2%減と2桁台の落ち込みを見せた。市場縮小に歯止めがかからない状態だ。

 そうした中、キヤノン、エプソンの国内2大プリンタメーカーのマーケティング戦略にも変化が見られている。それはインクジェットプリンタビジネスが転換期を迎えていること、そして、それに向けた各社の製品戦略が手探り状態であることの裏返しとも言えそうだ。

縮小するインクジェットプリンタ市場

 インクジェットプリンタ市場の縮小が止まらない。

 BCNの調べによると、国内におけるインクジェットプリンタの販売台数は、2013年に前年比3.9%減となって以降、4年連続で縮小している。

 これは、インクジェットプリンタの最大の商戦期となる12月でも同様の傾向が見られる。

 BCNによると、2014年12月は前年同月比9.6%減、2015年12月は5.0%減、2016年12月も7.1%減と、毎年縮小傾向を続けているのだ。

 市場縮小の要因はいくつかあるだろう。

 1つは、家庭内において、プリンタを使う機会が減少していることだ。写真撮影がデジカメからスマートフォンへと移行するのに伴い、写真プリントをする機会が減少したり、年賀状の発行枚数が6年連続で前年を下回り、34年ぶりに30億枚を割り込むなど、年賀状需要が縮小。相対的にプリント枚数が減少し、プリンタの購入も減っていることがあげられる。中には、「必要な時にはコンビニエンスストアの複合機を使って印刷をすれば良い」という考え方をするユーザーも増えてきた。

 また、プリンタの買い換え年数が長期化していることも見逃せない。「従来は、平均買い換えサイクルは5年程度だったが、最近では6~7年と長期化している」(エプソン販売)という。

 サイクルの長期化は、買い換えを促すような魅力的な提案ができていないというメーカー側の反省もあるだろうが、使う頻度が減っているプリンタの買い換えが長期化するのは、当然のことと言える。

2015年はエプソンがキャラクターを起用せず

 市場が縮小傾向にある中で、ここ数年、インクジェットプリンタメーカーは、マーケティング戦略においても模索を続けている。

 カラリオ発売から20周年という節目にあたった2015年の年末商戦で、エプソンが取ったのは、TVCMなどにタレントを使わずに、「ちいサメ」と「エイさん」の独自キャラクターだけを起用。さらに、年末商戦には、付加価値モデルと主力モデルだけを投入。エントリーモデルの投入は年明けにするという異例の戦略を取った。

 エプソンは毎年、旬のイメージキャラクターを採用。2012年と2013年は忽那汐里さん、2014年は渡辺麻友さんを起用していた。

 だが、イメージキャラクターを起用しなかったこの一手は、シェア競いでは裏目に出た。

 2014年12月には、キヤノンが43.9%、エプソンが42.6%と拮抗していた両社のシェアは、2015年12月には、キヤノンが48.8%とシェアを拡大したのに対して、エプソンは38.8%と4割を切り、キヤノンと10ポイントもの差が付いてしまったのだ。

 しかしエプソンにとっては、利益率が低いエントリーモデルの販売が縮小したことも貢献し、2015年度第3四半期のプリンティングソリューションズ事業の営業利益は8億円増加して、371億円となった。

ちいサメ
エイさん
2015年発売のEP-10VA

2016年はキヤノンがキャラクターを起用せず

 この手法を、2016年の年末商戦で踏襲したのが、キヤノンだ。

 2012年から2014年には桐谷美玲さん、2015年には石原さとみさんをイメージキャラクターに起用していたが、2016年は起用を見送った。しかも、フラッグシップモデルを一新するという意欲的な取り組みであったにも関わらず、大々的な新製品記者発表は行なわないという、まさに異例の措置とした。

 正確に言えば、例年通り、製品の技術的な詳細説明の場は設けられた。振り返ってみれば、フラッグシップモデルの刷新において、付加価値モデルをじっくり訴求するための一手だったと理解することもできるだろう。

