山田祥平のRe:config.sys

その後の震災を救うIT




 あの大震災からもうすぐ1年。TVは1周年の特集を頻繁に放送するようになったが、その映像を見ていても、東北の被災地の様子はまだまだ傷跡が生々しい。その傷跡を少しでも早く癒やそうと、いろいろな動きがある。そして、ITはやはり人々を救うのだ。

●被災した写真よ蘇れ

 「社会貢献学会」は社会貢献を共に考え実行する、新しい形の市民学会として東北福祉大学、神戸学院大学、工学院大学の3大学が共同で設立した任意団体だ。そのボランティア活動の一環として「あなたの思い出守り隊」というプロジェクトを結成、あの震災後、約10カ月の活動後、その成果をまとめ、ノウハウを元に「写真修復マニュアル」を作成して提供を開始した。

 このマニュアルには、依頼者から届いた写真アルバムを開封し、写真を洗浄して修復し、依頼者に返送するまでの作業の流れのポイントが事細かに解説されている。

 作業項目としては、

1. アルバム・写真の開封作業~写真を乾燥させる
2. 写真の分類~写真の状態を確認し、修復の可能、不可能を判断する
3. 写真の洗浄・泥落とし~雑菌・汚れを落とす
4. スキャナーでの写真のデータ化~PCで修復するために写真をデータ化する
5. 写真の修復作業~AdobeのPhotoshopを使って実際の修復を行なう
6. 写真の印刷・返送~修復完了した写真をまとめ依頼者に返送する

という流れがまとめられている。このうち特にITがからむのは5番の行程だが、その他の行程にもITを活用したノウハウがちりばめられている。

 例えば、開封作業では、まず、届いた写真の状態をデジタルカメラで記録し、届いた時の状態を記録するようにしている。

 また、2番の行程でも、スキャン作業のみでの修復が可能か、Photoshopでの加工が求められるのかを判断してポストイットが貼り付けられる。

 3番では写真が洗浄されるが、ここ10年以内の写真はインクジェット出力のものが少なくないため、安易な洗浄をするとインクがしみ出してしまう可能性もある。銀塩写真と白黒写真は水洗い可能だが、画像面の剥離に要注意だ。また、ポラロイド写真は裏面の袋状の部分に水が入り込んでしまい、かえって被害を大きくしてしまう。インクジェット印刷写真については、本来、染料、顔料のインクの違いまで考慮しなければならないが、実際には、アルバムに貼り付けられた状態であり、シートで覆われているため、それほど気遣いする必要はないことが多いという。

 4番ではフラットベッドイメージスキャナーの操作が求められる。取り込みの際の解像度は400dpiで、この段階でトリミングや、苔状の汚れの除去、色合いの調整、キズの低減などを処理してしまう。海水による特定色の色落ちも補正も行なわなければならない。このデータはイントラネット状のサーバーに保管されるが、個人情報保護のためにデータの外部持ち出しは禁じられている。すべて定められた場所での作業となり、パスワードによるセキュリティ管理が徹底されているという。

 5番では当然、Photoshopの操作の習得が必要だ。ここではアドビが協力し、講師を派遣してツールの使い方などの指導を行なったという。具体的にはPhotoshop CS5のダストアンドスクラッチを使い、細かく修復を行なっていく。

 6番では修復後の写真データを収録したDVD-Rも作成されるので、これも大事な行程だ。

 Photoshopでの修正は時間をかければかけるほど緻密な修正が可能だ。例えば、風景や家屋などをバックにした人物写真の場合、完璧を目指して念入りに修正するなら、背景画像もある程度復元することができる。もちろん作業者のスキルは必要だし、想像力も求められる。そして、1枚の写真を修復するには膨大な時間が必要だ。最初は、できうる限りの修復を施していたそうだが、完全を目指すよりも、多くの場合は、顔の部分がはっきりと蘇ったキレイな状態の写真を復元することを目指すようにし、写真全体にまたがる大きなキズや汚れなどを避けてトリミングするようにしてスピードアップを図ったという。

