■山田祥平のRe:config.sys■
PDC09を機に、Microsoftのクラウド戦略がいよいよ具体的になってきた。その背景には、いったいどんな思惑があり、我々エンドユーザーは、どのような恩恵を受けることができるのだろうか。
●オペレーティングエンバイロメントとしてのAzureMicrosoftのクラウド戦略におけるもっとも重要な要素は、言うまでもなくWindows Azureだ。2008年の秋に姿を現し、今回のPDC09で、いよいよ本格的な始動に向けて、個々の要素が明らかになりつつある。2010年の1月からは課金も開始され、正式サービスとして稼働することになっている。PDC09の各セッションも、Azureに関するもので埋め尽くされているのに近い状態だ。
Azureは、一体誰のためのものなのかを考えたときに、真っ先に否定されるのはコンシューマだ。確かに、このクラウドOSはコンシューマのためのものではない。ただ、そのサービス料金はコンシューマでも払えるくらいに低く設定されていることに注目しなければならない。
Azureの実態はWindows Server 2008 R2で、その中の一部のサービスのみを有効にしたものだといわれている。だからOSであるといっても対話的なログオンを目的にしたものではないから、ターミナルサービスでシェルが使えるわけでもなければ、ドライブとしてのディスクを扱えるわけでもない。ただ、今回、仮想マシンがサポートされることになったため、ちょっとだけ事情は異なることがわかってきたが、一般的なリモートデスクトップのような使い方は想定されていないし、まして、企業ユーザーがシンクライアントを使ってアクセスするようなこともなさそうだ。
MicrosoftのCSAであるレイ・オジー氏は、初日の基調講演において、クラウドがラップトップの体験を向上させることに言及した。Microsoftの現在のビジョンである3スクリーン+クラウドの組み合わせは、ラップトップからポケットの中の携帯電話、そしてTVにおいて、IEとSilverlightを使えるようにすることで、このビジョンを現実のものにするのだと、オジー氏はアピールする。
オジー氏によれば、Azureはオペレーティングシステムではなく、オペレーティングエンバイロメントなのだそうだ。Windows Serverのエッセンスをサービスとして提供するのがAzureで、そのユーザーは、サービスの利用において、ハードウェアのことを考える必要がまったくない。今日は1台ですんでいたサーバーが、明日は目玉機能のサービスイン当日なので普段の100倍のトラフィックが予想されるから、明日以降3日間だけサーバーを100台にして対応するといったことが、eコマースサイトでの買い物で、注文品の数量を入力してサブミットするくらいの簡単な操作でできてしまう。
例えば、コンサートのチケット予約サイトにおいて、著名ミュージシャンのチケット販売開始の日に、クリックしてもビクともしない申し込みページを経験したことはないだろうか。人気商品の発売初日に、意気込んで購入しようにもクリックで遷移しないページも数多く見てきた。だが、Azureのようなサービスをサイト側が利用していれば、そのようなことはなくなるはずだ。冒頭の写真はコンテナとして構築されたAzureのデータセンターだ。このコンテナを集めて短時間でデータセンターが拡張されていく。だからこそできる低価格のサービスだ。
●ベンチャー再び、ただしバブル抜き同社、Server & Tools Business部門担当プレジデントであるボブ・マグリア氏は、今PDCの基調講演において、クラウドはITのオンデマンドデリバリであるとアピールする。第5世代のコンピューティングモデルとして、SOAの次にくるのがクラウドで、クラウドアプリケーションモデルにはいろいろな要素があることを説き、アプリケーションモデルを繋ぐことがアプリケーションの改革に繋がるという。つまり、会場の聴衆の多くは開発者であるが、彼らをハードウェアの管理から解き放ち、アプリケーションの開発に専念することを現実にするのがAzureだというわけだ。
だが、マグリア氏は、基調講演の最後に、Webアプリケーションと口に出し、その直後にクラウドアプリケーションと修正した。その実態はまだまだ雲の中にあることを象徴するかのようだ。
