山田祥平のRe:config.sys

アナログライフより不便なデジタルライフならいらないかもしれない




 アイ・オー・データ機器、デジオン、メルコホールディングスが共同で「一般社団法人デジタルライフ推進協会」を設立した。前回のコラムの最後にふれた発表だ。遅すぎたともされるこの協会だが、やはり、期待は大きくふくらむ。

●暗黙の了解の支配

 長年、PCの周辺機器業界で、ビジネス上の火花を散らしながら切磋琢磨してきたアイ・オー・データ機器の細野昭雄社長とメルコホールディングスの牧誠社長が笑顔で並んでいる。四半世紀やってきて、こんなことは初めてなんだそうだ。古くからこの業界を見ている立場としては、ちょっと感慨深いものを感じた記者会見だった。そして、そこにDiXiMの実績を誇るデジオンの田浦寿敏社長が加わっている。これは、何も期待するなというほうが無理だ。

 協会の設立趣旨などについては既報の通りなので、ニュース記事を読んでいただくとして、ここでは、コメントの行間にあった彼らの気持ちのようなものを読み解いてみたいと思う。

 牧社長のコメントで印象的だったのは「アナログ時代にはできていたことが、デジタルになってできなくなってしまった」というものだ。これは、前回のコラムでの「事実上、環境の退化だ。デジタル化によって、今まで得られていたものが得られなくなってしまった」というぼくのボヤキを代弁してくれる発言だった。

 ちょっと腹立たしかったのは、各社が1社ごとに話をしようにも、ARIBに門前払いされてしまうからこそ団体を作る必要があったという点だ。ARIB、つまり、社団法人電波産業会は通信・放送分野における電波利用について、さまざまな標準化を策定している団体だが、記者会見では「B-CASカードを機器にセットして出荷していいのかどうかさえ、尋ねてもよくわからない」というエピソードが紹介されるなど、暗黙の了解が多すぎることが指摘されていた。まるで大人の事情を大人が知らないといったイメージだ。

●消費者も著作権者と同様に保護してほしい

 記者会見は、こうした歯に衣着せぬ発言がたまに飛び出しながらも、やはり業界の新参としての遠慮のようなものも感じられ、奥歯に物が挟まったようなコメントも少なくなかった。著作権保護を考慮した健全なルールと基準が必要であることを強調するのは免罪符かもしれない。

 この協会に期待したいのは、アナログ時代にできていたようなことが、デジタル時代にも失われないようにしてほしいことだ。たとえば、DTCP-IPには、デジオンが力を注ぎ、家庭内のネットワークで、著作権を保護しながらデジタル放送の録画済みコンテンツを配信することを可能にした。これはすばらしいことだ。

 だが、常にネットワークありきの発想では、すべての不便が改善できるとは思えない。どんなデバイスでも、常時数十Mbpsの帯域でインターネット接続されていることが前提とされれば、DTCP-IPとVPNのテクノロジーの組み合わせで、いろいろな不便が解消される。でも、将来的にはどうなるかわからないが、少なくとも今の時点では無理だ。

 だとしたら、今、考えなければならないのは、オフライン状態のデバイスが、どうすればいいのかという道を探ることではないだろうか。記者会見では、ホームネットワークの普及に注力する旨もアピールされていたが、ここはひとつ、「ホーム」というロケーションから、さらに広い範囲に出て行く使い方のモデルを考慮してほしいものだ。

 たとえば今、手元にあるアイ・オー・データ機器製の地デジチューナは、PCにUSB接続して使うデバイスだが、それで録画した番組をHDDに記録する。このHDDはUSB接続された外付けのものでも大丈夫だ。だが、そのHDDを別のPCに接続しても視聴はできない。でも、ドライブ名を同じにすること、そして、フォルダ構造を変更しないようにして、同じB-CASカードをセットしたチューナとペアで接続すれば、録画済み番組の引っ越しが可能だ。手元の実験ではVistaから7へとOSが異なる環境に移しても大丈夫だった。番組データそのものは普通のファイルなので、バックアップも可能だから、PCが壊れてもB-CASカードが手元に残っている限りは財産としてのデータが視聴できなくなることはなさそうだ。

 アップルのiTunesは、DRMつき楽曲の保護に関して、あらかじめ、5台までのPCを登録しておくという方法をとっている。この5台は、あるPCを認証解除すれば、別のPCを認証できたり、全PCの認証をいったん解除して、認証をやりなおせるといった柔軟性をもった運用が可能だ。この仕組みのおかげで、PCの買い換えやOSの入れ替え、クリーンインストールなどをしても、手持ちの購入済み楽曲を失うようなことはない。iPodについては無制限に持ち出しが可能である点も実にリーズナブルだった。せめて、その程度の使い勝手をデジタル放送の時代には実現してほしいのだ。

●すべてをオープンにすることを望む

 21世紀を目前にして、自宅にADSLを引き込んだとき、数Mbpsのスピードに目を見張り、これでレンタルビデオショップは淘汰されると確信したことを覚えている。TVはオンデマンドが当たり前になり、放送された番組は、いつでも自由に視聴できるようになる。したがってビデオレコーダの市場も縮小するだろうとも思った。ところが、あれから10年がたとうとしているのに、世の中はそういうふうにはなっていない。NHKオンデマンドなどは、よくやっているほうだと思うが、ビットレート1.5Mbpsではオンエアより画質が悪い。せっかくのフルHDモニタを堪能できないのは残念だ。

 デジタルライフをより豊かにするためのアイディアは、きっとたくさんあるのだろう。アイ・オー・データ機器もメルコも、そしてデジオンも懸命に考えているはずだ。

 でも、それを本当に実現してしまっていいのかどうかがわからない。その懸念がアイディアの実現にブレーキをかける。そのジレンマを解消するために、今回の協会設立に至ったのだと個人的には理解している。

 協会に求めたいのは、協会が実現しようとしたアイディアをARIBに打診し、何らかの結果が得られたときに、何を協会に打診したのか、そして、それが否定された場合、その理由を、もし理由がはっきりしないのなら、その事実を、きちんとオープンにしてほしいということだ。納得できない理由であれば、世論が黙っていないだろう。そのことで、一歩は無理でも半歩は先に進めるかもしれない。単にARIBの下部組織ができただけのような結果にはなってほしくない。

 B-CASカードと同じ役割を果たせるSSL証明書はできないものか、SDメモリーカードにB-CASカードの内容をコピーできないものなのか、ネットワーク越しにB-CASカードをチェックする方法はとれないのか。異なるB-CASカードをペアリングするような運用はできないものなのか。最終的にはB-CASカードなしの運用……と夢は膨らむ。このままでは、本当にガラパゴスだ。