●被災者自らも修復にチャレンジしてほしい

 こうして多くの写真が甦り、依頼者のもとに返送され、感謝の礼状が届いてはいるが、取り組まなければならない写真はまだまだ山積み状態だ。急がなければ被害も進んでいくかもしれない。

 アドビでは、被災地に講師を派遣し、自分自身で写真を修復するためのテクニックを習得してもらうセミナーの開催なども考えているという。

 個人的なアイディアとしては、Photoshopの体験版と、思い出守り隊のマニュアルを合わせたのもをセットにして配布し、こうしたことができるのだということをアピールしていくのもいいんじゃないかと思う。ITに疎い一般的な方の想像力では、こうしたことができるということさえ思いつかないかもしれないからだ。

 それに、この体験で、イメージングの世界に入ることを決める若きクリエーターだって生まれるかもしれないのだから、アドビにとっても悪い話ではないだろう。いずれにしても、ボランティアの限られた人数だけでは、とにかく対応が遅々として進まないくらいに被害は甚大だということだ。

●あきらめられているデジタル被害

 震災のあった2011年は、あのカシオのQV-10から16年、写メールから12年というタイミングだった。当然、被害に遭った写真は、銀塩で撮られてアルバムに整理されたものばかりではないはずだ。きっと、多くのデジタル写真が被害に遭っているはずだ。その枚数たるや、紙焼きの比ではないとも想像できる。

 多くの人々は、動かなくなったPCや、水没して電源が入らない携帯電話内の内蔵フラッシュメモリに記録されているはずの、かけがえのないデジタル写真が、もしかしたら修復できるかもしれないということを知らないと思う。

 もし、ITが震災を救うのであれば、このデジタルの時代なのだから、デジタル被害についてもフォローアップできる体制が欲しいところだ。写真のみならず、水没したPC内のHDD修復なども含めてできることはあるはずだ。1回通電して運良く動けば、内容をそっくりそのままコピーすることだってできるかもしれないからだ。あるいは、ずっと保存しておけば、10年後、20年後には、簡単なユーティリティで自動修復ができる時代がやってくるかもしれない。そのくらいITの進化はドッグイヤーなのだから、あきらめてはならないという現実を、広く周知することも必要なのではないか。今は大変でも、明日には簡単にできるようになっているかもしれない。それがITというものだ。

●クラウドと災害

 米国のハリケーン被害は、2005年のカトリーナによるものが記憶に新しいが、その当時、すでにITはある程度世の中に浸透していた。多くの人々のかけがえのない写真は、例えば、HPのアルバムサービスであるSnapfishに救われたという。当時、このサービスは枚数無制限に写真をアップロードしておき、好きなときにプリントを発注できることをセールスポイントにしていた。それが功を奏したのだ。実際には、解像度が少し落とされるので、完全なオリジナルが保存されていたわけではないのだが、完全になくなってしまうという被害はなかった。

 同様に、今では、クラウドサービスを使うことで、低コストで安全に大事なデータを預かってもらえる。当然、サービス側のコンピューターが被害に遭う可能性もあるのだが、ユーザー側、サービス側双方のコンピューターが同時に被害にあってデータが失われるという最悪のケースはそんなに多くはないはずだ。こうした使われ方もあることを理解し、サービス側も、やみくもに無制限を強調するのではなく、オリジナルの保存を指向することを考えた方がいいかもしれない。拡張子の制限やサイズ制限についても、もっと緩やかなストレージサービスが求められてもいいと思う。

 こうしたことができるのはITならではだ。持てる宝物がデジタル化することで、かつてなら失っていたにちがいないものが戻ってくる可能性は高い。逆に、汚れても破れてもかつてなら戻ってきたかもしれないアナログ宝物のような面がデジタル宝物では希薄だ。どちらがいいとも決められない。それでも、人を、モノを、心を救えるという点で、もっともっとITにできることはある。それをぼくらは真剣に考えなければならない。これから起こるかもしれない災害の被害を最小に抑えるための予防策でもある。震災から1年を機会に、こうしたこともほんの少しでいいから考えてみてほしい。