Microsoftの戦略とその向かう先を真に受けていいのだとすれば、やはり世の中は大きく変わることになるだろう。というのも、ホスティングやレンタルサーバーなどで構築するしかなかったサービスの提供を実に手軽に始められるようになるからだ。
シリコンバレーのコンピュータミュージアムで、Googleがサービス開始時に使っていたバラックのような基盤むき出しのサーバーをみたことがあるが、もう、そんなことをする時代ではない。ポータルサイトでサービスを申し込み、手元のマシンで仮に動かしていたコードをアップロードするだけで、すぐにアプリケーションが動き出す。これがクラウドアプリケーションだ。データベースを作るのも簡単だ。しかも拡張性は容易だし、さらに重要なこととして縮小もたやすい。
これは、黎明期に、おもちゃとしてしか認識されていなかったPCに、多くのマニアが夢中になり、ベンチャーとして成功したことと重ね合わせて考えることができる。巨額の資金を持たなくても、アイディア次第でサービスを始めることができるのがインターネットの世界だったはずだが、今の世の中では、それが難しくなっている。でも、Azureを使えばそれができる。高校生でもユニークなサービスを思いつけば、すぐに提供を開始でき、それを商業ベースにのせてビジネスを成功させることができるかもしれないのだ。ハードウェアの呪縛からデベロッパーを解放するというのはそういうことだ。きっと、Azure以前と以後では、Webを構成するビジネスモデルに大きな変化が現れるに違いない。
●エコシステム再始動良いサービスが登場することで、人々は、豊かな体験をすることができる。YouTubeに夢中になって時間が経つのを忘れたり、mixiを5分おきに確認しないと気が済まなくなったり、また、Twitterで誰が何をつぶやいているかで、次の行動を決めるようになってしまったり。これが、豊かな経験かどうかは別にして、こうした世の中のトレンドを方向付ける新たなサービスが、今後、続々登場し、これまでにないスピードで浸透していくことになるだろう。
Azureは一般エンドユーザー向けのサービスではないが、エンドユーザーでも、アイディアと技術があれば、サービスを低い初期投資で世の中に出すことができ、その規模を収益に応じて自在にコントロールできるのだ。古き良き日のガレージビジネスが、クラウドという土俵の上で、もう一度息吹きを得ようとしているというのも、あながち大げさとはいえないはずだ。もちろん、それらの新サービスの登場によって、ずっと多くのエンドユーザーが新たな体験を手に入れ、暮らしを豊かにしていく。
天才プログラマーが3日の徹夜で書いたプログラムが巨額の富を生むようなことがかつてはあった。時間がまだのんびりと進んでいた時代の話である。今でも、アイディアさえあれば、それは不可能ではない。だが、そのための初期投資のことを考えれば二の足を踏んでしまうだろうし、だからといって、投資を募るような勇気もない。聞こえはいいが、これは巨額の借金をするのと同じだからで、投資を回収できなければ、多くのカネが失われてしまう。
おそらくは、多くのアイディアが、こうした障壁によって失われてきたことだろう。ビジネスのアイディアと同時にカネを集めるセンスがなければ、成功は難しい。でも、Azureを使えば、ミュージシャンが自費でCDを制作するようなことができる。過去に比べればそのハードルはグッと低くなるだろう。加えて、直接エンドユーザーからカネを集めるビジネスモデルをとらなければ、課金のことを考える必要もなくなり、さらにハードルは低くなる。もちろん広告を提供する代理店もまたサービスの1つとして動き出すはずだ。
MicrosoftがOSを作り、そこで動く画期的なアプリケーションをサードパーティが作る。良いソフトがたくさんあるプラットフォームは潤う。その好循環がWindowsを取り巻くエコシステムで、Microsoftとサードパーティが持ちつ持たれつの関係にあったことは記憶に新しい。でも、Officeは、そのエコシステムをいびつな形に崩してしまったような面もある。クラウドの時代にその失敗を繰り返してはならない。
Azureはクラウドを加速する。それは間違いない。そして、健全なエコシステムをもう一度組み上げること。それがMicrosoftのAzureによるエコひいきであり、決して雲をつかむような話ではないのではないか。