山田祥平のRe:config.sys

点と線と面のWi-Fi、ほんとにそれで大丈夫?

 国内における公衆無線LAN活用のために、無線LANビジネス推進連絡会が大規模災害時の公衆無線LAN解放のガイドラインを策定するなど、Wi-Fiの存在感がうなぎ登りだ。オリンピックに向けて外国人向けにWi-Fiの利便性を高める方向性もある。だが、それで本当にいいのかどうかという疑問も残る。

うまく繋がる理由が見当たらない

 そう遠くない未来にパブリックスペース(公衆の場所)におけるWi-Fiは破綻するんじゃないか。そう思うことは多い。普段はWiMAXモバイルルーターを携帯し、スマートフォンとノートPCをそれにぶらさげて使っているが、取材で大勢の人が集まるイベントなどに行くと、Wi-Fiがまったく使いものにならないことは多い。

 Wi-Fiがうまく使えないときでもLTEなどのモバイルネットワークは正常に使える。パケ詰まりのような現象を経験することはあっても、まったく繋がらないということはまずない。だから、パブリックスペースでWi-Fiが開放されていたとしても個人的にはそれを使うことはほとんどない。はなから信じていないのだ。

 そんな中で、首都圏の私鉄大手である京王電鉄が、京王線および井の頭線の列車内において公衆無線LANサービスを開始することを発表した。駅構内のWi-Fiに加え、走行中の全列車内にアクセスポイントを設置し、旅客がそれを利用できるようにするという。当初は、au Wi-Fi SPOTとWi2 300が利用可能となり、順次、各サービス事業者との交渉を進めていくようだ。

 このサービスを利用するためには、サービス事業者との契約が必要だ。ただ、多くのユーザーは、auやドコモ、ソフトバンクのユーザーなので、特別なコストを追加負担することなく、このシステムが使えるようになるだろう。各社も、アクセスポイントがあるところでは、自動接続モードで繋がるように自社端末にユーティリティなどを実装しているのはご存じの通りだ。

モバイルキャリアがモバイルネットワークを使わせない不思議

 首都圏では、地下鉄を含む多くの鉄道路線で当然のようにモバイルネットワークが使える。携帯電話事業者も、路線沿線で確実に使えるように基地局の配置を進めてきた。また、地下鉄においても、漏洩ケーブルの設置などで、駅間トンネルで通信が途切れないように工夫している。

 ただ、これらのモバイルネットワークを使わずに、できるだけWi-Fiを使ってほしいというのが、現在の携帯電話事業者の考えだ。これではLTEのキャリアアグリゲーションで220Mbpsでと叫ばれても説得力がない。京王電鉄の施策に私鉄各社が追従するようなことになれば、そのうち都市圏においてはモバイルネットワークを使うのは音声だけということになりかねない。つまり、これまでおおむね「点」だけを担ってきたWi-Fiに「線」と「面」を担わせようとしているわけだ。

 もちろん、個人宅やオフィスなどの個人エリアや、飲食店等、比較的小規模な公共スポットにおけるWi-Fiを否定するわけではない。こうした閉じられた空間であれば、それを利用するユーザー数は限られている。だから、Wi-Fiもうまく機能するであろうからだ。

 携帯電話事業者が次第にデータ通信の容量制限を強化し、従量制に近いコストの負担を求めていく中で、消費者としては、エンドユーザーは自衛のためにもWi-Fiとモバイルネットワークを使い分けることが求められつつもある。モバイルネットワークの普及により、せっかくいつでもどこでも無線のモードを切り替えることなく、1つのネットワークにぶらさがれるようになったのに、これからはそうじゃないということだ。みんなが何も考えずに、モバイルネットワークだけを使い、大量のトラフィックを当たり前に流すようになれば、今のモバイルネットワークは破綻する。破綻を回避するには、使わせないことが早道で、その代替策がWi-Fiというわけだ。そうでなければさらに消費者は今よりもずっと高額なコストを負担しなければならなくなるということなのだろう。

Wi-Fiを過信してはいないか

 それでも、本当にWi-Fiにモバイルネットワークを代替するだけの実力があるのかというとそこにも疑問が残る。イベント会場でWi-Fiが使いものにならないことを知っているからだ。

 朝のラッシュ時にピークでは定員に対して乗客が200%近い電車には、1車両あたり300人近い乗客がいる。それだけの人々が一斉に繋ぐWi-Fiが正常に機能するとは思えないのだ。1つのアクセスポイントで50人程度をまかなおうとすれば約20mの車両長で6台。つまり、3mおきにアクセスポイントが必要になる。となれば、アクセスポイント同士の電波干渉でうまく機能しない可能性もある。機能しなければ使えない。かくして、誰もWi-Fiを信じなくなるという状況になりはしないか。

 ただ、Qualcommは「LTE in Unlicensed」といった技術を提案し、Wi-Fiネットワーク下でLTEの技術を活用するようなことも考えている。いわば基地局同士が連携するセントラルスケジューリング的なことが、Wi-Fiアクセスポイントでもできるようになれば、多少は状況が改善される可能性もある。

 キャリアとしても必死であることもよく分かる。彼らは彼らで増大するモバイルネットワークのトラフィックに悲鳴をあげ、Wi-Fiに助けを求めているわけだ。電波は有限の資源であり、さらに、携帯電話事業には免許もいる。Wi-Fiなら、そうした制限もなく低コストで好きなだけアクセスポイントの設置ができる。でも、少なくとも現時点でのWi-Fiには、それは荷が重すぎるように思う。

 IntelやGoogle、Microsoftといった企業のカンファレンスにしても、現状では、5,000人ほどの観客がいる基調講演の会場では必ずWi-Fiをオフにすることが求められる。Microsoftにいたっては、プレス用の席に有線LANのケーブルを設置するくらいだ。そして、Wi-Fiをオフにしようがしまいが、これらの会場でWi-Fiがまともに機能していたことはほとんどないのが現実だ。

 Wi-Fiアクセスポイントは、将来、高い周波数を使うナノセル基地局を置くための陣取りにすぎないのか。それともキャリアはWi-Fiを本当に信じているのか。謎は深まるばかりだ。

(山田 祥平)