桐谷美玲さん
石原さとみさん

 一方で、エプソンは、2016年には再びイメージキャラクターを起用する手法に逆戻りし、年末商戦に向けて、吉田羊さんが登場するTVCMを積極的に放映した。

 まさに、2015年の年末商戦と2016年の年末商戦では、両社の立場が逆になったとも言えるのだ。

 この結果、キヤノンは46.6%とトップシェアを維持。一方で、エプソンのシェアは41.7%にまで回復した。

 実はキヤノンは、TVCMを減らす一方で、Webを活用したターゲティング型マーケティングを推進した。これが付加価値モデルの販売増加に寄与している。

 キヤノンマーケティングジャパンでは、「インクジェットプリンタは、第4四半期の需要期に、PIXUS TS9030やPIXUS TS8030といった高単価製品の売上げが順調に推移した」と説明。これが収益拡大に寄与していることを示した。

PIXUS TS9030

2016年年末商戦は価格競争は沈静化

 キヤノンが、付加価値型製品を中心とした戦略を打ち出したことで、2016年末は、市場における価格競争が沈静化したことも興味深い。

 もちろん、例年通り、各社ともに積極的なキャッシュバックキャンペーンを実施し、2017年1月末にそれが終了したところだが、それでも市場全体で平均単価は上昇している。

 BCNの調べによると、2015年の売れ筋となったキヤノンの「MG7730」の平均単価は20,300円、エプソンの「EP-808A」は21,900円。これに対して、2016年の売れ筋となったキヤノンの「TS8030」は22,800円、エプソンの「EP-879A」は22,600円と、いずれも上昇しているのだ。

 セイコーエプソンの2016年度第3四半期の業績にも、それは反映されている。事業利益では、価格変動によって66億円の押し上げ効果が出ており、その要因として、「インクジェットプリンタの価格競争が沈静化し、平均単価が上昇したことが背景にある」と説明した。

なぜ、積極的な広告展開をするのか?

 ところで、主要プリンタメーカーが、年末商戦において、積極的なTVCMを展開するなど、多くの広告宣伝費を投資するのには、いくつかの理由がある。

 1つは、当然のことながら、製品およびブランドの認知である。

 年賀状需要が集中する年末商戦は、プリンタメーカーにとっても需要のピーク期。そこに向けて集中的に広告を打つことで、新製品の認知度を高め、販売に繋げようというわけだ。

 2つ目は、翌年のビジネスに向けた布石である。

 周知のように、インクジェットプリンタのビジネスモデルは、本体を安く販売して、インクカートリッジで収益を上げるというものだ。

 つまり、前年にどれだけのシェアを獲得したかが、翌年の収益の出来高に繋がるというわけだ。そのため、年末商戦での売れ行きは、翌年のプリンタビジネスの収益に大きく影響する。そのためには広告宣伝費の投入は不可欠になる。

広告宣伝費の縮小がプリンタの利益構造を変える?

 だが、TVCMをはじめとする広告宣伝費は、かなりの額に上る。

 ある関係者は、「100億円のビジネスをするために、50億円を広告宣伝費に使い、50億円が儲けになる構造」と比喩する。そのままの数字が当てはまるわけではないが、プリンタメーカーの年末商戦での戦い方は、こんなイメージだというのだ。

 つまり、見方を変えれば、広告宣伝費を縮小した分だけ、利益が上乗せされるとも言える。利益重視の戦略を優先するのならば、有効な一手というわけだ。しかし、その裏返しとして、翌年のインクカートリッジビジネスの縮小を余儀なくされる可能性が高く、これが何年も続くようならば、ブランド認知度そのものが下がっていく可能性があるとも言える。

 とは言え、インクジェットプリンタ市場全体が縮小傾向にある中で、この考え方にも転換期が訪れてきたのも事実だ。それが、この2年間に渡るキヤノン、エプソンの取り組みに表れているとも言えそうだ。

付加価値モデル中心の戦略にシフト

 市場の縮小とプリンタを取り巻く環境変化によって、インクジェットプリンタの主要各社の取り組みは、販売台数を追い、それをベースにしてインクカートリッジで稼ぐという構造だけでは、限界があると感じ始めているのは明らかだ。

 そこで主要各社は、付加価値モデルの販売を重視する姿勢を見せているのだ。

 キヤノンマーケティングジャパンでは、「インクジェットプリンタは市場の縮小が続き、本体、カートリッジともに低調に推移するものの、本体は高単価商材の構成比を高め、収益性を確保する」と、今後のプリンタ事業の基本戦略を示してみせる。

 同社によると、2016年のインクジェットプリンタの販売台数は前年比13%減。2017年も4%減のマイナス成長を見込む。同様にインクカートリッジも、2016年は前年比3%となったのに続き、2017年も4%減を見込む。販売台数の減少に伴って、プリンタビジネスの収益を支える、インクカートリッジも縮小を見込んでいるのだ。だが、それでも収益を確保するというのは、付加価値モデルへのシフトと、広告宣伝費の見直しを始めとする、販管費の削減による効果を見込んでいるからだ。

 一方、エプソンでは、2016年から大容量インクタンクモデルを日本でも投入し、インクカートリッジによる収益モデルからの脱却を図ろうとしている。エプソン全体としては、新興国での展開が功を奏し、既に同社プリンタの出荷台数の約4割を占め、累計出荷も1,500万台に達しているという実績を持つ。ただ、欧米などの先進国では、1割以下の構成比となり、日本でもわずか数%という水準。依然としてインクカートリッジモデルが主流となっている。だが、今後、日本を始めとする先進国でも、大容量インクタンクモデルのビジネスを拡大する姿勢をみせており、インクカートリッジによる収益モデルからの脱却を模索している。

 ちなみに大容量インクタンクモデルは、海外ではキヤノン、ブラザー、HPが製品化しており、その市場性を探っている段階。この分野で先行するエプソンを追う姿勢をみせている。

エコタンク搭載プリンタのEW-M660FT

収益構造の変化を模索するプリンタメーカー

 こうした付加価値型のモデルが中心になれば、これまでのようなマスを対象にした広告宣伝よりも、Webなどを活用したターゲティング型の広告展開が効果的との見方もできよう。

 そうなれば、広告宣伝費を削減した分、プリンタの利益が拡大するという構図も生まれる。

 実際、キヤノンマーケティングでは、前年の119億円から、2016年は91億円に広告宣伝費を削減。また、年末商戦期の第4四半期には、前年同期の35億円から25億円と、約3割も削減。広告宣伝費を含む販売管理費の削減により、収益を改善。「全社的な販管費の削減と、高粗利ビジネスへとシフトしたことが要因。営業利益率では4.4%と過去最高を達成している」という。

 特に2016年においては、プリンタと並んで広告宣伝費が大きいデジタルカメラにおいて、「EOS 5D Mark IV」と「EOS M5」といった高機能モデルを発売。ターゲティング型の広告宣伝が中心となったことも広告宣伝費の削減に繋がっている。

 今後、プリンタ市場において、付加価値モデルが強化されれば、広告宣伝戦略も変化することになり、それに伴い、収益モデルの考え方も変化する可能性が高い。大容量インクタンクモデルの拡大が見込まれる中、インクカートリッジで稼ぐビジネスモデルからの脱却する筋道は、こうした市場変化に合わせて、マーケティング戦略の変化がベースになるのかもしれない。

 キヤノンおよびエプソンは、2015年、2016年の商戦において、それぞれイメージキャラクターを使わないという経験をした。その結果から学んだことも多いだろう。

 そうした経験を基に、2017年のインクジェットプリンタのマーケティング戦略はどうなるのか。今後の手の打ち方が気になる。